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第42話 魔術式のその先

 零人の放った言葉に対し、ハインツは呆気にとられていた。

 魔術式のその先、その一言で彼は放心状態に陥る。


 零人は彼へ見せつけるように手元で複数の魔法陣を発動させ、簡易的な炎と雷の魔術を発現させた。


「まず魔術式の基本能力。それは魔術の完全支配、複数同時発動、魔術を最低コストで最高出力を出すこと」



 手のひらの上で魔法陣を弄っていると、零人は手を振るって背後に数百もの魔法陣を配置する。



「俺の任意解除がなきゃ、魔術は絶対に発動される。たとえ周囲を埋め尽くす数の魔法陣さえも、例外なく発動可能だ」


「っ……」



「それがこの術式の第一段階。そしてこれが、第二段階だ」



 ニヤリと微笑んだ青年は指を鳴らす。次の瞬間、無数のナイフがハインツの目の前に現れた。


 固まるハインツの視界を浮遊するナイフが埋め尽くし、刃の先端は彼の目に向いている。



 だが瞬きをする間にナイフは蒸発していた。蒸気は小さな獣の群れのような形に変化し、その範囲には霜が降りていた。



「なん、なんだ……? これは──おがッ!」


 突如として鈍い打撃がハインツの鼻に襲いかかる。

 その正体はハインツ自身の脚であった。彼の足は独りでに動き、自身の鼻面を蹴りあげた。


 更に不可解な現象は相次ぎ、蹴られた位置から全身にかけて凍結が始まる。



「ぬっ、がァァァ!」



 だが凍りゆく彼の体は冷えるどころか、発熱していた。火に炙られているかのような激痛がハインツの肌から染み込んでくる。



(意味が、分からないっ……意識が、飛ぶ……)



 ふと目線を下ろすと、彼の肉は筋繊維に至るまでボロボロに風化し、足は溶けて膝下が消失する。


 溶けた肉は虚空で二つの髑髏の陶器へと変わっていた。



「これ、は?」


 その不可思議な光景は空にまで及んでいた。数秒前まで青の広がっていた空は暗転と明転を繰り返している。


 雲一つない空を、太陽が高速で移動していたのだ。昼夜が何度も繰り返され、太陽の軌道は残像で1本のアーチを描いていた。



「嘘だ、何が起きている、貴様は何をしている。魔術……否、これは違う。魔術や霊能力なんかじゃない、これはッ!」


 許容できない不気味な景色。これらの現象はハインツの許容範囲を超え、理解を試みる段階はとうに過ぎていた。


 戦意を失った男を前に、零人はこれらの現象の原因を語る。



「これが魔術式の第二の能力、『物理法則の上書き』。既存の物理法則を書き換え、存在しない物質と法則を新たに生み出す力」



 全ては真神零人の意思であり権能である。

 最高クラスの能力にして零人のみが完全掌握を許された異能、魔術式。これこそが、彼の真に世界最強の能力者たらしめる能力なのだ。


 魔術を統べ、理を書き換え、世を制す。その権限を魔術式が与え、零人が行使する。


 これが最強、これが零人という存在のあり方だ。

 まさに彼の力の真骨頂である。


 

「お前は、何なんだ。貴様という存在は、一体……」


「世界最強、それ以外に俺を言い表す言葉はねぇんだよ」



 言葉を失ったハインツに零人は最後の猛攻を仕掛ける。



「とりあえず、やりたかったことをやらせてもらう」


 零人は人差し指を天へ向けた。


 瞬間、弾かれるようにハインツが空へと吹き飛ばされた。重力が裏返ったように、彼は宇宙空間へ向けて無抵抗のまま放たれる。



「あがあぁぁぁ!?」


(まずい、これはまずい。危険危険危険、脱出不可脱出不可。このままでは地球から追放されて──)


 思考も酸素供給も追いつかない。ハインツが思考している時にはもう、彼は大気圏を突破していた。


 既に朦朧としている頭と精密な制御が不能になった大気支配は使い物にならない。

 このまま窒息するのが己の最期かとハインツは悟る。



『安心しろ、地球戻りの直行便だ』


「──うっ! かはッ、はぁっ、はぁ!」



 零人の声と共にハインツの体内へ酸素が送り込まれた。その甘く豊潤な空気を肺の中へ必死に取り込む。


 だがその数秒間の安堵は、更なる厄災に上塗りされる。


 彼が背を向ける宇宙空間に、無数の大岩が突如出現した。

 大小異なる隕石群、それらは平均して旅客機に匹敵する大きさを誇っていた。



『うらァァッ!』


「……ッ」


 ハインツはとてつもない殺気を感じて間一髪、身を捩り攻撃をかわす。


 コンマ1秒の間、彼の真横を飛翔する斬撃が通り過ぎる。

 零人が地球より放った斬霊刀の一太刀。凶刃の魔の手は過ぎ去るが、その剣圧によりハインツの表面の皮膚は激しく損傷する。

 


(動くだけの酸素は十分。地球へ、戻らねば)


 ハインツは力を振り絞り、隕石を掴んでの大気圏の突入を試みた。


『残念だな、その岩は予約済みだ!』


 彼の行動は零人の『千里眼』によって掌握されていた。地球から零人は瞬く間に駆けつける。


 ハインツの眼前の隕石に着地し、岩を粉々に破壊した。



「帰還船の代行だ。お前を地獄に送るまでどこまでも追っかけてやっからよォ!」


(クソッ!)



 ハインツは僅かに回復した肉体を酷使し、落下する隕石の上を縦横無尽に飛び回った。


 しかし追跡する零人が次々に足場代わりの隕石を粉砕し、着実に彼を追い詰めていく。



(この男、まさか丸腰の私を大気圏へ突入するつもりか! 霊力を得なければ、私の再生能力ではもう後がない)


 二人のチェイスが続いていた最中に、遂に隕石が大気圏へ突入した。


 隕石が落下を開始し、空気が僅かに濃くなったところで、ハインツの大気支配が回復する。



(──まっ、間に合った。酸素が供給され、能力が僅かだが復活した……ならば倒させてもらうぞ、怠惰ぁ!!)



 ほんの僅かに余裕の生まれたハインツは着陸の体勢を整えるため、大気支配で空気の壁を生成する。


 しかしそれを逃さず零人は新たな物理法則を追加した。



「空間転移『切り取り交換(トレース・アウト)』」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 

 ハインツは気が付けば肺の圧迫感は消え、呼吸が正常に出来ていた。いつの間にか彼は、先程いた海面付近に瞬間移動していたのだ。


 それを知覚してから間もなく、重力が彼の身を襲う。


 肉はドロドロに、骨は粉々に、臓器は潰れ、生物として完全に原型を留めていなかった。



「ぅ──」


 意識が尽きる一秒前、ハインツの目に飛び込んできたのは全方位に広がる魔法陣だった。



「ネロ・ヴァルキル」



 非情な攻撃は一斉射撃される。雷撃、炎槍、圧力、打撃、斬撃、銃撃。何通りもの攻撃がハインツへ一身に降り注ぐ。


 魔術に込めた霊力を放ちきった頃、零人はハインツの前に現れた。目の前に立つと零人は空間を割き、怠惰の鎖を取り出す。


 鎖は自らハインツに絡み付き、彼の身体を拘束した。


(これで魂と人格は乖離させられた筈だ)


 零人は己の手で殺めた命を前に、目線を落とす。


「悪かった。ここまで、苦しかったよな。許してもらおうなんて思っちゃいねぇ。俺は罪人だ、責務を全うする」


「────」


「ま、権利があるっつっても実際、俺はお前に拷問をした挙句にこれから殺すんだ。後々、必ずお前からの罰も受けるさ」


 ハインツはもう動かなくなっていた。黒ずんだ肉の塊と化している。


(ごめんな。俺は十分にクズだ。せめて死ぬ時は安らかに……)


 だが零人の思いはいとも容易く踏み躙られた。


 ハインツは血で紅に染まった眼を剥き、狂気に犯された面で絶叫する。


「貴様も道連れだァァァァ!」


 ハインツの胸から第3の腕が射出された。

 腕は蛇のように伸びながら弧を描いて零人に触れる。血濡れの手は零人の胸に触れ、彼の肉の中へ侵入していった。


 侵入した手の先にあるものが何か、零人は察しが付いていた。ハインツが今手にしたのは彼の肉でも心臓でもない。



「掴んだぞ、これが。これが貴様の魂だ!」


 決死の抵抗として、外道は最期まで禁忌を侵した。

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