第15話 守護者
街の外れにある廃ビルにて、この日は優人の修行と零人の任務を含めて悪霊狩りへと赴いていた。廃ビル内には相当な数の悪霊が発生しており、優人が呪いで悪霊を殴る中、残りの殆どを零人が室内を駆け回りながら倒していった。
「零人君、そろそろ限界かも」
「了解だ、十秒だけ待ってろ」
宙に出現した空間の亀裂に手を突っ込み、その深淵の中から1本の黒刀を引きずり出す。漆黒の刀身は闇の中で光を照らす、なんとも美しく見事な日本刀だった。
柄の部分からは鎖が垂れて踊っていたが、零人が刀を構えると鎖は零人の手に蛇の如く巻きつく。
「今の制限下で最速だ……」
黒刀を上に構えた零人は目を閉じ、全身の神経と触覚に霊力を巡らせる。悪霊の霊力反応から逆算した大凡の位置、自身の霊力、ビルの構造と敵を斬るルートを最終シミュレートする。
悪霊が眼前まで迫り自身に攻撃を繰り出そうとした瞬間、零人は刀を僅かに右に傾け技を発する。
「覇昏佐々木流燕返し・韋駄天『羅生』!」
零人がその技名を言い終えたと優人が認識できたと同時に、鼓膜を破るような爆風音が建物内で反響する。
咄嗟に耳を抑えた優人だったが、目の前の光景は鮮明に確認できた。刀を構えていた零人の残像が続いていたのだ。
ほんの一瞬ではあったが、目の前に何人もの零人がいたように彼には見えていた。
等間隔で刀を上げている零人と下ろしている零人の像が続いており、部屋から出ても続いているようであった。その像が通過したルートの付近にいた悪霊は胴を縦に一刀両断され、宙で塵に成りかけていた。
耳鳴りが小さく鳴り、悪霊の断末魔の余韻が残る中で零人は優人の横へ瞬きの内に戻ってきた。息切れしている様子はなく、彼は小さなため息をつくだけだった。
「ふぅ、5秒は切れたか」
常人には到底できない剣撃を披露した零人に優人は圧倒される。そして何より、この斬撃を繰り出した彼の手の中にある黒刀が優人には気になって仕方がなかった。
「零人君、今のかっこ良かった! その刀もすっごくカッコイイから、少しだけ貸してくれな──」
童心をくすぐられた優人は小さな子供のようにねだった。しかし斬霊刀は図ったように時間切れにより、優人が手にしようとした瞬間に消滅した。
「ああ〜消えちゃった」
「『斬霊刀』は怠惰の能力者にだけ与えたられる武器だ。俺以外は基本使えん」
「羨ましいなぁ」
刀を目を丸くして眺める優人を零人は改めて観察した。霊力や身体的な変化も総合的に確認していたが、ふと零人は気になることを思い出す。
「てかお前、今まで除霊もできねぇのによく襲われなかったな。覚醒前でもそんだけ霊力があったら、普通に餌食だぜ?」
「言われてみれば確かにそうだね。なんでかな? まぁいいや」
優人はこの事に関してはさして気にしてない様子だった。だが零人は依然、不審に感じていた。
何故なら霊能力者に覚醒するものというのは予兆や何かしらの不可思議な体験をする確率が高く、そのパーセンテージはその者の霊力にほとんど比例する。
更に優人は零人と出会うまでに霊の存在そのものも知覚していないほどであった。
(優崎の霊力量とこの町の悪霊発生率から計算すればそれは奇跡的、言い換えれば明らかに不自然。偶然の産物ってのは都合が良過ぎる。考えられるのは──)
「第三者の介入。意図的な優崎の存在の隠蔽……」
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日は変わって翌朝、優人と零人は時間を合わせて共に登校していた。この数日間で特に互いの親交が深まり、2人はかなり打ち解けていた。
霊能力関係以外にもゲーム等の共通話題が発見されたこともあり、彼らの親密度も進行していた。
「へ〜、零人君って結構色んなゲームするんだね」
「趣味がギターとゲームぐらいしかねぇからな。気が付いたらハマってた」
「ギターもゲームもプロの人みたいに上手だよね」
「どっちも趣味の延長だ。ギターにしても、そっちの世界じゃ大したことねぇよ」
「ライブできるぐらい凄い人なのに!?」
そんな雑談に花を咲かせている内に教室の前まで辿り着いていた。
優人が先に教室の扉を開けようと手を伸ばしたその時、廊下の奥から、明るい1人の女子の声が聞こえてきた。声が聞こえると少女は優人達に向かって駆け寄って来た。
「あっ、優人。おはよ〜♪」
「香菜ちゃん! おはようっ」
会うと早々に2人は両手を繋いでキャッキャと幼稚園児のように跳ねてはしゃいでいた。跳ねる度に少女の茶色のポニーテールが縦に揺れる。
優人の子供のようなテンションで一緒に喜んでいるその女子生徒を見ると零人は混乱した。2人の関係も疑問だったが、何より優人が2人に増えたようでその光景が異様に見えていた。
「最近は忙しくて全然会えなくてごめんね。なるべく時間を合わせようとしているんだけど」
「全然大丈夫だよ。香菜ちゃんの方こそ無理しないで」
「ありがとう〜優人優しい……」
香菜というこの少女は優人から渾身の笑顔を受け取ると、犬を愛でるように朝から彼に抱きついて頬を優人の髪に擦っていた。
「──あれっ!? いえ、ちょっ、ひゃい!」
香菜は不意に横を向いて零人の顔を見ると声を上げ後ずさりしながら驚いた。
「誰っ!? ていうかいつからそこにいたの?」
「いやこの距離で見えてなかったのかよ! 人の前で随分と大胆な奴とは思ったけどな」
香菜は見られている自覚がなかったため、急激に顔と耳が赤くなっていった。
その様子に零人は何も言えることがなく、少しばかり沈黙していた。
「……」
「ごっ、ごめんね。急に驚かせちゃって」
気まずそうに目線をズラす香菜を見ると零人は話題を切り替えようと一応の自己紹介を始める。
「どうも、転校生の零人です。よろしく」
「あっ、西源寺香菜です! えっと、優人の幼馴染みです。よろしくね」
テンパリながら話した時の雰囲気は、どこか優人と似ている部分があった。香菜はとりあえずの話題作りのために1つ質問を投げた。
「優人とは仲が良いんですか?」
「えぇまあ、はい。そんな感じです」
「それなら良かったぁ。優人って子供っぽい所があるから、友達は多い方だけど心配な所があって。安心しました」
(さっきまで優人みてぇなガキっぽい雰囲気だったが、急に保護者目線の発言になったな。つーか……)
零人は話している内にまた新たに香菜の気になる点を発見する。
優人の話をしている間の雰囲気、先程の優人と接している際の明るさ、そして優人の話をしてから赤らめている頬。
言われるまでもなく、その様子から零人は全てを察した。
(こいつ、優人に惚れてんな。てかこれ、ラブコメで見るやつだろ)
見れば見るほどそうとしか考えられなかった。環境条件のみならず、優人にはあの純粋で優しさのある人間的にも魅力的なあの性格がある。
それが異性の幼馴染みともなれば、好きになるなど難しいことではない。
(あれじゃねぇのか? 幼馴染みに惚れてるヒロインと鈍感で想いに気付かない主人公のあの関係。これって優崎の場合──有り得る。優崎の奴、恋愛感情とか分からねぇ可能性あるしな)
漫画のようなもどかしく非現実的なシチュエーションと関係性は優人だったらなりかねない。そう零人は判断すると、僅かに香菜に対して同情の気持ちを持った。
「香菜ちゃんどうしたの?」
「優人が友達とちゃんとやれてるか心配だっただけ。優人は何かしらやらかしかねないからね」
(ああ、これ仲が良くて優人からはそういう目で見られねぇパターンじゃ──)
「そっか。香菜ちゃんと結婚するまでに、頼れる男の人になりたいなぁ……」
優人がその言葉を言い放った瞬間、廊下に居合わせていた生徒達から生温かい視線が送られ出した。
同級生達からの視線と優人からの言葉で香菜の顔は先程とは比べ物にならないほどに赤く染め上がっていた。
「けっ……ちょっ、優人!」
「んお?」
優人の口から思ってもみなかった言葉が飛び出し、横にいた零人の思考は反射的に停止した。優人からまさか恋愛を通り越し結婚の2文字が出るとは完全に想定外だった。
香菜は恥ずかしさで挙動がおかしくなりながらも零人に自分達の関係性について説明した。
「あ、その、優人とは幼馴染みで、最近になって恋人になったばかりで……って優人、場所考えてよ!」
「ごめんなさい香菜ちゃん。嫌だった?」
「〜っ! 嫌じゃないです大好きですありがとうございます!!」
「えへへ、香菜ちゃん可愛い」
2人の様子を見ていた周りまで恥ずかしくなったのか、生温かな目を向けていた者共は聞き耳を立てながら目線を逸らし始めた。
零人は思考が再開し始めた頭から出た本音を我慢出来ずに零した。
「よし、末永く爆発してくれラブコメキャラ共」
もうどうにでもなれ、もはやそれしか零人は思うことはなかった。若い2人を置いて零人は教室の自席へと向かった。
(流石は優崎の幼馴染みって感じだったな。とりあえず、聞きてぇことがあったがそれは後でにするか)
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朝の優人と香菜のやり取り以降は変わったことはなく、あっという間に放課後となっていた。
学生鞄を肩に掛けた零人を優人は昇降口で見送っていた。
「ごめんね零人君、今日は委員会のお仕事があるから一緒に帰れない」
「おう分かった。帰ったら連絡してくれ、今日はスナランでもして息抜きしようぜ」
「うん!」
後ろに手を振りながら零人は校門を出ると早足で自宅の方面へと向かった。数分ほどそのまま歩き続けていると零人は朝見た茶色のポニーテールを見つける。
改めて周囲を軽く確認すると後ろから香菜に声をかけた。
「どうも、西源寺さん」
「あっ、零人君……だよね。学校お疲れ様。家はこっちの方なの?」
「ああ、少し手前だが方面は同じだ」
ぎこちなく香菜の質問に答えた零人は言い出しづらくなる前に即座に要件を伝える。
「ちっと聞きてぇことがあるから、その空き地で立ち話いいか?」
零人はちょうど横にあった空き地を指さした。香菜は突然の申し出に身構えながらも零人の様子を伺いながら恐る恐る了承する。
「え? うん、良いですよ……」
「あ、別に下心とかじゃねぇからその心配はしなくて良い。少し気になったことがあるだけだ」
零人は疑心暗鬼になっている香菜を気遣い、自分が奥になるよう立ち回った。まだ警戒してる香菜を見て軽くため息を付くと、零人はすぐ様本題を切り出す。
「突然だが、お前は自分のあだ名って聞いたことあるか?」
「え、知らないけど……なんで?」
「おそらく優人と接してる時の様子から付けられたんだろうが、『守護者』って呼ばれてんだぜ」
「そうなの!? 中二病みたいなあだ名でなんか恥ずかしいな、あはは……」
困ったような様子で愛想笑いをする香菜を黙って見ていたが、零人は耐えられず先より大きい溜息を零した。
「はぁ……これでも気付かねぇのか。天然なのか、それとも周りに興味がねぇのか知らんが、流石に驚いたわ」
「えっ、と言うと?」
「お前、覚えてねぇんだな」
零人の言葉の真意を理解出来ない香菜は不審に思いながら首を傾けている。だが嘘やはったりでしている訳でなく、本当に分かっていないと分かると零人は頭を掻きながら再三ため息を吐いた。
「お前については性格も個人情報も何も知らなかったが、守護者の二つ名の由縁だけは分かった。だがまさか守ってる対象があんな逸材だとは知らなかった」
「……どういう意味?」
「ここまで言ってもそれかよ。なぁ、制限されてるって言っても霊力で誰か分からねぇのか? 自分で言うのも何だが、俺は忘れられるような人間じゃねぇと思うぜ」
「っ!」
「とにかく大体の事はお前らの様子から察した。何故、優人が今まで悪霊の被害に合わなかったのか。その真相はお前が絡んでいたから、そうだろ?」
零人が核心的な言葉を次々と投げていく内に香菜の顔色が一気に変わっていった。一度緩みかけていた警戒心が強くなっていくのを零人は悟る。
そして零人は自身の口から香菜の持つ更に別の名を言い放つ。
「──7つの大罪『暴食』の能力者、西源寺香菜」