第13話 迷える浮遊霊
グギュウウゥゥゥゥ
「お昼ぅ〜、お腹空いたぁ」
優人は腹の虫を鳴らしながらトボトボと弁当を持って屋上へと歩いていく。
「でも零人君……あれは予想外だったなぁ」
零人はこの学校の屋上が気に入ったらしく、毎日の昼休みと夕方5時までの屋上の利用を教師達に直談判しにいったらしい。詳細は謎だが、教職員一同賛成だったらしい。
──優人は気づかなかったが、今日一日他の生徒達の間では教師達の話題で盛り上がっていた。
担任も教科担当の教師も皆、上機嫌にほくほく顔で授業を進めていたのだ。普段は全く笑わない教師すらも満面の笑みで廊下を歩いていたのが決定打だった。
「さあ、お弁当お弁と────」
「きゃあっ!」
「うわぁ!」
優人が階段前の曲がり角に行った時、階段から降りてきた女子生徒とぶつかりそうになる。この距離感であると確実にぶつかる。だが優人はぶつかると思った瞬間、反射的に呪いの拳を脚の後ろから出現させた。拳から肘先までを数本出して地面に手を固定、そして体勢を立て直す。
「っ!!」
1秒にも満たないその妙技で体勢が安定した優人は考える隙もなく、呪いの拳の2つをその女子の肩に当てて倒れるのを防いだ。
「ふぅ……良かった──あっ!」
咄嗟の行動で気付いてなかったが、霊能力を一般人に使用してしまった。これは重大なことである。優人の視点からだと、2つの黒い拳が目の前の女子の体を支えている。それだけでも十分にヤバいが彼女目線からだと自分は不可視の力によって支えられていることになる。
(あわわ、大変だよ!あぁどうしたらいいの────あれ?)
優人はパニックに陥る前に違和感を覚えた。呪いの拳の感覚は優人にも伝わってくる。だから変だったのだ。
支えている彼女からは肩に触れているにも関わらず、体温を全く感じない。その他にもそこ女子は小柄だったがいくら小柄といえども、拳に感じる重さは人間としての体重にあまりにも達していなかった。
何より、優人の霊能力的感覚で分かったことがある。
この少女の体は霊力で満ちているということ。液体のようであり気体のように流動する霊力で体を構成されていた。
簡単に言うと──幽霊だった。
「痛たぁ……」
容姿はというとその女子は大人しそうな子だった。小柄で見た目や声からの印象は『小動物のような女子』。外見年齢は少しだけ周りより幼く、優人よりは上ぐらいの顔立ち。この学校の制服を着ている。
ただ違う点といえば、彼女がいま宙に浮いているということだけだ。
彼女は何が起きたかわからず目をぱちくりとさせると、数秒遅れて自体を把握して驚愕した。
「触られてる!? というより……きみ、私が見えてるの?」
「う、うん。見えてるよ」
「ならお願い、助けて!」
──優人はその幽霊の女子をひとまず、屋上にいる零人の所に連れていくことにした。零人は事情を聞くと真剣な面持ちとなった。
「お前は困ってたからとりあえずここに連れて来たわけだな。まあ確かに、賢明な判断だな」
「ねえ零人君、幽霊ってお昼は出ないんじゃないの?」
「それは邪悪な霊力が源の悪霊だけ。……並の霊力しかないやつはな。守護霊とか浮遊霊は見せないだけでいるし、その気なら見れる。霊能力になれてくると逆に幽霊や人の区別とかがしっかり分かるようになるしな」
「──ところで君は?名前とか助けて欲しいこととか……」
「あ、それなんですけど実は…………分からないんです。自分のことも何もかも。助けて欲しいのは私はどうすれば記憶が戻るのかということです」
「──1番古い記憶は覚えているか?」
「2日前に突然廊下に立っていました……それ以前のことは何も」
「……死んだら生きてた時の記憶は基本的に引き継がれるが、死に方があまりに強烈だと死んだあとに記憶を失う事もある。そういうことも無いわけじゃないが最近、学校で亡くなった奴が居るって情報は耳に入ってねぇから考えられる可能性は──霊的な攻撃による記憶喪失」
「ということは……もしかしたら私は元から幽霊でただ幽霊だったことを忘れてた、だけ?」
少女は目に涙を溜め数滴だけ地面に垂らした。少なくとも第三者から『とっくに死んでいる』なんて言われることは普通じゃない。心境は穏やかではなかった。
だが零人はその女子に優しく声をかける。
「まあ、だから霊的な攻撃を受けた可能性があるってだけだ。ちょこっと原因解析するから頭少し下げてくれ」
彼女が顔を下に向けると、零人は右手をかざし魔術での原因解析を進めた。およそ10秒間の間、右手は青白い光を放って魔術が発動された。その間に少女は涙を手で拭った。
──だが解析が終わると零人は顔をしかめた。
「……少なくとも霊的な攻撃の痕跡は見当たらなかった。すまない、まだこの術だと直接的に霊能力が関わらねぇと原因が突き止められねぇんだ。かたじけねぇ……」
「ううん、ありがとね。わざわざここまでやってもらえるなんて」
そう言う彼女の横顔は、とても寂しそうだった。
「…………優崎、お前は今日一日この子に付き添ってくれねぇか?少なくとも俺は霊能力者だ。幽霊に対してやれることはやってやりてぇし、何より真相が気になる。俺は過去のデータを漁ってるからお前は彼女の記憶の方を頼む」
「えっ、いいの!?」
「逆に確証が得られるか分からないのが申し訳ないが、全力でサポートさせてもらうぜ」
「ありがとうございます」
(零人君……普段はとっても強い人だけど、やっぱり零人君は優しいんだね)
──こうして、午後は授業等を一緒に受けることになった。
彼女は授業や生徒たちの学習している部分のノートを背後から覗き見ることで記憶を取り戻そうとした。
だが5時限目と6時限目の授業は数学と体育だったので正直あまり心もとなかった。
「うん、多分この辺りは勉強したような気がする」
「本当!?ならちょっと待ってて。後でできそうなことがあるの」
体育も終わりホームルームを待つ間に優人はなるべく周りと会話をした。情報など探りながらも高校生らしい会話をすることで彼女の記憶が復元するのを試みた。
しかし、彼女に関係ありそうな情報も得られず成果も上げられなかった。
そしてそのまま放課後になってしまった……
「やっぱりダメだったね」
「ごめんなさい……でもまだ一日だし、明日も記憶が戻るように頑張ろうよ!」
「…………うん、ありがとう」
そう言って、少しばかりの静寂が訪れた。優人は不甲斐なさも感じ、申し訳なさで一杯になった。少女の方もここまでやってもらっているのに、何も手がかりがないということに焦りがあった。
──2人が疲れ果てた時、廊下で数人の女子達とすれ違う。すれ違いざまに彼女達の会話がふいに耳に入った。
「あの人どうなったのかな?2日前に倒れたひと……」
「まだ意識ないらしいよ」
「ホント?まぁ、転び方が良くなかったらしいからね」
「────っ!!」
彼女の頭の中で頭痛と共に映像がフラッシュバックする。
家……通学路……校門……教室……廊下……階段…………逆さまの景色。
あの時の感覚、痛みが再び脳裏に焼きつけられる。あの時は感じなかった、震えるような恐怖に体を支配される。
彼女は恐怖と驚愕の表情を露わにし、徐々に彼女の体が小刻みに震え始めた。
「はっ……あぁぁ、ぇあ──」
「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「っ!?」
少女の叫びが優人の耳に届いた時、強風が校舎内から吹いたかのように吹き荒れ、近くの教室内の紙が全て飛び散った。
「うぐっ……」
優人はその突風の影響で動けなかった。少女はパニックもあってか突発的に『ポルターガイスト』を発動したことで彼女は廊下の窓から飛び去った。彼女は飛んで街の方に行った。
すると廊下の向こうから零人が向かってきた。
「状況は察した、追うぞ優崎!!」
「はいっ!!」
そして2人は召喚術を使用してキメラを呼び出した。
少し大きいキメラにまたがると2人は窓から飛び立ち、彼女の残した霊力の痕跡を辿ることによって追跡を始めた。
「おい、あっちの方に落ちていったみたいだ。優崎、あっちには何がある?」
「あそこは────」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「場所的な可能性としては信憑性が高いな」
「うん、ここにいると思うよ」
2人が着いたのは街の病院だった。
魔術で気配を完全に消して病院の中で彼女を探した。
病院は生と死の両方のことが起こる場であるため、霊力があちこちにあって優人は混乱しそうになるが彼女の霊力の雰囲気を頼りに廊下を歩き、1つの病室の前に到着する。
その部屋にはあの少女がいた。誰かが寝ているベッドの上に座っている。
「──やっぱりあったんだね」
そのベッドにいたのは、少女の肉体だった。肉体は静かに眠っている。本人がいることもあって魂の離れた彼女の肉体はまるで別の人形のようだった。
「……ごめんね。記憶が戻ったけど取り乱して、飛び出しちゃった」
もうずっと泣いていたのだろう。証拠に彼女の目はすっかり赤くなっている。霊といえど人間、死しても涙は出る。心はあるのだから。
まだ現実を受け止められずに彼女は震えていた。
「少しづつでいいから、僕に話してくれる?」
優人は子供を宥めるような落ち着いた優しい声で彼女に話しかけた。
「うん……」
──結論から言うと彼女は現役の上葉高校の生徒。それも優人達の隣のクラスの女子であった。
ちょうど3日前に階段で足を滑らせてしまい、さらに運悪く頭から落ちたことによって現在まで意識不明の重体になってしまったようだ。
その拍子に魂が抜けでて幽体離脱の状態なり、優人と会ったあの階段で半地縛霊と化していたらしい。
話ている間、彼女は自分の肉体を何度も見て零れそうな涙を堪えていた。
「こっちか!!」
その時、廊下から零人の声が聞こえてきた。そして零人は走って病室に入室してきた。
そして彼女と彼女の身体を見ると、零人は力が抜けたようにその場に座り込んだ。はぁ、と息を吐いて右手を自身の顔に当てた。
「────良かった」
「え?」
「もし死んじまってたらマズかった。魂を戻せても記録に取られちまうから規約上できなかった。だが……生きててくれた。本当に良かった、間に合ったぞ」
「──ていうことは私……」
「あぁ、戻れるぜ。はあぁ……マジで良かった」
「……うぅ、ありがとう。ありがとう…………」
「俺は当然のことをしただけだ。礼を言われる筋合いはねぇよ。──それじゃ、早いところ戻すぜ。戻っても目覚めるまではちょいと時間もかかることだしな」
彼女が泣き終わるのを待ち、落ち着いたらすぐに元の体に戻る準備を整えた。零人は魔法陣に手をかざして、何かボソボソと数分ほど呟いた後、彼女の体の目の前に、立って魔法陣を展開した。
「よし、あとは体と重なれば戻れるぜ」
「うん、僕も安心したよ〜」
「──本当に2人ともありがとう」
彼女はとても綺麗な笑顔で感謝の言葉を言った。その不安感から解放された表情の彼女の顔を見れて2人は満足する。
「もしかしたら霊体になった時の記憶は消えるかもしれない。ただその後の経過だけちょくちょく様子見にいくと思うから、その時は忘れてるかもだが……よろしくな」
「本当にありがとう!また、忘れたとしても必ず思い出すから、待ってて!!」
そう言い残し、彼女は自分の体へと戻って行った……
──────そして彼女は目を開けた。
まだ意識がハッキリとせず状況がわからない中、彼女は半身を起こして周りを見渡した。
そして誰もいない病室に差し込む夕日を見る。あの赤く染まった空を見て、寂しさと胸の高鳴りを感じた。
「────あれ?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
翌日の学校は至って普通で、優人も零人も力が抜けきった様子だ。それだけ昨日は彼女のことが心配だったのだ。
「あの後大丈夫だったかなぁ?」
「あん時に体の異常とかも調べたが、問題なかったぜ。本当に脳震盪で気絶した拍子だったらしいし、脳の方も医者がしっかりと手術をしたおかげで何ともなかった」
「それなら良かったぁ」
────その時、あの声が聞こえた。
「2人とも!!」
「……えっ!?」
廊下の向こうから、あの少女が向かってきた。昨日の今日だというのに元気そうに走っていて安心した。
彼女は近づいて来ると、頭を下げてお礼を言った。
「2人とも、本当に昨日はありがとうございました! なんてお礼をしたらいいか……」
「礼なんて……君が無事で何よりだよ」
「うん、うん。良かったよぉ〜」
「優人君と──零人君に私の名前教えてなかったよね?」
「私の名前は菜乃花、入山菜乃花。これからよろしくねっ!」
「よろしく」
「よろしくねぇ〜」
すると後ろの方から他の女子達の声が聞こえてきた。
「あれ?あ、なっちゃん!なっちゃんがいる!!」
「治ったの!?」
零人は気を使って優人を連れて教室に向かった。
「それじゃ、とりあえず友達に無事を教えて上げなよ。俺らは教室行くからさ」
「うん、またね!」
零人はその場から優人と共に離れる。
菜乃花は友達の方に向かって走り寄る。その時の一瞬、彼女はチラリと2人の方を向いた。
その一瞬に心の中で2人にお礼を言った。
(優人君、零人君、本当にありがとう)
菜乃花はこの日の朝日がいつもより一段と輝いて見えた……