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第18話 求める少年

 ある朝、優人は学校に登校すると零人がいないことに気がついた。今日も零人を待っていたが結局来なかったので、いつもより少し遅れての登校だったのだが、零人は先に来ている訳ではなかった。


「あれ、もしかして零人君は休み?」


「あぁ……よくわかんねぇけど、なんか家の用事なんだとよ」


 その時ちょうど良いタイミングで、優人のスマホに零人から一通のメッセージが届く。

 開くと、どうやらこのメッセージは時間設定で昨日送られていたようだった。


『優崎、俺は今日は委員会からの依頼で南アフリカ共和国の首都にいる。俺と大罪の『強欲』が一緒にちょっくら異世界の魔神を倒してる。このメールが送られる頃には倒してると思うが、観光して帰るから今日中には帰れねぇが明日には戻る。あと、土産楽しみにしとけ』


「凄い、そして魔神相手に余裕見せ過ぎてる……」


 分かってはいるものの、どうしても感じてしまう零人の強者感に優人はある感情を抱えていた。不安や無力感、そして焦燥のようなもの。


「僕……このままじゃダメだよね」



 ──その感情の種子を摘むため、放課後はあの人に会いに行った。優人が最も敬愛し、零人と同じぐらい頼れる人に。


「香菜ちゃ~ん!」


 廊下でその姿を見るや否や笑顔で駆けよってきた。香菜は嬉しそうな顔をしてその場で止まった。すると優人は恥ずかしげもなく叫ぶ。


「今日一緒に帰ろ~!!」


「えっ!?」


『!?』


 香菜の顔は沸騰して赤くなり、周りの生徒が色めき立った。

 ある者はニヤニヤしながらコソコソ話、ある者はその場で硬直する。

 普通の漫画などであれば、この2人にあらぬ噂が立てられ困惑するシーンなのだが優人達にはそのパターンが効かない。

 この2人は本当にその関係なのだから。

 学校中では人気者の2人の噂の誇張度がさらに跳ね上がることになる。

 そして非リア充は静かに悔しがった……



「──新しい技を教えて欲しい?」


「うん! 僕は零人君みたいに強くカッコよくなりたいんだ……だから香菜ちゃんからも教わりたいんだよ!」


「う〜ん、あっ! じゃあさ教えるには悪霊(サンドバッグ)が必要だし、放課後は夜になるまで食べ歩きデートしよっ」


「香菜ちゃんありがと〜」


「かはっ! と、尊い……」


 優人のショタカウンターが香菜にクリーンヒットする。



 ──放課後になり、夕焼けで空は赤く染まる。この綺麗な日が落ちるまで、2人は最近はあまり行けなかったデートを楽しむことにした。


「香菜ちゃんどうする?」


「ん〜、お腹空いちゃったし何か食べよっ」


「それなら良い場所知ってるよ!」


 優人が香菜を連れていった場所にあったのは商店街近くに止まっているクレープの屋台だった。上葉高校はもちろん、この近くにある三用中学校でもここは人気の屋台。カップルも多いとの事でカップル専用ドリンクなどが充実している。

 空腹の勢いで早速香菜は注文を取った。


「私は……『バナナ森盛り!?ビックリチョコクレープ』とぉ、『店長自慢、故郷の味!肉厚ジューシーケバブ』にしちゃおっと」


 女子らしい可愛い系のスイーツと、運動部生徒が欲するようなガツンとした軽食の組み合わせは、何ともクレイジーだった。屋台の色は全体的にピンクで女子らしさ全開の店なのだが、2箇所だけ雰囲気が違う場所がある。


 それは、ホットプレートの横にある巨大なドネルケバブと、店長が完全にトルコ人のおっちゃんであるところだ。しかし店長はにこやかで、可愛いゆるキャラのエプロンを着ているのがむしろギャップ萌えとなっている。ちなみに店長の育ち自体は日本のようだ。


「それなら僕は、『イチゴとマシュマロのヤバたんクレープ』と──香菜ちゃん、カップルドリンク頼んで良い? 美味しそうだから飲んでみたくって……」


「──! も、もちろん良いよぉ?」


「わぁーい。じゃあおじさん、『漢と女の恋の味!?一夜に吹く風のミルクティー』お願いします!」


「あいよっ、お2人さん少々お待ちを」


 この店が人気の理由はメニューもそうだが、店長の人の良さと商品名のイカレ具合にあるのではないかと香菜は待ち時間に延々と考えていた。


「はいお待ちっ。チョコクレープとケバブ、イチゴマシュマロクレープにカップルドリンクです」


 これもあるあるだが、こういう名前が凄い商品を売る店に限って店員は商品名を普通の名前で呼ぶ。

 香菜は店長の様子を見て心の中でツッコんだ。


(陽キャ女子にトルコに江戸っ子寿司屋……そこら辺の統一感は全くないんだね)


「じゃあ食べよっか、そこにベンチあるし」


「うん! あっ僕のやつも食べて良いよ〜」


「そう? じゃあ私のも1口どうぞ」


 クレープは甘くて文句無しの絶品だった。イチゴとマシュマロは互いの性質によって水分量が完璧な甘さ、バナナクレープはチョコと共に濃厚な甘さが楽しめる。


「バナナ美味しよぉ〜」


「イチゴが甘ぁい、今度来る時はこっちをメインで買おうかな?」


 そして2人はお互いに交換したクレープを返す。そしてお互いハムスターのように笑顔のまま一気にクレープを食べ進めた。2人は揃えたかのように動きがシンクロして、飲み込む瞬間すら同時だった。


「じゃあ、お待ちかねのケバブ〜」


「ドリンク真ん中に置いておくねー」


 2人は肩を近づけ、互いの手で支え合いながらケバブにかじりついた。しかし今の驚くべきことに2人には一切の邪念がない。幼馴染カップルというのもあるが、今はただ目の前のケバブにしか目を向けられないのだ。

 そしてまた2人の動きがシンクロし、ケバブの肉を飲み込んでからミルクティーから伸びる2本のストローにそれぞれ口を付けて飲んだ。ストローの余り部分にあるハートが2人の中央の位置にやってくる。


「あらまぁ」


「おい、あれ優人と西源寺さんじゃねぇか?」


「お、珍しい。保護者から彼女の面になってるぜ」


 あまりにも2人はケバブに夢中で微笑ましく見ているご婦人や同級生に気づいていない。もちろん、彼らも話しかけるような無粋なことはせずにその場を立ち去る。


 さすがピュアカップル、これこそまさに純異性交友である。ひとしきり、2人は久々のデートを楽しんだ。

 その時間を楽しみながら、2人の目の前を通る学校の非リア達のメンタルを次々に破壊していった。恋人を超え夫婦を通り越しもはや親子のような2人の周りは絶対領域が存在しているため、並の非リアでは弾かる間に心が浄化される。


「ぷは〜、美味しかったね!」


「ほんと、ここのクレープもケバブも絶品だよ。美味しかったよ店長!」


「ありがとな、お2人さんっ!」



「さて──もうそろそろ時間になるね。それじゃ優人、行こっか」


「うん!」


 赤かった空は次第にその明るさが徐々に衰えていき、一番星が空に浮かんでいた。街の東側が少しづつ影を増やしていく。


 ──すでにもう日が落ちる直前の時刻、2人は自宅から近い公園のベンチで座って待機していた。


「じゃ、私が霊力少し解放するから来るよ」



 日が落ちて、ここら一帯が黒く包まれる。

 すると四方八方から、空気がひしめくような地鳴り音が段々と大きくなっていく。あちらこちらの道から悪霊の群れが走って向かってくる。

 特段強い悪霊などはいないが、いつもとは比較にならないような数の悪霊達が招かれてきたようだ。

 悪霊を確認する瞬間はまだ優人にとって刺激が強いらしい。


「これだけはホントにびっくりしちゃうよ」


 悪霊は出現と共に咆哮し、真っ先に優人らを補足して寄り始める。



「えいやぁっ!」


 悪霊達が公園の敷地内に入って来たと同時に優人は地面を両拳で殴った。すると砂の地面は地割れのような亀裂がビキビキと公園の端まで伸びていく。

 そして入口付近にいる悪霊達のちょうど真下で錬金術を発動した。


「ダイヤモンド!!」


 形は完全な直線ではないが、分厚く巨大なダイヤモンドの壁を作り出した。壁の上には何本もの鋭い杭が生えているため、この壁の出現時に真上にいた悪霊達は串刺しになって体が崩壊する。


 壁は約10秒ほど公園に作られていたが、すぐに消滅した。悪霊達は消滅したことで見えるようになったこちらの方を振り向く。

 だが優人はその悪霊の恐ろしい顔を見たくないがために彼らが振り向く直前に鬼火をチャージし、それを悪霊の集団に放つ。悪霊達は断末魔を上げながらその蒼炎に飲まれていく。


 だがそれはあくまでこちらの方向にいた悪霊、反対側からやってきた悪霊達は優人の背後まで迫ってくる。


「来ないでっ!」


『ゴガアァァ!!』


 優人は自分の腹に事前に魔法陣を用意していた。そこから翼の生えたネコ、ヴァーレを呼び出してヴァーレの機動力と速度を信じて近くにいた悪霊達を数体倒させた。そのところで1度ヴァーレの召喚を解除した。


(わぉ、霊力の配分もだいぶ分かってきてる。この間よりも威力が強いし、成長としてはかなり良い!)


 そしてしぶとくまだやってくる悪霊、これがひとまず最初の並の最後らしい。寄ってくる悪霊達が大体優人の正面方向に来たのを目にすると、優人は霊力を体の数箇所に溜める。体から僅かに黒い煙のような霊力が漏れたところでその力を解放する。


「呪いの拳!!」


 漆黒の拳が5つ放たれ、前方のみ放射線に飛んで行く。当てきれない悪霊も拳が追尾するように動き回ることで、どんどんとやられていく。殴られた箇所が黒く染まり、そこから霊力が弾けると同時に悪霊達は消失していった。


「おぉ……」


「香菜ちゃん、どうかな?」


「えっ? あ、う~ん……難しいけど、そうだね──優人って結構大雑把なんだね」


「え? そうかな……」


「あ、霊力と術自体凄く良いよ。これは正直な話、霊能力の扱いはかなり高レベルだよ。ただ──なんだか優人って霊力をそのままぶつけてる感じなんだよね。除霊できないのはともかくとして、なんか少し形とか作るのは? 武器みたいにしてさ」


「あっ、そういえば──」


 その一言で優人はこの時にあの感覚を思い出した。初めて錬金術を使った時だけ、立派で美しい宝石の大樹を作れた時のことを。

 あの時にできたこと、あの木が生まれた要因となったものは──


「イメージ……」


 あの時、優人はたまたま近くにあった林を一瞬だけ見ていた。その時に無意識ではあったものの、その景色を記憶し連想したことによってあの大樹がアスファルトから生まれたのだ。零人に迫る悪霊を硬い何かで穿とうという明確な考え。


 必要なものはイメージ。それが分かった今、優人は想像する。自分の知る最も憧れる人物が使用していた武器、零人の使っていたあの斬霊刀を……



「はあぁっ!!」


 優人は両手を宙にかざし、空気中に舞うものから空気までを錬金術で変換し、少しづつ剣を作り出していく。刃は透けて見えるほど美しく鋭い、吸い込まれるようなエメラルドのような色。日本刀のような反った姿だが、長さ自体は少し短い剣だ。

 その翡翠の刃に鬼火が青く燃えて、その炎が刃から離れると炎は黒く染まる、とても幻想的な武器だ。


 その剣は優人の目の前に宙に浮かんでいる。その美しさと完成度の高さに見とれていると、後続の悪霊達が集団となってこちらへ向かってきた。


「──すうっ、ふうぅぅ……」


 優人は深呼吸と共に覚悟を決め、その刀を握り締めた。霊力は残りが少ないがそれでも怖気付くことはせず、ただ悪霊を見つめる。


「やああぁぁ、ああぁっ!!」


 優人は走り出し、悪霊に寄っていく。そしてその刀を両手で握り、悪霊達を走りきっていく。


「わっ! 思ったよりも軽いなぁ」


 これは錬金術で作り上げた武器、故に物理法則もなにもない。質量が見た目や精製物質に伴うこともあれば伴わない場合もある。誇張抜きで団扇を振ったように軽かった。

 そして鋭く刃は高速で空気をかっ斬り、飛び回っている悪霊の体を正確に捉えて両断した。


 斬る瞬間に刀は黒い閃光を帯び、爆発するかの如く『呪い』が発動した。呪いは恐ろしさすらある綺麗な光を放つ。

 拳の様な形状を持っているわけではなく、波紋が水面に広がるように放出されダイナマイトのように衝撃波が生じて悪霊の体を爆破する。暗黒の力は圧縮された霊力を暴走させるように悪霊を消し飛ばした。


『オアァァ──』


「ひゅうっ──フッ!!」


 優人は残りの霊力を振り絞り、霊動術で身体能力を強化することによって動きを加速させる。悪霊達程度の速度では到底追いつかぬスピードで残り悪霊達を斬って斬って、斬り裂いていく。


『アバァァ──』


「えっ!? 何アレ……」


 悪霊はその時──ただの霊力にされた。

 悪霊だった霊力は空気のようにそいつに吸収された。巨大な狐の化け物……俗に言う妖怪が霊力を吸収し、口からそれを飲み込んで体内へと取り入れた。

 霊力の咀嚼が終わると、狐はこちらをジロリと巨大な眼で見てきた。


「どっ、どうしよう……」


 だが、もう優人には戦えるほどの霊力はない。

 霊能力とは精神に直結し、時には肉体にも多大な影響を与えるもの。さらに霊力が一気に欠如したことによって優人の体の力が全て抜けたが、香菜に受け止められた。優人はベンチの上で横にさせられた。


「優人お疲れ、想像以上にカッコ良かったよ!」


「えへへ……ほんとぉ?」


「うん、だからさ──あとは任せて!!」



 すると香菜の胸のから白い光が現れる。その光は虫のように宙を漂うとカッと光り、彼らの頭上に巨大な魔法陣を出現させた。巨大な縦向きの魔法陣を見つめ、香菜はある者を呼び出す。

 己の背負いし大罪の名を冠する、『暴食』の悪魔の名を……


「──エイグ!!」


 白い文字で描かれた魔法陣が強く発光する。狐は本能的に危険を感じとったのか、その場で動きを止めていた。

 その光の中、魔法陣から一体の悪魔が召喚される。それの正体とは────鯨だった。



 その鯨は公園の夜空を泳ぐように浮かんでいる。その目、その口元は、何かを欲しているように見えた。

 途方もなく巨大な白鯨はただ、不気味な鳴き声を発しながら獲物を狙っている。

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