第12話 地獄の裁判
それはある日の放課後、上葉町の商店街でのことであった。
優人は零人から商店街の入口で待っててくれという連絡を受け、家に戻って身支度を整えてからその場所で待っていた。
それで言われて来てみたは良いものの、普段は転送術で突然移動するか要件を伝える零人にしては不自然だったと優人は疑問に思っていた。
街に夕方のチャイム放送が流れてしばらくした時、そこで待っていた優人は商店街から出てきた菜乃花と目が合った。
「あっ、菜乃花ちゃんだ」
「優人君! もしかして優人君も零人君に呼ばれて?」
「うん、菜乃花ちゃんも呼ばれたんだ!」
「何でだろうね……大事な用事、なのかな?」
お互いに零人からの呼び出しの理由が何なのかと首を傾げていた時、遠くの空から2人に向かって一直線に飛んでくる女性がいた。
青色でフリフリのドレスを身にまとった魔法少女、マリは菜乃花を見ると嬉しそうに手を振りながら優人達の前に降り立つ。
「いた! ナノカ〜♪」
「えっ、マリさん!?」
菜乃花は予期していなかった再会に驚きつつも喜びを露わにした。
優人は2人の関係を知らないため、キョトンとしていると菜乃花は嬉しそうにマリの紹介をした。
「こちらマリさん。委員会の魔法少女グループのリーダーで前にお世話になったの」
「今はナノカのお友達だよ〜! ところで、あなたは……」
「あっ、優崎優人って言います! よろしくお願いしますマリさんっ」
マリは優人の名を聞いた瞬間、ピクンと反応すると少し強ばった声で震えながら挨拶する。
「き、君があの、優崎優人……くん、だね。よろしく!」
(薄々思ってたけどやっぱりかあぁぁぁ!! 見た目は可愛いし良い子っぽい……けど霊力の強さが桁違い過ぎるぐらいエグい! 怖い!!)
「でもマリさん、突然どうしたんですか? お会いできて嬉しいんですけど……」
「あぁ〜それがね……ナノカは今、魔法ステッキ持ってる?」
「あっはい、いつもお守りとして持ってるので今も……」
「だったら手っ取り早いわね、実はその──『怠惰』様からさっき直々に連絡があってね」
マリは天真爛漫な様子から一転し、とても緊張したように事の経緯を語り始める。
「上葉町の商店街入口にいる菜乃花さんと優人を連れてきてくれって頼まれて」
「零人君から直接来たんですか? 零人君、忙しいのかな」
「それで実はその……前に貴方にステッキを上げたことで問題が発生したの」
「えっ!? 問題って──」
菜乃花は大きく動揺したが、マリもテンパりながらに落ち着かせようとフォローを入れる。
「問題っていっても規約違反とかじゃないのよ! ただ審査みたいなのが必要になっちゃって、急遽なんだけど今から地獄の裁判所まで来てもらうことになっちゃったの。ちなみに優人君は要件があるから一緒に来てくれって言ってたわ」
事情を聞くと優人はすんなりと受け入れ、行く準備を始める。
だが一方、地獄に行くと聞いた菜乃花は当然ながら驚愕していた。能力者とはいえほとんど表世界で生きる彼女、地獄というものも実際の地獄の情報を知らない菜乃花はパニック状態であった。
「そうなんだ、じゃあ僕も地獄行かなきゃ。あっ、行き方ってありますか? 前に行った時は零人君任せだったから」
「えっ、待って。地獄ってそんな気軽に行けるものなの!?」
「大丈夫よ優人君、今回は私が許可を得たから地獄への転送術で送るわ」
「魔術で行けるんですか!!?」
しかし狼狽える菜乃花のことはスルーされ、強引にマリが魔法陣を展開して地獄の門を開く。
『──霊管理委員会A級能力者、魔法少女部隊リーダーが命ずる。地獄への道よ、彼らを導きたまえ』
優人と菜乃花は立っていたその地面が水のように崩れ暗黒の中へ飲み込まれる。
水流に吸い込まれるように落ちていく2人をマリは上から手を振って見送る。
優人は余裕があるため笑顔で手を振り返したが菜乃花はどこまで落ちるか分からぬことに恐怖して叫んでいた。
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「──うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あっ、着いた〜!」
「……あれっ?」
2人は地獄へ落とされた。というより招かれていた。しかしその場所そのものの雰囲気は招待されたというよりも呼び出されたという言い方の方が正しい印象であった。
優人達は落ちてきたと思うと、まるで既に来ていたかのように地獄の法廷に立ち会っていた。
優人は傍聴席、菜乃花は証言台の所に気がついたら立っていたのだ。
しかし弁護人席や検察官の席はなく、代わりに両端に20人ほどの霊達が立ち会っている。
2人が戸惑っている中、法廷には木槌の衝突音が響く。
2回その音が聞こえると正面から優しさのある男性の声がする。
「入山菜乃花さん、優崎優人君、本日は突然のことながら御足労頂きありがとうございます。今回は懲罰や断罪といった要件ではありませんので、どうぞリラックスして下さい」
その男は地獄の王の一角、本日の法廷の裁判長を務める魔王であった。
「ま、魔王様!」
「覚えててくれたんだね、嬉しいよ優人君」
魔王はその服装や風貌に反して優しく慈愛に満ちた神のように微笑んだ。
優人が魔王と呼んだ瞬間、菜乃花は初めて遭遇する崇高な存在に背筋も凍ったが魔王の人間らしい表情や雰囲気で緊張が僅かに解ける。
「そしてお立ち会いになって頂いていますこちらの方々は『一般会』の霊の皆様です。本日は本件のご意見について議論して頂きます」
『よろしくお願いします』
自己紹介を受けると霊達は一斉に所作と声を揃えて菜乃花と魔王に頭を下げる。
ここで再び菜乃花は全身の筋肉が硬直する。
「菜乃花さん。貴方は以前に幽体離脱を経験してから霊能力が覚醒し、現在に至るまで魔獣や能力の視認やテレパシーなどの簡単な術の使用が可能になりましたね?」
「はっはい!」
「こちらは事前に確認として調査させて頂きました。申し訳ございません」
「あやっその、いえいえ……」
魔王の一言一言に菜乃花は過剰に反応してしまっていたが、その丁寧な対応や態度は周りの霊達に好印象を与えた。
「そして先日は魔法少女部隊で1日活動し、魔獣や魔人の討伐に御協力頂きありがとうございます。 ──それに際して、本日はこの会議にご参加頂きました」
魔王はお辞儀を済ませると書類を1枚取り出し、その内容を読み上げる。
「霊管理委員会の規定の一つに、霊能力者はある一定の実力を身につけ術も扱えるようになった時にスカウトをするというものがあります。そして菜乃花さんはその基準を満たしました」
「えっ?」
「霊管理委員会の霊能力者として菜乃花さん、貴方のお力を貸しては頂けないでしょうか?」
「うえぇぇぇぇっ!? あ、あのっ、私は優人君達みたいには戦えないですよ……?」
「ご安心下さい。委員会の能力者といっても戦闘などの判断は貴方の意志を尊重しますので無理に参加させることはありません。ただ委員会のメンバーになって頂ければ主に情報という面ではお助けできます」
「情報、ですか?」
「例えば魔獣が出た時、危険であれば我々から菜乃花さんに直接ご連絡などが出来ますし、逆に菜乃花さんの情報提供があれば我々も諸々の対処が可能となります。こういった面でメリットはあります」
対応も内容も一切の問題はなく、彼女自身も優人や零人の所属する組織として信頼はある。
菜乃花は迷ったが、万が一の場合を考えて一つ質問を投げる。
「──デメリットっていうのはありますか?」
「委員会に所属するか否かは貴方次第ですが、私個人の見解として申し上げますと……デメリットはございません。これだけは今までの能力者人生でハッキリと言えることです」
「なら、入ります! いや入らせて下さい魔王様!!」
菜乃花は強く断言すると、それに続き頭を下げながら懇願した。
「わっ、私は強くないしお役に立てることは少ないと思います。でも皆さんの力に少しでもなれるならやらせて下さい! それに私はマリさんに魔法少女のステッキも頂きました。今の私のままでいるのは嫌です」
魔王は菜乃花の熱意ある瞳を見て微笑むとおもむろに木槌を取り出して最終確認をとる。
「では、霊管理委員会の能力者として正式なメンバーとなって頂けるのですね?」
「はいっ!!」
「……一般会の皆様は何がご意見はありますか?」
すると魔王の一言で火蓋を切ったかのように霊達は立ち上がって祝福の声を上げていた。
「素晴らしいぞ少女よ! 今日から君は私たちの仲間だ」
「無理はしないでね、年頃の女の子だもの」
「何か相談とかあったら俺らはほぼ一般人だけど、協力するぜ!」
「この若き星に誉あれ!!」
一般会の霊達がスタンディングオベーションでやや大袈裟に気味に菜乃花を全力で讃える。少し収集がつかないと予期した魔王は木槌を鳴らし、開始時とは売って変わり手っ取り早く閉廷を宣言する。
「あー、じゃあこれで本件の議論を終えます。この後は自由ですので菜乃花さんも地獄のちょっとした観光などはいかがでしょうか? そしてお帰りの際は職員にお申し付けください」
「はいっ……て、わっ!?」
菜乃花が返答を終えると彼女の体はポルターガイストでフワッと宙に浮いて一般会の霊達の元に運ばれた。
攫われた菜乃花は特に一般会の女性達に大人気なようで、彼らは菜乃花を親戚の妹かのように可愛がる。
「ねぇこの後一緒に地獄観光しない? いいとこ知ってるのよ〜」
「うぇっ!? あっ、はい行きたいで──」
「それじゃレッツゴー!」
「なんか皆さんこんなノリなのッ!!?」
マリと会った時のように菜乃花は半ば強引に手を引かれて連れていかれる。彼女はその人柄もあってのことなのか誰かに振り回されるタイプであるようだ。
そして霊達が去ると法廷は優人と魔王のただ2人だけとなり、嵐のあとのように静まり返っていた。
魔王は困っているが一方で愛嬌のある表情で小さな本音を吐露した。
「一般会の人達は人間の中でも特に善人な人達の組織なんだけど、良い人達過ぎてたまにどうしたら良いか分からない時があるよ……」
顔をポリポリと掻きながら魔王は優人にその流れで話しかける。
しかし優人からの反応は特になかった。代わりに魔王は優人に数秒ほどじっと見つめられていた。
「ゆ、優人君?」
「…………あっ! ごめんなさい魔王様、ちょっとビックリしたことがあって」
「ん、ビックリしたことって何だい?」
「その……こんなに強い魔王様を僕は何で最初に召喚できたんだろうって思い出してました」
召喚術を使用してから2回目にして優人はこの魔王を呼び出していた。初めに召喚した時は零人も上司を突然呼び出してしまったことで焦っていた記憶が優人にはあった。
だが成長した今、彼は1つの違和感に気が付いていた。優人は現在ならある程度の相手の霊力や霊力から感じる気で強さなどを感じ取ることはできる。
霊力は当然ながら聖獣より遥かに強烈な霊力を放つ魔王を自分は何故あの時に召喚できたのかと、この会議中にずっと優人は感じていた。
「あぁ……あの時はたまたま休暇を取っててね、本来なら緊急事態用の秘密コードの呼び出し魔法陣があったんだよ。それを君に偶然当てられちゃったというね」
「そうだったんですか! ごめんなさい!!」
「いやいや、むしろ誇っても良いぐらい凄いことだからね! 委員会の秘密コードを1発で引き当てられるのなんて逆にやろうとしても無理なことよ」
魔王はどこかルシファーを感じさせるような接しやすい口調と雰囲気で優人を擁護する。
しかしその反面、魔王は優人に対して恐怖にも類似した歓喜感情を抱く。
魔王は優人の霊力を直に見た瞬間に彼の霊能力の異質さを素早く感じ取っていた。
(──やはり、霊力や感じる邪気の力が桁違いだな。最初から分かっていたが召喚能力も高く呪術式も制御している……そして何より、この霊力はもしや閻魔様に匹敵するのでは?)
「……ってそうだ! 世間話してる場合じゃなかった。優人君、今日呼んだのはある別の会議で君に召集がかかったからなんだ」
「そうなんですか!」
「僕はその会議担当じゃないから分からないけど、どうやら君に直接の依頼が来たみたいなんだ」
つい先日に零人から話された通り、優人にもついに霊能力者としての正式な依頼が回ってきた。
その事実の喜びに胸を膨らませ目を輝かせた優人はやる気に満ち満ちながら魔王に会議について尋ねる。
「分かりました、行ってきます! ちなみにどんな会議とかって魔王様は知ってますか?」
「任務関係だったはずだよ。確か────地下の巨大魔獣の討伐」





