第14話 地上制圧
日が昇るにつれ徐々に暑さも酷くなり始めた正午、優人と零人は昼間の上葉町にたった2人だけ。
昨日に聞いた地下古代都市の魔獣討伐に向けて本日は事前の下準備を行う。
事が重大であるため、今日は金曜日であるが優人も両親の了承と協力のもと学校に体調不良という名目で欠席した。
他にプロジェクトに参加しない者には情報を伏せる。当然香菜や弟達にも優人はこの事を語っていない。
「まぁ必要だったからしょうがねぇと思うが、お前の親御さんも凄いな。自分の子供が戦いにいくって聞いて、何か不安そうにしてなかったか?」
「うん、もちろん心配はしてくれたよ。でもね……」
──それは昨日の会議の後に帰宅した時のこと。
優人は両親を台所に呼び出して今回の任務の事を赤裸々に語った。
極秘情報ではあったが優人は虚言で言いくるめられる自信も、虚言を吐いたままでいられる自信となかったため両親に事実を打ち明けた。
2人は当然であるが街の地下空間や魔獣、災害の事を耳にして驚かずにはいられなかった。
そんな場所に子が行くのに不安を感じない親などいない。
だがそんな表情を見せた上で、2人も覚悟を決めてそこへ行く許可を出した。
だが父の仁は優人に1つだけ大切な事を伝えた。
『正直、息子がそんな場所に行くのは怖い。だがこれは、私のスケールで判断して良いことではない。お前の力は多くの人に必要とされているからな』
組長として、社長として、家の大黒柱として生きてきた仁は公私を分け我が子を心配しながらも合理的な意見を述べる。
『ただ1つ、これだけは約束してくれ。今回に限ったことではないが────絶対に死ぬな。私達が霊のお前を見えようと、死んでしまったらそれは大きな壁を作ることとなる。霊能力者だから、という理由で自分の死の価値を下げたりはするな』
零人は聞かされた仁の言葉に感服する。霊の認知はできたとしても彼は一般の霊能力者よりこの世界のことについて知らない。
しかし知らなくとも、自分達霊能力者の本質を捉えているとこに些かの尊敬の念すら抱いた。
「良い、父親を持ったな」
「うん!」
「……うっし、そんじゃあ下準備始めっか。明日、地下でお前らが戦闘することで魔獣や悪霊が呼び寄せられるかもしれねぇからな。先に呼び寄せて殲滅するぞ」
零人は気合いを入れ、両指をゴキゴキと三度鳴らすと手を地に付け詠唱を開始する。
そして同時に零人の肉体に膨大な霊力が流れていき、彼の怠惰の制限が一部分のみ解放されていく。
零人の足元には激しく閃光する半径2mの青の魔法陣が描かれていき、その魔法陣から枝分かれするかのように複数の魔法陣が立体的に浮かび上がり次々に発動されていく。
衛星プロメテウスのテレパシーが零人と優人の脳内に響く。
『任務認証。7つの大罪「怠惰」の能力者、真神零人様の怠惰の制限並びに魔術式の制限を一部解放致しました』
「優人、俺の制限が解けてるのは今は生憎この陣の中だけだ。お前の肩慣らしも兼ねて近距離は任せたぞ」
「分かった、任せてっ!!」
零人は優人の返事にニヤリと口角を上げると手元に4つの魔法陣を展開して地から巨大で禍々しい石柱を生成する。
地面から突起する石柱は高さ10mまで到達したと同じ時、自律して高速回転する。回転と共に石柱の中央は淡い青の光で満ち、石柱から大量の霊力を放出する。
「パゴダ!」
回転を始めてから僅か20秒、2人はこの石柱に向かって全方位から夥しい数の悪霊や魔獣が接近してくるのを霊力で感知した。
「来たか、早ぇところ──蹴散らしてぇなァ……」
魔獣の気配は街に近づき、群れを成し急速に2人に接近する。
零人は感覚を研ぎ澄まし、彼らの気配が上葉町に張られた結界内に全て侵入してきたことを確認するとニヤリと不気味に笑う。
既に空を見るだけでも見えるほど魔獣に取り囲まれ、昼間だというのに悪霊も姿を現し集結していた。
化け物共が迫る中、零人は両手の指を絡ませ印を結ぶ。
「オーバーリロード『魑魅魍魎事変』ッ!!」
その刹那、上葉町の結界内は夜になったかのように暗闇に包まれた。天からの光は空間の歪みと虚無から生まれる闇によって遮断され、空には無数の波紋が生じた。
波紋が空間を覆って広がっていくとその闇からは禍々しく凶悪な霊力が溢れて一気に放出される。
優人はその瞬間に戦慄と感動の両方を感情を抱いた。
波紋からは街におびき寄せられた魔獣共とは比較にすらならないほどの強大な存在達が顔を出していたからだ。
見える限りでも凶暴さを顕にした悪魔や奇妙な神々しさを感じさせる邪神、遠くからでも視認の可能な超巨大魔獣。
ざっと見ただけでも千の魔物が零人の呼びかけ1つで呼び出される。
「あいつらは委員会でも持て余したバケモノ共だ。普段は俺がアズの世界に収容してるが、こういう殲滅がしてぇ時には持って来いの傀儡達だぜ」
零人が印を解くと傀儡の魔物達は一斉に動き出し、聞くに絶えないおぞましい叫びが響き渡る。
波紋から飛び出し落下するかのように魔獣を喰らいに向かう。
彼らの召喚からものの数秒、上葉町は襲われる魔獣達の号哭と餌を貪り欲が満たされた魔物共の雄叫びに包まれ阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
だがそれ以上にこの現状は優人に示していた。これだけの数、これほどまでに凶力な彼らを捉え閉じ込め、屈服させ傀儡として自在に使役する零人の尋常ではない力と天才的な霊能力。
彼の戦闘に立ち会う度にいつも感じていたことであったが、この隣にいる男こそが世界最強。神や悪魔をも超えたこの世で最も遠い存在であり、自分はまだまだ矮小な存在であると実感する。
だが優人に劣等感などはなく、より一層強い憧れの感情を抱く。
「流石、零人君……!」
優人は零人の戦いを見る度に魅入ってしまう。
零人に近距離のサポートを任されたものの、殆どの魔獣は優人達の場所に到達するよりはるか前の位置で邪神や悪魔の餌食となって消滅していく。
しかしそんな超人的な行いをしていると分かっていても、零人はそれを感じさせないほどの余裕と冷静さを保って陣の中で立っている。
正しく零人の理想的な怠惰、自ら動くことすらなく有象無象を淘汰する。
しかしただ一体、異形な魔獣がいた。
七色の翼を広げながら異様な美しさを兼ね備えた巨大な霊鳥が上空で浮遊している。
龍の如き髭を靡かせ、零人の姿を捉えてながらも悠然とそこに留まっている。
驚くことにその霊鳥は傀儡達に攻撃をされるどころか何者にも近づかれていなかった。
「なるほど、避けられてんのか。随分と骨はありそうだが……上級にギリギリでくい込む程度の能力持ち、見た目だけのハリボテ魔獣だな」
暫く零人と霊鳥は睨み合って2人の間に沈黙を流した。だが沈黙が破られるよりも前に霊鳥は仕掛けた。
予備動作を一切見せぬまま零人に向けて霊力の塊、レーザーの如き光を一直線に放ったのだ。
音速を優に超える光は放たれてからほぼ1秒経過と同時に零人の眼前まで到達する。
だが零人は焦りや本能的な反射行動を見せることなく、歯を見せるように狂気に染まった笑いながら能力を発動する。
「──『グローリアス』」
その能力の詠唱と共に光は零人に触れる直前に砕かれ霊力の胞子となって散り散りとなる。
しかし光は虚仮威しに過ぎなかった。何故なら自身の放った光に隠れながら、レーザーとほぼ同等の速度で霊鳥は零人の元へ接近していたからである。
だが当然の事ながら、零人にその攻撃は届く訳もなく何時でもその命を屠る準備は彼にできていた。
だが零人はそのチャンスを敢えて手放し、信頼する相棒に攻撃を託す。
「そんじゃあ頼んだぜ優人ッ!」
──優人は即座に返答をした。しかしその声が零人の耳に届くより先に優人は音の壁を超え、霊鳥の面に斬撃を叩き込んでいた。
ソロモンの腕輪による悪魔化とポルターガイスト、精霊との一時的な感覚共有による爆発力で飛行。霊動術に加えて呪いをふんだんに纏わせた深緑の幻想刀を振り切り、霊鳥を顔から縦に両断する。
それまでの優人の加速と衝撃によるエネルギーは振り子と同様の原理により霊鳥に全てぶつけられる。
両断された霊鳥は絶命し霊力へ還るその直前に打ち上げられ、上空へと飛ばされる。
「呪いの状態変化──『爆発』」
霊鳥の肉体が殆ど消滅していた最中、優人が霊鳥に流し込んだ呪いは奴の霊力の内部に付着し、優人の意志によって爆ぜ粉砕される。
徐々に街全体からも魔獣達の存在が消えていくことを感じ取ると安堵が優人を包んだ。
魔獣の数も落ち着き、空にリロードによる波紋や傀儡が戻り消えていくのを眺めていると零人は狂気を取り払って爽やかに微笑んだ。
優人は零人の強さを再認識して息を飲んでいたが、逆に零人は優人のその成長を喜び感傷に浸っていた。
「呪術式も大体慣れてきたみたいだな」
「うん、呪いの状態変化もイメージが掴めるようになってから色々できるようになったよ」
「良い兆候だ。──優人、1つお前に授けたいもんがあるんだ」
零人はまるで祝福でもするかのような高揚した気分で優人にあることを教え、託す。
「呪術式を十分に扱えるようになった今なら出来るはずだ、だからここぞって時にこの技を叫べ。この技は俺が託したいと思った相手にしかこの技の名をやらない、俺なりの特別な物だ」
「技の、名前……」
「呪いを拳に纏わせ、お前がその時使いうる全ての力を拳に乗せて放つ技だ。お前の場合はこう名付けよう──────」
零人は翌日に任務に向かう相棒に対して、お守りを渡すように信頼の証たるその技を継承させる。
優人は技名を聞くや目を輝かせ、満面の笑みを浮かべて無邪気にはしゃいでいた。
「────わぁ、それってカッコイイ名前だね!!」
「サンキューな、これでもこの技のシリーズはお気に入りなんだ」
「ありがとう零人君っ! えへへ」
魔獣は驚くの度、あっさりと殲滅され優人は早々に自宅へと戻った。
不安もある、恐怖もある、プレッシャーも並々ならない。しかし強く抱いた己の意志を貫くため、優人は覚悟を抱き拳を握り締めて床についた。
その間も、地下では無数の魔獣が蠢いていた。
次回、ついに優人達は地下古代都市へと向かう。
待ち受けるのは──試練か、それとも巨悪か……





