第9話 暴食の軌跡
私の人生は今まで贖罪の為、過去の自分に対しての戒めの為に費やしてきた。
あの日のことを後悔して、ただ大切な人を守りたいという私のエゴのために戦ってきた。
私の名前は西源寺香菜。
自分の罪に囚われて悲しみの中で自身を縛ってきた暴食の能力者。
私の両親は私が小さい頃から家を留守にしがちだった。
父は貿易会社に務めていて海外赴任し、母は朝ご飯を作ると早々に出勤するキャリアウーマンだった。
両親とは仲が悪い訳ではなかったけど小さい頃の時の方がかえって距離が遠かった気がする。
でもその代わり、私は父の幼馴染みだという隣の優崎さんに普段は面倒を見てもらっていた。
親友の子供というだけの私にもおじさんとおばさんは可愛がってくれて、昔は毎日のように隣の邸宅まで走って行ってた。小さい頃の思い出は優崎家での記憶が多い気がする。
その時に出会ったのが優人だった。
物心ついた時から優人とは一緒にいて、おおよそ幼馴染みとやるような事は一通りやってきた。もちろん、結婚の約束とかもしちゃってた。
おじさんもおばさんも優人も皆大好きで、あの家の中には幸せがいっぱい詰まってた。
あの幸せな時間に終わりがやってくるなんて思いもしなくて、私は無邪気で何も知らないまま過ごしてた。
でもそれに気がついたのは私がまだ5歳の時だった。
私には生まれながらにして霊能力があった。子供だから自覚するのに時間はかかったけど、おそらく私は生まれた時から霊を見る力が備わってた。
街を歩いてると浮遊霊や守護霊が人の近くで立ってたり、たまに魔獣や妖怪が彷徨いてるのなんかも見てた。
生まれてからずっと見えてたものだったから、怖いと思うどころか気にも止めてなかった。
夜は悪霊が出たから人一倍怖がったけど、昼間の霊はいて当たり前。皆見えてるものだって思い込んでた。
何よりそんな霊とかは基本人格や意識がしっかりしてるから私に気がついても近寄らないし、悪霊なんかは近寄ってきてもすぐに煙のように消えてしまってたから。
だから不思議な感覚はあってもそれが異常とは分からなかった。
それはただ私の体から除霊力のこもった霊力が無意識に溢れて擬似的な結界になっていたのは当然、当時は知るはずもなかった。
霊が見えたからって害はなかったし、特に言う必要もなかったから次第に霊がいることすら完全に日常に溶け込んで意識しなくなってった。
だから優人やおじさん達にも何も言わなかった。
霊が見えていてもいなくても、私には関係なかった。優崎家が暖かくて、優人といる時が1番の幸せ。これが変わることはなかったし、私には人に見えないものが見えると分かっても特に変化はなかった。
優人と一緒にいるうちに時はあっという間に流れて、私達は同じ幼稚園や小学校に上がって大きくなった。
その時まではどこにでもいそうな程、普通の子供だった。
────でも7年前のあの日、小学4年生の夏に優人は倒れた。
優崎家の庭でいつもと変わらずに遊んでいた筈だった。
私の横で遊んでいた優人は何の前兆もなく、意識を失って芝生の上に倒れ込んだ。
突然の出来事で取り乱した私は泣き叫びながら優人のそばに寄って大丈夫かと声をかけて優人の体を揺すった。
子供の私でも分かるほど優人の状態は危険で、体の何処を触っても異常なほど高熱でこのままでは優人が死んでしまうと思って狼狽えていた所におじさん達が来てすぐに優人は救急車に運ばれた。
救急車が来ると優人は担架に積まれた。
救急隊員達が目の前で優人を車に乗せていた時に私は最初、その場で優人が運ばれる所を見てた。
その時、ふと目線を上げると当時の私にさらにはショッキングな光景がそこにあった。
庭の塀の上や空中で見たこともないほどの数の魔獣達がじっと優人のことを見つめてた。
見守っているのではなく、彼らは捕食を試みているのだと私は直感的に感じて恐怖した。
そしてこのままでは優人が傷つけられるということもヨダレを垂らす彼らの様相から察した。
でも同時に倒れた優人をこの畜生共はさらに傷つけようとしているのだと思ったら私は激しい怒りに襲われて、キッと睨みつけた。
感情が昂ってたせいでその時は魂が共鳴して除霊力を多く含んだ霊力を無意識下で放って魔獣達は消えていったけど、私は穏やかではいられなかった。
──病院に着くと医師からは「様子を見るしかできないが酷い高熱で意識がない。原因が不明で対処もできない。もしもの時こことを考える必要もある」と告げられて私やおじさん達は絶望のどん底に落とされた。
だけどそれ以上に私は追い詰められてた。
今でこそ優人の異常な強さや周りの人達の言葉で、優人が倒れた原因は何か通常ではありえない事が発生したからということを知った。
だけどあの時私は優人は魔獣に襲われたんだと、自分が隣にいながら優人はあの醜い獣達に襲われたんだと思い込んでしまった。
パニックに陥った私はその誤った結論によって私自身を追い詰めてしまった。
自分だけがあの状況を分かっていた、自分には他人にできないことがあった。未然に防ぐ手段を身につけていたら優人は倒れなかった。
子供の私にはあまりに大きすぎる自責の念に狩られながら優人の横たわっているベッドの傍で泣き続けた。
優人が倒れて1週間が経った頃、私は毎日夕方になるとお見舞いに行って夜まで優人の傍らで座っているという生活を送っていた。
花の水をやり、細かいことは分からないままバイタルが一定であるのを確認したり。
優人は目覚めると信じながら病院に来ていた時、私は窓の外にいた魔獣と目が合った。
それは翼のある小型の魔獣で、凶暴ではなかったから私と数秒間見つめ合っていた。
その時、精神が摩耗して不安定だった私の心はガラスのように砕かれた。
魔獣や悪霊に対しての怒り、自責の念、優人に辛いことをさせてしまった悲しみ、優人はもうだめかもしれないという不安、あらゆる負の感情は私の中で増幅して霊力に還元された。
その瞬間に私の心に呼応して魂が動き出して、霊能力が完全覚醒した。
今の死神の大鎌には大きく劣るけれど曲がりなりに生み出された鎌。それは私の感情に合わせて震えていた。
霊能力に目覚めた私は能力の覚醒のことなど気に求めず、元から扱えてたかのように部屋の中から鎌を振った。
号哭を上げながら鎌の刃を振るうと刃は壁を抜けて魔獣の頭蓋に刺さり、勢いのまま斬られ霧散化してただの霊力に還った。
魔獣を刈り取った私は息が上がりながら涙を流して怒りの中で強い決意を抱いた。
「──もう二度と、優人を誰かに傷つけさせない。私が、守るから……優人の周りに、この街にいる化け物は私が全部消す」
その頃から私は優人を守るために死神のように奴らを消すために上葉町で悪霊を狩り始めた。
毎日学校を出てから夜遅くまで悪霊や魔獣、妖怪や怪異も全て見えたものは全部消していった。
浮遊霊や守護霊達だけには手を出しちゃいけないと直感的に思って狩らなかったけど、霊管理委員会に入るまではその霊達も警戒対象だった。
作り出す鎌や身体強化、回復魔術なんかは独学と実践で身につけていった。勿論常に生傷は絶えなくてボロボロだったけど、体を治して取り憑かれたように戦ってきた。
優人の目がその後に覚めてからも、あの悲劇を繰り返したくないと思って私は徹底的に悪霊達を駆除して回っていった。
そして私の体から以前に無意識で放たれてた除霊力の効果による擬似結界は本格的な結界に変わっていって、種類も効果も範囲も大きくなっていって、中学の頃には街全体に結界を発動してた。
1度完全に壊れてしまった心はその壊れて欠損した箇所を直そうとするけれど、修復すべき場所があまりに大き過ぎると次第に狂っていくか心そのものが再起不能になってしまう。
普通であれば毎日のように異形な存在と命のやり取りをすることは精神が持つはずもない。でも1度壊れた私には辛さという大切な感情を失ったことで歪な精神を生み出した。
それこそ感情のない機械らしい、決まった行動通りに動く自分を縛り付けた人生を送ってた。
だけど街中の悪霊を狩りまくっていたある夜、見たことも無いほどの霊力と強さを持った堕天使に出会った。
当時、怠惰を零人君に継承させて悪魔になったばかりのルシファーさんだった。
「やぁやぁやぁ、随分と強いねぇお嬢ちゃん」
その一言と本能的に危機を感じて反射的に私は鎌であの人を切りつけようとした。
「……ッ!!」
「おっと、生憎僕には君の攻撃じゃ傷すらもつけられないよ♪」
当然、時間停止で私の攻撃は止められた。依然として警戒心を剥き出しにして睨んでた私に対してルシファーさんは心配する父親のような声で質問してきた。
「教えてくれ、君はなんで街中の悪霊や魔獣を倒して回っているんだい? そんなにボロボロになるまでずっと……」
誰にも自分の心の内を話せていなかった私はあの日以来初めて流れた涙と共に、ここまで戦ってきた自分の信念を打ち明けた。
「──私は、もう大切な人を危険な目に合わせたくないの! もう二度と、何も出来ないで泣いてるのは嫌なの!!」
私が号泣してから落ち着くのを待ってくれたルシファーさんは、私の息が落ち着くと打ち明けた私の思いを肯定した。
「……良い、志しだよ。その『誰か』を守るために戦える君にピッタリの場所があるよ」
「…………信用して良いの? 絶対、あの子を傷つけない?」
「命に変えても保証しよう。僕は、僕達は、誰かの為に戦う人も守られてる人も見捨てはしないさ」
霊管理委員会に入って力や悪霊達のことについて知っていった私はそれまでのような破滅的な戦いはしなくなった。
それでも満たされず、許せなかった自分の心を埋めるように、戒めとして私は戦って、気がついた時にはどんどん上り詰めて『暴食』の能力を手に入れた。
自分の手にした死神の鎌を悪霊に突き立てながら、私は贖罪の為に霊能力者として進んだ。
私の過去の物語は、そんな辛くて悲しかった罪の歴史…………
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───────────────────────────。──────ゃ、────チャ、──────か────────ちゃん。──なちゃん。
「香菜ちゃん!!」
「ふぁいっ!!?」
香菜はその声に気がつくとビクッと反応し、思わず手に持ったティーカップの中の紅茶を零しそうになっていた。
目の前には心配そうに香菜を見つめるラファエルとミカエルが座っていた。
香菜は今、天界で天使2人から茶会に誘われてやって来ていたのだ。
「どうしたの? 何か具合でも……」
「あっすいません! ちょっと昔のこと思い出してたらぼうっとしちゃってて……」
ラファエルは慌てて答える香菜を見て何かを感じたのか、あえて明るい話題にしようと彼女を茶化した。
「きっと優人君のこと考えてたのね」
「えっ!? いや、あ……う〜ん」
「貴方達2人はいつ見てても可愛くて微笑ましいわぁ」
「ら、ラファエルさん〜、ていうか私がいるのにラファエルさんは優人を誑かさないで下さいよぉ」
「優人君には恋愛感情は抱いて無いわよ? ワンちゃんとか、親戚の子供が可愛いってあの感覚よ」
「優人のことそんな風に思ってたんですか!? ていうかオリジナルの天使人格なのに親戚の子供とかの話って……」
「だって本当だもん。ほらミカなら分かるでしょ? あなたも本で男の子同士が優人君と香菜ちゃんみたいに──」
「ちょ、姐さん。その話はしないで下さい」
そこからガールズトークは優人との最近の事情や香菜の私生活のことなどの他愛のない話となり、3人はテーブルを囲んで談笑していた。
話をしていると、ラファエルは思い出したかのように香菜を見て感傷に浸るように嬉しそうな微笑で呟いた。
「……香菜ちゃん、本当に今は可愛い顔するようになったね。前までは何だか、見ててとても辛そうに見えたもの」
「…………」
「何か良いことでもあったのか?」
「……はい、少し前ですけど。ありましたよ」
2人に質問された香菜は、夕方の公園で零人にかけられた言葉を思い出す。
優人が倒れた当時の記憶を思い出し、再びあの頃の辛い感情が甦って来ていた中で言われたあの言葉が香菜の中で響いた。
『それでも後悔があるなら喰らえ!! 「暴食」だったら、過去の辛さも後悔も全て食って、今ありこれからもある愛や幸福を食い尽くして分かち合えば行けばいい。過去に囚われたお前なんて、優人も望んじゃいねぇ!!』
零人が現れたことにより香菜の中で動いていなかった歯車の1つが動き出し、あの言葉のお陰で彼女は背負ってきていた罪の意識と心の枷が完全に破られた気がした。
西源寺香菜が守護者や死神、暴食でもなんでもない1人の少女に戻してくれた存在が彼であった。
優人や優崎家の家族が言っても届かなかったであろう言葉をあの時香菜はかけられた事で戒めの束縛から解放されたのだ。
「私の嫌な物ぜーんぶ、取っ払ってくれたんですよ。とある恩人がね♪」
────これは西源寺香菜という1人の少女が、『守護者』をやめるまでの物語。





