第45話 大規模術式展開
久方ぶりの何も無い休日、優人は自室にて読書にふけっていた。しかし優人の安息を遮るように、いつも通り零人から電話の着信が来た。
バイブで震えているスマホを手に取り、優人が通話ボタンを押すと途端に画面の向こうから上機嫌な零人の声が聞こえてきた。
『優人、お前今テレビの近くにいるか? あっ、新聞……てかスマホあるか! 何でもいいからニュース速報を見れるもんはねぇか?』
「いっ今は家だからテレビ見れるよ、ちょっと待ってて」
(──あれ? 何だろう。この声、零人君の声だけどちょっと音に違和感がある)
電話先の声は明らかに零人の声だったが、優人は微妙な違和感を感じていた。
それは声そのものより音質の問題だったかもしれない。零人の声が微妙にくぐもって聞こえてきたのだ。
『そうか、また掛け直すが一旦切るぜ。まだ作業してるからな。そんじゃ──』
「あ、切れちゃった。とにかくテレビテレビ」
優人は零人に言われた通りに慌てて下の階に降りてテレビのあるリビングへと向かう。
だが急いで下に降りるとリビングのソファーには父の仁が座ってすでにテレビを視聴していた。
そして仁は優人を見ると驚いた様子で話し始めた。
「おい優人、なんか凄いことになってるみたいだぞ」
「えっ?」
仁の視聴していたテレビはニュース番組だった。
スタッフと思われる人々が指示を出す声が混じりつつもアナウンサーがニュース速報を読み上げていた。
そして速報の見出しにはこう書かれていた。その内容を優人は読み上げる。
「世界驚愕、人類の突然変異……? こっこれ何?」
(多分、零人君の言ってたのってこれだよね? もしかして零人君が……)
テレビ画面の向こうではニュースの内容に驚きつつもアナウンサーは情報を伝えている。
『衝撃的なニュースが飛び込んで来ました。各国合同の医療研究チームが午前未明に、「人類の染色体の特異変化」について会見を行いました』
「……これはお前にも関わる話だと思うぞ」
「えっ、僕に?」
画面はスタジオから切り替わり、テレビで見たことがあるような教授と大勢の護衛のような黒服の人々が壇上に並んでいる場面へと移った。
総理は記者達のたくフラッシュの中で手元にある書類を読み上げている。
『日本、また世界各国を中心に「人々の髪の毛の色が突然変異している」という情報が半年前、新たに判明致しました。そして今回の調査の結果、それは我々人類の染色体が進化したことにより突如髪を含めた体毛の色素が変化した事が原因と特定しました』
「これって……」
この話を聞くと優人は目を見開いた。
なんせ彼の髪色は一際目を引く『クリーム色』の髪である。
そしてそれは優人が霊能力を発言したと同時に変化したと思われる証拠の1つなのだから。この話には少なくとも関わりがないはずがない。
『色素の変化は老若男女問わずに突然発症します。外的要因は不明なままですが、髪色の変化による人体への影響は無いものと見られます』
総理の映る画面は再び切り替わりスタジオのアナウンサー、そして映像が流れている間に席へ座った複数のコメンテーターと大学教授が映し出されていた。
『いやぁ、衝撃的なニュースでしたね』
キャスターが話題を振ると画面は慌ただしく隣の教授の方へとズームされる。
『そうですねぇ……私も詳しいことは分かりませんが、そもそも我々人類は急速に進化している生物ですからね。世代が1つ違うだけで昭和顔だの大正顔だの言われるくらいに身体的にも変化が大きいのです』
『今回のような突然変異が突如かつ同時多発的に発生しても、これは何ら不思議では無いのではないかというのが教授のの見解なのですね』
『はい、人類史を長く見てみれば不思議なことではありません』
そのように教授の話が述べると隣のコメンテーターが教授に向かって1つ質問をする。
『染色体とVTRでは聞きましたが、それはもしかすると髪以外にも影響などは出てくるのでしょうか?』
『はい、染色体ということであれば髪色に留まらず瞳の色。ひょっとすれば肌の色も変化する可能性は大いにあります。肌の染色体が一部変異すればタトゥーのように、全て変化すれば別の人種または既存の人類の肌の色と異なる可能性も高いです』
『あっ、お話の途中にすみません。ただ今速報が入りました! この出来事に対し人権団体が「社会の頭髪に対する姿勢を改善すべき」、「髪色の突然変異と染髪のどちらにせよ学校や職場での髪色の規制は人権に反するのでは」との訴えが各地で起きたとの事』
続々と入ってくる速報にスタジオ全体が大慌てなのが視聴している優人達にも伝わってきた。
「な、なんか大変な事になってるね……」
優人はそのニュースの内容に仰天していたが、仁は顔をしかめて1つの疑問を零した。
「──ていうか人権団体が動くのやけに早くないか? 速報もさっき入ったばかりだぞ」
「たったしかに、そうだね」
『えー……現在、官房長官が記者会見を行っている模様』
ニュースを見ていたら今度は上の階からドタドタと妹の沙耶香が降りてくる。
沙耶香はリビングに来るとすぐに優人達へ自分のスマホ画面を見せてきた。
その画面にはニュースで言っていたように官房長官の記者会見が生配信されていた。
「ねぇパパ、お兄ちゃん。コレ見てよ」
『──人類の染色体の突然変異の件について内閣で現在、髪色に伴い身体的特徴や変化に関する法令を検討しております』
ピコンピコンピコンピコンと矢継ぎ早に、ライブ中継を見ている沙耶香のスマホの画面上にポップアップがいくつも上がってきた。
「わっ! 凄い色んなニュース入ってきた」
沙耶香の携帯で確認できただけでもいくつかの情報が書かれていた。
『髪色の規制は人権の侵害』『日本国内で既に3000万人の頭髪が近年変化していた!?』『人類の新たなる進化』『私のおじいちゃんの髪がピンクになりました』『アニメキャラが現実に?』『アニメの髪色が許されてしまう時代到来wwwwwwwwwwww』
次々と速報が通知画面へ溜まっていき、ニュースやSNSは髪色のことで持ち切りになっていった。
「……やっぱり俺が最初に思った通りだが、情報の回り方が早過ぎないか?」
「これって多分──ちょ、ちょっと待っててね」
優人はスマホを取り出して零人に電話をかける。しかし中々繋がらずにしばらくコール音が鳴っていた。だが長めのコールから音が切り替わり、ようやく電話が繋がった。
「あっ! もしもし零人君?」
『おう、その様子だとニュースは』
「あれってもしかして零人君の仕業!?」
『俺っていうか霊管理委員会のやった事だな。ちょっと訳あって、人類に向けてランダムで髪の色やら染色体が健康被害のねぇレベルで変異する大規模な術式を発動した』
「なんでそんなことを?」
『少し言えねぇ内容もあるが、基本は能力者の保護目的だ。お前みたいに覚醒して髪色変わったりするやつとかのな』
「そっ、そうだったんだ!」
聞かれると露骨に嬉しそうな調子で零人は重要機密事項を優人にペラペラと話す。
『1年前から医療関係者や人権団体、各国の裏のお偉いさん達に情報伝えてやっと実行したんだ。そして無作為で時期を微妙にズラしながら術を発動した』
「そっそそ、そんなことできるのぉ!?」
『霊管理委員会は世界規模だからな。これはずっとトップシークレットの案件だった。だがそれより見せてぇもんがある。画面切り替えるから見てろよ』
「う、うん……?」
優人は耳に当てたスマホを離しその画面を覗く。話を聞いていた仁と沙耶香も優人に寄ってきて覗き込んだ。
3人が覗き込んだことを確認すると零人は画面を切り替えて自分とその背景を映し出した。
『じゃじゃーん! 俺は今、宇宙に来てま〜す』
「「「うええぇぇぇぇ!?」」」
零人達の後ろにあったのは青い地球と月、大気圏で移動している衛星と──国際宇宙ステーション。
3人は驚愕して飛び跳ねた。家族ならではの同顔同リアクション同タイミングで驚愕した。
零人はいつもと変わらぬ様子と服装でその宇宙空間に浮いている。彼は大勢のスーツ姿の者達と共に地球の端にいた。
『どうだー、驚いたか?』
彼らは円状に並んでおり、真ん中にはとてつもなく巨大な魔法陣が発動していた。
魔法陣はただの単一な魔法陣ではなく何千もの魔法陣が合わさり、1つの魔法陣と化していた。全ての魔法陣は歯車のように等速で回っている。
『ちなみに俺は生身で平気だが他は皆、幽霊か幽体離脱してる』
「す、凄いのは本当なんだけどスケールが……怖いよぉ」
『いやぁ実は俺も慣れてなくてよ、大気圏外に出たのはまだ8回ぐれぇしか出たことねぇんだわ』
「8回も行ったことあるの!? 本当に凄い……うん、それしかもう言えることがないよ」
2人の以上な会話を見て沙耶香と仁はコソコソと話す。
2人は信じられないものを見たような表情で声を震わせながらひそひそ話をする。
「パパ、たたった、大気圏外って何!? しかも生身って、零人さん絶対人間じゃないよ! お兄ちゃんも相当化け物レベルの強さだって聞いたけど、そんなレベルじゃない。とうの昔に人間卒業してるって」
「それより世界規模で人体改造って、零人君は本当に何者なんだい!? ていうか霊管理委員会って何だ! パパはそれが1番気になる──」
優人と違って本格的に霊能力者活動を行っていない2人は困惑して、ただそのレベルの違う行為に恐れおののいていた。
すると会話を聞いていた優人が会話に入った。
優人は先程までは驚いていたが今度は急にクールダウンしたように話してくる。
「まぁ驚いたけど、零人君だからね……7つの大罪の能力者だし」
仁は息子に対しても軽度の恐怖を抱きながらも興味津々に質問をしてきた。
「ゆ、優人。パパは霊能力だとかの話はさっぱりだが、その7つの大罪? について教えてもらえないか?」
「うんとね、7つの大罪は世界でつよ〜い7人! 零人君がその中で1番強いよ。異世界の魔王とかワンパンだったもんっ」
「嘘だろっ!? あんな少年が?」
「魔王ワンパン!? お兄ちゃん、何気に私達はそういう具体的なこと聞いたの初めて何だけど!」
「零人君、凄いよね。僕もいつか大罪の能力者になってあんな風になりたいなぁ……」
優人はまだ狼狽えている自分の家族に対し、無自覚で追い討ちの人間卒業宣言をした。
優人の一言を聞くと二人は否定するまでもなく、何かを悟ったように遠くを見始めた。
「それは……でもお兄ちゃんならやりかねない。この妙に天才肌な兄貴は必ずしでかす!」
「でも、世界トップ7位なんだろ? そんな簡単な話では──」
「あっ、ちなみにシロ君も零人君と同じで7つの大罪の能力者で、『強欲』の能力者だよ」
「「はああァァァァァ!?」」
ここに来て再び身内の名前が上がったことで2人の最高衝撃記録は更新された。
「えっシロもその中にいるのぉ!? 強いのは知ってたけども、そんな? 初めて自覚したんだけど!」
三度2人は驚きのあまりに絶叫したが、今度は白夜の強さに驚きながらも仁と沙耶香は涙していた。
「あっ、あの幼かった白夜がそんな……でもそうか、白夜もそんなに成長したのか。俺は嬉しいっ、俺はお前達と同じぐらい白夜をなぁ!」
「確かに……うぅ、あんなに小さくて弱虫だったシロが。前に助けてもらった時も思ったけど、すっかり大きくなってぇ!」
「えっ俺がどうかしましたか? 皆さ……ていうか組長と沙耶香さん泣いてます!? 俺突然来て大丈夫だったっスか?」
「「「っ!!」」」
3人の背後に突然に転送術で移動してきた白夜が佇んでいた。仕事が終わったばかりのようで彼の額には軽く汗を流した後が残っている。
白夜を肉眼で確認すると仁と沙耶香は白夜目掛け、感極まりながら飛びついた。
「白夜あぁぁぁ!!」
「シロォォォ!!」
「えっ!? ちょ、おわあぁ!」
飛びつくと2人は白夜を抱きしめて赤髪の頭を撫でまくった。突然のことで白夜はその髪の色のように顔を真っ赤に染めた。
「シロぉぉ、お前知らない内に……ひぐっ、おおぎぐなっでぇぇぇ」
「おじさん嬉しいぞぉ、お前は新川の奴の子だが俺の子でもあるからなぁァァ! 」
「うええっ!? あの、えっと……」
硬直したが満更でもない様子で白夜は体を任せて撫でられる。
そして沙耶香が今世紀最大にデレた。
「今日は甘えろぉ! 沙耶香姉ちゃんが存分に可愛がってやる!!」
「ううぇっ!? 本当にどうしたんすか沙耶香さん!!」
2人の愛情溢れる言葉に嬉しさと感動が混み上がってきた白夜は喋れなくなる前にと優人へ言伝を報告をする。
「ゆ、優人さん。今回の件である程度は髪色は気にされなくなりますし、Arthur教団から少しは身を隠せるから安心しろって零人さんが言ってました」
「伝えてくれてありがとうね。そういえばシロ君は宇宙行ったの?」
「いやぁ自分はそこまでは、ちょっとオーストラリアで地面掘ってマグマ抑えながら色々やってました──ってわああ!」
ついに2人からの愛情攻撃で嬉しさが最高値に達した白夜は言語能力を失う。
「ああァぁぁ、沙耶香ぁぁ! 母さん呼んできてくれ、今日は呑むぞぉぉ」
「嫌だァ! シロのことなでなでしてるぅ!」
2人とも変なスイッチが入ってしまい、白夜をひたすらに愛でた。
白夜は幸福のあまり笑顔のまま固まり、喜びの涙を流して散る。2人に身を任せ抱き締められるのは幸せ以外の何物でもなかった。
「楽しそ〜! 僕にもシロ君撫でさせて〜」
「ゆっ、優人さんまで!? ちゃあああああ!!」
衝撃的な出来事の連続でテンションが壊れた彼らは夜になるまで白夜を愛で続けたのだった。
この日、人類は進化した。
長年続いてきた理を壊し、世界から差別や人種という言葉が遠のいた決定的な日でもあった。
人々は自由がへの道をまた1歩踏み出したのだ……それは人知れず、彼らの手によって変わったのだ。
──そしてその後の夕食はとても豪勢な食事となり、白夜も優崎家での食事会となった。仁は依然として興奮したテンションが戻らず、しみじみと中年臭く子供の成長を喜んでいた。
普段は比較的口数の少ない仁だが、今はまだ冷静ではいられなかった。
「白夜は本当に大きくなったな……」
「いやいや零人さんに比べたら、隕石破壊ぐらいしかできませんよ」
「「いいい、隕石を破壊っ!?」」
仁と沙耶香は親子で仲良く声を揃えて驚愕する。だが照れ隠しを図り、白夜は謙遜しながら身近なビッグネームを話題に上げた。
「俺より、香菜さんの方が強いっスよ? 大罪の中でもかなりの実力者ですし」
「えっ、香菜姉もその能力者なのッ!?」
「香菜さんって、お隣の西源寺さんとこの、あの香菜ちゃんっ!? 知り合いしかいないじゃないか霊管理委員会ぃぃ!!」
驚きと感動を行き来している父娘と褒められて恥ずかしがる白夜を、優人と嶺花は彼らの様子を微笑ましく思いながら静かにその光景を眺めていた。





