第19話 本番
ノアの方舟として多くの生命を運び、水上都市として魔人族達を住まわせた『傲慢』のアトランティスを瑛士は己の魂の中から呼び出し、地下空間にて降臨させる。
地下とはいえ、大型魔獣すら多く生息しているこの空間の空を覆うほど途方もなく広がる巨大な悪魔。船の上に乗せられた都市は近代的建造物に加え、所々では砲台のような物がビルの中から姿を現している。
言うなれば巨大な要塞都市が瑛士達の上で浮遊していた。
その大きさに伴い保有している霊力も凄まじく、アトランティスの霊力量はこの地下空間に存在している霊力の三分の一を超えている。
目の当たりにした事の無い巨躯と飲み込まれそうなほどの荘厳さに、初めてアトランティスと合間見えた優人と真一は声を飲んだ。
「あっ、アトランティスって、前に行った魔人族の村の! あの人たちのご先祖様が住んでたっていう。それが、瑛士君の大罪の悪魔っ……」
「いや、自分もまさか瑛士君の悪魔がこんなにヤバい悪魔だとは思ってませんでした。しかも伝説の都市の悪魔なんて、想像できませんよ」
恐ろしさすら感じるアトランティスだが、これ以上にない味方としての安心感もあった。
瑛士はこの場を後にする前に白夜へ最後に忠告を入れる。
「白夜、真一。アトランティスは霊力タンクと異界、迎撃の役割だ。基本は霊力の補給と自動迎撃だが、畳み掛けてトドメを刺す時が来たらあのゴーレムをアトランティスの中に引きずり込め」
「それはいいが、てめぇの方は必要ないのか?」
「完全にアクセス切るわけじゃねェし、霊力はカイザーレガシーでどうとでもなる。心配ならとっとと片付けて加勢しに来い」
アトランティスを託し、瑛士と優人が残る2体のアーム級魔獣の元へ向かおうとしたその瞬間、再びゴーレムが動き出した。
『※※※・※※※※!』
ゴーレムの攻撃に連なって、悪霊王に釣られ切らず周囲に残っていた魔獣達までもが群がって彼らの元へと引き寄せられてしまった。
それも何かしらの能力が備わっていそうな霊力を持つ中級クラスの魔獣が軽く数百から数千ほど。不可能ではないが制圧には時間と霊力を要する。構っていては先で待ち受けている特級2体を倒す余力が無くなってしまう。
そう懸念しながらも、優人は呪いを発現させて範囲攻撃を仕掛けようとした。
だが優人が霊力を呪いへ変換しかけたその時には既に、ゴーレムを除いて優人達の元へ向かっていた魔獣は全て爆ぜて弾け飛んでいた。音より速く消し飛ばされた魔獣達は宙で霊力となり、そのまま霊力がアトランティスに吸収される。
彼らを一度に屠り去った正体こそがアトランティスの自動迎撃システム。霊力に除霊効果、実体干渉力、聖力を付与し砲弾としてアトランティスのビル砲台から一斉射出を行ったのだ。
大罪の悪魔にはそれぞれ人格があり、意思がある。白夜の持つ『強欲』のプロメテウスや委員会の管理する無数の衛星プロメテウスと同様の機械的情報処理機能を持ったアトランティスにとって、音速にすら到達しない魔獣の迎撃は容易であった。
更に霊力の消費も計算済みであり、ゴーレムには一切攻撃を加えなかった。しかし本来なら優人達に直撃した霊力のミサイルを同じ霊力の弾丸で同時に相殺していた。
その性能に優人は感服していると、不貫の盾を構えた瑛士が声をかけて走り出す。
「さあ兄貴、今の内にッ!」
呼ばれると優人も瑛士の盾に身を隠しながら並走する。アーム級の霊力反応がある場所までは距離があったが、次第にその2つ以外の霊力の反応が消えていった。
(上級魔獣までなら兄貴の霊力に食い尽く筈。ということはあの2体は弱い魔獣が近づけない程のレベル……悠長に走って体力を消耗するのも悪手か)
「兄貴。あと100メートル走ったら瞬間移動で一気に特級魔獣の所まで飛びます。即時戦闘が開始出来るように準備をお願いします」
「了解! カバーは任せてっ」
これまでにない緊張感で優人の鼓動の速度は加速する。瑛士は走りながら優人も合わせやすいタイミングを見計らい、魔法陣を一気に展開から発動まで行う。
「今ですッ!」
瑛士が短く叫んだ直後、2人の景色は切り替わって一変する。
2人とも攻撃と防御を即座に行えるよう構えながら目的のポイントに瞬間移動した。転送された瞬間、2人は攻撃を繰り出さず即座に身構えた。
突発的に攻撃を喰らうことはなかった。だが攻撃を出せる状況でも無かった。
転送された瞬間、息が詰まるような圧迫感に襲われた。
そこに佇んでいた超大型の魔獣の気に圧倒され、一目見ただけで天災にも匹敵する力を持つと判断できるほどの魔獣2体と目があったのだから。
優人と瑛士の前に立ちはだかったのは、黒と青の縞模様のある瑠璃色の瞳をした虎。そして金色の角を生やす東洋型の紅い龍。
その両者とも、目分だけで高さ200メートルはあった。
龍についてはもはやその全長が何処まであるのか等、想像も付かなかった。
何よりも至近距離までやって来て改めて理解するその尋常とは程遠い霊力量。その多さは実に、大罪の能力者と同等のものだった。
「1万……超えてんだろうなァ」
瑛士が呟いたその時、青虎と紅龍の口から到底出るとは思えない流暢な声が飛び出した。
その声帯から人間のような低く、地に響く声が響いてきた。その声音は決して優しいものではなく、彼らは2人に対して高圧的に語り掛けた。
『来訪者、余の領域に、到達した──愚者』
『我が庭で不敬を働いた小さき獣。その振る舞い、惨殺刑に値する』
明らかな敵対心と傲慢さを持つ巨獣2体。反応を見る限り希望的観測の余地はなかったが、瑛士は顔を引きつらせてニヤリと笑いながら慣用的な言葉を彼らに掛ける。
それも警戒心を剥き出しにし、逆に挑発とも見受けられるような戦闘の構えを取る。
「知能があって、和解する見込みすらない……まず聞くがお前ら、歩み寄ることは出来ねぇか? もし出来るなら非礼は謝罪し、貴殿らと是非とも友好関係を築きたい」
『付け上がるな、欲するな、我らの断りを無しに意思表示など許可しない。不愉快極まりない。弱獣が、奴隷に平伏す王が何処にいる』
瑛士は彼らの言葉を耳にすると、首を一周回した後に目を見開いて魔法陣を背後で展開する。
「まぁ最初から期待してねぇからいいんだがよォ。それだったら悪いが、てめぇらを潰すぜッ!!」
全面戦争が決定した今、2人に躊躇する必要は無くなった。優人と瑛士は背中を合わせ、それぞれ戦闘の構えを取る。
「一緒に戦おう、瑛士君」
「宜しくお願いします、兄貴!」
獣達の咆哮を皮切りに2人は拳を握って走り出す。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
5人が地下で奮闘していた時と同時刻、居住区域から外れた上葉町の一角にある人気のない山。霊脈の一箇所となっているこの場所で零人とルシファーは切り株に腰掛けていた。
しばらくの間、2人に会話はなく静寂が続いていたが、重い雰囲気の中でルシファーは話を切り出した
「彼らが不安かい、零人」
「そりゃ、心配ですよ。本来は異界遠征軍でも組んで当たるような任務に、実力でトップとはいえ5人のみ派遣なんて。不満って訳じゃないですが、今回はどうしてですか?」
「……今回の任務は、プロメテウスネットワークや学会の一部の予知能力者達の協力の末に決定したことを前提に聞いて欲しい」
念を押し、零人の様子を伺うようにしながらルシファーは慎重に話し始める。
「君は第二次霊界大戦で四体の大罪の悪魔を退け、その後も絶対的な強さを求めて伝説を作り続け、その果てに『世界最強』の名を手にした」
「……」
「君は今、霊界や委員会の全てを背負っていると言っていいほどの力がある。それは変わる必要はないし有難いことだ。だけどただ1人では不安に思う者もいるし、君にいつまでも背負わせ続けるのは上司として、共に戦う仲間として心苦しい」
「俺は自分の求めた結果を手に入れただけだ。俺の精神的負担の話なら問題ねぇが、民衆の方はそうともいかねぇからな」
零人は少し黙って口に手を当てがって考えると、推測を立て問いかける。
「──つまり俺に並ぶ次世代の世界最強と後の委員会の代表格の候補者、それが今回の任務のメンバーってことですか?」
「半分当たりだ。君を降ろすのではなく、君と真に並ぶものを出したい。それが目的」
「だがトップに立つ能力者は不完全ではならない。そしてその者は力を暴走させる危険因子となってはならない」
「大正解、その通りさ。真一君は剣聖の才能と弟の成宮透真、一晴君は悪霊王。白夜と瑛士は『クリムゾン』と『ヴァイオレット』の宿命がある」
「その中でも大罪の2人は立場がある。瑛士は『ヴァイオレット』の力を完全には引き出せず、白夜は逆に『クリムゾン』の制御が効かない。その情報が漏洩するのは、委員会の信用に関わる」
「──そして優人君だ。彼の能力は不確定情報が多いが、今回の任務で能力が開花、もしくはあの霊力を生かして最大出力の攻撃を出せるかもしれない。試験運用も含めた任務だ」
再び零人は沈黙するが、数秒も経たずして彼に明るい声が戻り、気だるそうに背伸びをした。
「まぁ、あんたが判子を押してる時点で、アイツらを陥れるみてぇなことはないからな」
「──今回の件で、彼らの死亡率や魂の状態を査定したが、最悪のシナリオになる確率は限りなく低い。そして汚い話、この任務を上層部以外に秘匿にすれば彼らを無理にでも蘇らせられる」
「だから、俺は下手に動けねぇ訳か。厳しいんだか緩いんだか」
「ハハッ、今回ばかりは信じて待つしかないね。彼らに、武運を……」
「「──はぁ」」
2人は意図せず同時にため息をつくと、下を向いて5人の安全をただ祈った。





