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第6話 再臨する『裏』

 来る平日、この日も変わりなく零人は眠そうに大欠伸をかきながら学校に登校していた。


 昨夜に徹夜でゲームをした弊害でフラフラになりながらも重い足を動かして教室の扉まで辿り着いていた。


 まだ意識が虚ろなまま気だるそうに入室すると零人に気がついた他のクラスメイトらが彼に慌てた様子で話しかけてきた。


「あ、零人きた!」


「ちょっと大変なんだ、見てくれよ」


「んぁ? どうしたんだいきなり……」



「今朝から優人の様子が変なんだよ!!」


 その男子生徒の声が耳に届いた瞬間、零人の意識は完全覚醒し体を硬直させた。


 そして数秒の沈黙の後、零人は目の前で他のクラスメイト達がその机を囲みながら動揺している様を確認した。


 それらの状況を鑑みて、零人は慎重に確かめるようにゆっくりと体勢を反らして彼らの注目を集めている席に目を向ける。



 その席には優人が座っていた。だがそれは零人以外の者でも分かるほどに、いつもの優人とは明らかに違っていた。


 足を組み頬杖をつき、犬歯を見せるようにニヤリとした気味の悪い笑みを向けながら優人がそこにいた。


 その優人は零人の存在に気が付くと通常の彼よりも低いトーンで声をかける。


「よぉ零人、遅かったじゃねぇか」



 その様子、その態度、その話し方。

 全てをその目で見た瞬間に零人は数週間前のダンジョン内での記憶がフラッシュバックした。


 彼は優人の中で息を潜めている負の感情、優人から剥奪されたものの象徴。

 優人の純粋さの影役者であり彼の内側で眠るもう一つの人格『裏』。



 彼の存在を認知すると零人は優人の胸倉を掴み、裏を睨みながら耳元で尋問を始める。


「どういうことだ裏ッ! お前が出てきんのは優人が気絶した状況のみって言ってなかったか?」


「あ〜、まぁ成り行き?」


「あ!?」


「冗談だってキレんなよ。昼にでも説明してやるからそれまで待てって」


(──そういや、出現条件は感情の発散もあるとか言ってたな。まさかこいつそれを目当てに?)


 突発的な現象なのか故意的に現れたのかは定かではなかったが、零人は色々な不満を押し殺し一つだけ厳選し文句を吐いた。



「だとしてもタイミングがあるだろうが。優人がピンチの時とか、そういう──少年漫画的な状況の時に!!」


「お前、頭イカれたのか?」


「こっちだって情報処理が追いついてねぇんだよ!」


「へっ、皮肉なもんだなぁ零人さんよぉ〜?」


 零人と裏の異様な会話風景にクラスの全員がどよめいていた。

 まるで天変地異が起きたかのように2人の茶番を傍観しながらざわめいている。


「おいおい、あの零人が優人にキレてんぞ。あの優人に甘い零人が」


「てか優人の方もおかしいだろ! キャラが違う所の騒ぎじゃねぇって」


「なんなんだよ今日はさぁ!?」


 収拾がつかないレベルにまで騒ぎが発展しかけていた最中、教室内に香菜が息を荒らげて飛び込んできた。


「優人に何かあったって聞いたけどどうしたのっ!?」



 他の生徒から聞いたのか、優人の一大事と勘違いした彼女は急いで扉を開ける。反射的に群がっていたクラスメイトらは道を開け、香菜と裏の目があった。



 裏は香菜の顔を見た途端、席を立ちポケットに手を入れながら近寄っていった。

 優人の顔でニヤリと悪戯な笑みを浮かべた裏を一目見て香菜は驚愕する。明らかに普通ではない優人の姿を見た瞬間に危機感を感じたが、同時に普段とは違う彼の様子に思わず心臓の鼓動が速まり顔が火照り始める。


「えっちょ、ゆう……と? 一体どうし──ひゃいっ!!」



 香菜がたどたどしく声を掛けていたがそれを遮るように裏は彼女の顔に優しく手を当てた。

 温かい優人の手が触れて可愛らしい声を出してしまった香菜は恥ずかしさと胸の高鳴りでどんどんと顔が赤くなっていった。


「いや、今日も変わらず綺麗だなって思ってよ。あ、だが……昨日よりも綺麗になってるって方が良いか。お前が可愛過ぎて上手く褒めらんねぇ」



 優人が決して言うはずの無いキザなセリフが飛び出し、聴衆は目の前の光景に衝撃を受け絶叫した。

 そして女子生徒達からは好奇の目と共に嬌声が上がる。


 全員から見られながら惚気られた香菜は思わず後退りしようとしたが裏に体を抑えられて動けなかった。



「ええぇっ!! ゆ、優人なんでいきなり大胆に……てか、恥ずかしいよぉ」


「事実を言ってるだけだ。俺の女に可愛いって言って何が悪いんだ? 世界一のべっぴんさんよ」


「俺のおんな!? べっぴんしゃん──」



 この時、香菜の脳内では大量の情報データと快楽物質が巡っていた。

 普段と違う優人、大胆な優人、優人に可愛いと言われたこと、世界一と面と向かって言われたこと、そして全身を満たす幸福感。

 情報過多と同時に嬉しさで限界に近づいた彼女はそのまま気絶して裏の腕の中に収まった。


(よく考えりゃ優人の純粋じゃない感情、つまりは色気だの年相応の情欲だのもあいつのエネルギーなんだよな……とうとうやるとこまでやったな)



「西源寺がやられたぞ」


「ほ、『保護者』が食われたァァァァ!!」


「クソリア充が爆散しろぉ」



 西源寺香菜、裏に完膚なきまでに落とされ儚く散る。

 その後、気絶した香菜は事情を知った菜乃花によって連れていかれ、この日の午前は優人の話で学校全体が持ち切りとなった。


 この日は裏の自由過ぎる行動のおかげで朝から騒々しい1日となった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 この日は解放日ではなかったが、密かに屋上へ向かった2人は缶コーヒーを片手に定位置のベンチに座る。

 裏は優人の記憶を介して見ていた光景に新鮮さを感じながら冷たいブラックで喉を潤す。


「いや〜こんだけ動けるってのは良いもんだな。何もかもが違ぇ」


「で、お前はなんで今日は現れたんだ?」


「早速本題かよ、人がせっかく楽しんでんのによ……まぁ良いか」


 ため息混じりにコーヒーをぐいっと飲み干すと裏は今回現れた理由について切り出す。



「俺の現状と俺の存在、そして優人(ほんたい)のことについて幾つか浮き彫りになったことがある。第一、俺にはテレパシーの類いの力に秀でてるみてぇだ」


「テレパシー、それはどのレベルまでのテレパシーだ? テレパシーって括っても考えや記憶を読み取るものもあれば、深層心理を読み解くモンまである」


「俺のは主に相手の本音とそん時の感情、あとはその本人が思い出してる記憶を読み解く程度だ。能力はほぼ常に作動できている。覚えてるかは知らねぇが、香菜の抱えてた感情も言い当ててただろ?」


(そういやそんな事言ってたな。あん時はまだ理解が追いつかずに気にしてなかったが、確かに裏の言う通りテレパシー能力は優秀だ)


 零人は魔竜討伐のためにダンジョンへ赴いた際の事を思い出しながら情報整理を行う。

 だが裏の発言で1つ引っかかった点について即座に問答する。



「なっ、てことは今も……」


「あぁ。範囲にしておよそ20m、その範囲の人間は優人が起きていようが発動している。記憶や情報はこいつ自身の脳から引っ張って逐一外部情報と俺はアクセス可能だ」


「フルオートなのか。その間、お前の意識はどうなんだ」


「以前と違い、意識の覚醒時間は格段に増えた上に連続じゃなけりゃ任意のタイミングで目覚められる。活動不能時間は約8時間と、人の睡眠時間程度の時間までの減少にも成功している」



(ここに来てどうしてだ? 裏のエネルギー源は優人に本来はある負の感情。この短期間で蓄積量が増えたとも考えにくい……)



「ここで第二の報告、俺という存在について何となくだが掴めてきた」


「お前の存在か、それについては俺どころか委員会でも詳しくは分からなかった。お前は現時点じゃただの二重人格として情報じゃ処理されている」


「俺は分類するとすりゃ能力に近い存在だと思う。それも中々に複雑な存在だ」


 優人のもう一つの人格のことを零人は能力という線を考えてはいなかったがその言葉に納得はした。

 零人は戦闘や長きに渡る修行により多くの難解な能力を保有している。

 なので彼の話が眉唾ではないと確信できた。


「ンクーロンのジジイが前に見て感じてやがった。優人の魂には表面に2つの異質なもんが混じってる。1つは呪術式、そしてもう1つは俺にも分からねぇ『何か』だ」


「その『何か』に対して感覚的に感じたものはあったか?」


「呪術式はあのアンラマンユやら上等な悪霊の持つ邪気が出てんのに対して、そっちは天使の奴らに似た霊力の力を感じた」


「それは聖力だな。本来なら浄化作用や除霊効果があるもんだが……どういう訳か優人には一切の除霊能力がねぇ」


「原理は知らんが、除霊効果に関して言えば優人の中では完全に存在してねぇな。だがここで俺という存在がキーになってくる」


 裏は今まで考えていた自分という存在の誤認識の訂正を説明し始めた。


「俺は確かに優人の負の感情から生まれたが、負の感情が動力源ってのも違う気がすんだ。実際のとこ俺は悪意を凝縮した人格にしちゃあまりにも悪意がねぇ。貯蔵庫だと言うには物が圧倒的に少ない」


 裏の考察は非常に正確に分析されている。

 零人も半信半疑ではあったものの、裏からは凡そ悪意と呼べるほどの凶暴な感情ほ感じられなかった。


 せいぜい口が悪い程度、人格交代で彼に霊力の変化があった訳でもなければ虚言を言うでもない。


「そして優人が霊力を使うほど俺に力が宿る感触がある。呪い以外で負の感情が出ない所か、ここ数ヶ月に関しちゃこいつの唯一の負の感情たる恐怖すらなかった。だが力は溜まり続けたんだ」


「優人が霊力を使用する程ってことは、優人の成長と共にお前も同時に強化されてんのか」


 裏は零人に聞かれると何も言わずに首を縦に振る。

 そして裏は自身の存在が能力だという考えに辿り着いた。



「おそらく俺は呪術式ともう1つの何かが奇跡的に混ざり生まれた人格。そして俺は『優人とは別意識として働く防衛装置』って考えが有力だ」


「そうだ、そうだな。お前は優人の気絶した極わずかな時間の間で爆発的な火力攻撃をする。そして普段は別人格としてサポート……考えりゃ考えるほど防衛能力だな」



「──全ては7年前。優人の身に起きた何かが霊能力を宿らせ、お前との邂逅がトリガーで優人は覚醒した。それが優人の力の謎を解く唯一の手がかりだ」


 香菜の記憶を介し見たあの光景、始まりの時を探るという使命感が零人の中で生まれていた。

 何より病室で意識を失っていた優人と、周りで泣いていた彼の家族や香菜の姿が零人の脳裏から離れなかった。


 最強としてでも霊能力者としてでもなく、優人の友人として調べねばならないという思いが芽生える。



「詳細が分かったら俺の方からも報告しよう」


「頼んだ。そして今日のとこの俺の活動時間も限界だ。このまま寝るぜ……」


「あぁ、またな。今度会う時は少し態度は自重しろよ」



 零人がそう告げると逃げるように裏はベンチの手すりにもたれ、目を閉じ眠りについた。裏になってから強ばっていた優人の表情筋が解れていく。

 優人と入れ替わるまでの僅かな時間、優人の顔は安らかな表情で脱力していた。


 何度見ても相変わらず綺麗な屋上からの景色に零人は見とれながら風に当たる。


 零人が改めて優人を見ると、優人は寝ぼけながら小さく唸っていた。

 零人はまだ眠っている優人に向かって独り言を呟いた。


「お前は、どこまで行くんだろうな……」



 2人の背から吹いてくる長月の風はまだまだ暖かった。

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