第52話 魔法少女はまたいつか…
魔人が最期の抵抗として菜乃花を襲おうとした攻撃は零人の手によってあっさりと止められた。
それどころか菜乃花を背に零人は魔人に向かって余裕の表情を見せていた。
魔人はただ、恐怖のどん底に突き落とされたような気持ちしか残っていなかった。
(ににに、逃げなくては……でも! 何故か分かる、逃げられない……)
低級魔人と零人という世界最強の能力者との間にある力の差は天地よりも離れ、霊能力の格は何か具体的な物体や存在で表すのは不可能なほどに異なっているのだから。
一方、現れた零人の姿を確認すると菜乃花の近くにいた魔法少女3人は驚愕し、魔人の奇襲よりも動揺していた。
「ややっ、ややややややっぱり本物ぉぉ!? あの7つの大罪の『怠惰』!! 世界最強の霊能力者!!!」
「えっ、待って──ナノカ、『怠惰』様と知り合いなのおおおおおぉお!!? 『暴食』と『強欲』に加えて更にいぃ!!」
零人の登場で安心と混乱の両方が訪れたナノカはとりあえず彼女達に苦笑いで答える。
「そうなんです、アハハ……」
──この瞬間、菜乃花が感じていた1番の混乱は零人の登場ともう1つ別にあった。
それは零人が現れたその瞬間に発した一言。
『俺は大切な友達の為だったら弾丸……いや、光よりも速く駆けつけることができるからだ』
零人はただ1人の相棒であり親友と認めている人物は優人のみ。それは菜乃花や香菜達の間でも共通の認識になっていた。
そして彼は香菜や白夜達を「ダチ」や「友人」と呼ぶことはある。
だが友達は友達でも『大切な』というその言葉に菜乃花は心奪われた。
その言葉を聞いてからというもの零人の前で絶望している魔人のことなぞ眼中にすでに無く、心の中が大荒れになりながら顔が真っ赤に染まり火照るほど嬉しさの波が押し寄せていた。
(どうしよ、どうしよう! 零人君に「大切な友達」って言われちゃったぁ〜。ていうか零人君のタイミングがぁ完全にヒーロー!! 零人君カッコいい零人君カッコいい……ああ〜嬉しいぃ!!)
──菜乃花がキュンキュンしていることは零人は知る由もなかった。
なぜならその余裕の笑みを浮かべている顔の下では、鬼神や冥府の王ですらも泣きながら逃げ出したくなるほど激怒していたのだから。
零人はまだ命が残り僅かの魔人の攻撃を止めているだけだったがら恐れおののいている魔人の脳内にはすでにテレパシーを送っていた。
零人の逆鱗に触れた魔人はそのテレパシーが届くと奴は戦慄して反射的に魔人の体が固まった。
『おいクソ魔人、てめぇ……菜乃花さんに手ぇ出しといてただで終われると思うなよ!? お前は悪霊や違反霊能力者と違ってただの人型魔獣に過ぎない』
『おゆっ、お許しを……』
『そんな害獣は地獄の苦しみを味わってから消えてしまえ』
その零人のテレパシーが発言を終えると、零人はその内心とは逆にむしろ微笑みながら魔法陣を展開した。
「異界術『千年鎖倉』、治癒魔法、特殊術式『斬裂』、痛覚過付与……」
──その言葉を聞いた瞬間に魔人の意識は途絶えた。
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『────はっ!?』
魔人が気が付くとそこは、辺りが闇に包まれた暗黒の世界。
周りには何も、霊力すらもない真空に近い孤独な空間に魔人は1人置かれていた。
『ここは、あの能力者の術か何かか?』
何もすることが出来ず、脱出の糸口どころか何も存在しない場所で魔人は孤独感に襲われた……と感じたその瞬間に、魔人の体は内部から引き裂かれた。
『いっ……いっだああぁぁぁぃああ!!』
それは魔人の一生の中で1度も味わったことのない痛み、肉体の中から龍が生まれ全身を這いずったかのような激痛に思わず意識が飛びそうになる。
──だがその痛みを感じたその時、魔人の体は瞬時に回復して痛みが引いた。
その痛みの緩急と脳にこびり付いた激痛の記憶で魔人は発狂気味に呼吸を乱す。
『ハァ、ハァ……こっ、これはどういう──』
『どうだ? 俺が即席で作った地獄の感想は』
『ッ!?』
それは突然、暗黒の空間の上から聞こえてきた。
零人の声が天の声の如く別空間から送られてこの空間内に響き渡る。
『てめぇのいるここは現実世界で1秒経つ事に1000年経過する異界、千年鎖倉だ』
『せんっ……ねん?』
魔人はその恐ろしい数字を聞いた途端、今まで1度も流したことの無い涙をボロボロと零す。
だが零人のお告げは容赦なく更に地獄の真実を突きつける。
『お前の体は一定周期ごとに破壊される、割かれたり潰れたりとかな。流石にそんなのを菜乃花さんには見せられねぇからな。加えて、半永久的にてめぇの肉体は治癒魔法で蘇る』
『頼む、お願いだ……殺してくれて構わないから、ここを出してくれ──』
しかし零人の最後の言葉が魔人の心を再起不能になるまでに潰した。
『お前の自我が崩壊して霊力になるまで、この地獄は続く。せいぜいこっちで数秒経ったぐらいで消滅してくれ』
魔人はこの時に初めて神の救済を求めた。
逃れられぬ地獄の中に落とされた魔人はもう祈ることしかできなかった。
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そんな魔人の地獄など魔法少女達は知ることはなく、魔人が消滅した事で彼女らは喜んでいた。
菜乃花は照れて頬を赤らめながらも、救ってくれた本物のヒーローに対し笑顔で礼を言う。
「零人くんありがとう! カッコよかった」
「ふへ!? あっ、ありがとう……うん、ありがとう!」
零人は菜乃花のストレート過ぎる褒め言葉に思わず動揺した。
言われた瞬間零人の心臓は急激に動き出し、血が巡ると共に零人も恥ずかしさで顔が赤くなる。
いくら最強と言われる零人であろうとも、好きな女にカッコいいと言われたら穏やかにはいられない。
零人も流石に嬉しさより恥ずかしさが勝ち、魔法少女3人に見られていることもありそそくさと退散した。
「そ、それじゃあ俺はまだ任務あるから失礼するぜ」
「うん、頑張ってね!」
「あ、それと!」
零人は転送術の魔法陣を展開し、術の効果が発動する数秒前に菜乃花へ一言コメントする。
「そ、その魔法少女のコスチューム。似合ってるよ……そんじゃ!」
そう告げると零人の姿は魔法陣と共に消えた。
その言葉の恥ずかしさで目線は合わせられなかったが、零人は菜乃花を褒めると同時に去ることができて作戦成功となった。
「──ふえぇ!?」
菜乃花はのぼせたようにボンッとまた顔を赤くして照れていた。
その2人のやり取りを眺めていた魔法少女達は不覚にもキュンとしていた。
(何あれめっちゃ尊い! なぁに、あの甘酸っぱさ)
(見てるこっちもドキドキしてきた、てかナノカの反応可愛いすぎか!)
(へぇぇ、『怠惰』様にも恋愛感情ってあったんだ)
そんな初恋同士の2人を見ていたマリ達だったが、ハッと我に返って菜乃花に話しかける。
「さっき色々ハプニングがあったけど、無事で良かったわ。そして……1日魔法少女、お疲れ様ナノカ」
「ありがとうございますマリさん、マユさん、サナエさん! そして……皆さんに1つだけお願いがあるんですけど、良いですか?」
菜乃花は晴れやかな顔をすると、マリの前に借りたステッキを出して返す。
そして大切なことを教えてもらった3人に菜乃花は感謝の言葉を述べる。
「皆さんのお陰で、私は悩んでたことの答えが見つけられました! 皆さんみたいにこれから魔法少女として戦っていくことはできないですけど……何かあれば私は皆さんの所に帰ってきます!!」
菜乃花の感謝の言葉で微笑む3人だったが、マリは菜乃花が返そうとしたステッキを受け取ることはしなかった。
「そのステッキは持ってて、菜乃花にプレゼントするわ。私達との友人の証としてね♪ これからは魔法少女としてじゃなく、友達としてよろしくしてもらえるかしら?」
「私の方からも」
「私も〜!」
「……はいっ! これからはお友達としてよろしくお願いします」
菜乃花は心の成長と共に、新たな3人の友人と出会うこととなった。
そのステッキにはめ込まれたピンクの宝石は、術式内に残っていた霊力で微かに煌めいた。
「あ、ちなみにステッキを離したりコスチュームを脱いじゃったら落ちちゃうわよ? こんな上空で浮いてるのはこれのお陰だもの」
「あっ! わわっ、忘れてましたぁぁ……」
魔法少女ナノカ、また会う日まで!!
ちなみに再登場は確定の模様……





