表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/149

第32話 後夜

 霊力は枯渇し、全身に激痛が走り、龍だったものが散っていく様を目に焼けつける間に優崎優人は落下する。出血多量に臓腑まで到達する負傷を負った少年は自由落下に抗えない。


(あ、ダメだ。視界がもう)


 地面に接近していく感覚が強まっていたその時、遠くから叫びを上げる少年の声が鼓膜を震わせた。


「間に、合ったァァァァ!」


 盲目の少年は落下中の優人を、宙で希釈させた己の腕で掴む。優人が地面に叩きつけられる事態は辛うじて免れた。


「瑛士く、ん」


「っとやべ、力入んね──」


 優人と同じく既に満身創痍だった瑛士は『カイザー・レガシー』の瞬間的な行使が限界だった。再び2人して落下を始めたかと思ったが、次の瞬間には不可視のマットレスが空中に用意される。


「わぁ、これって振動のクッション?」


「白夜の野郎、ちっとは回復したか。アトランティス酷使し過ぎなんだよバカが」


 瑛士には遠くからアトランティスを通じて凶星を発動する白夜の存在を感じ取っていた。悪態をついているものの彼の表情は穏やかなものだった。


 特級(アーム)を退け一息を付けたかと思った。しかし古代都市の刺客は彼らに容赦をしなかった。


「嘘、まだ魔獣が……」


「B級程度の残党が、隠れてやがったのか」


 更地と化した周辺の外から、B級の中型魔獣がパラパラと優人らの元へ向かってきていた。どの個体も非常に貧弱で、特異な能力はなく、全体数も少ない。だが瀕死の重症の2人が相手をするにはとても敵わない。


 重症ながらまだ身体を動かせた瑛士が決死の迎撃を穿とうとした刹那。


『遅れてすいません。御二方』


 彼らの脳内に聞き覚えのある女性の言葉が響く。と同時に、氷雪の息吹が魔獣共を襲った。

 何が起きたと優人が見上げると、そこには彼の愛する麒竜がいた。主人の危機にかけつけた勇ましき忠竜が。


「み、ミリーッ!」


 生物的なキリンの形態から、その斑点の柄の面影だけを残して龍の姿となったミリーが地下空間の上空から降下してくる。

 そしてその背に、先程のテレパシーを送った声の主が跨っていた。


『臨時回収班班長、フレイバーグ。ただ今到着致しました』


 優人が以前に無人島で出会った霊管理委員会所属の亡霊、溺死寸前だった優人を救ったかつての恩人が迎えとして現れた。


「フレイバーグさん、なんでここに」


『ルシファー様からの司令です。上葉町を救った英雄達を直ちに保護せよ、と仰せつかりました』


「それじゃあ」


『任務完了でございます、お疲れ様でした。後始末は私達亡霊部隊にお任せを』


 その言葉でようやく2人は悟った。周辺に集いかけていた魔獣の残党を狩る、亡霊達の姿に。

 そしてその中で1頭、またしても優人が見覚えのある獣が大地を駆けていた。頭部と両腕から突起した紫苑のクリスタルにブラウンの毛皮を生やした魔獣、アークグリズリーの子供。唯一優人にのみ心を許した獣の友。


「ベーリンも……来てくれたんだぁ」


 優人は一雫の涙を零し、眠るように目を閉じた。瑛士は気を失った優人を担ぎ、フレイバーグの操るミリーに乗ろうとした。


「ではフレイバーグさん達に任せて、行きましょうか兄貴──えっ」


 瑛士は眼球を破壊され、現在は一時的に盲目状態に陥っている。故にこの瞬間まで気が付かなかった。優人の身体が今、どうなっているかを。

 だが目が潰れる前の瑛士の記憶では、確かに優人は大量出血と重度の火傷、内部組織にも多大なダメージを負っていた。それゆえこの時に、カイザー・レガシーでの応急処置を試みたのだ。

 だが瑛士は優人の身体に触れて、彼の肉体の異常を理解する。


「なんで兄貴、こんな軽傷なんだ?」


 火傷は内部まで浸透しておらず、臓腑は機能を保全したまま。骨や表皮こそボロボロにはなっていたが、数分前の状態よりは明らかに状態は良い。


 何より違和感を抱いたのは、回復魔法を使った形跡はない事だった。瑛士はその不可解な状態を悟った瞬間、全身の毛が逆立った。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 上葉町の一角に存在する荒れた山。その頂上から監督役を担っていた零人とルシファーは街を眺める。


「なんとか彼らがやってくれたみたいだね」


「そうみたいですね。ただ……」


「これ、どうしよっか」


 優人達が打ち倒した魔獣達の霊力が地表に溢れ出し、空に立ち上って獣の顔ような塊を形成していた。


「死した魔獣が特級なら多少の霊力が漏れるとは思ったけど、まさかこの規模で再形成しかけてるとはね~」


「まあそれも見越しての新人投下じゃないですか」


 2人が悠々と話す横に1人の男が、魔法陣を刻まれた地面に両手を押し当てる。彼は地下空間から微量に溢れる霊力をこの山の霊脈を通じて吸い上げ、自身の持つ「他者の意識を飛ばす」固有能力へ出力する。


「能力の出力拡張、大丈夫そうか? 石川」


「ええ。お陰様で、思ってたよりは負担が少なくて助かります」


 優人と零人の学友、和幸は今回の任務で秘密裏に正式な霊管理委員会のメンバーとなっていた。全ては彼の有する能力と、彼の身の安全のため。


「全く、儂の主の癖して面倒ごとばかり引き受け寄る」


 和幸の背には着物姿の幼女がおぶさっている。幼く愛らしい見た目とは裏腹に老人のような文句を垂れる子供の妖怪。和幸に取り憑く座敷わらしその者だ。


「見逃してくれ、わらっちゃん。これも君達を守る為なんだ」


「くっ……と、とにかく! さっさと済ませるんじゃぞ」


 頬を赤らめてそっぽを向いた座敷わらしは不本意ながら霊力を和幸に供給する。更に座敷わらしから供給される霊力は『奇跡』として昇華され、和幸の能力の有効範囲を街全体へと拡張していった。


「『記憶の楽園計画』に乗ってくれた彼、なかなか良い新人じゃないか。ただ……」


「ただ?」


「もしかして彼って、ロリコ──」


「それは言わないでやって下さい」


 軽く注意をするついでに零人はルシファーを拳で小突いた。ハハハと笑い飛ばし、ルシファーは首を傾けて準備運動を始める。


「さ、ちゃっちゃと終わらせよっか」


「あい」


 瞬間、両者の掌から気砲のような波動が放たれ、上葉町上空に漂っていた魔獣達の霊力が跡形もなく消し飛んだ。1秒にも満たない時間で大質量の霊力は零人らの技によって吸収され、二次被害は防がれる。

 傍らにいた和幸の目には、巨大な霊力が突然消失したように見えたという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ