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第22話 星になりたかった

 赤の外套を纏い黄金の冠を身につけた王は魔法陣より地下へと降臨した。

 灰色の髪を揺らし、王は自分の後ろで満身創痍となっている兄の顔を見て冗談混じりに微笑みかける。荘厳さと魔王の風格を持ちながらも彼は親しみある柔らかな声をしていた。


「それにしても兄者よ、随分と食らったようじゃないか。ただの石ころ如きと思って油断でもしたか?」


「ハハ、買い被り過ぎだよ。君の身体と違って僕は普通の人間の肉体だからね。剣聖としての技術は合っても、身体は追いつかないからさ」


 大魔王ジオと呼称されている真一の実の弟、成宮透真はいつもの調子で返答した兄の様子を伺うと安心したような吐息を漏らす。

 兄弟が再会し、彼らが互いの無事に安堵している横で白夜は驚嘆していた。


「えっ、ちょっと待って下さいっス真一。あいつ、透真っスよね!? 完全に別人じゃないっスか!」


 白夜が仰天するのも当然であった。白夜がこれまで観測してきた成宮透真という少年の存在と、目の前で立つ知と力を有した大魔王ジオの存在は完全に別であったからだ。


 そのグレイの髪と幼くも整った顔は同じであるが、普段の透真の人格とジオは似ても似つかなかった。

 活力のある犬のような振る舞い、一見しただけでは異常者に見える眼球を全開にした笑顔、そして片言で幼児のような口調。


 霊管理委員会でも『狂犬』と呼ばれ、前世が異世界の魔王という経歴もあり畏怖される14の少年。それが成宮透真に対する白夜の認識であり、能力者達にとってもそれは同じ見解だった。


「──透真は転生の際、脳にダメージを負った。以前の世界で魔力を持ち過ぎたあまり、この世界に来る時に霊力とあっちの魔力が衝突したんだ」


 真一が懐かしい目をジオに向けて説明する最中、ピクリとも動かなかったゴーレムが再び息を吹き返して動き始めた。

 修復が先より明らかに雑で中途半端に終わせられていたものの、迎撃と防御のための最低限のシステムのみを回復させて再活動していた。


「っ! また攻撃が来るっス。早く迎撃を……」


 予備動作から白夜には既に察しは付いていた。衝撃波と霊力弾の攻撃が来ると確信し、癒えきっていない身体を強ばらせて反撃と回避の体勢を整えようとした。


 しかしジオは白夜の行く手を遮るように右腕を横に伸ばして「止まれ」と無言の指示を出す。

 白夜は戸惑いを見せたが、真一は白夜を制止させたジオに温かい目線を送りながら動揺する素振りすら見せずに説明を続けていた。


「霊管理委員会は透真の存在を確認した直後、制御術式を刻んだ。表向きでは、元魔王という危険因子を制御下に置くためとなってるけど、実際は違うんだ」


 ジオは一言も発さないまま手を横に振り、目の前に人一人分の大きさある魔法陣を空に描く。

 魔法陣は謎の言語と紋様で構築され、少ないながらも効果が底上げされた霊力によって術は機能を果たす。水が染み渡るが如く霊力は魔法陣を巡り、ジオの魔術が完成する。



「透真を僕の式神として半人半神の存在にすることで彼の脳を修復し、僕が召喚した時のみ大魔王ジオとして復活させる為だったんだ」


 修復途中で術式が正常に作動しなかったゴーレムはガタガタと音を立てながら攻撃を発動した。自身の身体も反動で壊しながら、術のバグによって反対に加速した衝撃波と霊力弾の凶攻が白夜達を狙って射出された。


 数秒も経過しないまま接近した衝撃波はジオの展開した魔法陣と正面衝突し、更なる暴風を与えた。



 しかし白夜達には攻撃どころか、僅かな風すらも当たることは無かった。ジオの発動した魔術は衝撃波の全てを別方向へ分散させ、その威力を受け流して霊力弾を宙で弾き消した。


 それにより衝撃波の力を無効化しつつ、霊力弾を相殺させるだけの力を跳ね返して最低限に留めながら迎撃を成功させた。


「今も脳は十分に機能せず、人間や地名など特定の固有名詞の認識機能、情緒の安定機能が損なわれ、術の演算もままならん。つくづく面倒な肉体よ」


 自身の力不足に呆れるジオの後ろで白夜は別の衝撃を受けていた。

 ジオの発動した魔術は魔術師としては素人同然の白夜が見ても凄まじい完成度の術だった。その魔術を確認し、彼は心の底から驚愕していた。


(この精度、霊力の扱い方、威力、半端じゃない。魔王ジオ、今この状態でも──制限かかったままの零人さんとタメ張れるほど、強い……!)


 白夜が目と口を大きく開けて固まっていると、ジオは彼の方を振り向いて今の迎撃で得られた情報を全てさらけ出す。


「ところでキバ……違ったな。()()()()とか言ったか?」


「あ、はいっス!」


「あの石ころの核はあの紅魔石だ。だが厄介な術式が数十も掛けられているが為に我では破壊まで到達できぬ」


 ジオはゴーレムの方を再び振り向くと、指の爪を軽く(かじ)り、独り言をブツブツと呟きながら片方の指で宙に文字のような光の軌跡を描く。

 睨むように虚無を眺めて黙り込んだ後、ジオは発動する術と術の与える効果の演算結果を白夜に授ける。


「せいぜい結界と術式の無効化、弱体化が関の山。その状態であれば魔石そのものは周りの岩と変わらぬ硬度と化す」


「それだけあれば十分っス! でもそれだけ同時に魔術使っちゃっても、あんたは大丈夫なんスか?」


 白夜は不安に駆られてジオの身を案じる発言をしたが、大魔王は彼の心配を消そうと朗らかな声で白夜に言葉を返した。



「心配は不要。トップギアでないとはいえ、あの程度の石ころに遅れを取るようなら我は魔王などなれていない」


 その強さの元に安心させるジオの台詞は白夜の中で何処か零人と重なって見えていた。

 呆気に取られている白夜に真一は腰を軽く落として声をかける。


()()()! 僕はジオがいる間、ここから動けない。だから──」


「言われなくても、そのつもりっスッ!!」



 この戦いに終止符を打つと覚悟を決め、白夜はジオの魔法陣の効果範囲内から飛び出した。真一は白夜を送り出したと同時に、ふらきながらも刀を地面に生える植物に突き刺してバランスを取る。


 霊力が命の楽園(アルカディア)の中で暴れながら蔓延し、風や岩の崩れる騒音が響いていたその瞬間、1つの声だけが戦士達の耳に届いた。


 大魔王ジオは鈴のような美しい声音で詠唱する。それはジオが生み出した魔術であり、かつて共に戦った友との日々を思い出すための呪文であった。



『──I wanted to be a star(私は星になりたかった)』


 詠唱を聞いた瞬間、真一はスっと一筋の涙を頬に流した。ジオと共に歩んだ世界での憧憬が彼の脳内で流される。


『Guide people like a star shining in the night sky(人々を導き、夜空で輝く星に)』


 白夜は十分に力が入らない脚を無理に動かし、歪んだ道を走った。衝撃波によってアトランティスは地面に損傷を受け、元の地下空間の土の地面へと戻りつつあった。

 しかしアトランティスの使用権を渡された白夜の根性によって結界はギリギリの均衡を保つ。


『But that dream was so far away that I couldn't reach it alone(しかしその夢は遠く、私一人では辿り着けなかった)』


 ゴーレムは不完全な修復のフィードバックによって不規則な動きのまま攻撃を繰り出す。地面から無作為に岩の塔が生成され、一部分は波打って更に道を歪ませる。


 波打つ地面によって生成されたばかりの塔は互いに衝突し合って砕け、残骸が白夜の上から降り注ぐ。

 白夜は振動で岩片を大雑把に弾きながらガムシャラに前へと走った。


『So I entrust my wishes to my friends. Beloved friend who led people(だから私は、友に願いを託す。人々を導いた、最愛の友を──)』


 詠唱は完了され、ジオの身体の周りがその冠と同じ黄金色に輝きを放ち出した。共にジオの霊力は仮初の肉体の中で増幅し、半霊体の中を爆発的に巡っていった。


 霊力は数十もの魔術へと変換されてゴーレムとジオとの間の道で宙に無秩序に並べられる。


「穿てッ!」


 ジオの一喝によって術は一斉に発動される。

 発動した術からは光が放出され、石人形から放たれる霊力弾とぶつかり消滅しながらも断続的に何発も光は射出される。


 光とぶつかった霊力弾や岩の塔は塵になって消失する。放たれたのは術式解除のための光弾。ジオの魔術制御によって術はより最適に、より最低コストで魔法陣から撃たれる。


 しかし本命はゴーレムの核たる魔石の術式解除。ジオの脳に負荷がかかり頭痛を引き起こしながらも術を誘導しながら放ち続ける。

 零人の魔術式とは違い、完全制御や自動効率化はされずに己の演算と地力のみの攻撃。魔石目掛けて光を打つ程度しか今のジオには出来なかった。


「くっ、流石に全ては跳ね除けさせてやれんか」


 下手に進路を変更して白夜に直撃させられない以上、白夜の障害物にまで対応が追いつかなかった。

 しかし弟が奮闘している横で遂に兄が動き出した。


「刀でこの技を撃つのは心配だけど……」


 真一は地に突き刺した霊屠を引き抜き、残る握力全てを使い切る覚悟で刀を構える。残された些細な霊力は刃に乗せられ、ジオの身体を避けながら剣聖は刀を斜めに振り下ろす。


 全身の体重から力まで全てを刀ごと投げるように振り、己ごと霊屠を地面に叩きつける。


「聖世剣『ディア・ラーファエル』!」


 飛ぶ斬撃は地を這うように進み続けていった。遅速ではあったが、やがて白夜の付近まで斬撃の波は到着する。

 斬撃は白夜の身体を斬らずにすり抜け、付近の邪魔な岩片を一掃しながら突き進んで白夜のための道を開いて行った。

 その対価として刃は空中で砕け散り、砂のように虚空へと消えていった。



 ゴーレムを真っ直ぐに捉えた白夜は歯を食いしばって最後の攻撃準備に突入した。その刹那、白夜とジオは新たな霊力の気配を感じ取った。


 空間隔てるアトランティスの中へ介入してくる荒々しい気配を二人は即座に察知していた。


「ほう、普段の我よりも凶暴な戦士がいたとはな。有り難き誤算だ」


 混沌とするアルカディアにて、突如訪れた破裂音と共に狂戦士の雄叫びが轟いた。



『アヒハハハハハハハハハハハハァァァッ!!』


 襲いかかる残党、空間の影で潜む上級魔獣の全てを屠り去った悪霊王はアトランティスの断絶された空間の一部に穴を開け、強引に彼らの元へ再臨する。


 彼が狙うはアトランティスの中で最も霊力を放ち、無差別に攻撃を繰り出す魔石ゴーレム。

 悪霊王はただ本能のまま霊力の発生源を求めて飛び付き、強靭な爪と平手打ちで体表の岩石を砕く。狂いながらも悪霊王の中で眠る一晴は味方を傷つけぬよう一心に目の前の敵に食らいついた。


 悪霊王の猛攻撃によるボディの表面破壊、剣聖による障害物の一掃、大魔王による攻撃の妨害と術式の解除。ゴーレムは術式に霊力を流すことすらままならず、実体干渉力を持ったただの霊力の放出を開始する。


 衝撃波以上の波動が白夜の肉体へ襲いかかり、ボロボロの白夜の凶星では掻き消せないほどの衝撃と化ける。

 しかし白夜は肉体の犠牲の代わりに接近と攻撃準備は完全に整った。


 魔石の位置を霊力感知で把握した白夜はゴーレムの身体の中心へ向かって飛びかかる。拳を当てることだけを考える白夜は雑念と痛みを消すため、叫びを上げて力を振り絞る。


「あうぅらァァァァァァッ!!」



 飛び上がり滞空する白夜の身体は黄金の光と黒い布に包まれる。

 白夜の中に眠る強欲の悪魔プロメテウスは間髪入れず彼の魂と一体化を果たす。白夜は大罪の能力者の最終武装形態『ワールド・エンド』の姿へと一瞬の内に変貌する。


 覚醒状態へ入った白夜は漆黒のスーツで肉体を武装し、赤に濡れた大魔の篭手の周囲ではプロメテウスが螺旋状に高速回転する。



 そして彼の身体には頬から腕までビッシリと紅蓮の紋様が浮き上がるように刻まれる。

 紋様は鼓動するように少年の肌に描かれていき、力が漲ると共に白夜の赤髪は一層深い紅色へと変わっていく。彼に宿った力は魂の奥深くで胎動する。


『今だ、決めろッ!』


 白夜が拳を構えて魔石を前にした瞬間、ジオの声が脳内に届く。直後には術式解除の光が無数に白夜の背後から現れ、核の魔石へと撃ち込まれる。


 何度も光を受けた魔石の術式は連鎖的に崩壊し、硝子が割れる音を立てて術の効果が消え去る。

 裸にされた魔石は無防備な石ころとなって、差し出されるように白夜の眼前に晒される。



 襲い来る障害の全てを受けきり、切り抜けた白夜はトドメの拳を振り上げる。


 紅に染まった拳は激しい閃光を放ち、彼らが尽くした力の全てを胸に『恥知らず』の拳撃は繰り出された。

 血飛沫を上げながらも腕は音速を超え、魔石の中央部に拳が激突する。地震に匹敵する振動エネルギーは霊力に満ちた魔石へ撃ち込まれ、火花を散らしながらひび割れていく。


 そこへ螺旋に回転するプロメテウスが掘削する力を加え、表面から深く抉れて更に振動を伝える。



 白夜は渾身の一撃を叩きつけ、自身の奥義たる最強の破壊技の名を絶叫する。


「カオス・デスティネーションッ──!!」


 熱を上げる純白の光と楽園を揺らす轟音が響き渡り、大気中の霊力は凄まじい震えによって弾けていく。


 遂にはゴーレム全体を包むほどの大爆発が傲慢の悪魔アトランティスの内部で発生し、白夜と悪霊王を巻き込みながら霊力を吹き飛ばしていく。



 白夜は自身の攻撃に呑まれて意識を失っていく最中、崩壊して霊力に還り消えていく魔石の光景を目に焼き付けた。

 そして少年の意識は魔石ごとゴーレムを砕いた感触を最後に途切れた。

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