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第17話 眠れる天使

「ふぁぁ……」


 優人は目を擦りながら、消えていく悪霊達を見つめている。悪霊自体は見慣れたが、出現時に驚かされることはまだ慣れない。


 零人は眠そうな顔の優人を心配する。


「優崎、寝不足か?まあ、悪霊狩りは夜だからな」


「最近7時間しか寝てないんだよぉ。僕8時間寝ないとすぐ寝不足になっちゃうの」


「そんじゃ今日の修行はここまで。明日も学校はあるし、体調崩さねぇようにな」


「うん、わかった〜」



 この時、この後に優人の身に起こることなど零人は知る由もなかった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 それは翌日の学校、4時限目の数学の授業中だった。


 優人はかなり体調が悪そうにしている。体を震わせ目にはくまが出来ていて、まぶたは今閉じようとしている。


「お、おい優崎。お前大丈夫か?」


「あ、ぅ……」


「保健室でも行った方が──」


 次の瞬間にバタン、と大きな音が教室に鳴り響いた。優人は顔から机を迎え、ガクッと頭が落ち顔を埋めている。


「おい、大丈──」


 声をかけた瞬間、優人はゆっくりと顔を上げる。顔は見る限り怪我はなかった。



「おお、良かった。怪我とかは何もなさそ─」


 零人はそう言いかけたが、すぐさま異変を感じ取った。

 優人はずっと無言のまま虚ろな目で、睨むように天井を見つめている。心ここに在らずというような状態だ。


「……」


 するといきなり優人は立ち上がった。

 ガタッと音を立て、席から離れるとフラフラ歩き始める。そのまま教室を出て行った。


 優人の奇行を目にしたクラスメイトの1人がボソリと呟く。


「まさかあいつ、アレが再発したのか?」


「アレってなんだ?」


 零人がそのクラスメイトにその「アレ」について尋ねる。



「あいつは、優人は……重度の夢遊病患者なんだ!」


「は?」


 思わぬ回答に零人は間抜けな声が漏れる。



「優人は寝不足に陥ると、夢遊病の症状が出るんだ。普段は平気なんだけど」


(まあ最近は色々あったし、相当疲労が溜まってたんだな。悪いことしたな)


 零人が頷いていると、段々とクラスメイトは青ざめた表情になりつつあった。



「あいつが中学の林間合宿に行った時、夜遅くまでみんなと話し込んで寝不足にさせたら朝あの症状が出て……」


「出て?」



「寝ぼけた拍子に、蹴りで大木をなぎ倒したんだ」


「寝ぼけて!? 優崎のやつ、どんな逸話残してんだ」



 この時から霊能力の片鱗を見せていたのか、あるいは優人の素の身体能力なのかは分からないが、とにかく現在の優人が危険状態にあることだけは確かであった。



「それって対処方法はあんのか?」


 学校で能力の使用は最低限避けたい。能力を使わない解決策に零人は賭けた。


「あいつを正気に取り戻す方法は1つある。それは優人に1L以上の水を飲ませるんだ!」


「……ふぁ?」


 またもや意味の分からない返答に、零人は呆けた面構えになる。



「医者が言ってた。優人が夢遊病状態の時、水分がかなり欠如している」


(そんなこと初めて聞いたぞ、どんな医者だ!? そして根拠どっから来た!)



「だから、先生!!」


「受け取れッ!」


 いつの間にか廊下の水道から水を取りに行っていた数学教師が水入りペットボトルを投げる。


 クラスメイトがそのペットボトルを取ろうとしたが、零人が代わりに掴み取る。せめてもの落とし前をつけるために。


「こうなったのは、俺のせいなんだ。俺がケリをつける」


 言い残すとすぐに零人は急いで教室から出て行った。



(暴れられるのもそうだが、もし霊能力を今のアイツが使っちまったらエラい事態になる。下手をすれば、一般人の教師や生徒達に被害が及ぶ)


 零人が飛び出すのと同時に、運良く昼休み開始のチャイムが流れた。

 そして廊下に出ると猛獣のように唸り、ゆっくりと徘徊している優人がいた。


「優崎!」


 すぐ零人は鳥のような召喚獣を出して水を飲ませようと魔法陣を途中まで出した。


 だが優人の体の周りでは鬼火が飛び回っている。呪いの拳は狂ったように四方八方をデタラメに舞い、優人の背から錬金術の氷が生えていた。

 同時に霊力が空気中に散布される。人の霊力が空気と同化してしまうと、それだけ攻撃時の被害が拡大する。



「クソ、このままじゃ優人は──っ、入山さん!?」


 優人よりも廊下の奥に菜乃花が立っていた。菜乃花はいつもと様子の違う優人にすぐ気がついた。


「零人君! 優人君のこれどうしたの!?」


「見えてるのか!」



 彼女は幽体離脱したことで霊能力や霊を「認識すること」だけはできるようになったようだった。

 そして彼女は以前聞いた情報から状況を瞬時に把握し、零人に伝えた。



「ちょ、ちょっと待ってて。確か優人君が夢遊病になった時に、頼れる人がいるって聞いたことがあるの。今その人呼んで来るから!」


「おお、助かる! ありがとう」


 機転の聞いた彼女の行動によりこの状況の解決の糸口が見え始める。あとはそれまでの間、優人を足止めするのみ。



「鎖縛の黒檻!」


 彼の声に応じ、空間に裂け目が生じる。裂け目から数本の鎖が飛び出し、檻を形成する。


 怠惰の鎖は優人を幽閉し、一時的に進行を停止させた。しかし現在の零人は怠惰の制限下にある。この鎖の権限時間が迫り出す。


(だっ、ダメだ。決壊する)



 そして檻は破られてしまう。優人の状況はさらに悪化し、檻の中で溜め込まれていた霊力が一気に吹き出した。


 強行突破策が零人の頭を過ぎったその時、救世主が現れる。



「いたっ、ここです!」


 菜乃花が急いで件の人物を呼んできた。1番頼もしい援軍が駆けつける。


「優人!」


 それは『暴食』の大罪、守護者。西源寺香菜だった。



「西源寺ィ!」


 零人は香菜に向かって咄嗟にペットボトルを投げる。香菜はペットボトルをキャッチし、その場で正座した。

 そして大きな声を優人にかける。


「……優人ー! 膝枕だよ〜!!」


「ぅ──」


 優人は物凄い速さで走り寄ってそのまま頭を香菜の膝の上に乗せ、寝ている猫のような表情を浮かべていた。



「おぉ、マジかこの状況……カオス過ぎるな」


 優人が夢遊病を発症した時は、欲にとても忠実な少年と化す。しかし元々彼はピュアな人間。


 故に優人の最大級の欲望とは、香菜の膝枕。これ以上の至福は優人にはない。

 その一瞬だけ、優人の発動していた全ての術が途切れる。



「よしっ、今の内」


 香菜の大罪の能力『ソウルイーター』にて優人の霊力を、術を発動できない程度まで徴収した。


 その間に優人はすっかり赤子のように静かに眠りにつき、愛する女性の膝枕の上で気持ち良さそうな表情を浮かべる。



「ちょっとごめんね」


 香菜はペットボトルの水を優人の口の中に流し込んでゆく。

 哺乳瓶を飲ませている母親のようにゆっくり優しく飲ませていった。



 今は昼休み、この廊下を何人もの生徒が通る。これを見て通りがかる生徒は皆、その光景を温かい笑みで見守る。

 この日から香菜のあだ名に『保護者』が付け加えられた。


 飲み終えてから数分ほど経ち、ようやく優人は目を覚ました。


「あれ!?」


「おう、起きたか」


「……あっ、ごめん! もしかして僕、また寝て皆に迷惑かけちゃった?」


「大丈夫、何もなかった。だからしばらくこのままでいいよ」


 そのまま膝枕は続いた。これはただ単に香菜がやりたいだけである。


「うん、それじゃお休みなさい」


 再び優人は深い眠りに落ちる。

 優人の睡眠不足はこれによって解消されてまたいつも通りの生活に戻った。のだが、その後──



「ごめんねぇ、最近は零人君との悪霊狩りでちょっと眠くなっちゃって……」


「うん? 悪霊狩り、ねぇ」


 零人は嫌な予感を感じるて香菜の方を向くと彼女はピクっと反応した。

 この間の手前、尚更恐怖心と危機感が訪れた。


「アハハ、どういうことかな?」


 笑っていたは香菜は突然虫を見るような顔をして零人に問い詰めた。


「あ、いや〜これは……」


「どういうこと?」



「ハハ、終わった」



 昼休みの学校内で零人の貴重な断末魔が響き渡った。

 この後、零人は滅茶苦茶霊力を徴収された。

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