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第11話  辰巳某の日記より。


「取り合えず何とか先手を取ることが出来ましたね」


 暁銀行の若き屋台骨である辰巳幸四郎は、上司であり頭取でもある橘征之と二人で向き合いながらくつろいでいた。

 お互い仕事中は見せないような顔でチビリチビリとワインを嗜む。


「あぁ、確かにこれは大きいな。我々が乱世でのし上がっていく為には潰していかなければならない壁がある。あちらさんもその一つだ。もしあちらにあの利権がそっくりそのまま行っていたとしたなら、我々は覇権を狙う為の名乗りを上げることすら許されなかった」


 この場所は二人だけの隠れ家だった。互いの家族にも教えていない。

 何か重要な話をしたいとき、誰にも聞かれたくないときはここを使うのが二人の決まり。


「……全く、()()サマサマですね」 

 

 どこか険がある幸四郎の言葉に対しても、征之は平気な顔だ。

 彼は橘家そして宮原家の実情を知っている数少ない人間の一人である。

 アンジュよりも遥かに関わりは深い。

 なにせ幸四郎は征之が母の胎に宿ったときにそれに合わせて作られた子供であり、生まれる前から征之の右腕となるよう宿命付けられた存在だった。

 だからこそ、末っ子でありながら兄の誰よりも重要な仕事を任せられている。

 幸四郎としてもそれは望むところだった。




「――やはり、あの男は先見の明だけはあった。こうなって改めて思い知らされる」


 征之は舌打ちをする。

 そしてワイングラスを目の前まで持ち上げて揺らす。中の赤い液体がグルグルと渦を巻いた。

 この場であの男というのは一人しかいない。

 死んでもなお二人の前に立ちふさがる征之の祖父、橘清健(せいけん)

 一代で暁銀行を立ち上げた辣腕(らつわん)だ。

 征之自身、自分が認められているの正式な後継者として清健が指名したからに他ならないと自覚していた。


「そうですね、そういった能力だけはズバ抜けていましたね」


 幸四郎も同意する。

 彼からすれば実父がその信奉者の一人なだけに思いは複雑だ。


「……ただし人間としては最低の部類だったがな」


 征之は口元を歪めつつ、声を擦れさせて笑う。

 幸四郎も笑顔で同意する。

 重役連中がどれだけ清健のことを(たた)えようとも、二人の目から見れば彼は金儲けと女遊びが趣味のクズ老人だった。

 趣味と実益を兼ね備えた男。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 二人からすればそれが彼に対する評価だった。

 暁銀行の黎明期には非情なこともしたし、危ない橋を渡ったとも聞いている。

 

「……おかげで母からは二言目には『絶対に祖父のようになるな』と言われたものだ」


 征之は懐かしそうな顔で天井を仰ぐ。

 清健の娘でもあった征之の母は多感な少女の時代に父の生き様を見せつけられて、あんな男だけは絶対に伴侶に選ばないと心に誓ったのだという。

 そしてそんな彼女の心を射止めたのは、真面目だけが取り柄の軍人(カタブツ)だった。


「もし母が生きていたとしたら、俺は絶対に祖父の養子にはなれなかっただろうし、きっと銀行に入ることもなかっただろうな」


 征之は溜め息を吐く。

 そしてワインを一口。


「まぁあの男が(のこ)してくれた組織と()()で飯を食っている訳だから、あまり好きなことも言えないのだがな。宮原家も軍閥として相当力をつけてきた訳だし。……それに今でもアンジュは祖父を恩人だと思っている」


 戦争孤児だったアンジュを引き取るという優しさ()()()()()も持っていた。

 いまだにどこか甘さの抜けない征之の思考を読み切った幸四郎が咎めるように口を挟む。 


「――それもどうかと思いますよ。ただ小児性愛者ではなかったというだけで、大人になるのを待っていただけかもしれません。……今の美しく成長した彼女を見ると、()()()()の才能もあったのだと思いますよ?」


 その言葉にむせる征之。


「……お前も恐ろしいことを考えるヤツだな。一体あのジジイは何歳まで生きるつもりだったのだ?」


 冗談ですよ、と幸四郎は笑うと胸元からハンケチを取り出した。




「――それでも、まぁ似た者同士だと思いますよ」


 幸四郎はワインが零れた机を綺麗に拭いながら呟く。


「あぁ、私もそう思う。椿の本性は間違いなくあの男に近い。だからアンジュを傍につけて監視させ、かつ暴走を防ぐことにしたのだ。そして今回加わったあの健次郎君で精神の安定を図りつつ最大限に能力を発揮させる。難しいが銀行の未来がかかっている」


 征之は苦虫をかみつぶしたような表情で答えた。

 幸四郎は俯いたまま小さく笑う。

 似た者同士とは彼ら()()と清健のことを言ったのに、と。

 同じ血を引くもの同士、()()()()仲良く一線を越えてしまっているのだ。

 幸四郎の父を『装置の整備役』として椿荘に置いた祖父・橘清健。

 祖父亡きあとも彼の派閥が脅威として立ちはだかる前に、対抗するように信頼できるアンジュを椿荘に差し向け、更にどこで見つけてきたのか分からない少年まで送り込んだ、孫・橘征之。

 そしてねずみ小僧の号外から金の匂いを感じ取った椿姫・宮原椿。

 その結果がコレだ。

 揃いも揃って普通の人間の感性ではない。

 それでも征之自身は、まだ普通の人間なのだと言い張るつもりらしい。

 それがおかしかった。

 

 

 幸四郎は内心の笑みを隠す。

 今回の一件で一番重要な駒だった本庄健次郎。

 直接会うことで人となりも知れた。

 恵まれた環境に胡坐(あぐら)をかくような人間でもなく、大金に揺れる心の弱さもない。

 頼りない部分は残っているがきちんと成長すればいい青年になれそうだと、彼は考えていた。

 もし使えない人間ならば今回の件のお金で新しい家を探して椿姫から引き離すことすらも考えていた。

 それを見極める為に無理矢理時間を作って会いに行ったのだ。

 結果的に征之の見る目は確かだったということだと感心しながら、幸四郎は酔いの回ってきた主の話に適当な相槌(あいづち)を打っていた。



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