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理不尽には理不尽を

作者: 6ミリナット

  喧騒が響く部屋の中、くたびれた雰囲気で丸い机でお茶を飲む男がいた。

 年は20代半ばにも見えるが、その疲れたような装いのせいで、もっと年を重ねているようにも見えた。


『まあ、こんなものかな』

 男はまた疲れた様にお茶を飲むと、飲んでいるお茶の感想を述べた。


 ここは冒険者ギルドの中にある酒場、周りを見ても酒を飲んでいるものばかりで、お茶を飲んでいるのは男だけである。


『よう、にいちゃん、隣いいかい』

 無精髭を生やした大柄な男に話しかけられる。

『はい、いいですよ』

 空いてる席も少ない、了承の返事をする。

『ありがとな兄ちゃんそいやあんた見ねえ顔だな、ミゼールに来たのは最近か』

 席に座り男の顔を見て聞いて来た。

『ええ、ずっと流しで冒険者をしているので』


『そうかい流しでやってるのか、まあ人それぞれ色々あるわなここにいる間はよろしくな、俺はネルトってもんだ』

 人好きそうな笑みを浮かべてネルトが言う。

『ヴァンです、こちらこそよろしく』


『ヴァンかいい名前だな、にしてもそれはお茶か?』

 ヴァンのカップの中を除きこんでネルトが聞いてくる。


『ええ、お酒はどうも苦手でお茶のが好きで』

 本音を言えば紅茶や緑茶がいいのだが、酒場にそこまで期待するのは悪いだろう。

『そうかいそう言う奴もいるんだな、俺は酒が大好きだけどよ、これの為に働いているようなもんだぜ』

 そういって酒の入ったカップを掲げると、ネルトは快活に笑った。


 ネルトは話し好きなようで、ヴァンはしばらくネルトと雑談を交わしていた。

 そうしていると、ギルドの受付の方から叫ぶ様ような声が聞こえて来た。


『お願いします、どうか』

 何事かと目を向けると受付で妙齢の女性が受付の前で叫ぶ様に受付嬢に懇願していた。


『なんだかわけありそうだな、ギルドに依頼を断れたか余程厄介な依頼なんだろうな』

 ネルトが女性の方を見て憐れむ様な顔をする。


 ヴァンは立ち上がると、受付に向かい歩き出す。

『おい辞めとけ、可哀想だが関わると面倒だぞ』

 ネルトがヴァンを呼び止める。


『話しを聞くだけですよ、それに面倒な事になったら町をでればいいだけです、こうゆう時流しの冒険者は得ですよ』

 振り返りネルトに告げると、また女性の元に向かい歩きだした。


『お願いします、どうか主人を助けて下さい』

 受付の前では女性が泣きながら、受付嬢に頼み込んでいた。

『すいませんが、ギルドでは承れる依頼ではないですので』

  受付嬢のニーナさんは、困った様子で女性を取り成している。

『どうしたんですかニーナさん』

 何度か依頼をこなし顔見知りになっているニーナにヴァンは話しかける。

『あっヴァンさん、それがですね』


『なるほど、そうゆう訳ですか』

 ヴァンは事情を聞いて納得する、ギルドが引き受けれない訳だ。


 女性の依頼は夫の救出である、それ自体は問題ないのだが問題は相手がこの街の領主である事だ。


 誘拐されたわけでもなく魔物に襲われているわけでもない、領主によって罪人として囚われているのだ。


 しかし女性によると夫は、領主からセクハラを受けていた女性を庇っただけらしい、それを無理やりに犯罪とされ捕まったというのだ。


『彼女の話しは本当なのか?』

 ニーナに視線を向け、確認をとる。


『私がそうだと言えはしませんが、領主のザルバ様は女性がらみの問題が絶えませんので』

 言葉を濁しているがどうやら本当らしい、ヴァン自身も領主の悪評は聞いた事があった。


『それはまた、理不尽な話しだな』

 ヴァンは、誰に話しかけるでもなく呟く。


『ええ、ですが私どもにできる事はありません、真実はどうであれ罪人を助けるためにギルドが依頼を受ける訳にはいきませんので』

 ニーナは気まずそうに顔を歪める。


『まあ、そうなるよな』


 ヴァンとニーナの会話を聞いていた女性は表情を暗くして項垂れる。

『お騒がせしてすいませんでした』

 そう言って女性は頭を下げると、ギルドから出て言った。


  女性の寂しげな後ろ姿に胸が痛んだ、ヴァンは女性の後を追うように歩き出す。


『ヴァンさん、馬鹿な真似はしないで下さいよ』

 心配する様なニーナの声が後ろから聞こえる。


『まさか、ご心配なさらずに』

 ヴァンは振り返り、笑顔で返事をした。


 ニーナさんには悪いけど、ヴァンにはとても見過ごせる問題ではなかった。


 ギルドからでて、女性の姿を見つける。

 女性の足取りは重く、すぐに追いつく事ができた。

『大丈夫ですか?』


『あっ! 先程の、ええ大丈夫です、ご心配ならさずに』

 ヴァンの声に気付くと女性はそう言葉を返したが、その目には涙の跡が見て取れた。


『これから、どうなさるおつもりで』


『ええ、もう一度ザルバ様に主人を解放してもらう様にお願いしてまいります』

 女性は、言葉を震わせている。


『それは......』

 無理と言う言葉をヴァンは飲み込んだ、女性にできる事はそれくらいしかないのだ。


『そうですか力にはなれませんが、私もご一緒いたしますよ』

『本当ですか、しかしご迷惑では』

  『お気にならさず、それくらいさせて下さい』

『ありがとうございます』

 ヴァンの申し出に女性は少しだけ表情を和らげた、今まで随分と心ぼそかったに違いない。


  領主の館に向かう前に、ヴァンは茶屋で休憩をする事を薦めた、女性は酷く憔悴していてこのまま行くのは躊躇われたからだ。


  お茶を飲みながら女性の体調を伺う、彼女の名前はシンラと言った。


『シンラさん、今日はゆっくり休んで、明日にしてもよろしいのでは』

 シンラの顔色は多少はよくなった様にも見えるが、それでも未だに酷く疲れて見えた。


『いえ大丈夫です一番辛いのは主人なんですから、私がこれくらいで休んではいられません』

 気丈にもシンラは言う。


『そうですか』

 いい夫婦なんだなとシンラの様子を見て思う、だからこそこんな事で二人の幸せが奪われるのは許せない。


 茶屋からでて、しばらく歩くと一際大きな領主の館に着いた。


 門番に領主に話しがあると伝える。


『領主様に話しだと、そんな事できるか』

 門番は野卑な声で怒鳴る。


 門番の声にシンラが怯えて身を震わせる。


『こちらの女性の主人がここに囚われている、その話しをしにきたんだが』

『女の主人だと、名前は何と言うんだ』

『ライノです』

 シンラが怯えながらも名前を言う。

『ライノかなるほどではお前がシンラか、話しは聞いてる領主様からお前がきたら通せと』

 門番は扉を開けるとシンラを促す。


 ヴァンがシンラの後について扉を通ろうとすると、門番が止めに入る。

『許可があるのは、その女だけだ』


『私は彼女の友人です、付き添わせてもらえませんか』

 ヴァンは頼んでみるが門番は頑として首を縦にはふならなかった。


 シンラが不安そうに顔を歪めているが、決心をすると屋敷の中に入ってゆく。


 シンラが屋敷に入っていくと門番は手を振りヴァンに失せろと急かす。

 ヴァンは大人しく門から離れていく。


 門番が見えない位置まで戻ると、今度は門がない屋敷の壁に移動する。


 高い壁だ、高さは6メートルほどか。


『今ならいけるか』


 ヴァンは呟くと壁に向かい走りだす、壁の直前で強く地を蹴る高く飛び上がり右足で更に壁をけり再度高さを出す、手を伸ばし壁の縁を掴む。


『ふぅ…… ぎりぎりだったな』


 体を持ち上げ壁から飛び降りる、転がる様にして着地して衝撃を柔らげる。


 人に見つからない様に隠れながらシンラを探して移動する。


『いた』

 使用人らしき男に先導されながら歩くシンラが見えた。


 シンラが一際豪華な建物に入ってゆく、ヴァンは建物の横に移動し耳を清ます。


『よく来たなシンラ』

 男の声が聞こえるおそらく領主であろう、尊大で嫌な話し方をする。


『ザルバ様どうか、主人を返して下さいお願いします』


『素晴らしい夫婦愛だなシンラよ、だがお前の夫は領主である私に危害を加えようとしたのだ死刑に処さなければなるまい』


『そんな主人は危害等加えよう等してはおりません』


『私が間違えた事を言っていると言うのかシンラ』

 怒鳴る声が聞こえる。


『申し訳ございません、そのようなつもりはただ主人の死刑だけはどうかお許し下さい』

 シンラの声は震えている。


『まあ私も鬼ではない、お前がそこまで言うのならお前が夫の罪を半分背負うと言うのなら死刑は取りやめてやろう』


『本当ですか!』


『ああ、二人で犯罪奴隷として罪を償えばな、お前は私の奴隷となるのだ夫は炭鉱にでも送ろうか、お前の働き次第では少しはましな待遇にしてやってもよいぞ、はははは』


『そんな』

 シンラのすすり泣く声と領主の笑い声が聞こえる。


 理不尽な話しだヴァンの怒りは限界を迎えた。


 窓を割り部屋と入る。


『何だお前は』


 部屋にはシンラと領主、その横には屈強な大男と細身の男がいる護衛であろう。


『ただの流れの冒険者だよ、こうゆう理不尽な話しは許せなくてね』


『ヴァンさん』

 シンラが驚きの声を上げてこちらを見る。


『許せないから何だと言うのだ、この私にはむかうというのか』


『それ以外ないだろう分からないのか』


『この身の程知らずが、カイン、コウズこの男を早く殺せ』


 二人の護衛が前にでる、大男は大剣を抜き、細見の男は手から炎を纏わさた。


『カインとコウズはギフト持ちだ、ただの冒険者が敵う相手ではないぞ』


 ギフト持ちとは、稀に現れる特別な力を持った人間だ、能力は様々だがギフト持ちは重宝され仕事に困るような事はない冒険者なんて稼業をするもの等まずいないだろう。


『ギフト持ち二人か調子に乗るわけだ、どれだけ金を積んだのか他に使い道もあったろうに』


『どこまでも舐め腐りおって、カイン、コウズ八つ裂きにしてしまえ』


 細体の男コウズが炎を放ってくる、ヴァンは剣を振り炎を払う、大男のカインが大剣で斬りかかってくる、早く力強い身体強化のギフトだろうヴァンは剣をまた振るう。


 カインが倒れる、ヴァンは何事もなかった様に佇んでいる。

 カインの呻き声が聞こえる、致命傷は負わせていないヴァンは人を殺したいとは思わない。


 コウズがまた炎を放ってくる、何でも無いように炎を払うとコウズを剣の柄で叩き伏せた。


『何なんだお前は、まさかギフト持ちなのか、何で冒険者なんてやってる』

 自慢の護衛が倒され領主は、怯えた声をだす。


『まあギフト持ちは合ってるんだが、なかなか使いづらいギフトでね、今回はお前かクソ野郎だったのが幸いはしたな、まあクソじゃなかったら初めから何も問題はないのだが』


 ヴァンのギフトは普段は何の力も出せない、ただヴァンが理不尽だと感じた時、その度合いによってヴァンの力を高めるギフトだ、領主の理不尽な行いそれがヴァンを強くした二人のギフト持ちを相手にもしない程に。


 ヴァンは領主に近づく。


『私を殺す気か、そんな事して無事ではすまないぞ』


『殺しはしないさ、ただ裁きは受けて貰う』


 ヴァンは壁に掛けられた絵を外した、絵の裏には金庫が隠されていた。

『お前、なんでそれを……』


『これに不正の証拠が沢山入っているのだろう』

 剣を一閃、金庫の扉を切り裂くと中に書類の束が見えた。


 この書類には領主を裁くだけの不正の証拠が沢山残っている、ヴァンにはそれが分かっている。

 ヴァンのギフトはヴァンが感じた理不尽を壊す力をヴァンに与えてくれる。

 力が単純に増すだけではない理不尽を壊せるだけの力が何でも与えられるのだ。

 これがヴァンのギフト

【理不尽には理不尽を】 

 ヴァンは自分のギフトをそう呼んでいる。



 数日後


 あの後、シンラの夫を救出し領主の不正の証拠共に領主を冒険者ギルドに渡してきた。  


 シンラとその夫には、何度も感謝の言葉を掛けられ謝礼金を受け取ってくれと二人にとって安くない額のお金を渡せられた、ヴァンは少しのお金だけ気持ちとしてもらうと後は二人に返した。


 感謝される様な事はしたが、あくまで仕事でなくヴァンが自分の意思でした事だからだ。


 ヴァンは基本的に自分勝手な人間だと自分を評していた、優しいと人に言われる事が多いが優しさと呼んでいいのが自分で疑問を感じている。


 ヴァンは嫌な事はしたくないし、見たくもない、仕方ないと我慢もしたくないのだ子供みたいな考えだと思う、ただ幸か不幸かその考えを押し通せるだけのギフト持って生まれてしまったのだ。


『ここも住みづらくなった、また流れるか』

 ヴァンは次の町へ旅立つ、シンラ夫婦だけなら良かったがギルドや町の人々に英雄の様な扱いを受けたのだ、ヴァンにはそれが面倒で仕方なかった、ヴァンは嫌な事を我慢したくないのだ。


 いつまでもこんな生き方でいいのか、たまにヴァン自身思うのだが今はこの生き方が気に入っていた、なる様になると


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