第3話 孤狼
夏休みが明け学校が再開し2日目、優人はいつもより1時間ほど早めに家を出て学校に到着した。
登校した優人が教室の扉を開けると既に早くから来ていた零人が優人に気が付く。
そしてその隣では別クラスである和幸の姿もあった。
「あ、零人君と和幸君! おはよ〜」
「うぃっす」
「あぁ……おはよう」
和幸は挨拶をされるのが慣れていないのか小さく返事を返した。
和幸がぎこちなく笑うと零人はテレパシーで彼の脳内に語り掛ける。
『石川、昨日の楽園計画のことは一般人にはもちろん優人とかにも話さないでくれよ。一応、極秘プロジェクトの1つだからな』
(……大丈夫だ、分かっている)
「あれっ? 零人君いまテレパシー使った?」
「えっ……」
和幸は優人のテレパシー感知の事実に驚きの後、焦り始める。
だが零人は何も気にせずに『極秘プロジェクト』の存在を話してしまう。
「あぁ、霊管理委員会関係の話をテレパシーでやってた。あるプロジェクトを進めてるんだが、極秘だからまだお前も言えねぇんだ悪い」
突然の重大な告白に和幸は息を飲んだ。冷や汗をかきながら零人の言動に困惑する。
(え、極秘プロジェクトって……言っちゃって良いのか? 存在そのものも知られたらアウトなやつじゃ──)
「あっ、そうなんだ! 分かった〜」
「悪いな、話せる時になったら話すわ」
「おっけー!!」
「あっ、それで良いんだ……」
この異様な会話風景は零人が優人を信頼しているからこその物であるが、和幸はまだ2人のペースを掴めないままだった。
零人は極秘計画の話をすぐに止めると今日の本題について語り始める
「ところでな優人、今日早くから集まった理由なんだが……クラスでプチ孤立気味の石川がどうやって友達を作るかってのを考えてた」
「恥ずかしい限りだけどね……中学から友達というのが一切出来なかったんだ」
「俺らはクラス違ぇし、流石にクラス内ではぼっちってのも辛いしな。協力してやりてぇんだ」
元ぼっちの代表でもある零人も友人の為にと朝から頭を抱えていた。
だが零人の場合は優人の友人となり、その影響で芋ずる式に友人が出来た訳でありあまり友達作りというものの参考にはならず、会議は難航していた。
「ちなみにだが、ぼっちになったことに理由とかはあんのか?」
「──以前に近所のコンビニに強盗が入って、撃退したことがあるんだ。咄嗟のことでパニックになったけど何とか強盗を取り押さえられたんだけど……」
「おぉっ? 何気にすげぇ事じゃねぇか。だが、そんな事あったらむしろ人気者ぐらいにはなれると思うんだが……」
「友達のいない奴が何かやっても相手にされる所か怖がられて……目付きも悪いのもあって中々ね」
確かに彼はつり目で黙っていれば機嫌が悪いようにも見える。
何よりどうしても直せない人が元から持つ雰囲気が和幸は威圧感を与えるのだ。
「しかも時々妖怪達を襲おうとする魔物とかを倒すために霊力を使ったりすると──酷い眠気に襲われるんだ。そうするとそのせいで益々人相が悪くなってしまう」
「そうか……霊能力は人それぞれで性質もデメリットも違うからな、それは仕方ねぇ」
「意識して直そうとは思うけど、流石に目つきはすぐに直せないな……」
「ならイメチェンして見るのはどうだ。その金髪が染めたものか、最近の突然変異騒動の影響かは知らんが、黒髪にするだけでだいぶ良くなるんじゃねぇか?」
「これは、その……友達の妖怪達がみんな好きだって言うから、辞めたくなくて」
妖怪、それも人格のある人型の妖怪達。
そんな彼らの概念が誕生したのは主に江戸時代、さらに座敷わらしなどポピュラーな妖怪というものは昭和時代後期に存在が知れ渡ることとなった。
ゆえに最も力を得た時期が昭和、その時代の若者のファッションはヤンキーファッション。
そのスタイルを妖怪達が好き好み和幸にさせてしまったのが彼の孤立の原因となったのだ。
「あんの流行遅れ共がぁぁぁぁぁ! はぁ……お前本人が良いならそれで良い、他の対策をしよう。優人はど──優人!?」
「え、えぇっとぉ……友達作り、雰囲気改善、うーん、あれ?」
優人の頭からは考え過ぎて湯気が出ていた。
元来、優人の周りには自然と人が寄って来る人間だった。さらに今回は人間の偏見なども絡まったセンシティブな問題でもある。
純粋な優人にとって、人のそのような醜い部分など理解し切れる訳もない。
なので逆に友達の作り方というものが考えていると分からなくなっていた。
「「「う〜ん……」」」
「──あっ!」
零人は声を上げるとニヤリと口元を緩ませる。
「1つ、良い作戦を思いついたぜ……」
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────3人の会議から1時間半が経過した時、学校内で事件が発生した。
校舎内には招かれざる客、不法侵入を実行した輩が現れたのだ。
その者は全身を白い校舎内で目立つ黒で覆い、素早い動きで廊下にいる生徒達を避けながら疾走する。
その者を見るや生徒らは軽い混乱を起こし、1年のフロアが騒がしくなる。
目撃した生徒は全員、その者をなんとしてでも捕まえようと他の同級生達に指示を仰ぐ。
「おい、いたぞ! 誰か捕まえてくれ」
「絶対に逃がすな」
生徒達は騒ぎ立てるが、相手は周囲の反応に動じることなく動き回って彼らを翻弄する。
そしてその者は余裕の表情で振り返り彼らに一声かけた。
「にゃ〜ん」
「「「かっ……かわいい!!」」」
侵入者は黒ネコ、その愛らしく人々を惑わす姿で生徒たちを虜にしていた。
この予想外のハプニングが起きたという状況と猫を撫でたいという究極の欲求に彼らは抗える訳もなく、一心不乱に猫を追いかけた。
その状況を高みの見物と言わんばかりに優人と零人は傍から見て作戦の順調具合を確認していた。
「適当にそこらの猫霊を受肉させて誘導してるだけだが、他の奴ら予想以上の食いつき具合だな」
「さっすが零人君♪ でも霊力の残りは大丈夫なの?」
「この作戦自体に支障はねぇが、今日明日は霊力ジリ貧だ……最近は一層制限が厳しくなっちまったし、前まであった月一無償の聖獣召喚もなくなっちまった」
「そ、それは悲しいね」
苦笑いしつつも落胆する零人を優人は慰めようとする。
だが2人が絡んでいる間に猫は生徒らの足元を縫うように避けて折り返して来た。
猫を追いかけていた全員は突然の方向転換に手間取り失速、それに構わず黒猫は喉をゴロゴロ鳴らしてあざとく彼らを魅了する。
しかし猫の注意が逸れているスキに背後から和幸が近寄りひょいと抱きかかえた。
「ほいっと……」
彼が猫を捕まえた瞬間、先程まで騒がしかった廊下内がシンと静まり返った。
反応を見るや作戦は失敗と思われたが、数秒の間も開けずに零人が和幸へテレパシーを送った。
『ここから先は自分次第だ。あとは1歩を踏み出すだけ、そこはお前が頑張んな』
零人の言葉で背中を押され、何かが吹っ切れたかのように喉の奥から振り絞って声を出す。
「あ、あの……ねこ捕まえたけど、撫でる?」
再び沈黙が訪れる。しかし今度の沈黙はすぐに破られ、同時に猫を追いかけていた彼らが和幸に寄ってきた。
だが同級生達には悪意や嫌悪の感情は一切なく、今までになく友好的に接してきた。
「おっ、おう触らせてくれ!」
「わぁ猫ちゃん可愛いぃ」
「さっきはナイスだったぜ」
慣れない状況の中で次々と話しかけられ和幸は軽く焦りを覚えたが、満更でもない様子で彼らとコミュニケーションを始めた。
今まで彼にのしかかっていた勝手な偏見とレッテルは音もなくこの瞬間に剥がれ落ち、周りが作り上げた虚像の中から石川和幸という1人の人間が現れた。
終始その光景を見守っていた優人達はほっと胸を撫で下ろした。
「──他の奴らもきっかけさえ出来ればって思ってたんだろうな。ひとまず石川ならもう大丈夫そうになったな、良かったぜ」
安堵の表情で独り言を呟く零人。
それを横で見ていた優人はふとして些細な疑問を抱き、すぐさま零人に尋ねる。
「ところで零人君って他の人のことを苗字か名前のどっちかで呼ぶけど、その線引きってあるの?」
「え? まぁそうだな、信頼におけると確信してから名前呼びになるな。西源寺とかは女子っていうのもあって苗字だが、基本的に身内は名前呼びだ。苗字で呼ぶのは……他人行儀な感じがしてよ」
「そうなんだ。えへへ、嬉しい」
たまに現れる零人のデレに優人は頬を緩める。
(そういえば零人君は皆から下の名前で呼ばれてるけど、零人君の苗字は……えっと、たしか『真神』だよね。真神零人、真神れいと──ま、しん…………あれ?)
零人の苗字を思い浮かべた瞬間、優人はある違和感を覚えた。
聞き馴染みがない、名前と苗字が合っていない、というような違和感とはまた別の微妙な感触。
思考した刹那だけに頭の中で霧がかかったように眠気が襲ってきた。
まるで自分自身が、脳がその情報を隠そうとするかのように謎の信号を送ってきた。
僅かな静寂の後に、やがてモヤは晴れて優人は頭をポリポリ掻きながら1つの言葉を心の中で呟いた。
────なんで僕、今まで零人君の苗字を忘れててたんだろう。
そんな不可解な疑問が優人の頭の中で巡ったが、それは校舎の喧騒に掻き消されてなくなっていった。
次回、魔の三用中学校の新学期に迫る!





