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第16話 エレメントクラス『アーム』

 火球は彼らの攻撃射程範囲に現れるまでその存在をまるで悟らせなかった。


 霊力は絶大、攻撃の破壊力や実体干渉能力も非常に強力、そんな攻撃を優人達は付近に来るまで反応できないはずがなかったのだ。


 速度も並の速さではなかったが、それ以上に働き掛けていたものがあった。それは隠蔽能力、攻撃そのものに存在を認知させない力が付与されて放たれていたのだ。



 瑛士は反射で咄嗟に己の武器、不貫の盾で仲間達を覆って間一髪ではあったがその攻撃から逃れることが叶った。

 火球はその衝撃をそのまま盾に打ち付けるように解放し、盾の後ろで隠れていようともその場の全員が吹き飛ばされそうなほどの圧力を前方からかけられていた。


 攻撃が止むと瑛士はすぐさま火球の放たれた方角に目を向け、敵の正体を探ろうとした。

 しかしその姿は暗闇の奥にあるようで、まだ瑛士達のいる場所からは視認することは難しい状況となっていた。


「今の威力……エレメントクラス上級ファング以上は確定だなァありゃ」


 火球の勢いは次第に弱まり熱エネルギーを宙に分散しながら消滅した。5人は防御体勢を解くと敵の凡その位置だけであろうと探るため再び霊力の探知を行う。


 すると霊力と共に凶星の振動を利用して感知した白夜が最初に敵の情報を語る。



「強い霊力が、5つでその内2体は上級魔獣。その他3つの反応は、エレメントクラス『アーム』……特級の魔獣っス」


「「「「ッ!!」」」」



 エレメントクラス『アーム』。それは霊管理委員会の定める魔獣の強さ、危険度の度合いを表すクラスの中で最も危険で討伐難易度の高い魔獣達を示す。

 そのエレメントクラスアームというものは名のある悪魔や神々、SS級霊能力者にも匹敵するほどの実力を有しているということを指し示す。


 おそらくその魔獣達こそが霊脈の発生源であるということはその場の全員が悟っていた。


「ひとまず、上級を倒してから特級に挑む形にした方が良いと俺は思うっス」


「──それでは上級は皆様で共に叩きましょう。ですが上級を倒した後、特級を倒す際は別行動を取りましょう」


「そうですね一晴さん。上級討伐は霊力温存、特級は敢えて分断することでなるべく一度に3体が共闘するって状況は避けるに越したことはねぇです」


「瑛士君と白夜君はそれまで、寄ってくるウィングクラスの魔獣の排除をお願いするよ。付近に近寄ってきた敵や面倒な敵は僕が斬るよ。優人さんは特級と当たる時まで控えてて頂きますが宜しいですか?」


「うん! でも危なくなったら呪いの拳を出すから安心してね」


 得た情報を即座に処理し状況が変わるや5人は第2段階の作戦を打ち立てる。


「上級は2時の方角です。皆様、急ぎましょう!」



 一晴は焦燥を抱いていた。

 この状況下、最も恐れるべきことは特級魔獣の同時対峙と持久戦である。

 ここは相手のテリトリー、空間そのものも霊力を補給には困らぬ場所。魔獣達の統率が取られ、一度に押し寄せる事態こそが忌避するシチュエーション。

 ならば先手必勝、奇襲を仕掛け相手の統率が乱れている箇所を順次突いていくのみ。


 中級魔獣とはいえ、群れに囲まれ続けるという状況は隙が生じる。その瞬間に特級とも相対すれば命を落とす可能性さえあった。


 5人は堅実な判断の元、群がり襲い来る狼型魔獣や有翼魔獣を蹴散らしながら上級魔獣の霊力の反応先へ向かって駆けて行く。


 瑛士は疾走しながら常時カイザーレガシーを発動し、魔獣が一気に近寄ってきた瞬間を見計らい技を使用する。


「分子変換式・ブルーストライク」


 魔獣達の霊力で構成された身体は内部から爆ぜる。

 霊力を空気中の水分と結合させ、周囲に放った瑛士の細胞を暴れさせることによって対象を内部から破壊するという強力で繊細な技。

 それを瑛士は半径30m以内にいた魔獣全てに、しかも味方を巻き込まぬよう威力やタイミングを調整して攻撃を繰り出していたのだ。


 すると先頭を走って先導する瑛士の横に白夜は駆けていき、強い口調で彼に忠告する。


「瑛士……お前、少しセーブしてろ! さっきから突っ走り過ぎだ。てめぇの頭の負荷も考えろよ」


「んがァ!! 分かってるわンなこと。それにまだ1割も力出してねぇわ」



 地下空間にやって来てからというもの、優人はこの2人のチームワークに驚きの連続であった。

 公私混同せず、更にはこの中で最年少にも関わらずこのメンバーを導き、互いに相手の心配すらする。


 そこにある奇妙な2人の友情、のような関係性に憧れすら抱くほど。



「みんな、前に気をつけてっ!」


 魔獣の流れが途切れていたその刹那、真一は声を大にして仲間達に危機を知らせ、身体強化した跳躍で先頭の瑛士を越して前へと躍り出る。

 真っ先にその攻撃を予測した真一は鞘から霊屠を抜いて更に先まで疾風の如く走り抜ける。


 人間離れした身体能力による移動速度で優人達から離れると近場の建物に一度の飛翔で飛び上がって刀を横に構えた。



「いいね、ジャストタイミング」


 真一が飛び上がった場所にまるで吸い寄せられるかのように、虚空から突如として隕石のような巨大岩石が姿を現す。

 岩石は地面へ迫るほどにその自重で加速し、熱を帯びて優人達の走っている地点に向かってやってくる。


 当然、そのような岩石を避けることは不可能。しかし破壊するにしても白夜や瑛士の能力によって止めるとしたら相応の力が生じる。


 そこまで全て予測ではなく、ただ剣聖としての本能。彼の中に存在する危機察知能力が呼びかけて真一の身体をつき動かした。



蜘蛛時雨(くもしぐれ)──!」


 踏みとどまることも出来ぬ空中、ポルターガイストや念力などの術や能力は真一には扱えない。

 なのでそれはただの剣術、霊能力の要素を1つも含まない純粋な一太刀であった。


 巨大隕石は真っ直ぐな剣筋により4つに切断された。

 岩石の構造、硬い物質のウィークポイントを突くことで剣聖は鯨を超える巨大な岩石を斬り裂いた。


 隕石は切断されたことにより軌道変え、走っていた優人達を避けるかのように割れて地面に落ちる。その衝突の威力により魔獣の一部は下敷きとなって巻き込まれていた。


 剣聖は真一の前世で獲得した名。しかしその力は過去のものでは非ず。

 剣聖の剣術は依然として健在、むしろ霊能力という新たな存在の影響で進化すら遂げている。


 この場に立ち会うに相応しい実力者、その資格があると物語っているかのように圧倒的な破壊力を見せつけていた。



「そして、姿は見えないけど隠れているんだろう? 上級魔獣くんっ」


 剣聖の目は鉱石の輝く上方向を向き、そのクールな表情を浮かべながら相手に挑発を含め呼びかけた。

 夜の如き暗闇の中から突如、上級の巨大魔獣が飛び出した。


 それは先日、三用中学校にて白夜達と共闘し討伐した巨象と同種の魔獣であった。サイズそのものは以前の巨象よりコンパクト、しかしその分だけ俊敏性と攻撃性能が跳ね上がっている魔獣でもあった。


 荒々しい脚と鼻の動きにより周囲の建造物が次々となぎ倒され砂埃が舞っていき、象らしい吹奏楽器のような絶叫を響かせる。象の猛進は止まることはなく、無我夢中で急接近していた。何かしらの自尊心を傷つけたのか、象は怒り狂って猛進するが涼しい顔で真一は呟いた。


「残念だったけど、剣を使った後は感覚が鋭くなるからね。あまりに攻撃がおざなりだよ」


 真一は一度抜いた刀を鞘に収める。

 左足を半歩下げ、体の向きを90度変えて構える。

 巨象は遂に真一の50mにまで近づき、その兵器に匹敵する太い鼻で横から鞭のごとく振るう。


 その絶体絶命に陥ったと優人達が判断した時、真一の攻撃の瞬間が訪れた。


「天元武神流、居合『逢海(おおあま)』」



 真一は攻撃が来ると象の予備動作から悟った瞬間に抜刀した。


 鞘から抜かれ、空を斬る音を響かせた霊屠は銀色に光る刀身を僅かに鳴らす。象の突進によって蹴散らされる瓦礫や象の咆哮よりも真一の抜いた刃の金属音だけが優人達の耳にこびり付く。


 そして彼らの網膜には信じ難く、あまりに衝撃的な映像が焼き付けられていた。



 攻撃に転じようとしていた象の鼻は強靭的な斬撃によって根元から切断され、更にその斬撃の延長上にある胴体から尾にかけてまで恐ろしいほど綺麗に切り裂かれていた。


 象は目元からしたの肉から引き剥がされた。

 胴体は横半分に斬られたため、今の今まで勤勉に動かされていた大木の如き足は突然信号を失ったことで前のめりに倒れていく。


 象は真一が射程を無視した斬撃で切り裂いた後の構えを見ると同時に耐え難い激痛を感じたが、叫ぶための喉も息を大量に吸う鼻も切断されてたことで悶えながら失神する。



 絶命の感覚を真一は敵に覚えたが、すぐさま刀を上に構えて次なる斬撃の用意をした。

 敵は実体化している魔獣、斬り裂いた後であろうとその肉体は簡単に消滅しない。


 つまり重力と慣性の法則を保ったまま自分達に超質量の肉塊が迫っている状況であったからである。


 しかし当然、そんなことは初めからシナリオ通り。

 刀を振り上げたまま真一は体重を後ろから前へ、左足から右足へと送る。


覇昏(はこん)佐々木流、燕返し──『韋駄天』!」



 その瞬きの後、優人達が目撃したのは僅かに体の位置が真横に数cmほどズレていた真一であった。

 しかしそれがほんの刹那の内に確認できたかと思うと、向かってくるとてつもない風圧に優人達は煽られる。



 ──覇昏佐々木流。それは江戸時代に存在したという無名の剣豪が生み出した流派。剣豪が死後、霊界にて編み出した剣術と霊力を融合させた新流派。

 その剣の1つ、燕返し『韋駄天』。それは全くもってシンプルな技。

 かの有名な佐々木小次郎が使用したと言われる燕返し。刀を瞬きの内に振り下ろし、即座に上へと切り返す動きに霊力を乗せることのみ。


 しかしその実体は燕返しによって衝撃波を繰り出す技である。

 実体干渉力を持たせた霊力のこもった刀を振る際に斬撃として放ち、その霊力をもって大気中の霊力を巻き込むように切り裂く。


 それにより人間が出すとは思えぬ衝撃波の攻撃を実現させるのだ。


 だが真に驚くべきは真一の剣技。

 本来は小さい爆発物程度の威力であり、牽制用に用いられる技。だが彼はその刀身の振り下ろしと切り返しの速度を音速と同等までに引き上げることで大規模な破壊技へと昇華させたのだ。


 象の肉塊は真一や後ろにいる優人達から離れるように吹き飛ばされ、魔獣を完全に殺しきる。



「いっやぁ、意外と柔らかいんだねぇ象の皮膚は。これならもう一体の上級も────」



(これは、本能が僕に警告している。なんだ、何が起きているんだろう。違和感? もしかして呆気なく倒せたことに対するもの……そうだ、あの象は弱いし霊力も少なかった)


 真一はヒヤリと背が凍るかのような感覚の中で思考を巡らせた。

 霊能力者にとって勘は大いに重要な危機感知センサー、すぐに勘ぐらずにはいられなかった。


 そこから真一はある推論に辿り着く。


(つまり他の魔獣、エレメントクラス『アーム』の魔獣はその分だけ相当な霊力がある。そして、人間に近い高い知能がある可能性も。だとしたら、この象はまさか──)


 思考に至っていた時、急激に真一は背後から何かの気配を感じ取る。それは膨大な霊力と急激に迫り来る攻撃による圧力。

 またしても上級魔獣が暗闇から出現していた。しかしそれはもう1つの上級魔獣の霊力反応とは一致していなかった。


 現れたのは緑の鱗に身を包んだ巨竜。その唾液の臭いで噎せ返る口の中では薄紅の舌と漆黒の牙が出迎えている。


「囮ッ! 上級は傀儡にされていたのか!!」



 特級魔獣の能力なのか、魔術なのか、この環境の性質なのかは不明であったがここで新たな可能性が生まれた。

 上級魔獣はまだこの地下異界の中にいる。そして上級魔獣が続いてこの巨大サイズ、改めてこの上葉町の霊脈源流の恐ろしさと真一は相見える。


(あ、やばいねこれ。食べられるよ……)



 燕返し『韋駄天』は音速を繰り出す秘技。

 能力者とはいえ真一は剣のみに特化した者。魔術は扱えても高度な魔術は使用できないため、身体強化や回復などの簡易的な術を駆使し半ば強引に剣を振るうことも多々ある。


 音速級の範囲攻撃を繰り出した今、彼の体は僅かな時間だけ硬直状態にある。防御も回避もできない真一はただ呆然と自分を喰らおうと口を開けて噛み付こうとする竜を見つめることしかできなかった。


「そっか、ここは終点なのか」



 既に目と鼻の先にいる竜を前にして真一は驚く程にあっさりと死を受け入れた。


 霊能力者といえど生物。死に対しての恐怖は当然ある。

 霊管理委員会はいくら善良な組織と言えども、死者の扱いに関しては厳密。

 寛容であると共に、生き返らせることや生者達への接触などの規約は厳しい。


 それは即ち、平和な今生で手に入れた優しい両親。そしてかつては平和のため共に戦った弟透真との決別をも意味した。


 そしてここから死後すぐに帰還できる保証もない。もし死んだ直後に霊体に霊力によるダメージを負えば人格は消え、強制的な輪廻転生の渦に呑まれるだけ。


 そんな状況下でも真一は微笑んで冷静な様子であった。



 不安もあるし現世への未練は多くある。自分の抱いた夢も消える。

 しかし全ては無となり、彼の心には静寂が訪れる。


(それじゃ、またね──────)



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 その瞬間、真一の耳に届く音は何も無かった。


 ただいつの間にか宙に浮いているただその感覚だけがあった。


 体に痛みは全くない。既に竜の牙は目の前にいない。


 死を悟った真一は考えることを止めたせいか、思考がまとまらず夢でも見ているような虚ろな状態にあった。


(みんな、ごめんね……透真のことはお願いしなきゃだ)


 剣は優しく握ったまま、徐々に頭の方が足より低い位置にまで落ちていき、何とも言えぬ浮遊感を覚える。


(料理人に、なりたかったんだけどねぇ……)



 死に際の走馬灯はなく、真一は痛みも苦しみも何も感じなまま落ちていった。


 しかしそれは当然のことでもあった。

 何故なら真一は死んでいなかったのだから。



「──ぇ」



 死を脳が錯覚したことによる意識の混濁か、あるいは霊力による影響かは分からない。

 そんな混乱状態にあった真一の感覚は視覚から段々と感覚を取り戻していった。


 すると目の前に見えていたはずの竜の口はなく、何故か真一は真横から緑のドラゴンの顔を眺めていた。


 何が起きたのか、どうして自分は今ここにいるのかをゆっくりと流れる時間の中で考えていると真一はふと先程までいた場所に目をやった。



 そこには魔法陣を自身の体に展開し、まだ術の発動が終わりきっていなかった一晴の姿があった。


「あっ──」


 意識が元に戻り、真一は自分の置かれた状況を悟った。



 竜が現れたことに1番早く気がついた一晴は真一を助けようと術を発動した。

 しかし転送術というものは発動までインターバルがあり、余程の適性や転送能力などがない限りは回避として使用することなど出来ぬ高等な術。


 更にこの時は真一の放った攻撃の風圧のせいもあり一晴は優人達共々無事飛ばされ距離を離されていた。



 そんな中で一晴は考える間もなく実行したのだ。


 簡素で最速の転送術、身代わりの転送術を。

 自分自身の肉体の霊力を媒体とするこの術は発動に10分の1秒も要さない。


 だから発動したのだ、自身と位置を交換することを。


 咄嗟に発動された身代わりの転送術は即決のものだったが故に真一はただ宙へと放り出されただけであったが、逃げることも白夜や瑛士達が確保することもできる場所にいた。



 一晴は声を呑んで見つめてくる真一の姿を見ながら、安心したような笑みを浮かべていた。



 直後、一晴の胸の真ん中には黒い牙が通される。

 鋭利な牙と超重量ゆえの咬合力、そして噛み付く際の速度が加味されて一晴の肉は無慈悲にも弾ける。


 直接突かれた心臓どころか肺から腸に至るまでも押し潰され、腹の中では臓物が踊って液状化する。

 肉は花火のように爆ぜ麩菓子の如く骨も砕かれ、脇から上は胴体から完全に引き離される。


 一晴は苦悶の見せたが自身の血で顔も赤に染まり、その表情すらも見えなくなってしまった。



 竜に噛み殺された一晴を少年達は傍観することしか出来なかった。

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