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私は16歳シリーズ

私は18歳!~王太子殿下と妊婦の私と謎のピンク頭~

作者: 緑谷めい

* 前作2作品「私は16歳!~異世界で王太子殿下と婚約中~」「私は17歳!~王太子殿下と私と近衛騎士~」の続きです。


前作を読んでいただくと、より人間関係がわかりやすいと思いますが、今作だけでも、お読みいただけるよう、冒頭に、少し説明(今までのあらすじ)を入れています。

今作で、シリーズ完結です。

 


 私は王太子妃セリーヌ。18歳。

 レオンハルト王太子殿下と結婚して、そろそろ1年が経とうとしている。


 16歳の時、当時婚約者だった王太子殿下との初顔合わせの席で、突然、前世の記憶が甦った私。

 前世では、夫と一人息子と東京郊外に暮らす50歳のおばちゃんだった。

 まさかの異世界転生ってやつね!


 その後、17歳で王太子殿下と結婚し、なんだかんだありながらも、けっこう仲良し夫婦である。

 結婚して気付いたが、王太子殿下はキラキライケメンのくせに、ちょっと情けないところがある。


 前世の息子にそっくりなダニエルは、私専属の近衛騎士だ。

 息子に似ていろいろ抜けているダニエルのことが心配で、いつも世話を焼いていたが、そのダニエルも、私付きの侍女エレンと先頃めでたく結婚し、母としては(違うけど)感慨もひとしおである。



 ********************



 うぅ……。気持ち悪い……。

 朝、起きた瞬間から吐き気がする。

 これは、前世で覚えのある”つわり”に違いない。


 結婚してもうすぐ1年になるし、そろそろ赤ちゃんが欲しいと思っていた。

 思ってはいたけれど……。

 うぅ、気持ち悪い。苦しい……。

 前世の妊娠の時もそうだったが、つわりがひどいと、正直、妊娠の喜びよりも、辛さの方が先立ってしまう。

 前世の時もひどかったけど、またかー。

 軽い人はホントに軽くてケロッとしているのに、こういうのは体質なのか、個人差が激しいんだよね。

 転生ってこんな体質も引き継いじゃうの? 勘弁してよぉ!


 前世の日本では、毎日病院で点滴をしてもらって、何とか水分や栄養を補給していたなー。

 でも、この中世ヨーロッパ風の異世界は医療が遅れていて、点滴などない。

 そうだ。胎児の様子を診る超音波画像検査とかも出来ないよね?

 うわぁー、大丈夫かな?

 なまじ前世の日本の医療の記憶があるばかりに、余計不安を感じてしまう。


「あー、苦しい……」

「妃殿下。やはり医者を呼んで参ります。昨日から何も召し上がれないほどお具合がお悪いではございませんか。」

 侍女のアンが心配そうに言う。

 女どうしだから気付いてるよね……。

「うーん。そうね。わかったわ」

 まだこの時期では妊娠の確定は出来ないと思うけど、医者には診てもらった方がいいわね。

 前世の妊娠検査薬があれば、尿検査ですぐわかるんだけどなー。



「セリーヌ! 大丈夫か? 昨日から具合が悪そうだったけど、酷くなっているじゃないか!」

 あー、もう。静かに寝かせてよ、レオン様。

「レオン様、大丈夫ですわ。医者にも診てもらっておりますから」


 そう、医者には一応診てもらった。

 でもやはり妊娠の確認はできなかった。

 もちろん、私から「月のものも遅れているし、おそらく妊娠だと思う」

 と伝えたけれど、

「まだ胎児の心音が聴こえないので判断はできません」

 と言われた。

 そういえば、前世では胎児の心音モニターなんていう機械もあったなー。

 こちらでは、聴診器で心音が拾えるようになるまで待つしかないみたい。

 何せ私は王太子妃で、もしも妊娠していたら、お腹の子はお世継ぎかもしれないのだ。(この国は、王位継承権は男子のみにある)

 医者もおいそれと「ご懐妊」とは言いづらいのだろう。

 ぬか喜びだった時のリスクが大き過ぎる。


「レオン様。ただの疲労だそうですわ。しばらく公務も休ませて頂いて安静にいたします」

「そうか。無理せずにゆっくり休め」


 そうは言っても、3日経っても1週間経っても吐き気はひどいし食欲もない。

 当たり前だ。つわりは妊娠直後から3~4ヵ月は続くのだから。

 毎日医者が診ているというのに一向に回復しない私を見て、レオン様は次第に焦ってきている。

「あのヤブ医者は何をしている! セリーヌ! かわいそうに、こんなにやつれてしまって」

「レオン様。大丈夫ですから落ち着いてください」

「全然、大丈夫ではないだろう! ほとんど食べていないではないか! セリーヌにもしもの事があったら、私はどうすればいいのだ……」

 泣き出すレオン様。

 あー、ウザい! 静かに休ませてくれよー。

 ってか、普通はそろそろ察しない? もしかして? とか、そうなんじゃないかな~? とか、1ミリも思いつかないのかしら? 男の人って、そんなもん? それともレオン様が鈍いの?


 さらに1週間が経った。

 当然だが、まだまだ具合は悪い。

 少しでも食欲がある時に、わずかでも飲み物や食べ物を口にするようにしている。

 こまめに栄養補給するしかない。

 それでも、庶民の主婦だった前世の時と違って、侍女に言えば食べ物は出て来るし、掃除も洗濯もしなくていい。1日中、横になっていられるのだ。

 ありがたいことだわ……としみじみ思っていると、寝室の隣の部屋から何やら怒鳴り声が聞こえてきた。

「貴様! セリーヌの病名を言えぬと申すか! 私は王太子だぞ! 何を隠している!」

「ですから、まだ判断できないのです。落ち着いてください。王太子殿下」

「何が判断できぬのだ! このヤブ医者め!」

 あちゃー。レオン様、ご乱心?

 ダメでしょ、医者に突っかかったりしちゃ。

 私は寝台の側に控えているアンに言った。

「レオン様とお医者様にこちらに来て頂いてちょうだい」


「セリーヌ! こんなに痩せてしまって!」

 寝台に座る私を抱きすくめるレオン様。今にも泣き出しそうな顔だ。

 私は医者に申し出た。

「殿下がこのようなご様子でございますから、確定ではないという事を込みで、もうお話してしまいましょう」

「そうですな。このままだと、私も、王太子殿下に拷問にでもかけられそうで恐ろしゅうございますからな」

 医者は冗談とも本気ともつかぬ事を言った。



「―――――というわけで、まだ断定はできかねますが、おそらく妃殿下におかれましてはご懐妊あそばされていらっしゃるかと」

「私とセリーヌの子供が!? セリーヌ……。嬉しい。嬉しい。嬉しい!」

 信じられないとばかりに目を見開いて、私に抱きついて来るレオン様。

 その様子だと、本当に1ミリも予想してなかったんですね。

 逆にびっくりですわ。

「ですから、まだはっきりしないので公表はできません。レオン様も内密にしてくださいませ」

「うん、わかった」

 コクコク頷くレオン様。

 さっき医者に怒鳴っていた人と同一人物とは思えないわ。

 医者もあきれたような眼差しでレオン様を見ている。

「私の身の回りの世話をしてくれている侍女達は大方が気付いていると思いますが、改めて懐妊を伝えた上で口外せぬよう申し渡しましょう」

「セリーヌ専属の近衛騎士達にも伝えておいた方が良いと思うぞ。何かあってセリーヌの身を護る時に、腹に子がいる事を知っておいた方が良い。安全の為に必要な情報だ。もちろん口止めした上で」

「わかりました。では、私に付いている侍女と近衛騎士達には伝えることに致しましょう」


 結果的にはお付きの者達に伝えて良かった。

 明らかに皆のやる気が増したのだ。

 レオン様以外で私の懐妊を知らされているのが王太子妃専属の自分達だけだという事実は、彼らのプライドと責任感をいたく刺激したらしい。

 皆の生き生きした雰囲気のおかげで空気が明るくなって、私も嬉しい。

 体調が最悪な中、少しだけ気分が上がってきたわ。





 その後、無事に妊娠4ヵ月に入り、ようやくつわりも落ち着いたところで、レオン様と私は国王陛下と王妃様に懐妊を報告した。

 私達夫婦には王妃様の影が付けられているし、私は長い間公務を休んでいたし、きっとお二人ともとっくにご存知だったとは思うけど、それでも私達の報告を聞いて大層喜んでくださった。

 王妃様からは、

「セリーヌちゃん、くれぐれも身体を大切にね。それから、公に発表するのは念の為6ヵ月に入ってからにしましょう。私の時もそうでしたから」

 というお話があり、公表はもう少し先にすることとなった。




 それから2週間後、王宮では国王陛下の戴冠20周年の記念パーティーが盛大に行われた。

 王妃様は、

「セリーヌちゃんは、無理しなくてもいいのよ」

 とおっしゃってくださったが、最近は体調もいいし、おめでたい席なので、私も出席することにした。


 ずっとつわりで寝込んでいた私はパーティーなんて久しぶり。

 いいわね~、この華やかな雰囲気!  

 国王陛下のお言葉と国の重鎮達によるお祝いの挨拶が終わった後、会場は歓談タイムとなった。

 昔馴染みで仲の良い貴族令嬢6人と談笑<マシンガントーク>していると、ピンク色の髪をした見覚えのない令嬢が私達の方に向かってつかつかと歩いて来た。

 あら、かわいい顔のご令嬢ね。

 ピンク色の髪って今世では初めて見たわ。

 前世でも、Ⅴ系バンドのメンバーか某有名芸人夫婦くらいしか見た事ないなー。

 などと呑気に考えていたら、いつの間にかすぐ近くに来ていたピンク髪令嬢が、突然私に向かって言った。

「レオンを解放して!」


 はっ!? 今、この子、レオン様を呼び捨てにした?

 王太子妃である私に許しを得ずにいきなり声をかけるだけでも不敬なのに、王太子殿下を呼び捨て?!

 周囲の人々がざわめく。

 そうだよね。びっくりするよね。

「私とレオンは愛し合ってるの! レオンは貴女との婚約は破棄するって言ってるわ!」

 このピンク頭、何者? 何を言っているのか、さっぱりわからない。

 婚約破棄? レオン様と私は1年以上も前に結婚しているのだけど?


 こんなおかしな娘の相手をするわけにもいかないので無視すると、ピンク頭はいきなり私に掴みかかって来て激しく揺さぶった。

「なんとか言いなさいよ! 悪役令嬢、セリーヌ!」

 私の名も呼び捨てかーい! 何なの、この小娘は!

 おばちゃんは頭に来たわよ!

 周りに人がいなければ、ひっぱたいてやるのに!

 うわッ!? 強く揺さぶられて私はバランスを崩してしまった。

 身体が前のめりになる! まずい! 倒れる!

 私はとっさにお腹を手でかばった。

 とその瞬間、ピンク頭と私の間に割って入ったがっしりした胸板に受けとめられる。

「妃殿下! 大丈夫っすか?」

「ダニエル!」

 ありがとう、ダニエル。助かったわー。

 もう少しで倒れ込むところだった……アブナイ、アブナイ。


 ピンク頭は他の近衛騎士2人に取り押さえられて、何やら喚いている。

 やれやれ、おめでたい席だというのに、大騒ぎになってしまいましたわね。


 慌ててレオン様がかけつけて来た。

「何事だ! セリーヌ、無事か!?」

 レオン様は、ダニエルに支えられて立っている私の肩を抱くと、自分の方に引き寄せた。

「レオン! 何してるの? セリーヌに言ってやって! 婚約を破棄するって! 愛してるのは私だと、はっきり言ってやって!」

 近衛騎士に取り押さえられているにもかかわらず、ピンク頭が叫ぶ。

「はぁ~っ!?」

 レオン様は彼女をマジマジと見て、

「お前は誰だ!?」

 と強い口調で問うた。

「リリアよ! 貴方の恋人のリリア! どうして知らないフリをするの? ひどい! あんなに『愛してる』って言ってくれたじゃない! 『セリーヌとは婚約破棄する』って言ってくれたじゃない!」

「うるさい! ウソをつくな! お前など見たこともない! おいっ! そいつを地下牢にぶち込んでおけ!」

 レオン様は怒りのあまり青筋を立てながら騎士達に命じた。

「私はヒロインよー‼ どうしてセリーヌが断罪されないの?! レオンー‼ 私と婚約するはずでしょう!?」

 大声で叫ぶピンク頭に、会場の人々もドン引きだ。

 何だ、あれ? 

 さっぱりわからない。私が断罪されるとか、どういう意味?

 まさか、本当にレオン様の愛人で、私に対する嫉妬の余りおかしくなっちゃったとか? 

 さすがにないかー。レオン様は分かり易い人だから、私に気付かれずに浮気するとかまず無理そう。

 一体彼女は何がしたかったのかしら?



 後日、ピンク頭の養父だという男爵が彼女を引き取ったそうだ。

 彼女への処分は「王都追放」に決定した。今後2度と王都に足を踏み入れる事は許されない。

 前世の日本の時代劇でよく出てきた「江戸払い」と同じね。

 当初、怒り心頭のレオン様は、

「あの女を国外追放にして、男爵家は取り潰す!」

 と息巻いていたが、私が必死に止めた。

 お腹に新しい命が宿っている時に、あまり無慈悲な事はしたくない。

 江戸払い、じゃなかった、王都追放で十分でしょ。


 ダニエルによると、あのパーティー直後のピンク頭への尋問も大変だったらしい。

「あの女、尋問中に突然ヒューイ先輩に向かって『貴方、攻略対象のヒューイね! レオンがダメなら貴方でもいいわ! 結婚してあげる!』って言ってヒューイ先輩に抱きつこうとしたんすよ。わけわからんし。びっくりしたー」

「まぁ!? ヒューイに!?」

 ヒューイは私の専属近衛騎士の一人で、細マッチョ系のイケメンだ。

 実は、彼は現・近衛騎士団団長の嫡男である。

「驚いたヒューイ先輩が、思わずあの女を突き飛ばしちゃったんすよ。そしたら『ひどい! ヒューイのバカ! 私の事を愛してないの?』って喚き始めて、もー大騒ぎで収拾つかなくなって」

「それは、また……。大変だったわね」

「『攻略対象』って、どういう意味なんすかね?」

「さあ? パーティー会場でも『ヒロイン』だとか『悪役令嬢』だとか『婚約破棄』だとか、よくわからない事を言ってたわね」


「あの女、一体何だったんすかね?」

「うーん。レオン様に続いてヒューイとくれば、イケメン好き? の不思議ちゃん? にしても強烈すぎたわね」

「『不思議ちゃん』にしてはコワ過ぎるっす。俺、イケメンじゃなくて良かった~」

「あら、ダニエルは男らしくていい顔よ。私は(お母さんは)好きよ」

「そう言ってくれるのは、エレンと妃殿下だけっすよ」

「やだ! のろけるんじゃないわよ、この子は!」

「へへっ」

「エレンは元気にしているの?」

「はい! 俺、毎日怒られてます!」

「ほほほ。それは何よりだわ。久しぶりにエレンに会いたいわ~。エレンが結婚して侍女を辞めてから、もうずっと会ってないのですもの」


「セリーヌ! ダニエル! 何をイチャイチャ話してるんだ!?」

 レオン様がムッとした表情で現れた。

「あら、レオン様。ダニエルに例のピンク頭の尋問の様子を聞いていたのですわ」

「あー、もう、あの女の事は思い出したくない!」

「あの女、殿下と婚約する! って喚いてたっすよねー」

「そうね。『レオンと愛し合ってるの~!』みたいな事、言ってましたわね~。ほほほ」

「やめてくれー! 悪夢だ! あの後、母上に『ホントにあの女と関係はないのか?』ってしつこく問い詰められて、精神的にヤラレたんだぞ!」

「あらまあ、信用のございませんこと」

「セリーヌ。セリーヌは、私の事、信じてくれてるよね?」

「あら、ほほほほほ……」

「セ、セリーヌ?」

「ほほほほほ……」

「セリーヌ‼」


「殿下が忘れてるだけで、1回くらい―――<自主規制>―――があったんじゃないすか?」

「ダニエル! 貴様! 不敬だぞ!」

「まあまあ、レオン様。イケメン王太子殿下はさぞかしおモテになるのでしょう。いちいちお相手を覚えていらっしゃらなくても、仕方ありませんわ」

「そうっすよ、殿下。覚えてなくても仕方ないっすよー」

「違うって言ってるだろぉー‼」



 《セリーヌの前世は50歳のおばちゃんだったので、乙女ゲームなるものをプレイした事もなければ、どのようなものなのかも一切知識が無かったのである》



 こうして、謎に包まれた「ピンク頭・大暴走事件」は、王太子殿下のメンタルを削っただけで、謎のまま収束した。






 妊娠8ヵ月に入り、随分とお腹も大きくなってきた。

 6ヵ月になった時に公に懐妊の発表をして以来、お祝いの嵐が続いている。

 次々と送られて来るお祝いの手紙と、贈られるお祝いの品々……。

 すごいわね。

 やっぱり王太子妃懐妊って、お世継ぎが産まれるかもしれないわけだから、盛り上がっちゃうのね~。


 そんな、ある日。

 王妃様とレオン様と私の3人でお茶を飲んでいた時に、王妃様がポツリと

「セリーヌちゃん、男の子だといいわね」

 とおっしゃった。

 この国の王位は男子のみが継承出来る。

 私は「そうですね」と返事をした。

 すると、レオン様がキッと王妃様を睨んで、強い口調で言い返した。

「母上! セリーヌにそのようなプレッシャーをかけるのはおやめください! 男でも女でも良いのです!」

 レオン様、私の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、そんなに熱くならなくていいよ。

 王妃様は、産まれた子が女の子だった場合の私への風当たりを心配してくださってるのだと思うし。


 レオン様には、少し歳の離れた姉君がお二人いらっしゃる。

 私がレオン様と結婚した頃には、お二人ともとうに嫁がれていた。

 つまり、王妃様は、ご結婚後続けて女の子を二人ご出産されてから、しばらく間があいた後に、レオン様をご出産されているのだ。

 男子のみに王位継承権が与えられるこの国で、なかなか男子を授からなかった王妃様が、当時相当なプレッシャーに晒されたであろう事は想像に難くない。

 周囲は、国王陛下に、側室をお作りになるよう進言したらしい。

 結局、今まで、陛下は1人も側室をお作りになってはいないけれど。(レオン様! そこのところ見習ってね!)

 きっと、王妃様は、ご自分の辛かった経験を踏まえて私の事を心配してくださっているのだ。


「そうね。セリーヌちゃん、ごめんなさい。余計な事を言ったわ」

「いいえ。私の事を心配してくださって、ありがとうございます」

「えっ……?」

 王妃様は、私の顔をじっと見て、

「本当にセリーヌちゃんは大人ね。レオンハルトも少し見習うと良いのに」

 とおっしゃった。

「はっ? どういう意味ですか? 母上! とにかくセリーヌを苛めるのはおやめください!」

「はいはい、おーコワッ!」

「母上!」

「レオン様。いい加減になさいませ。王妃様は意地悪でおっしゃっているのではありませんわ」

「えっ? セリーヌをかばっているのに、何で?」

 優しくて好きだけど、ちょっとウザいです。レオン様……。

「言い争いはお腹の子に良くありませんわ。レオン様、落ち着いてくださいませ」

「そ、そうか。そうだな」


「父上だぞー。男でも女でも良いから、元気に産まれて来るんだぞー」

 私の大きなお腹を撫でながら、中の赤ちゃんに話しかけるレオン様。

 王妃様の目の前でちょっと恥ずかしいんですけど。

 でも……「男でも女でも、良いから」って、きっとレオン様は本心から言ってくれている。

 ウソのない言葉は、心の奥にスッと入り込んで来るものですわね。






 臨月に入り、いよいよ出産が近付いてきた。

 久しぶり……と、言うか、セリーヌの身体では初めての出産だし、この世界の医療水準に正直かなりの不安があるし、いろいろ考えると何だか落ち着かない。

 大丈夫なのかな? この世界、保育器すら無いんだよね。

 前世の日本だったら当然助かるはずの命も、ここでは助からない可能性があるのだ。

 赤ちゃんだけじゃない。母体の命の危険だって、きっと日本の比ではないはずだ。

 怖い……。前世の出産の時には感じたことのない恐怖を感じる。


 そんな恐怖心からだろう。

 寝ていても、夜中に何度も目が覚めてしまう日が、続くようになった。

 私が目を覚ます度に、横で寝ているレオン様も起きてしまう。

「セリーヌ、大丈夫?」

「はい。レオン様、すみません」

「気にしなくていいよ。お産は命懸けの仕事なのだから、ナーバスになるのは当然だ。私が代わってあげられればいいのに」

 そう言って、そっと私を抱きしめるレオン様。


 そんな夜を何度も繰り返して、あまりに申し訳ないので、しばらく寝台を別にしたいとレオン様に申し出たのだけれど……。

「セリーヌが一番不安な時に、一人で寝かせるなんて出来ない。気にしないで、こんな時こそ私に甘えてほしい」

 と、涙目で言われてしまった。

 レオン様も寝不足が続いているはずなのに……。

 本当に寛容で優しい人なのだ。この人は。



 それなのに、恐怖に押しつぶされそうな私は、ある深夜やはり目が覚めてしまった時に、ついポツリと呟いてしまった。

「レオン様、もしも私が死んだら―――」と。


「セリーヌ! そういう事は言っちゃダメだ!」

 私を抱きしめ、腕に力を込めるレオン様……

「ごめんなさい」

「きっと大丈夫だ。セリーヌも腹の子もきっと大丈夫だから。だから、そんな事は言っちゃダメだ!」


 私たちは、そのまま暫くお互い何も言わずに抱き合っていた。


「セリーヌ、眠れなくても横になるだけでもいいから。もうお休み」

「はい」

 二人で横になってからも、レオン様はずっと私を抱きしめていてくれた。

 あー、こんなにもレオン様の温もりは心地いい。

 もう、考えるのはよそう。この温もりの中で眠ろう。





 その夜から2週間が経った。

 新緑が眩しい朝、私は女の子を出産した。

 良かった。無事に産まれたんだ。

 私の身体も、思いの外回復が早い。「案ずるより産むが易し」とはよく言ったものね。


 レオン様と同じ、金髪に青い瞳の娘。

 可愛いわ。

 顔立ちもレオン様にそっくりね。


 出産の日、レオン様は、やっぱりと言うか、産まれたばかりの娘を抱いて号泣した。

 出産当日は、まあ分かる。

 しかし、翌日も翌々日も娘を抱く度に涙を流すレオン様には、さすがに驚いた。

 レオン様と私に付いている近衛騎士達が、何日間レオン様が泣き続けるか賭けをしていた事を私は知っている。(全くもって不敬である。)

 結局、出産から10日間、毎日レオン様は娘を抱いては涙を流した。

「5日間」に賭けていたダニエルは、大損をしたそうだ。

 その話を平気で私にするダニエル。不敬だからね!


 ちなみにレオン様は、11日目からは少し目が潤む程度になってきて、14日目からはイケメンが崩壊して激甘系デロデロのだらしない表情になってきた。

 大丈夫かしら? この人。

 早く、レオン様の情緒が安定しますように!





 ************************





 出産からもう随分と日が経つというのに、未だに娘の名前を考え続けているレオン様。

 前世の日本だったら、役所への提出期限をとっくに過ぎてますわよ!


 このまま、娘が名無しの王女になるのではと、本気で私が心配し始めた頃。

「セリーヌ! 【マリアーヌ】は? 【マリアーヌ】はどうだ?」

 私の名前と「ーヌ」で韻をふんでいますのね。

「あら、可愛らしくて良い名ですわ(だから早く決めろ!)」

「だろう! よし! 【マリアーヌ】にしよう!」

 ほっ。ようやく決まりましたわね。




 名前の決まった、その日。

 初めての外気浴をさせようと、レオン様と私はマリアーヌと共に王宮の大庭園に出た。

 レオン様に抱かれているマリアーヌは、よく眠っている。

 初めて外の陽の光を浴びて、可愛いあくびをするマリアーヌ。

 レオン様も私も思わず頬が緩む。


 側に控えている侍女たちも、皆微笑んでいる。

 いかつい近衛騎士たちも表情は柔らかい。

 ダニエルも笑顔だわ。ふふ、笑い方も前世の息子にそっくりね!


 レオン様は、腕の中の娘に、

「マリアーヌ、マリアーヌ王女。父上だぞ~」

 とそっと呼びかけている。

 レオン様。イケメンが崩れて残念なことになってますわよ!





 ねえ、マリアーヌ。

 貴女のお父上は優しい人よ。

 本当に……優しい人。

 転生した異世界で出会った、私の最愛の人なの。







 見上げると、前世で見ていた東京の空よりもずっと青い空が広がっている。


 風が吹く。


 私はここで生きていく。


 大切な人を必ず守る。










 完










おまけ



ダニエル「妃殿下ー!」


セリーヌ「ダニエル! 王宮の中を走らない! どうしたの? 大きな声を出して。」


ダニエル「聞いてください! エレンが妊娠したんすよ!」


セリーヌ「えーっ!? まあ! おめでとう! ダニエル!」


ダニエル「ありがとうございます。超嬉しいっす!」


セリーヌ「とうとう、孫の顔が見られるのね。嬉しい!」


ダニエル「はっ? 孫?」


セリーヌ「ううん、何でもないのよ。ホントに良かったわ。すごく嬉しい……うぅ……」


感極まって、泣き出す王太子妃セリーヌ。


殿下「おい! ダニエル! 何、セリーヌを泣かせてる!?」


ダニエル「殿下ー! エレンが妊娠したって報告したら、妃殿下が泣いちゃってー」


殿下「はっ? セリーヌ、何で泣く?」


セリーヌ「だって、ダニエルに赤ちゃんが……嬉しい! 私は今、猛烈に感動しておりますわ!」


殿下「……。うーん。まさか、ここまでとは……。どんだけダニエルがかわいいんだ?」


ダニエル「妃殿下ー! 泣かないで下さいよ!」


セリーヌ「そうね。泣いてる場合じゃないわ。ダニエル! 赤ちゃんの物は、全て私がプレゼントしますわ! そうだ! 必要な物リストを作らなくっちゃ! あー男の子かしら? 女の子かしら? 楽しみだわ!(ウッキウキ)」


殿下とダニエル「……」「……」


初孫誕生に(違うけど)向けて、テンションの上がりまくる王太子妃であった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 斬新でとても面白かったです♪ 30歳での転生でも落ち着いてるけど未婚だと恋愛にフワフワしてる感があるけどここまで飛び抜けての異世界転生だとこうなるんだな~。ってニヤニヤしながら3部作ともイ…
[良い点] シリーズ3作品、読ませていただきました。 とても楽しく読めました^^ ありがとうございます。 10代でこんなにも人間が寛容に仕上がっていたら、もっと幸せになれたかも~と、現実に空想が広が…
[一言] はじめまして。 「18歳」から読みはじめましたが、凄く面白かったです。王妃も嫁がこんなに話がわかると楽で良いでしょうね。立場的に早々愚痴も言えないでしょうし。 この後、子育て編と続いてくれる…
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