第34話 優崎優人の異形
「どういう事だ」
病室から追い出された直後、零人を襲ったのは驚愕だった。
病院の応接間で二人と向き合っていたのは回復したてで包帯も取れていない瑛士だ。呼び出しを受けた零人と香菜は、彼の口から信じ難い事実を告げられる。
「師匠、香菜さん。結論から言うと今回の任務を通じて、優人の兄貴の肉体にいくつか不可解な点を発見しました」
それを伝える瑛士の表情もどこか尋常な様子ではなかった。混乱しつつも冷静さを保とうと努めている、そんな顔だ。
「不可解な点ってのは?」
「まず兄貴の肉体の耐久力が異常です。ただでさえ素の身体能力や体力が霊力で強化したA級能力者並で、しかもアーム級魔獣の攻撃にも耐えられるなんて普通じゃねェ。本来食らえば能力者でも即死だ」
日ごろから優人と関わってきた香菜にとって、優人を見た第三者の反応を見ることは珍しいことではなかった。それもあって彼女は瑛士の取り乱した様を大げさだと捉えていた。
「まあまあ、優人って昔から頑丈だし」
「そんな笑ってられる次元じゃねェんですよ! 再生能力もねェのに内臓や下半身の傷が癒えて、霊力回路が壊れかけてたのに戦闘後には修復されてんなんて」
瑛士からの言葉に気付かされ、香菜はハッとした顔で優人の身体機能について考え直した。そして客観視したことで優人という能力者の異常さを認識した。
二人が戸惑いを見せる中で瑛士は手に持った紙の束から一枚の写真を取り出す。
「これを見てください」
「この資料は?」
「優人の兄貴のレントゲン写真です」
レントゲン画像がテーブルに置かれた瞬間、彼らは言葉を失っていた。
「おい、これどうなってやがる」
そこに映っていたのは優人の体内、胴体部分の内臓を中心に取られたレントゲンだった。しかし一目見て二人は画像の奇妙な点を察した。
そこに映っているものが、通常よりもあまりに多過ぎたのだ。
「なに、この身体。内臓から出てる管が明らかに多い。他の大きい血管は全然映ってないのにこんな」
「いや待て、そもそも内臓の数がおかしい。消化器官以外の臓物が数個ぐらい多いぞ。なんだこの構造は」
優人は通所の肉体よりも多くの内臓が密集して存在し、そしてとぐろを巻いた蛇のように何本も用途不明の管が通っていた。明らかに異様としか言えないその人体構造は零人達を絶句させる。
「通常なら存在しない内臓が兄貴からはいくつか発見されました。それも高密化されたカロリーを貯蔵する器官が」
カロリー、という単語を耳にした零人は瞬間的にある出来事を想起した。
「……優人は確か大食いだったよな、西源寺」
「う、うん。でもいつもはご飯そこまで食べる方じゃないし、ずっとお腹減らしてはなかったよ」
以前上葉町で開催された大食い大会にて、信じられない量の料理を香菜と共に涼しい顔で平らげた優人。その際の衝撃を零人は思い返して本件との繋がりを察した。
「大食い大会の時はシロや優人の妹もバカみてぇに食ってたから気付きにくかったが、考えりゃ不思議な話だ。暴食の大罪の能力者に張り合える普通の胃袋なんて」
「そういえばシロとさやちゃんはあの日の前の晩からご飯抜いてたみたいだけど、確かに優人は普通にその前も食べてた……」
(いや飯抜いてたとしてもあの二人も相当だったけどな)
自身の仮説が正しいか僅かに揺らいだものの、その後に瑛士が発した言葉で零人の考察が正しかったと立証される。
「この複数の内臓ですが、どうも兄貴が体内に溜め込んだカロリーの一部を霊力に変換しているようなんです。それも普通の消化とは違い、一定量のカロリーを超えた時だけ機能しているみたいで」
自身に必要なカロリー数を超過した際にのみ溜め込み、溜め込んだカロリーは霊力としてストックする。あまりにも都合が良く、恩恵のようなデメリットのない貯蔵機関。
それはまさに、
「そいつはもう、完全に『暴食』の能力と同じ機能じゃねぇか」
香菜の宿す暴食の大罪の力、霊力の変換と操作を司る『ソウルイーター』。その力の副産として香菜はカロリーと霊力の変換を行う能力を授かっている。
それは即ち、優人が一部とはいえ大罪の能力と同等の能力を有しているということだ。霊管理委員会の最高峰の力たる大罪の力を。
「はい、本当にその通りだったんです。この謎の器官からは、香菜さんの霊力が一部検出されました。呪いの力になりかけてる兄貴の霊力と一緒に」
その報告を受けた途端、香菜の背筋に嫌な悪寒が走った。
「それって私の霊力を、優人が吸収したってこと?」
「恐らくは。それも兄貴の呪いの力で」
優人の肉体の根本的な構造の異常、本人でさえ知らないであろう能力の存在の認知。この事態に二人は終始当惑していた。
一つ一つの情報を確認しつつ、ここまで得た事実から瑛士はある結論を出す。
「状況から考えると、優人の兄貴は最も長い期間共に時間を過ごした香菜さんの霊力を呪術式の力で少しづつ無意識下で吸収して、能力の一部を発現させたのだと」
「おいおい、それはもう呪術式の『呪いを掌握して行使する』って能力の域を超えてるぞ」
「仰る通りです。なので兄貴は身体機能の大幅向上と大食が可能になった時期には既に、呪術式をが覚醒段階まで進んでいたことになります」
「これが本当に呪術式の第二覚醒ならその力は……能力の模倣、それに相当する能力」
下を俯き零人はこれまでになく険しい表情で、これらの事実について再考した。
(信じ難いがその仮説には納得出来る。だが、時期が妙だ。瑛士の言う通りなら優人は俺と出会った時、霊能力が覚醒する前から呪術式を支配下に置いていたことになる。霊能力が覚醒した後に術式が覚醒することはあっても、逆はあり得ねえ)
重たい空気が流れる中、続けて瑛士は別のレントゲン画像を前に出した。
「呪術式が絡んでいるということで、魂と霊力回路を映し出す霊子レントゲンも試みましたが」
「これは……」
そのレントゲン画像は先ほどのものとは異なり、内臓はおろか優人の体内を何も映せてはいなかった。この霊子レントゲンは本来心臓付近にある魂と、模様や道のように刻まれた霊力回路を映す。
しかしその画像には白と黒のモヤが胸部全体に広がっていただけだった。モヤは左右にそれぞれ分かれながらも、境界は曖昧で一部混じっているようにも見える。
「魂の核を覆うような二つのモヤが映って、撮影することが出来ませんでした」
「黒いモヤの方は、呪術式の影響だ。俺らの大罪の力も霊子レントゲンではこれみてえに映るからな。だがこの白い方はなんだ?」
「サラマンダー寺院総帥のンクーロン氏曰く、呪術式の他にもう一つの力が兄貴に干渉しているとの事でした。おそらくその力というのが、これのことかと」
そこからしばらく、三者の間で言葉は交わされなかった。それぞれが時間をかけ、これまでの事実を理解しようと徹した。
全員がひとまずの納得を得ると零人はこれら全ての情報を統括し、この件に関しての方針を固める。
「この件については秘密裏に調査を進めよう。まだ不確定要素が多過ぎる上、事態がどう事が動くかわからねぇ。だが、これだけは言える」
こうしている間も彼は胸騒ぎがしてならなかった。
「とてつもなく嫌な雰囲気だ。優人の力の目覚めに共鳴して、何かが動き出すような予感が俺はする」
(もしかしたら、これも俺の予知夢の一つが関連するかもしれねえしな)
この異常事態を彼らは深刻に受け止めていた。それは優人に眠る力の及ぼす影響、そして彼らの友人の身について、気掛かりだった。





