第9話 Stay In Heaven
それは学校が半日の日のことであった。高校の屋上にて零人は優人へ唐突な死の宣告を下す。
「優崎、天国行くぞ」
「僕まだ死にたくないよッ!」
この質問には流石の優人も有無を言わさず即答した。
高速の拒否と共にビクッと優人は肩を竦ませる。しかし直後に零人は優人の勘違いを否定する。
「死んで天国に行くわけじゃねぇ。術で天国に直接遊びに行くだけだ」
「あっそうなんだ──ん、えっ、どういうこと?」
優人の頭上では今にもクエスチョンマークが踊っている姿が見えそうだった。
「今日は俺が呼ばれたんだよ、知り合いにな。だから魔術を発動して行くんだが、お前もと思ってな」
「生きたまま行けるの!? というか時間とかの問題もある気がするんだけど」
「霊界と現実の時間にはラグがある。今回行く天界区域は現実より時間が遅せぇからすぐ帰って来れる」
「それなら安心、して良いのかな。ちなみに天国に行くのって何時になりそう?」
「そりゃ、今に決まってる」
「え、ちょっ」
優人が何かを言い掛けた途中で零人の術が作動し宙に描かれる魔法陣に2人は吸い込まれていく。
「びゃあああああ────」
優人は泣き喚きながら肉体ごと転送され、そのまま天界へ向かわされる。
そして二人はあっさり生き物として、自然の理を無視し、束の間の天国旅行へと旅立った。
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「──ま、眩しい……」
目の前が白い光に包まれた。
目をツンとついて来るような光が網膜に到達すると優人は目を細め、手で覆った。だがものの数秒で光は弱まっていき、自分の顔の前の手を外す。
「…………あっ!わあぁぁ」
優人はこれまで人生の中で一度も出会ったことのない絶景を目の当たりにし息を飲んだ。
周りはイメージ通り天界では明るい雲が漂う。というよりかはその雲の上に天界があった。
だが、現実離れした光景の中でも日常的な光景も共存している。目の前は美しい景観の住宅地が並びその奥ではなんと海がある。透き通るような美しい蒼い水が光をこちらへチラチラと反射させてくる。
建物はイタリアの街並みのようだが、振りかえって見ると近代的な建物がズラリと建設されている。
「あれ? あそこ……」
見る場所を変えるとそこには大型の商業施設やテーマパークのようなものがあった。CGでしか現世では表現できないような景色、噴水や巨大な像は精巧な芸術作品のようであり、さらに7色に輝く霊力の塊がある場所ではイルカになり、またある場所では水流となって幻想郷を彩っている。
そして人々は皆が笑顔で散歩、もしくは空中を翼もつけず飛行していた。幸福や喜びに満ち溢れた人々が何よりも優人の目には輝いて見てた。
「天国って良い場所だね」
「だろ?……おっ、ちょうど来てくれた見てぇだな」
いつの間にか近くに黒いスーツ姿の女性が立っていた。ビシッと決まったスーツを着こなすその女性の背にも白翼は宿っていた。羽を何枚か落とすとその女性は零人達に近づき、丁寧に挨拶をした。僅かに口角を上げてクールな笑顔を作り出していた。
「『怠惰』の零人様とその御弟子様の優人様ですね、お待ちしておりました。例の件でお越し頂き、真に有難う御座います」
微笑みながらゆっくりお辞儀をした彼女に2人もお辞儀を返す。すると零人が声音を変えて、こちらも挨拶をした。
「こちらこそ、お招き頂いてありがとう。たしか明日っスよね? 役目はしっかりと果たさせて頂きます」
いつもの零人の雰囲気ではなかった。それはまさに零人から毒気をとった美少年そのものだった。そのクールさも優人は素直にカッコイイと感じた。
と同時になんだかそれが優人には違和感になった。
「──あっ! おお〜い、優人くぅん!!」
そのやり取りの真っ最中にある天界の中でもとても美しい女性が
こちらに走りよってきた──というより、文字通り飛んできた。
その白い羽衣を纏った女性を見ると優人は笑顔で叫んだ。実に数日ぶりの再会、初めて召喚したあの姉のような女性……
「ラファエルさん!!」
「優人君久しぶり!元気にしていましたか?」
それは仲の良い近所の子供とお姉さんのように、天才少年と大天使は再会を果たした。
二人は再会そうそうハイタッチをして喜びあっている。ラファエルは優人の頭を撫でて、ギュッと抱きしめる。
その様子を遠目から零人と黒服の女性が見ていた。
「あれでアイツに邪心がねえのがすげぇよ」
「はい、見ているとこちらも癒されてきますね……ふふっ」
「やっぱ天使はみんなショタコンなのか?」
軽くやり取りをしたがその後、しばらく二人を観察していた。子を見守る親の心境に近かったのだろう。
──数分間の戯れが終わるとラファエルは残念そうな表情のまま優人の髪をなでる。
「じゃあ優人君、ごめんなさい。まだお仕事が残っているから私はこれで行かないと……ほんとはもっと一緒にいたいんだけど──明日また会いましょうね」
再会から早くも訪れる別れをラファエルは惜しんだ。だが優人はポジティブに、また会える時を楽しみにといった具合に手を振る。その無邪気で幼い笑顔は天使の母性と心をも撃ち抜いた。
「うん、ラファエルお姉ちゃんまたねっ」
「あぁ、この子やっぱり尊いわぁ……」
優人は満面の笑みで見送った。そして大天使は小さな天使の放った矢によって飛行が乱れる。
その一部始終を零人は観察してから呆れたような様子で一言言った。
「てか、俺になんも挨拶なかったな……」
「あの方は優人様のことになると周りが見えなくなるようで」
「優崎のやつ、天使というショタコン共を引き付ける力でもあんか? ……なんか羨ましっ」
零人は呟くように優人をほんの少しだけ妬んだ。
ラファエルの見送りが終わると優人トテトテと走ってきて尋ねてきた。
「ところで零人君、ここには何をしに来たの?」
「ああ、それなんだが──」
「ライブをやりに来た」
「……え?」
それはあまりに意外な理由であった。優人は再びキョトン顔となって硬直する。