第14話 アサシンとスナイパー
ある朝の学校。1人の男子生徒が優人に話しかけ、自分のスマホに表示されている画面を見せながら尋ねた。
「優人ってスナランやってる?」
「スナラン? もちろんやってるよ〜」
「マジで!? それじゃあ対戦しようぜ!」
「うん、いいよ!」
スナランとは、今人気のFPSゲーム『スナイピング・オブ・ラン』のことである。従来のスマホゲームと違い、課金による実力差はあまりなく個人のスキルと技術で戦うゲームでコアなファンが多いスマホゲーである。
自由な操作性で、パルクール要素やあえて地形を崩し戦う戦法等技術的にも革新的な今話題の人気スマホゲームである。
「──対戦すんならよぉ、チーム対戦でやろうぜ!」
「れ、零人君?」
優人の知る零人のキャラがいつもと違う。以前のサッカーの時のようなノリで零人は宣戦布告してきた。
今更だが、零人は意外と根に持つタイプである。あのままでは終われない、そして今回は絶好の好機だった。
「うおぉ、良いじゃねぇか!おい皆ァ、スナランやるぞ。優人陣営と真神陣営に分かれたチーム戦だ!!」
『うおぉぉ!!』
ゲーム好きの男子達に火がつき、周りによって優人はゲーム対決することになってしまった。
「大丈夫かなぁ?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ホームルーム前にクラスの男子の中で5人組グループを2つ、優人チームと零人チームに分かれて構成された。決まるとすぐにチーム編成をし、準備画面になる。紛争地のようなボロボロの廃墟が今にも崩れそうで、高低差も激しいステージが選択される。
そして画面にカウントダウンが表情される。
『3、2、1……スタート!!』
「よし、行くぞ」
「おう!任せとけや」
先制を仕掛けたのは零人チームの2人だ。ゲーム高台から飛び降り、優人チームのいるであろう方向にライフルを連射した。
そこにいたのは大本命の優人だった。完全に確認すると2人は落下しながら銃弾の雨を降らせた。
「悪いな優人、ゲーマーとして勝ち負けにはこだわってるからさ。残念だけどゲームオーバ────」
「まだ僕やられちゃってないよ?」
「え? ──あああ!!」
「嘘だろ!?あれをどうやって防いだ?貫通も爆散もつけてるのに……」
この優崎優人にそんな攻撃は効かない。
優人はあの時、撃たれた銃弾の中を精密な動きで全てかわしきったのだ。スマホが感知できるギリギリまで細かく素早い指さばきで回避していた。
弾丸を放ち油断したプレーヤー2人の首を正確に狙い狙撃した。
「よぉ〜し、ここまま──っ!!」
優人は突然バク転で後ずさった。
チームメイトは何をしたのか理解出来なかったが1秒後にその行動の真意を知った。
何発もの銃弾が連射されていた。あの場所にいたら確実に優人は撃たれていただろう。ゲーマーとして本能的に回避したのだ。
優人にはあそこの"あの状況そのもの”が罠であると悟ったのだ。
だが優人の神回避により、結果的には無傷で敵2人を排除できた。
その弾を撃った張本人は崖の上で高見の見物をしている最中であった。
「この速度に反応するなんて、やっぱお前はやべぇな」
──スパン、スパン
優人の仲間達はこの機を逃さない。1人は零人自身を狙い撃ち、他2人は零人が動くであろう軌道を予測して連射する。
まさにチームワークの結晶とも言える連携プレー非の打ちどころのない攻撃だ。
しかし零人は宙を飛ぶ撃たれた銃弾を自分の撃った弾丸で相殺して、防御していた。コンマ1秒、数センチ違うだけでこの現象は発生しない。俗に言う────バグだ。
これは本当に判定がシビアでストレートフラッシュ並の確率でしか起こらない。
その強引な突破を目撃した3人は瞬間的に思考が停止した。その間に零人は崖から飛び降り、残りの銃弾を回転して避けながら3人の方向へ凄まじい数の弾を撃った。
その数では優人ほどの実力のない彼らはかわすことができない。
もうダメだと諦めた3人だったが──弾丸は1つも当たらなかった。
そして安堵からの油断が生じそうになるも反撃の体制を整えた。
「ん?あ、えっと……ハハハ、さっきのはマグレだったようだな真神。このまま撃たせてもらうぜぇ!」
その時に3人は零人に銃弾のフルコースを食らわせるつもりであった。この状況下、死んだとしても誰かしら残ればそれで良かった。チーム戦は1人でも残ればいいのだから。
しかし、1発もこちらから放つことが出来なかった。
3人の画面に映っていたのは『GAME OVER』の文字だけであった。
「なんでだ!?着弾はなかったはず!」
「ククク……俺が狙ったのはお前らじゃねぇ」
「はっ!まさか──」
「その通りだよぉ!!」
零人は彼らではなく、後ろの壁を狙って狙撃したのだ 。完璧に相手を倒すため、逃れられないように壁を破壊することで3人のスナイパーを圧死させて葬ったのだ。
「でもありえねぇ、ただのライフルであの壁を破壊なんて……」
零人は口元を歪ませて自慢するように語る。ネタばらしをする時の零人はニヤリと笑う癖があるようだ。
「お前らにこのゲームの真実を教えてやろう。たしかにこのゲームは課金によるチートはない。だがこれのトリックはある。ある一定額、それも多額の金を課金して初めてアイテムやチート効果が手に入る──」
教室内がザワザワし始める。ゲームに興味のない女子までコソコソ話し始めている。
しかしそんな中で異論を唱えたものがいた。
「う、嘘だ……前に有名ゲーム実況者が何人課金してもダメだったのに。中には、一気に50万突っ込んだ人もいる!」
「──はっ、その程度か? このゲームはな…………100万以上課金してから初めてチートが出るんだよ! しかも課金後でもさらに続ければ、無課金勢では突破できないアイテムが数多く存在するんだよ!!」
「そんな……」
「嘘だろ!?」
「俺のあんな端金じゃ意味がなかったのか……」
やられた者達が崩れ落ちる中、零人のその言葉で皆がろう人形のように固まった。
もしその言葉が真実ならとても恐ろしいことが証明されるということを全員が理解した──
そしてザワザワとしている室内で優人は口を開いた。恐る恐る、蛇でも触るように慎重に寄っていき、質問を投げかけた。
「零人君は……一体いくらのお金を課金したの?」
そして零人は優人を挑発するように答えた。その一言にはとてつもない凄みがあった。
「──お前は、茶碗によそられた米粒の数をいちいち数えるのか?」
「う、嘘だろ!? そんなに……」
「ボンボンとかいうレベルじゃねぇ。一体どこからそんな金が……」
いつの間にか野次馬のようなにクラスの男子達が群がってきていた。女子達も遠巻きから見ている。ゲームには全く興味がない上に、零人の金についても聞きたくても聞けない状況にあったため見ているだけだった。
────そうこの男、真神零人は生粋のゲーマーであり健全なるアニオタである。
零人はまだアニメやゲームの世界に引き込まれていない時に霊管理委員会に所属し世界中で修行をしたため、彼に友人がいたことは一切出来たことがない。
そんな当時の零人の楽しみはゲームとアニメのみであった。除霊をすると依頼者から多額の金をもらうことができた零人はそれら全てを課金やグッズにつぎ込んだほどの熱狂ぶり。
そして年収はIT企業の社長にも劣らぬ額を有している。世界一の霊能力者と考えれば当然のことだ。
生活費は保護者代わりのある者が支払い、依頼費は小遣い代わりだったので、1度課金を始めるとゲーム内で最強クラスになるまで止めない──環境が生み出した至高のぼっちだ。
もはやゲーマーの亡霊と化した零人にはもう誰も太刀打ちできない。零人はその優越感に浸りながら、難なく優人チームの1人を倒した。──残るはもう優人だけとなった。
「さて優崎を……ん?」
肝心の優人が居なかった。だが零人は味方の数を確認した時に自分の状況にも気がつく。
零人チームの味方が誰一人としていなくなってしまったのだ。
「くっ……やられた!」
そして他全員がゲームオーバーになったことで、優人と零人の真のタイマン勝負が始まった。
「よっ……と」
優人は地形を利用し、身を隠しつつグレネードや閃光弾を匠に使い分けて戦う。爆弾だけでなくナイフや爆発した際に二次災害を引き起こす火薬の袋も使用した。
だが、それらは命中ならず。
「上手い……そして甘い!!」
零人はそれをライフルのみで対応する。その絶対的な自信、さすがゲーマー達にマシンガンいや『真神ガン』と呼ばれるだけあるほどのプレイヤーだ。ライフルの使い方が上手いなんてレベルではない、ゲームだと分かっているがその動きの一つ一つに無駄がなく臨場感溢れる戦闘だ。
ドコンッ!
優人によって放たれた煙幕装備の爆弾1つの大きな爆発で、2人の画面は煙に包まれた。ゲームという感覚のない世界で視界を奪われるのは中々の危機だ。
しかしこの状況は互いにとって有利にも不利にもなる環境だった。この隙に2人は有無を言わさず仕掛けた。
「やあぁぁ!!」
「うおらあぁぁ!!」
バンッ
鳴り響く一発分の銃声。このゲーマーとしてのプライドをかけた勝負にとうとう決着が着いた。
──零人の画面には"GAME OVER”ただそれだけが映されていた。絶対的自信があった零人は動揺して自分のゲーム画面を何度も確認した。そして何も変わらなかった。
「なんでだ!?弾は防御したのに、確かにその感覚はあった……」
そうしていると段々と目隠しだった煙幕が晴れてくる。
生き残った優人の画面に映し出されていたのは銃弾に撃たれた零人のアバター…………ではなく、1本の鉄パイプに刺された零人のアバターだ。
「これは、さっき壊れた建物の残骸! ──まさかお前も、俺と同じように壁を破壊して倒したのか。さっきのグレネードはそういうことか!!」
全ては優人の算段であった。身を隠しつつ、あえて近くに寄っていくことで零人に自分しか見せないようにする囮作戦。
そしてこの場所は零人が先ほど散々暴れ回ったおかげで足場なども脆くなっていた。無課金プレイヤーの優人はグレネードでその地形を崩し、崩れる音と迫る壁を悟られぬように煙幕を使用した。最後のダメ押しとして伏せた状態から瓦礫を撃ち抜いて零人にぶつけた。
生き埋めにするよりも細かく鋭くわけた方が得策だという完璧な優人の作戦だったのである。
「くっ……どうして──」
「……零人君は武器や自分だけ頼っていたからだよ。僕はみんなと、チームメイト達と協力して戦ったから君に勝てたんだよ」
零人はゲームの本来のあり方を思い出し悟った。本来のゲームの意義は純粋に楽しむもの、勝利や成功を仲間と分かち合うもの。1ゲーマーとして零人は潔く自身の敗北と欠陥を認め、優人に敬意を表した。
「完敗だよ優崎、お前の勝ちだ」
今回もまた敗北。自ら認めたものの零人はブルーになって落ち込みそうになる。
──だが級友達の言葉でそんな暗い気持ちは消え去った。
「零人すごかったな」
「かっこよかったぜ!」
「今度、裏技とか教えてくれよー」
「──えっ?」
零人は今までずっとどのゲームに至ってもソロプレイだった。たった1人という孤独を忘れる意味でもゲームを楽しんできたので誰かにこんなふうに言われたのは初めてだ。
歳相応に友人ができたことのない彼にとって、彼らの言葉は救いだったのかもしれない。
「──じゃ、今度またやるか!」
「いいぜ、今度は俺零人チーム〜」
「え〜、強過ぎるよぉ」
ゲームにより人と繋がることのできた。孤独の象徴であったゲームが、まさかこんなことになるとは零人も予想出来なかった。
──盛り上がっている中、皆も忘れていたことがあった。
それは、いま彼らの後ろに立っている体育教師の鬼の形相が全て物語っていた。その形相を見て、男子全員の背筋が凍った。
「お前らの担任の代わりに来てみたらホームルームの時間になって席に着かず何をしている!これは、没収だ。そしてそこにいる奴ら全員、後で指導室に来い……」
『スマホが~!!』
これ以降、学校でのFPSゲームは禁止となった。だが零人にとって、初めてのマルチプレイの思い出としては悪くないものだったという。