6 馬鹿と不死は使い用
「ああ……可哀想にこういうマッドサイエンヤローがいるから不幸になるんですよはあ……」
オルティナは深夜のアニメ番組を観ている。
彼女は科学者が子供達を研究材料として残酷に扱うシーンを見て嘆く。
「うっせーな。さすがにそんなグロい真似はしてないだろ。こっちがいじるのは死体だからな」
こういう人が身近にいるとなんだか冷静になれる。
「アンタこの前に襲撃してきた男を覚えてるかい?」
クインディテが頬杖をつきながら、何気無くオルティナにたずねる。
「以前逃がした男ですね~」
オルティナが宝珠杖をくるくるとまわし、ロッドの先をディテへ向けた。
「何そいつの所属が判明したってか?」
博士は興味がなさそうにタブレッティオンの画面を凝視している。
「今さっき諜報から帰った奴によればあの有名な男さ」
有名なと言われても私は世間の事柄に疎くピンと来ない。
「ええ~!?」
「まさかあの伝説の……いや、誰だよ」
大袈裟に驚きつつもオルティナはわかっていないのだろう。
「‘不死のフェニックス’を知ってるかい?」
博士とオルティナは目を見開く動作をする。
二人が驚くそれだけで、結構な存在なのだとわかった。
「……組織を転々とし、年齢も謎。奴を仕留めようと多くの刺客が送り出されるも無数の刃に貫かれながらも死なずに返り討ち」
「それで殺奇が対峙したのがフェニックスかもしれないのよ」
おそらくディテはフェニックスをターゲットにしているのだろう。
「では殺しにいきますか?」
しかし相手が死なない存在と来れば殺し屋達が狙うのは必至とも言えよう。
「本当に不死なのか確かめて来て」
―――絶対に殺す殺し屋がいるとして死なない男が相手ならどちらが勝つのだ。
私は闇の職業の人が現れそうな路地にやってきた。
―――以前この辺りでは少年が男をナイフで刺していたのを思い出した。
その男は怪我一つ負わなかったことから、もしかしたらフェニックスだったのかもしれない。
しばらく往復して、現れなければ移動しよう。
そう思った矢先、黒いコートの男を見かけた。
「待て!!」
私は壁を蹴り、横を走りながら男の前へ出た。
「久しぶり、とでも言っとくか」
やはりこいつがフェニックスで間違いない。
「フェニックス、あなたは不死なの?」
「なんだそんなこと聞きにきたのか。……試してみるか?」
フェニックスは余裕たっぷりに刺してみろと心臓の位置を差し私を挑発した。
「わかった」
私は素手でフェニックスの胸部を殴る。常人であれば即死であろう威力だ。
「やれやれ、不死でも痛みはあるんだぜ……」
とフェニックスは立ち上がると私に殴られた箇所をおさえた。
「人間なら呼吸が止まって死ぬのに死なない。あなたは不死」
「呼吸と言えば、アンタは踏み込む最中に息をしてなかったな」
踏み込む際に息をしなかったのではなく常に呼吸はしていないのだ。
しかし普通の人間なら息をしないことを想像しないのによく気がついたものだ。
「あなたは何者、なぜ不死なの」
「皆は俺を不死だというが、偶々死なないだけで俺は神でも悪魔でもないただの人間だ」
その人間は簡単に死ぬものであり、不死など存在しない。
「だが俺は自分でも生きてるのか死んでるのか正直まったくわからないのさ」
「では強くなりすぎたゴーストかもしれない」
人間は死ぬから人間である。死ぬから生きていたと言えるのに死なせても死なないのは無と同じだろう。
「人でない私に言えたことではない。けれどあなたは人間には見えない」
「だが魔法もなければ天罰も念力もないんだ。あるのは死なないことだけだ」
フェニックスは自分の腕にナイフを落下させたがナイフは弾かれた。
「では不死のあなたはなぜ殺し屋をするの」
「俺は殺し屋なんかじゃないが、気がつけばこうなってたのさ」
年もとらず死なない人間がいれば彼を殺そうとするものは幾多もいる。
「つまり防衛のために刺客を倒している間に有名になったと?」
「ああ、俺は食わなくても死なないからな。金はせいぜい服と宿代で足りる」
おそらく死のうとして何も食べなかったのだろう。でも死ねなかったからここにいる。
フェニックスは噂に違わぬ不死者だとわかったが、この後どうするべきだろう。
命令はされていないが年の為フェニックスを組織へ連れていこう。
「こうもあっさりついて来るとは、何かの罠かい?」
ディテは孔雀扇をヒラヒラとさせながら私の顔に先を擦り付けた。
羽の触れる感覚はないのでとくに問題はない。
「お前スパイだろ。正直に言わねーと死ぬまで研究という名の拷問してやんぞ」
博士はやはりマッドサイエンティストである。
「にわかには信じがたいが、アンタは不死なんだね?」
ディテは博士のことをスルーして話を進めた。
「そりゃお前さんのように違う所にいる奴にゃ、誰の言葉も信じられないだろうな」
――つまりディテが別世界の人間過ぎると言いたいのだろう。
「それは褒められているのか畏怖しているのか?」
または人を信じるような人間では、組織のトップにはなれなかったと言いたいとか。
「いや、その厚化粧を貶しただけだ」
フェニックスが真顔で言うと、ディテの顔がひきつった。
「バッかかオメー!ボスは普段は大人しいがそれだけはマジキレっぞ!」
――博士は慌てふためいている。それほどマズイのだろうか?
「お前、面白いじゃないか」
ディテの声色が普段より低くなり、あたりの雰囲気が暗くなる。
上の電球がパリパリと割れていった。
「あぶない!」
私は電球の破片がディテにかからないようにした。それでも背丈が足りなくて庇いきれてないだろう。
「なあ、アンタはそいつが大事なのか?」
守ったとか庇ったとかではない。
「私に痛覚はない。でもディテは痛いから」
いくら偉くても強くても人間だから怪我をされては困るのだ。
「少なくともただの雇い主じゃないように見えるがな?」
博士やオルティナは実質的な母親で、ならディテは私にっとてなんなのだろう。
遺伝子が入っているとは聞いたことがない。
「メルヒエドのボス噂は聞いてる。妖精と人間のハーフたる少女を使役しているってな」
――なにかがおかしい。以前メルヒエドにやってきたのがフェニックスならば、私の存在に気がついていた。
この男はまるで今確認がとれたかのような反応をする。
「やはり始めからそれを探るのが目的だったか、お前は何者だ?」
「フェニックスだぜ、ただし生まれ変わったばかりの新参だがな」
男が頭をかき上げると、黒髪ではなく赤毛になった。
「生まれ変わる。それはどういうことだ?」
「俺達フェニックスは死なないんじゃない。死んでも火から蘇るってわけだ」
もしかしたら、彼は私のように何度も死んで、前の自分達を引き継いだ存在なのではないだろうか?
「俺の始まりは二人の男の毛髪遺伝子から始まってる。一人は狂人の長耳科学者、もう一人が魔王とよばれた人間」
「なんだかどこかで似たような話を聞いたねえ」
「殺子は私とオルティナの爪から出来た子だしねえ」
もしかして痛覚がないのは切っても痛くない爪だからかと考えてしまったが、それなら髪から生まれたフェニックスだって痛覚はない筈だ。
「罪の子ならぬ爪の子と神の子ならぬ髪の子ですか~」
「うまくねえんだよ!」
ようやくオルティナが現れた。正直私達だけでは話が進まない。
「それで、お前は自分の手札を敵に晒して何がしたいんだ?」
「仲間になりに来た。とでも言っておくか」
――以前やってきた男は彼ではなく前の彼なのだろう。
しかしフェニックスであることに間違いないのならそれでいい。
●
「すっかり忘れてますけど、白雪君の護衛はどうなってるんです?」
「殺子は忙しいから他の奴がやってたけど、なんも連れなかったじゃん?」
そういえば彼は母親に命を狙われているという話だった。
しかしその母親は氷の女王ではなかったし、彼女はもうこの世にいない。
「なら本当の母親は誰なの?」
「そもそも雪と氷の関連から親子説があったなら、母親が刺客を送ってるとは限らないじゃん」
●
「なんというか君達二人とも銀髪だね」
ルゼはレッドブーツと白雪の君に言った。
「なんというか仲間になった奴が連続でキャラかぶってるよね」
グエナもうなずきながら話に混じる。
「いやよく見て、雪の白髪と銀狼の銀髪みたいな差はあるんだよ」
白雪の君、レッドブーツは二人に近づく。
「真っ白ジジイとロマンスグレーみたいな差か」
「すっごく嫌な例え」
「実は生き別れの兄弟パターンは?」
「ないない。弟は茶髪だし、この人年上じゃん」
「おーい人魚くん、君も男子会に参加したまえ」
「……は、はあ」
マリオルはしかたなく男子会とやらに混じることになった。
「聞いたぞ新入り、お前サツキ姉ちゃんに一目惚れして入ったらしいな」
レッドブーツは兄貴ヅラをした。
「……!!」
マリオルは顔を真っ赤にし、以前の醜態を恥じる。
「残念だったな新入りサツキ姉ちゃんはなあ、ボスと爛れてんだ」
レッドブーツはよく意味がわからないが大人っぽいと思う単語を使う。
「いやだなあ……彼女は女性、ボスも女性なのにあるわけないじゃないですか」
マリオルが無邪気な微笑みを浮かべる。
「大丈夫、元祖ショタキャラが新星ガチショタに立場をとられてひがんでるだけだよ」
白雪の君は笑顔で否定した。
「アンタ毒舌だな」
「そうかな、毒林檎のせいかも?」
●
「どうして仲間になるなんて言い出したの?」
――ついこの間まで敵のスパイであったフェニックスが、いきなり仲間になるなんて怪しいことこの上ない。
「俺と同じような奴がいると知ったからだ。疑うなら四六時中監視でもしてるといい」
普通の者はディテに睨まれれば死を感じて怯える。
死を恐れないフェニックスは堂々たる態度で自分を売り込んだ。
「話は亜衣博士にお前の中身を改めさせてからだよ」
「え、マジで!?不死者の解剖しちゃっていいの!?」
―――博士が喜んでいる。
「解剖なら慣れてるぜ、好きにしろよ」
――あいつ、実はマゾなのではないか?
「よう」
フェニックスが涼しい顔でこちらへやってきた。
「博士の解剖はどうだった?」
どうやら一時間もかからなかったらしい。
「あらゆる刃物が俺の皮膚を物理的に貫通した」
解剖に慣れているなんて、ハナっから彼は傷がつかないというわけね。
「でも殴ると痛いんでしょう?」
私が彼の腹を殴ると手応えはあった。
「ああ……武器の類いはすり抜けるが生身なら当たるからな」
フェニックスは私の右手をとって薬指へ口づける。
なぜ今更そんなことをするのか、すぐ後ろにいた者たちの気配でわかった。
「殺奇、おいで」
ディテはまるでいないかのようにフェニックスを無視する。
「どこにいくんですか?」
「お風呂」
ディテは恐ろしいくらい微笑んでいる。
「アイツに汚された手をしっかり洗ってくるんだよ」
「え?」
水道で洗えばいいのに、どうして風呂なんだろう。
というかわざわざディテが連れて来なくても命じられれば綺麗にする。
「アタシは鳥が嫌いなんだよ」
フェニックスのことだろうが、そんなに臭いのだろうか?
――嗅覚がないというのは案外不便だ。
「あれれ~ボスは一緒に入らないのー?」
グエナがディテにワザとらしくたずねる。
「体にエグい傷と刺青があるに違いないよ兄さん」
「なら一緒に入ろうかサツキ?」
ルゼがさりげなくネクタイをほどこうとしたが、グエナに締め上げられた。
「嫌」
「私は女の子だし一緒に入ろう」
グエナはルゼを押し退けるが、二人から止められた。
「お前も男だろうが」
「フツー女の子は自分から私は女の子なんて言わないんだよ」
「はいはい冗談だよ」
三人は悶着しながら去っていった。
それにしても大浴場に一人とは殺風景すぎる。
「殺子が昼間からお風呂に行っているらしいですね。ベタに突撃イベントしますか?」
「一緒に風呂とか流しっことか共同温泉やら銭湯でもねーのにありえないだろ」
「お風呂で女がキャッキャウフフなんてオッサン向け漫画だけの話ですしね」
●
風呂から上がると着替えが用意されていた。恐らくは人魚姉が用意したのだろう。
他がやることは想像できないので消去法で彼女になる。
「……」
それにしても、エプロンドレスに黒い兎の耳カチューシャまである。
まるで兎をおいかけて異次元へ迷いこむお馴染みのアレのようだ。
「お前……そういう趣味があったんだね」
「風呂から上がったらこれがおいてあったので」
後から人魚姉にたずねたが、知らないと言われた。
――一体誰が用意したというのだろう。