第11話 WhiteGirls
四大天使の集っているこの部屋は天界のあの美しい景観にも引かず劣らずの光景だった。
それぞれ咲く花四輪は背中から生やしている白の翼がとても似合う美形の女性たちである。
艶のある髪、絵画のように整った顔立ち、そしてふつふつと感じてくる霊力の純白さ。何もかも浄化されるイメージが伝わってくる。優人の肌が、毛先が、隅々まで巡っている神経が言っていた。
4人とも、白の羽衣ではなくフリフリのついたアイドルのような衣装を身にまとっていた。白い腕と足が彫刻のように美しい。優人はそのピュアさゆえ、下心はなく純粋に綺麗だなと見とれた。
そして早速ラファエルは近づいてきて優人を抱きしめ、頭を撫でた。
「優人君、来てくれて嬉しいわ。あっ零人、優人君を一緒に連れて来てくれて本当にありがとう!」
「本来なら俺が目的の──まぁ、いいや」
ここで優人は撫でられながら楽屋を見渡した。テレビの芸能人の楽屋と変わらず用意されてた茶菓子や飾られた花、そして奥には何やらベースやドラムスティックなどが置かれていることに気がつく。
「ラファエルさんって、音楽やってるの?」
「ええ、そうよ。タイミングも良いし、みんなも自己紹介しましょう」
その言葉で後ろの3人も前へ出てきた。それぞれが個性的でかつ違った美しさを兼ね備えている天使であった。
1人目の女性、彼女は髪が紺色の長髪で顔立ちはキリっとした清楚な印象がある。この中で1番クールな雰囲気を纏い、スラっとした脚を見せて立っている。
「この人がミカエルさん。ボーカルを担当しているの」
「よろしくね。ラファエル、あなたの話通りとても愛らしいですねこの少年は」
「でしょでしょー?」
ミカエルはクールではあるものの、包み込むような微笑で優人に挨拶をする。透き通っていてハープのような声に思わずうっとりしてしまいそうだ。
次に前に出てきたのは女性というよりも少女の姿をした天使だった。外見年齢は優人と同じ程度、つまり小学生にも見えるような容姿をしている。優人の目線が合うと恥ずかしそうに下を向いている緑の瞳とレモンのような髪は天女そのものであった。
「この子はキーボードのウリエルちゃん。ちょっと内気だけど意外と派手な演奏する子でギャップがとっても可愛いの」
ウリエルはラファエルに紹介されると顔が真っ赤になり、目を瞑ったまま挨拶をした。目線は合わせられないが挨拶をしようという丁寧さや健気な所は反応を見ていて感じ取れる。
「あ、あの、は……はじめまして。ウリエルと言います……よろしくお願いし、します」
オドオドしつつも挨拶を言い切れたウリエルは言葉を言い終わると大きく息を吸った。優人は意識していなかったがウリエルの息が整うのを待ってから笑顔で挨拶を返し、ハイタッチ待ちの手を高く上げた。
「ウリエルちゃん、よろしくねー!」
「え?あっ、あの……えっとその────よろ、しくね?」
恥ずかしさでテンパったウリエルはそのパニック状態の勢いを利用して優人にハイタッチをした。よく分からなかったがハイタッチしてから数秒後はまた赤くなって硬直する。
そして、優人の髪よりもポップで明るい黄色髪の天使が最後にいた。八重歯で表情から分かるスポーツ好きな雰囲気とこの中では精神的に1番幼いといったのが第一印象。 それは会話をしてみても覆らず予想通りだった。
「この子がガブリエルちゃん、うちのドラマーよ。とっても元気がいいから、優人君も話しやすいと思うわ」
「おース、ウチはガブリエル。よろしく!お前えー、面白そうなやつだなぁ」
「嬉しいなぁガブリエルちゃんありがとう、よろしくっ」
「そして私、ラファエルはベースをしているわ。4人そろって──」
『WhiteGirlsです!!』
「おいおい、宣伝臭過ぎるだろ……えっとじゃあ、みなさんもうライブに行きます?」
「では、もう行きましょうか」
するとラファエルは魔方陣を展開した。2つの針と1から12まで文字が円形に描かれている。時計を模した魔法陣のようだ。魔法陣が彼らを包むと長い針が
「では、明日の時間へ飛びますね」
そして、部屋全体が光って6人を包み込んだ───
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『────ワアアアァァァ!!』
「……すごい、本当に時間が飛んでるんだねっ」
時間が飛び、6人はライブの開催日に到着した。
術の光が収まると外から騒がしいほどの歓声が聞こえてきた。控え室に居ても伝わってくる声と熱気からは彼女らの人気度が伺えた。彼女たちも準備はバッチリのようだ。
すると控え室の扉を1人の黒服の女性天使が開けた。
「皆様、まもなくでございます」
「よし、ライブの時間だ。優崎、お前の席は確保済みだからこの人に誘導してもらえ」
「うん、みんな頑張ってっ!」
『はいっ!!』
「おうよ」
黒スーツの女性はこのやり取りを見てはにかみ、優人を案内する。優人は彼女の後をトテトテついて行く。そして係員用の通路から出るとそこは先程までいた天界の姿から一転していた。
優人が今いるのは巨大な野外ライブ会場だった。
野外ライブだがドームの中のような観客席が設置されている。天界の催しということもあり、人の数が尋常じゃない。更に会場には多くのモニターやカメラが設置されている。おそらく中継目的のメディア機器だろう。
時刻はもう夜になっている。美しい夜空には果てしなく続くオーロラと煌めく星々、そして人々の霊力や魂が空を飛び交って会場をより一層幻想的に演出していた。
「あちらの席になりますので、どうぞ」
「ありがとうございます」
黒服は軽く会釈をして、優しく扉を閉める。優人は指示された自分の席まで歩いていく。なんと最前列の席だった。しかし人の数が多すぎて行けるかどうかという状況ではあったが……
「ごめんなさい〜」
「あっどうぞ〜」
「君の席はここかな?はい、どうぞこっちに。今夜は一緒に楽しみましょう」
「わあ!ありがとうございますっ」
天界に住む人だけあって、丁寧で親切な対応をとってくれている。優人はその対応を素晴らしさに対する感謝を込めて全力の笑顔と返事をした。それを見た彼らの思考は全員一致した。
『あっ……この子尊い──』
────するとそれは突然だった。
先程までざわざわしていた会場の音をかき消すようにステージからBGMが流れてくる。そしてステージの中央に1人の女性が登場する。
空中を浮遊しながら手にはマイクを握りしめている。その見た目から察するにMCのようだ。
そのMCの女性は登場するや否や早速紹介を始めた。
「今日はLIVE of Heaven ExciteFestivalに来て頂き、ありがとうございます。今夜は是非とも、お楽しみ下さい…………さぁ!私の挨拶はこのぐらいで、彼女達に早速ご登場頂きましょう!!」
『うおおぉぉぉ!!』
会場に多くの歓声が響き、興奮と熱狂が最高値までもうすぐの所まで上昇していく。
その歓声の勢いはさながらオリンピックをイメージさせるほどであった。
「WhiteGirls with LATE さんでーす!!」
バンッ! シュウウゥゥ……
ステージ脇の魔方陣から白煙が発射され中央の床から5人は現れた。
「まずは彼女から。先月女優デビューを果たし、憧れる女性ランキング一位になったクールな歌姫!ボーカルのMIKA!!」
声援の中、ミカエルもといMIKAは瞬時に魔法で空気中の水分を低温凝固させ精製したをまとわせいたミカエルはマイクを握る。
「…………今夜はよろしく」
MIKAは前の前にマイクを運んできたあと、震えるようなイケメンボイスと共にクールな微笑を会場のファンに送る。
「続いては──優しい笑みと大人の色気で男を一発KO、天使と言ったらこの人!ベースのラファ姉!!!」
「フフっ、今日はよろしくねっ……来てくれてありがとっ」
『フオオオォォォォ!!』
MCの言葉を思い出して恥ずかしそうにしながらもラファエルは軽くベースを弾いた。繊細な重低音が心臓まで響いてくる。ラファエルのグッズを持っていた観客達は今の反応で歓声を上げた。
「こんな女子は守ってあげたい、しかし演奏と魔術では彼女の右に出るものなし! キーボードのぉっ、うりりん!!」
「や、やだぁ。は、恥ずかしいよ……」
恥ずかしさのあまり両手で顔を隠すウリエル。その仕草で会場はドンドン盛り上がっていく。所々から"可愛い”という声が聞こえて、ますますウリエルの顔が火照っていった。
「天真爛漫で活発的なスポ根女子! 無自覚で男を魅了する天界の小悪魔……ドラムのガーちゃん!!!」
「イェーイ!!」
紹介されるとガブリエルは派手にドラムを叩く即興パフォーマンスを見せた。ライブパフォーマンスで鉄板のこの演出で会場の熱がさらに上がっていく。
そして──
「年齢なんと16歳……歴代最年少で『怠惰』の名を手にし、突如として天の音楽界に現れた天才、その才能は留まることを知らない! 本日、WhiteGirlsとの特別コラボ──ギター担当のLATE!!」
「うっしゃらああぁぁ!!」
ギターを高速で手の中のピックを動かし、エレキギターの音を響かせる。頭を振り脚を地面に強く押し付けて弾く演奏は正しく神がかったものだった。会場全体の心の準備が整った時、MCが絶叫する。
「今夜はこのスペシャルメンバーでお送りするオールナイトライブ、これにて開幕だあぁぁぁぁぁ!!」
『うおおおおおおおお!!』
瞬間、会場は一気に暗くなり彼女らの周りだけにスポットライトが当てられる。会場が刹那の静寂に包まれる。5人は同時に大きく息を吸い、タイミングが揃ったことを確認するとラファエルが叫んだ。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
──ドゴーン!!
『ワアアアァァァ!!』
照明、背後のモニターに映し出される映像、会場に漂う霊気が一斉に解き放たれたと同時にパワフルでド派手な演奏が始まった。
「凄おおい!!」
そして天界のロックフェスは幕を上げた…………
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────どれだけ時間が経ったのかは分からない。皆が興奮と熱狂の中、ライブがとり行われていた。
WhiteGirlsの曲のみならず、現世で人気のカバー曲の演奏。さらに会場へは伝説のロックスター達の霊が口寄せされ、奇跡のコラボレーションが実現していた。
優人は倒れそうになるほど、ライブをエンジョイしていた。
そんな時間もあっという間に過ぎ去っていく。
ジャアァン……
とうとうライブ最後の曲も今、終わってしまった。
終わって欲しくない。だが同時に思うのはとても不思議な満足感、そして達成感だった。観客としてファンとして──おそらく会場全体が同じこの感覚を感じていることだろう。
何よりも彼女達自身がとてもやり切った表情をしていた。
最後の力を振り絞り、クールな微笑を浮かべていたMIKAは飛びっきりの笑顔で感謝の雄叫びを上げた。
「みんなありがとおおぉぉ!!」
『ワアアアアアァァァァ!!』
5人は手を振って別れを告げながら最後まで"アーティスト”として会場を後にした。
──そしてライブが終わり、優人は係員さんに案内されながら控え室へと向かっていった。そこにはまだ息が上がったままの5人が爽やかな表情のまま座っていた。
「お疲れ様です、とぉっても楽しかったよ! そしてカッコよかった!!」
「本当ですか?良かったです!」
「ハハッ、やった甲斐があったよ……」
「う、嬉しいです……ありが、とう」
「へへへー、またやるとき来てよぉー!」
「もちろんだよぉ! ……あれ?」
メンバー全員から声をかけられた時、優人と零人の体が光輝いた。体は激しく点滅し、どんどん光る時間が伸びていっている。
「時間が来ちまったな……優崎、もう帰るぞ。つっても強制的だけどな、あの術で来れる限界が来た」
「え、もう!?でもそっか……残念だよぉ。──じゃあまた今度だね!お姉ちゃん達じゃあねー!!」
「いつでも遊びにきてね〜」
名残惜しそうに見ている4人の天使に手を振られながら、二人の体はどんどんと光に飲まれていく。そして光が最後に大きく光った時に元の世界へと戻った……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「んん……あっ!」
優人は自分が仰向けになっていることに気がつく。体を起こすとそこは学校の屋上だった。携帯の時刻を確認すると、まだ"こちら”ではほんの数時間しか経過していなかった。
屋上から街を見ると、もう空は朱に染まっていた。飛ぶカラス達に街を出歩く人々の姿を見てようやく戻ってきた感覚が追いついた。
「ふぅ、帰ってきた……」
その日は少しだけ、ゆっくりと歩きながら帰った。
あの楽園で過ごした時間、あの演奏、優しかった天使たちの顔。
そして……
「ん、どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないよー」
楽しそうに演奏していた零人の姿を思い出しながら──