遊星ラジオ
3000字程度だけど全力で書きました。
楽しんでいただけたら幸いです。
宇宙船の外の星々はきらりきらりと輝き、無限の闇を美しく飾り立てていた。
それらは物言わずとも、ただそこにあるだけで神の存在を証明しているようで、船での生活が長らく続いている私の不自由さを嘲笑っている風に感じられた。
笑わせるのは嫌いでは無いが、笑われるのは好きでは無い。
私は居心地の悪さを感じ、任務に就いてからしばらくの間は気に入っていた窓枠という味気のない額縁に囲まれたその絵画に背を向けた。
仕事の前に茶でも淹れて行こうか。
私はもう何回飲んだかも分からない、いつもの茶を淹れる為に、もう何回見たかも分からない金属製の冷たい通路を、任務前に支給された頑丈だが重たい靴でカンカンと硬質な音を船内に響かせながら、操縦室へと進んで行った。
操縦室の周りは生活に関わる設備が固められており、内装も少しは色合いが明るい。
食事を摂るスペースはレストランの様な雰囲気となっており、味の薄い宇宙食を少しでも楽しんで貰おうという設計者のささやかな気遣いを感じさせる。
しかし船内には私一人だけなので、そのレストランは常時貸切で寂しい空気が漂っている。
私は棚からこの船唯一の陶磁器であるティーカップと、ついでに何か軽い物でも食べようと銀色のパックに包まれた宇宙食を一つ取り出した。
地上ならばキッチンに当たるであろう金属の高めの台へと向かい、ティーバッグを一つカップに置くと、地上と何も変わらない電気ポットの注ぎ口にカップを近付けゆっくりと湯を注ぐ。
その間に宇宙食の調理も始める。 調理と言っても発熱する薬剤を反応させるスイッチである紐を引っ張るだけなのだが、完成するまで少し時間が掛かる為、早めに紐を引いておくに越した事は無い。
紐を引っ張り湯を注ぎ終えると、宇宙食を台の上に置いたまますぐ近くの仕事場へと向かって行った。
茶をこぼさない様に慎重にソファに座る。 仕事場を見回すと、相棒であるいつまで経っても好きになれそうにない、仰々しい機械に、いくつかの通信を拾ったと表示されていた。
私はレコーダーと翻訳機の準備をすると、早速どこかの星から発信されたその通信を聞き、記録するべく再生ボタンを押した。
しばらくすると雑音混じりの音声が流れ始める。
「誰か!!誰か!!聞こえますか!!この通信を聞いている方はいませんか!!私は今遭難しています!!船のエンジンが故障してしまった様で、海の上でもう三日は漂流しています!!」
海で遭難してしまった男が助けを求めてい る様だ。
通信を聞いている者は少なくともここに一人いるが、生憎私は遙か空の上の宇宙船の中、助けようが無い。
追い詰められた生物の心理状態として貴重なサンプルだこういったものは保管対象となる。
一通り通信を撮り終えると、また別の星からの通信に切り替える。
「偉大なる指導者、バルグ・ガルガン・ヒッターポース様より諸君らに向けてお言葉がある!!拝聴!!」
どこかの国の指導者の演説が流れる。話が進むにつれ、演説しているのはどうやら星の支配者である事が分かって行った。
数多くの星の中でも星全ての統一政権が出来るのはごく稀なケースだ。かく言う私の星は人種もイデオロギーも違う無数の国家に分かれていたものだ。
彼らの星と私の星の何が違うのだろうか?私はその通信を最大級に貴重なデータだとして、Sクラスの保管庫に保存した。
その次に再生した通信は音楽番組だった。これは当然アタリの部類に入るし、私個人にとっては大アタリだ。
未知なる惑星の未知の音楽を聞く事程、この仕事をやっていて良かったと思える物は無い。
私は翻訳機を急いでOFFにする。音楽だけはその星の言語そのままが良い。私の持論である。
私は目を閉じて、私の星には無い独特なリズムのその音楽に、しばらくの間酔いしれた。
私は音楽を最後まで聞き終えるつもりでいたのだが、通信は途中で途切れてしまっていた。恐らく電波の範囲外に出てしまったのだろう。
最後まで聞けなかったのは残念だが、それでも気晴らしにはなった。余韻に浸りながら茶を一口飲む。
その時、にわかに警報が鳴り始めた。私は跳び上がって警報機の傍に行き、モニターで異常のある箇所を確認した。
場所は先程茶を淹れた食事場所で、高熱を感知している様だ。急いで現地へ向かう。
食事場所へ辿り着くと一見異常は無い様に見えた。少なくとも火事では無い。
私はひとまず安心すると、落ち着いて原因を探し始める。そして原因はすぐに分かった。
先程準備していた宇宙食の器を覗き込むと真っ黒に焼け焦げてしまっていたのだ。たまにある薬剤の量を間違えた不良品だ。全く、国家の管理するプロジェクトなら少しはマシな物を用意しておいて欲しいものだ。
私は黒焦げになった国民の血税を見て、私の国が星を統一する事は無いだろうなと嘆息した。
勿体無いので食べられる所は食べよう。そう思い、宇宙食を持って仕事場へ戻って行った。
薄々感付いてはいるだろうが、私の仕事は食事を食べながらでも殆ど支障が無い。
私は焼け焦げた宇宙食のまだましな部分を食べながら、新たに受信した通信を再生する。すぐに音声が聞こえてきたが、それは非常に聞き取り辛かった。
電波は良好なのだが、話している者の声がか細く、非常に弱っているのだという様子が音声だけでも分かった。
音量を最大まで上げて何とか聞き取ろうと試みる。
「誰か…助けて下さい…。誰か…この通信を聞いている人はいませんか…?もう食べ物も飲み物も無い…全部放射能でだめになってしまいました…。思えばあの時…熱線で死ねた人は何て幸せだったのでしょうか…、こんなに苦しい思いをしなくて済んだ…。そして何より…、私達が生まれたこの星が滅びる所を見なくて済んだ…。
ああ、神様でも悪魔でも構いません…。お願いします。助けて…。
私達の生まれた…
この星は…、地球は終わりです…」
通信はそこで終わっていた。
私はその時とても暗い表情をしていたと思う。今日は確実に残業しなければならないからだ。滅びる直前の星、ここまで貴重なデータは今期の任務中初めてである。
この星が滅びる前にこの星からより多くのデータを集めなければならない。
こんな田舎の宇宙人が滅びた事など私にとってはどうでも良いのだが、上層部はこのデータが欲しくてたまらないだろう。
私は憂鬱になりながら焦げた宇宙食をまた一口食べる。
酷い味だ。だが鼻の無い私は嗅覚のある種族に比べればまだまともに食べられている方なのだろう。
その代わりに私は茶を充分に楽しむ事が出来ていないのも確かだがな。
私は食事を終えると四本の腕を組んでぐっとストレッチをし、茶を口に含み舌でじっくり楽しんだ後、仰々しい機械に向き合う。
「神なんてやっぱいないかもな」
私はそう軽口を叩き、残業手当を頭の中で計算しながら、今日も仕事に励むのだった。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
まだまだ至らない点も多くあると感じております。感想欄でアドバイスなどして頂けたら嬉しいです。