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終  どこともわからない部屋にあり、厳重に保管されている何かより。

 


「――本当に()()()()は容赦ないよね」


 テーブルに肘を付いてワイングラスを傾けながら男が厭味ったらしく、少し離れたところに腰掛けている青年に向けて声を掛けた。


「今回は()()()()ですよ。運が味方してくれただけです」


 それを受けた青年が立ち上がって一礼し、(ほが)らかな声で答える。

 その言葉に過敏に反応したのはキセルを(くわ)えた淑女だ。

 不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。


「――貴方はいつもそれよね? ()()()()()のおかげ。でも今回は今までの比ではないわ」

 

 確かに莫大すぎる額が動いた。

 将来的な額でいえば天文学的かもしれない。


「いや~、……実際、本当にそうなんですよね。ウチの女神がやっと()()を出してくれまして」


 青年はそう言って穏やかに微笑む。

 この場にアンジュや辰巳幸四郎がいれば妹の椿そっくりだと笑っただろう。

 その彼の優しげな笑みを額面どおり捉えるお人好しなど、この場にはいない。

 一同は余裕の笑みを浮かべながらも背筋を凍らせていた。

 そして何より先代の頭取である橘清健を知る人間は、近頃(ちかごろ)かの翁そっくりの笑みを見せるようになった青年に恐怖すら抱いていた。

 椿と征之のその穏やかな人を惹きつける笑みは間違いなく清健譲りだった。

 その優し気な笑みに騙されて全ての資産を失った華族貴族は数知れず。

 実業家たちが自慢げに(はべ)らかせる愛人を次々に寝取っては、彼女たちの知る秘密を手に入れて上前を(さら)って行く。

 それは翁と呼ばれる年齢になっても変わらなかった。

 ――ようやくあのバケモノがくたばったというのに、今度はその孫たちが我々の世界をひっかきまわすのか!

 この場の誰もがそう叫びたかった。



 青年橘征之は、かの翁が認めた才能の片割れだ。 

 誰しも妹である椿の鬼才に目がいくが本当は兄の彼こそ恐ろしい。

 妹の見た断片を即座に形にしてしまえる実務的な才能。

 それこそ何物にも代えがたいモノ。

 今はまだ取るに足らない銀行だが、いずれ自分たちを喰らいにくる。

 そう考えている人間がこの場にも少なからずいた。

 出席者の一人でもある老人が咳ばらいをすると、空気を変えようとしゃがれた声を張り上げる。


「それにしても今日は()の顔が見たかったのだが、……流石に来れないか?」


「それは、そうですわ! ……あれだけ私たちに生意気な口を叩いておきながら、結果的に『暁さん』に全部美味しいところを持っていかれた訳ですから。恥ずかしくて、もうどんな顔を見せるというのでしょう?」


 淑女もそれに乗るようにおどける。

 そしてサロン中に笑い声が巻き起こる。

 この場の誰もがこの件の背景を知っていた。

 蛇の道は蛇という言葉の通り。

 翁が去ってしまえばもう怖くないと、散々見下してきた暁銀行にこうもあっさりと出し抜かれてしまったのだ。かの銀行の人間はもう二度とこのサロンに来ることはないだろうと皆が考えていた。

 だからこその軽口だ。



 この場に居られなくなれば笑い者にされて叩かれる。

 その代わり、名を挙げた者は尊敬され一目置かれる。

 そこに年齢性別は一切関係ない。 

 価値判断基準はただ一つ。

 より多くの金を稼いだ者が正義。それだけだ。

 それがこのサロンのルールだった。

 そしてそれこそがこれからの世界の秩序だと全員が認識していた。


 


どうだったでしょうか?

ミステリと呼べるのかどうかという感じですが。

これは友人に見せる為だけに書いたものをリメイクしたもので、私が生まれて初めて書いた小説です。

世に出すべきかどうか迷いましたが、そのまま放置するのもイヤだなと考え、思い切って投稿させてもらいました。


読んで頂いた皆さまに心よりの感謝を。



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