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第49話 魔法少女イリヤマ ナノカ

 入山菜乃花は絶句していた。


 目の前で繰り広げられている意味不明な状況に彼女は思わず自分の目を疑った。


 上葉町、優崎グループのビルが建ち並ぶ街の一角。月光が照らす空の中で何体もの悪霊や魔人達が菜乃花の方を見て狙っていた。


『グフフ、ノコノコとメスガキ共が来たぜ』


『悲鳴を、悲鳴を聞かせてくれぇぇぇえ』


『アウオアウァァァ!!』


 魔人達はいやらしい目で少女達を吟味し、悪霊は目の前にある霊力の塊に食らいつこうと唸る。


「ヒィ……このままじゃ──」



「ナノカ!! 怯えないで大丈夫よ、落ち着いて」


 悪霊達を前に怖気付く菜乃花を横から数名の女性たちが応援する。


 彼女達は先端にハートの宝石がついたステッキを振りかざす。

 敵と対峙している彼女達の表情は愛らしく、そして勇ましかった。


「さぁ、あなたもステッキでブラスターを放って!」



 ──菜乃花は自分の手の中にあるステッキを握りしめ、可愛らしいフリフリのスカートを揺らす。

 体は桃色と白で鮮やかに彩られたコスチュームで武装していた。



「行きましょう──魔法少女ナノカ!!」



 だが菜乃花は敵を前に絶叫する。夜空に響き渡り月まで届くような本音を腹の底から絞り出す。


「なんでこうなったのおおぉぉぉぉおぉ!!?」


『魔法少女ナノカ』のツッコミは上葉町に轟いた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ──事の発端はこの日の朝まで遡る。

 この日は菜乃花にとって普通の1日の始まりだった。


 菜乃花は久しぶりに繁華街の方へ行きスイーツでも食べようと街を歩いていた。

 しかし彼女は歩きながら手に持ったお守りを見てため息をついていた。


「はぁ……練習はしてるんだけど、イマイチなんだよねぇ」


 菜乃花は以前の幽体離脱騒動に加え、零人や優人達など強い霊力を持った能力者達と過ごしてきたことによって彼女も霊能力が覚醒していた。


 ただし決して強力という訳では無い。

 優人と違ってバキバキの戦闘や訓練を行っているわけでもポテンシャルがある訳でもない。

 元は「見えるだけ」レベル、つまりは一般人と変わらぬC級霊能力者。霊力自体は平凡で霊力量は一般人より若干多い程度。


 最近になってからは数珠やお守りを使うことでの簡単な除霊や簡易的なテレパシー能力が使用可能になった。しかし()()()()、それこそが彼女の悩みの種だった。


「零人くんに……迷惑をかけるようになったら嫌なのに」



 彼女がそう考えるようになったのは前に霊管理委員会主催の無人島イベントの際、瑛士から菜乃花や優人達に伝えられたことが原因。


 この街上葉町に7つの大罪の能力者を集結させ、多くの悪霊を1箇所に集めて効率良く彼らが除霊をするというプロジェクト。

 それに伴い、強さはさほどでなくとも今までとは比にならない程多くの悪霊達がやって来ることになる。


 もしもの時、自分が彼らの──零人の邪魔になることがあったらということを彼女は懸念していたのである。


「って思ってても、私は皆みたいに戦える心の強さもないし自信もない……はあぁ、どうしようもないのかな?」



 1人でモヤモヤと考えながら街を歩いていた時、彼女は遭遇した。


「わぁ! ビックリしたぁ」


 視線を上へ向けると電柱の上では一体の筋骨隆々な魔人と、フリフリで可愛らしい青を基調とした衣装をその身に纏い菜乃花と歳も変わらなそうな少女が一進一退の攻防を繰り広げていた。


 少女はその手に持ったステッキを魔人に向かって振りかざす。


「食らいなさい! 『マジック・ハート・スパーク』ぅ!!」


(な、なんて胃もたれしそうな技名っ……!)



 少女がステッキをかざすと虹色の光がレーザーのように放出されて魔人に直撃した。

 レーザーは星型やハート型の塵を共に放射され、その攻撃に当てられた魔人は断末魔を上げながら霊力に還って消滅していった。


 菜乃花はその光景に一種の感動を覚えた。


「能力者ってやっぱり凄い……こんな世界、私には無理だよね」


「っ!」


(あっ、もしかして聞かれちゃった?)


 菜乃花が少女を見ていると彼女と視線が合ってしまった。

 彼女は菜乃花の存在に気がつくと浮遊しながら菜乃花の側へ近づいてきた。


「あなた、もしかして見えてたの!?」


「すっ、すいません。見えてました……」


「あなたって委員会に所属してる?」


「いえ、見えるだけの一般人です」



「──いいね、気に入ったよ!」


 そう言うと彼女は菜乃花を軽々とお姫様抱っこで持ち上げ、足元に魔法陣を展開し始めた。

 魔法陣は回転して転送術が発動しようとする。


「わっ、あの……えっと」


「まあ変なことはしないからちょっとお話しようよ♪」


「し、瞬間移動しようとしてる人に言われても〜!」


「あははぁ、やっぱり君は面白そうだね」


 彼女の笑い声と菜乃花の戸惑う声は転送術が発動すると共に途絶えた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「──はい、到着っと」


「はわわ。あの、ここってどこですか?」


「私の率いる部隊の支部だよ」


 そこはまるで学校の部室のような一部屋だった。

 書類やファイルが壁際の棚にズラリと並び、職員室の机のようなテーブルが4つほど置いてある部屋。


 部屋の中では菜乃花を連れてきた彼女と同じで黄色と緑色の色違いコスチュームを着た少女が2人いた。


「あれ? リーダー、その子どしたの?」


「もしかして新メンバー!?」


(え、えっ、えぇ!?)


 菜乃花はお姫様抱っこされながら彼女達と抱えている少女の顔を3度見する。

 だが笑いながら少女は否定した。


「違うよ、たまたま街中で見つけた子。私が見えたし霊能力があるっぽいから体験に来させたのよ」


「はぁ!? リーダー、それ誘拐じゃ……」


「大丈夫よ、あはは」


「『大丈夫よ』じゃないわよ!! あぁもう、あんたは勝手に……あ、急にうちのリーダーがごめんね。混乱してるでしょう?」


 申し訳なさそうに察した黄色の少女が菜乃花に謝罪するが菜乃花は慌てふためく。


「いえ、大丈夫です。ちょっと驚いちゃったけど……あの、ところで皆さんは一体──」


 菜乃花の反応が悪くないのに気がつくと青の少女は自慢げに自己紹介をする。


「私達は霊管理委員会の特殊部隊の1つ、『魔法少女部隊』のメンバーよ。設立してまだ2週間だけど、バリバリ活動してる霊能力者達ってわけ」


「ま、魔法少女ですか!? そんな部隊もあるんですね……」


「私はこの部隊のリーダー、マリって言うの。よろしくね」


「あっはい! よろしくお願いします」


 菜乃花が頭を下げると黄色と緑の少女達も続いて挨拶を交わす。


「マユです、この度はリーダーがごめんね」


「サナエです。急だけど仲良くしてね〜」


「どうも、入山菜乃花って言います。よよ、よろしくお願いします」


 挨拶が終わるとマリは突然、菜乃花に先程彼女が使用していたステッキと同じものを菜乃花に手渡して質問した。



「ねぇ菜乃花、あなた魔法少女になってみない?」


「うえぇっ!?」


 サナエは動揺していたが、マユはマリの唐突な決定に反論する。



「ちょ、リーダー!! それは勝手に……」


「もちろん正式じゃなくて、1日体験よ♪ あなたには、何か特別な物を感じたの!」


 マリは目を輝かせ純粋な眼差しで菜乃花のことを見つめた。

 まるで夢を見る子供のようなその真っ直ぐでキラキラとした目に菜乃花は応えたいと思った。


「それでもリーダ……」


「やります! いや、やらせて下さい!! 1日だけだとお役に立てないと思いますけど……」


 菜乃花のイエスの返事を聞くとマリは飛び跳ねて喜んで抱きついた。



「ナイスアンサーよ菜乃花ぁ! あなたは今日だけ、『魔法少女 ナノカ』よ♪」


「はい! お願いします」


 振り回されてここまでやって来たものの、即決で答えを決めた菜乃花に先程まで声を荒らげていたマユは戸惑いつつ彼女に尋ねる。


「い、いいの? そりゃ、言い出したのはリーダーだけどさ」


 菜乃花にとって、これはとてもタイミングが良かった。

 強くなれなくても、誰かを守ることはできなくても、大切な想い人の手を煩わせないように成長したいという思い。


 菜乃花は零人のために、零人の邪魔になるような存在にならない為にと決断を下した。


「魔法少女になることで私は自分の成長の種を見つけたい!」


 ここまで固い意思を表明した菜乃花を前に3人とも否定することはしなかった。

 むしろ彼女を3人の魔法少女は快く向かい入れた。


「それじゃあよろしくね♪ ナノカ」


「お世話になります!」


 菜乃花もとい魔法少女ナノカの1日加入を認めたマユだったが、1つだけ疑問点に気がついて菜乃花に問いかける。


「あなた、リーダーから委員会のことって聞いた? リーダーの性格上、説明とかして無さそうだけど……」


「あ、友達が委員会に入ってるので」


「ほう、もしかしたら知り合いかもね。その人の名前は?」



 菜乃花は一瞬零人の名を上げようとしたが、零人の立場のことを考えて彼の名前を伏せることにした。流石に世界最強の能力者の名を安易に出してはならないと菜乃花に理性が働いた。


 だが零人の名を伏せることに意識が注ぎ過ぎたため、ポロッと他のチート組3人の名前を言ってしまった。


「香菜ちゃんと優人君、あとは白夜君かな。皆さんが分かりそうなのって──あっ」



 ──その刹那、場の空気が一気に凍りついた。

 魔法少女の姿をした彼女達は先程までそれぞれ菜乃花に対してバラバラの反応をしていたが、彼女らは3人の名前を聞いた瞬間に絶句して口を大きく開けていた。


 数秒間の静寂が走った後、映像が再生されるかのように彼女達は仰天してパニックになった。


「うっへええぇぇぇ!!? 香菜と白夜って、あの7つの大罪の『暴食』と『強欲』のおおぉぉぉ!? うっそぉ、私けっこう長いこと委員会いるけど直接会ったことないわよ!!」


「待って……優人って()()優崎優人!? 候補生試験には落ちたものの、異例の成績を残して委員会には『SS級霊能力者』として所属したっていうあの!!」


「そそそそそ、それを……3人? あなた、すっごい大物の霊能力者と友達よそれ!!」


「そ、そうなんですね〜。アハハ……」



(零人君の名前だけでも伏せて正解かも……そうだよね。自覚が薄れてたけど、みんなは最強クラスの霊能力者なんだよね)


 上葉町という特殊な環境で生活している菜乃花は改めて、自分の友人達の強さが異次元のものだと再認識した。

 彼女達の化け物にでも遭遇したかのようのリアクションで全てを察する。


 深呼吸をして3人は落ち着こうとしているとリーダーのマリが最初に落ち着きを取り戻した。

 そして呼吸を整えると菜乃花の右肩に手を乗せる。


「かなり驚いたけど、何となく分かったから……早速やるわね」


「へ?」



「これから現場で実践よ〜♪」


「…………えぇぇぇええええええええぇえぇ!?」


 菜乃花はマリの転送術に再び包まれることとなった。

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