第25話 負傷
虎の巨体と龍の火炎球の光を最後に2人の記憶は途切れ途切れなものとなった。
完全に主導権を握られ、優人と瑛士は攻撃の回避と防御で手一杯。
瑛士は目の負傷、優人は龍の火球に触れた事で動きが鈍くなり攻撃を食らう頻度が増えていった。
二人の身体には絶え間なく魔獣の攻撃が浴びせられ、体力と共に彼らの肉体そのものを削っていった。
瑛士は膝下から先を大きく損傷し、優人は腹部に小さな切り傷と腕の複雑骨折。
他にも生々しい傷跡が時間経過と共に増え続け、2人は大量出血によって遂に倒れ込んだ。
瑛士はカイザーレガシーの能力の影響で肉体の自力修復が可能だ。その上、この暗い地下空間は牙狼の影の効果を引き出す。
本来であれば肉体全てを分子単位で希釈させ、回復が完了するまで大気の中で逃げ隠れていれば良い。
しかし魂を晒し、この魔獣達の攻撃に無防備に晒されることにもなる。唯一の安全な回復手段すら防がれていた。
優人も回復能力については簡易的な治癒魔法程度しか扱えない。まして優人はまだ何も権利や地位を得ていない能力者。
死んでしまえば、大罪の能力者達のように生き返ることは出来ない。
八方塞がり。尽く攻め手を潰された彼らは苦痛と戦闘の果てで、負かされ地面に伏していた。
「優人の、あに……き」
顔を向ける余力すら無くなった瑛士は枯れた声を振り絞って優人に声を届けようとする。
喉が裂けて呼吸もままならなかったが、溜まった血を吐き出して瑛士は声を上げる。
そして涙を飲む思いで、受け入れ難い事実も彼に告げる。
「もう、確実に勝てる、策はなくなりました。このままだと、多分……死にます」
出血によって体の酸素供給は不足し、虚ろな目をして仰向けになる優人は声も上げられなかった。
優人は指を動かし、砂利を握る音で瑛士に返事の代わりを送る。
「だから──」
泣きそうな声で天井を見上げる瑛士は、震えて苦しそうに優人へ宣言した。
「死ぬ覚悟で、俺は戦ってきます」
「……」
「勝つか、負けるか……生きてるか、死ぬかも、何も分かんねぇですけど、俺の最後の秘策を、使います」
次第に瑛士の裂けた喉から出血量が増え、消えかける炎のように声が出しづらくなる。瑛士は苦しさを必死に誤魔化しながら、優人に頼み込んだ。
「あの虎は、俺が倒します……兄貴は、龍を、倒してください」
断続的に襲い来る苦痛、死に対する恐怖心、感情の暴走で優人は目から血の混じった涙を大量に流した。
身体の震えを下唇を噛むことで押さえつけ、優人は友に託された願いを承諾する。
「んっ……うん! まか、せて。ぼく──たたかうよ」
吐血しながらも瑛士は最後まで強くあろうと懸命に耐える優人に微笑みかけた。
「それじゃあ最後に、援助を失礼します……」
瑛士は能力で飛ばした大気中の細胞を操り、優人に治癒魔法と転送術を発動した。
「兄貴の霊力の一部使って、回復させました。このあと、転送術で兄貴と龍を離れたとこに飛ばすんで、お気をつけて……」
淡く弱々しい光に全身を包まれていく優人は瑛士から受けた最大の温情に感謝を述べる。
「──ありがとう、瑛士くん」
目から溢れた涙の最後の一粒が地面に落ちた時、優人は転送術で姿を消した。
共に瑛士が決死の思いで発動したもう1つの転送術も成功し、傍にいた紅龍も忽然とこの場から消え去る。
「さてと……」
瑛士は穏やか笑顔を取り戻し、静かに鼻から息を吐き出して上を見た。
そこにはまた青虎は瑛士の前に立ちはだかり、憤怒の表情で彼を睨みつけていた。プライドの高い地下都市の主は瑛士が行った最後の足掻きに怒り心頭だった。
「これで、終わりだ」
瑛士は理解していた。大罪の能力者は大罪の悪魔がいる限り、不死の存在である。しかし魂の損傷や精神を破壊されれば、それは叶わないということも。
人格が破壊され廃人の霊となるか、全てを失って輪廻転生の流れに乗る。
そこに他の人間と違いは一切ない。心は消えて、本当の意味での死が訪れる。
青虎は瑛士に汚物を見る目を向けながら、自身の分厚い足の裏を彼に見せつけていた。
『最期の最期で見苦しい。今ここで去れ』
超質量の獣の脚は振り下ろされ高速で瑛士の元へと落ちてくる。
(結局、またこれか……)
迫る巨脚の風圧で瑛士の身体は軋み、血で濡れた砂も周囲へと飛んでいく。視界は暗闇に包まれ、巨大な霊力が迫り来る感覚だけが瑛士にはあった。
これから来る死を前にした瑛士の頭の中では記憶の整理がなされ、走馬灯が流れ始める。





