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7 羊の王


「次に殺してもらいたいのはカルロッドの首領のアイリアよ」


ディテに早朝から呼び出され、今日の仕事を言い渡された。


「……カルロッドはメルヒエドの傘下じゃなかったか?」


博士が訝しむ。――言うことをきかないやつを潰すといっていたのに、なぜ傘下を手にかけるのかわからない。


「さすがに同盟相手まで殺すといいだしたら疑問はあるでしょうね」

「はあ、まあ……」


「その服で思い出したのだけど、奴は離反しようとしている動きがあるの」


つまり私が何者かに贈られた服が存在感の薄いターゲットを呼び覚ましたトリガーというわけだ。


「わかりました」

「アイリアは別名クイーン・アリスと呼ばれていまして、白い兎耳カチューシャをつけた金髪ロリっ娘です!」


オルティナはショタを見つけた並みのテンションだ。


「長生きなのに見た目は小さくて、あれです。いわゆるロリババアとかショタジジイとかの部類なんです」


――離反なら有無をいわさず殺すしかない。まずは友好的に面会としてやってきた。


「久しいねカルロッドの首領アイリア」

「これはこれはメルヒエドの首領クイン・ディテニア。お久しぶり」


目の前にいるアイリアは金髪で可愛らしく、まるで絵本のアリスのようだ。

オルティナの言う通り、白兎のカチューシャをしている。


「そこの黒兎ちゃん。私とお揃いの服はお気にめしたかな?」

「え、ええ。はい」


――この服を寄越したのはアイリアだったのか。


「ところでディテニア、貴方はいい加減もう生身の人間を止めてしまえばいいのではないのかね?」


彼女はディテの傘下なのだが、いきなり態度が変化したというより素で余裕がある雰囲気だ。


「いいえ、まだその時ではないので」


この二人は首領同士である前に、気心の知れた関係に近いように見える。

仲が良すぎず一定の感覚があり、互いに媚びるでもないようだ。

ディテの危惧していた離反の素振りもなく、なぜアイリアを殺せと言い出したのかわからない。


「お食事をお持ちいたしました」

「ご苦労」


――彼女の前に出されたのは首を跳ねたばかりと思われる小動物。

さすがに私たちへはそれを出さないようだが、開いた口が塞がらない。

だって私達が頭にしている耳の長い愛らしいあれの無惨な姿なのだから。


「兎の肉がお好きなんですね」

「……それは兎を食べるなんてイカれてる。と言いたいのかな?

じゃあ君にたずねよう。豚や鳥、牛なら食ってもいいと?」


昔は兎を食べていたらしいが、今では兎を食べる様子はあまり見ない。


「相変わらず話が飛躍的でスピーディーだねぇ」

「いいことを教えてあげよう。私は羊は食べないんだ」

「それは臭みがあるからですか?」


私はもっともらしい理由をのべた。嗅いだことがないのでわからないがラム肉には独特な臭いがあるという。


「いいや、たんに羊が可愛いだけだね。後は毛を剥ぐ動物という固定観念か」


――間違いなく後者なのであろう。


「ああディテニアは馬肉が嫌だと昔いっていたよね」

「馬は乗るものだから、という固定観念があるもので」


「そんなことを気にしていたら牛はミルク、鶏は卵を産むためのだから肉を食べるのはおかしいとなってしまうが……豚はやはり食べるだけか」

「トリュフを探すのに使われていたが最近では犬にやらせているんじゃなかった?」


――そういえば豚に探させると勝手に食らうから止めさせたという話を聞いたことがある。

そもそもトリュフの匂いが雄豚と同じフェロモンのようなものだから雌豚を使っていたというが嗅覚はやはり犬が勝る。

そして犬は従順に従うのでトリュフを食べることは豚より少ないからだろう。


「ディテニア、君は彼女(きせき)をどのように扱うの?」

「大事にはできていないかもしれない」

「お前は昔から好きな玩具ほどよく壊していたからね」


アイリアはまるで小さな頃のディテを知っているのか、昔からの友人というよりもなんだか年寄りくさい。


「それでアタシ達を呼び出した用件をそろそろ聞かせてもらえる?」

「今日一日、その子を貸しておくれ」


アイリアは子供のように無邪気な笑顔だ。


「そんな願いは断るに決まってるだろう?」


一方のディテは目が笑っていない。


「なぜ、希少種を渡したくないのか、それとも……」

「単刀直入に今日はアンタをメルヒエド離反を企んでいると踏んで始末しにきた」


ディテはアイリアの話を遮るように、今日の目的を話す。


「知ってるよ。だから二人はここにきたし、言いかえればそうしなければ来なかっただろうからね」


――この反応を見るに、離反していると見せかけて私達を呼んだ?


「……謀ったな!?」

「だってディテニアはこの可愛い服を嫌がって来なくなったからね。送った服も人にあげちゃうくらいだし」


ディテがわざわざ審議を確認しにやってくるなんて、彼女は余程強い相手なのだろう。

そして私の着ている服は多分、ディテが送られてきたものを私に寄越したのだ。


――――こうして謎は解けたし、離反問題も解決した。

だがわからなかったのはアイリアはディテの何なのかだ。



「お前ロリババアでもいけんのな」

「ふふふ~私はロリなんて興味ないですがショタジジイもいいんですよ~」

「見た目はショタでもジジイなんだろ?」

「種族的に若いまま年をとらないショタなんですからいいんですー」


「しっかしクイーン・アイリアは30年前からもうロリ首領ってことはもう人間じゃないだろ」

「実は悪魔とかですか?」


「そういやこの前エナドリを買いに行ったらジジイかババアかわからない老人がいたんだよなあ……」

「年をとると性別を超越しますよね」



「謀ったとは人聞きの悪い。いい情報があるから教えてあげようと思ったのにね」

「いい情報、それは敵の居場所ということですか?」


話す気はなさそうなディテに代わり、私がアイリアへ問う。


「ああ、すごくいい娘で羨ましい。家にもキミと似たようなものがいるんだけど図体も態度もデカいし……」


なにやらブツブツと愚痴を言いはじめた。


「特別に向こうのヴィップルウムで話してあげる。老い先短い年寄りに冷たい中年はほうっておいて若者同士で話そうね」


年寄りなのか若者なのかブレブレである。



「この部屋、アロマが強いけど大丈夫?」

「私には嗅覚がないので……」


煙りは炊いてあるが、それくらいしかわからなかった。


「てっきりヤセイ的な種族かと思ってた。嗅覚がなくて支障はない?」

「毒素の類いも無効化されますし、飲食もしませんから」


これは弱点ではなく強味なので話すとアイリアが興味深そうに頷く。


「シルヴィ博士はあのフレデリック博士の末裔なだけあって凄腕だ」



一瞬シルヴィとは誰か、と考え亜衣博士のことかと理解した。


「ツンツン」


アイリアの指が頬をつついている。


「なにか?」

「半分妖精と聞いていたから、すり抜けるかと思った。ちゃんと触れるんだ~」


いい加減にいい情報とやらを話してもらいたい。


「いい情報とは?」


あらためてたずねるとアイリアは微笑む。


「あれね、半分嘘で半分本当」


アイリアは私を軽くつき飛ばし、ソファの上で銃を向けた。


「やはりあなたが本当に裏切りものだった?」

「木を隠すなら森っていうでしょ?」


さっきアイリアは中々やって来ないディテを呼ぶ為に裏切りの情報をワザと流した。

といっていたし、当然あれで組織の裏切りなど嘘だと判断して私は騙された。


「クインディテの命を狙っているのね。残念ながら来ないと思う」

「いやいや、狙いはキミの存在。あの子の命なんて興味ない」


アイリアは近くにあった羊の縫いぐるみを掴むと、私の頬に擦り付けている。


「くすぐったいでしょ?やめてほしいでしょ?ここに住むよね?」


――残忍な拷問でもするかと思いきや、子供の嫌がらせレベルでくるとは思わなかった。


「私には感覚がないのでただ視界にチラチラと邪魔なだけです」

「差し詰、キミはただ殺す為の存在というわけ……」


ただの人間が苦しみながら殺しをするより、私のような感情のない作り物がすべきだ。

私は殺す為にいるというのにまだ一度もターゲットを殺せていない。

そればかりか仲間になっていく始末だ。


「……相変わらずつまらない奴だというわけだ」


珍しいからと一過性にすぎないの興味を持たれるより、つまらないと思ってくれたほうが助かる。


「では解放……」

「改造しよう!」


――聞き間違えであってほしい。彼女までマッドサイエンティストだというのか?


ただでさえ自分の身体(そんざい)複雑(あやふや)なのに、さらに改造(いじら)れたら私でなくなる。


「ああ……その諦めた顔、たまらないね」


アイリアの右手は嬉しそうにぐるぐると回り、左手は自分の顔をつかんで前髪をくしゃりと乱した。


「ちなみに改造とはどこを変えるんですか?」


やはり外見的性別、顔や背丈を変えるのだろうか?


「まずは君の短命という脆さを改善する」


さっきまで気持ちが悪いくらいに狂喜していたのに、急に真顔で話はじめた。


「普通は外見から変えるのでは?」


私が永い時を生きられないのは改善策などないだろう。


「外見を変えてる間に死なれたらもったいないから。そして顔は美しくて見た目は憎いほど好ましい。さすがは妖精といったところかな」


――憎らしいとは同性として気に入らないという意味だろう。

女というのは顔が良くなくても同性というだけで気に入らないものだろうから。


「そうだ。いっそのこと物騒な仕事は辞めさせてメイドさんにしよう!」


―――コイツハ、ワタシノソンザイイギヲウバウ。


「排除します」

「え?」


アイリアの首が宙を舞いながらすぐそこへ落下した。


「驚いたあ……まさかこの首狩り(シープズ)から、首を狩りとるなんて!!」


アイリアから取れた頭は胴体と黒い影でつながっていた。

すぐに引き合って元の場所に戻る。

やはり彼女は人ではない。


「貴女はたくさん名前があるのね」


彼女が死なないなら、私はまた任務をこなせなかったことになる。

いつになったら私は役割(ころし)を果たせるのだろう。


「いつまでそこにいるのかな?」


アイリアがドアに向かって問いかけた。


「開いてたのか」


ディテは苛立ちながらドアを蹴りとばした。


「ずっと前からあいているんだけど、そもそもかけなかったのに閉めたと錯覚したんだね」


今度こそ言い逃れはできない状況なのにアイリアは余裕でいる。

首をきられても生きているのだからそれは当然だ。

人より殺傷能力が高い私にできない以上、なにもできない。


「はあ……久々に殺してくれそうなのを連れて来たと思ったんだけど」


よりによってその殺す相手に落胆されている。


「すみません」


私では殺せないとディテに謝った。


「仕方ないなあ、邪魔者は退散しよう」


アイリアは指を弾いて姿を消す。そして視界が一瞬ぶれると私たちが居たはずの屋敷はそこになかった。


「これは一体?」

「どうやら奴の本体ではなかったようだねェ」


ディテは忌々しげに爪を噛む。

奴は自ら居場所を示していたのだから、根城などは突き止めていなかった。


「仕方がない。奴の事は後回しにして、次に当たるか」


ディテは私の手を引いて本部へ帰還した。

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