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15 恋

「あのとき、お前は誰かと炎に焼かれて死んだと思ったのに」


――しかしそれが誰であったか、なぜだろう?

記憶に異常があるのか思い出せない。


「私は迷える子羊を救済に来たのです」


背から白い翼を生やしてカインは右手を胸に、左手は私へのばした。


「羊ね……」


私を捕まえて別の科学者にさらわれて、今は変な輩に絡まれているわけだが、元凶ともいえるアイリアスは何をしているの?


「天使が出てくる童話、あれ以外にあったかしら……?」


たしか女王が少年を拐って幼馴染の少女が救う話の冒頭の悪魔が作る鏡は天使への嫌がらせだといっていたが。


「貴女はもっと本を読み、知識を得るといい」


カインは鍵のついた本を私へ手渡す。


「というか、あの科学者は……」


時間が停止したかのように、科学者は固まっている。


「さあ、行きましょう」

「……もうどうにでもなれ」


天使が本を抱える私を持ったまま空を飛べば、綺麗に羽が舞い散る。


「私は嘆く少女を救済し、どんな望みでも一つ願いを叶えられる」

「願いを叶えたら他の女のとこへ行くのね」


それなら願いを言わなければ、彼はずっとついてくるのかしら。


「私は一人しかいませんから」

「幻覚でしょう?じゃあお願い、さっさと消えて」


私が選ぶべきはこのままディテの処へ帰還するか、振り出しに戻るだけなのでアイリアスの元へ行くのどちらかだ。


「それは貴女が心から願うものではありませんね」

「判定が面倒だわ」


しかたがないので、このままアイリアスにカインを引き渡してしまおう。

天使なんて珍しいもの、研究材料になる筈だ。


「殺奇!」

「……ディテ」


なんというタイミングで遭遇してしまったのだろう。


「実はアイリアスが……」

「そんな事はどうでもいい」


ディテは冷やかな眼で私と抱えているカインへ銃を向けている。


「おやおや、悪魔(パイモン)と呼ばれる貴方が、そのように怒りを露にするとは珍しい事もある……」


私が教えられなかった他の名をカインは知っていたのね。


「彼女とお前が昔盗んだ魔鏡の欠片を返してもらおうか」

「嫌だね」


なぜかディテと話すカインの口調は、私に対するものと明らかに違う。


「なぜだい。天使が悪魔の鏡を手にする事はあり得ないんだから、セオリー通りに行動しな」


対処に困る相手に、ディテはただただ面倒そうにため息をついている。


「私は天使であり、少女に救われる少年の立場でもある。故にこの歪な世界にセオリーなど最初から無い筈」


奴は銃を向けられながらも、空を見上げて陶酔に浸っている様子。

理想の世界を思い浮かべでもしているのだろう。


「殺奇、怒らないからそいつを倒してこっちに来な」

「お嬢さん、怒られるのがセオリーというものですよ」


戻りたいのだし、命令は絶対なのでカインを引き剥がそうとした。

私が戻る筈ないと自身たっぷりだったのか隙をついて戻れた。



「なるほど、奴の言葉は正しかったのか……」


私が事情を説明すると納得してくれた。


「奴?」

「スリープローズだよ。奴が狙われていると手紙を出したらしい」


たしかに手紙は貰ったし、差出人はスリープローズで間違いないだろう。

というかディテに会うなんて、メルヒエドまでやってきたのだろうか?


「スリープローズは殺したの?」

「さすがに他国の生き残り王子を殺すわけないだろう?」


ディテが暗殺を躊躇するなんて、スリープローズは一体本国でどうなっているの?


「でもスリープローズは自国の城を襲撃したのに権力があるの?」

「奴は強かにも証拠を一つも残さず政敵を大方葬ったって話だからね」


自分が奴の国の民でなくてよかったと苦笑いしている。


「あなたに恐れるものがあるの?」

「ふ……もちろん、これでも人間だからね」


私の愚かな質問を馬鹿にするでもなく純粋に笑っている。


「そういえばアンタが生まれてそろそろ3ヵ月になるが、何か欲や願いは出来たのかい?」

「そんなものはありません。だってもうすぐ私は死んでしまう」


死ぬのがわかっているのに、どうせ叶わない願いを考えるのは無意味だ。


「聞かなくてもわかるよ、お前は生きたいんだろう?」


ディテの眉は、困ったといいたげに下がっている。

私は願いを聞かれ、死ぬから何も考えないことを選んだ。


「……!」


つまり私は目前の死を考えて落胆しているのだ。


「今までの子は悲しみも無いまま消えたのに、お前は涙を流せるようになった」


どうして私自身さえ気がついていなかった事を見抜いたのだろう。


「私は……私の願いは……」


言おうとしていると、嫌な気配がこちらに向かってくる。


「それは後でちゃんと聞く……走るよ!」


ディテに手を引かれて見知らぬ建物へ逃げ込んだ。


「これぞギョフノリというやつだろうか」

「お前は……!」


――ついうっかり、奴と面識がある反応をしてしまった。


「ルドゥツェ、アンタもしつこいな」

「前回は失敗したが、今日こそは彼女をいただこう」


まるで三角関係みたいだが、二人とも目的は私ではないだろう。


「サツキといったか、君はそいつに騙されているんだよ」

「騙される?」


そんな疑問を抱いたことがないから、意味がわからない。


「奴はそんな格好をして名を偽っているが、男なんだ」


ルドゥツェがドヤ顔で言うので、私がディテのほうを見ると目をそらされた。


「ハッ!別に騙してないし、これはファッションだから。だいたいさ、いつ私は女だとか言ったんだよ?」


そして焦って早口に開き直り始めた。


「奴は君に姿を偽って命令していたんだ。どうだ気味が悪いだろう?」


ルドゥツェは私に手を差しのべて、こちらへ来るようにいう。

私が奴のところへ歩き、ディテはそれを止めなかった。


「私は最初から主として見ていたから、ディテが男とか女とかは関係ない」


ルドゥツェの手をはたいてディテのところへ戻った。


「く……それだけじゃない!」


ルドゥツェは悔しそうに私をひき止める。


「そいつは……ドゥツェンは君に他の女の魂をうつそうとしているんだよ!」


ルドゥツェは笑いながら告げた。


「どうでもいい、なにを言われても私は死ぬまであの人傍を離れない」

「お前……」


奴の言葉が本当か嘘かなんて私は興味がない。


「ルドゥツェ、それを言うならお前だって同じことをしようとしているだろう」


ディテ改めドゥツェンが指摘すると、わなわなと震えだす。


「なんでそんなことがわかる!?」


ルドゥツェがドゥツェンの首輪(チョーカー)を掴むと、彼は苦しそうにもがきだした。


「きまってるだろ。双子だから、同じ女を愛したからわかるんだよ!!」


首輪を引きちぎり、ドゥツェンは男の低い声になる。


「僕はサツキの魂を使って彼女を生き返らせたいだけだ。他の(サツキ)の身体に彼女の魂をうつすなんてありえない!!」


二人とも結局は私を利用しようとしている事に大差はない。


「そうか、だがもう俺の彼女への想いはない」


ドゥツェンが悟ったような顔でルドゥツェを憐れんでいる。


「なぜ……」

「彼女が結婚して幸せになった日から薄れたんだよ」


ルドゥツェはその場に膝をつく。


「貴様はいつもそうだ。周りには大勢の友人がいて、僕にはアグライラしかいなかったんだ……」

「一つだけ教えてやる。組織に入り掌握して知ったことだが、彼女が死んだというのはガセだったよ」


ルドゥツェは顔を上げて、信じられないと呟く。


「あのときはアグライラが学園教師と駆け落ちして何者かに殺されたとしか聞いていなかった」


ドゥツェンが話を続ける。


「始めからアグライラは組織の研究物でそれを助けたのが駆け落ちした教師だったらしい」


話を聞き終えたルドゥツェは魂が抜けたように茫然としている。


「もうお仕舞いだ。彼女の為に研究してきたのに、それを奪われて僕にはなにもないんだ」


これ見よがしに絶望している。


「アグライラは生きているんだ。もう終わったなんてことはないさ。奪いに行けばいいだろ?」


それをドゥツェンが励ました。


「貴様は馬鹿なのか、彼女は人妻なのに奪うわけないだろ」


ルドゥツェは真顔でドゥツェンを貶す。


「だって散々、彼女しかいないとか言ったじゃないか」


本当にさっきまでのあれはなんだったんだろう。


「きっと……どうかしていたんだ。そうか、生きていたのか……」


きっとルドゥツェのアグライラへの想いは美化される初恋。


「よし、もうサツキを狙う理由はないな?」


死んだと聞かされ、歪んだ救済というものに酔っていたに違いない。


「ああ……科学者としては惜しいが、もう弟の想い人を好きになるのはやめるさ」


それではドゥツェンは本気でアグライラという女が好きだったのだろうか?


「ディテは生きていると知っているのに、その人に会わないの?」


私は気になってたずねた。


「ああ、もういいんだ」

「お前は本気ではなかったという事だろうな」


ルドゥツェが“自分は確かに本気だった”といいたそうにしている。


「つい先日、街で幼子と手を繋いで歩いてるのを見掛けたからな」


奪う力はあるのにしないのは、アグライラの幸せを壊したくないから?


「そう……」


ドゥツェンは本当に相手の事を想っていたのだろう。


「しかし、なぜそんなことを聞くんだ?」


彼が愛した女が気になるのは目覚めたときから主であるドゥツェンを好きだから。


「それはわからない。ただなんとなく……」


理由はわからないけれど、この感情は芽生えるように予め植え付け(プログラム)されたものなの?


「鈍いなドゥツェン」

「なにがだ?」


彼はルドゥツェに鼻で笑われて不愉快そうに顔をしかめている。


「私は貴女を迎えにきました」

「サツキ!」


カインが翼を広げ私を包み込んでいく。

ドゥツェンは私に手をのばし、私も触れようとする。


「……私がいなくても貴方は大丈夫だって知れたからいい」


ううん、初めから私はいらなかった。

彼等兄弟に必要なのは時間と話し合い。

それで問題は解決して戦いなんて起きなくなっていた筈だから。


――モウカエルトキガキタ。


「さようなら」


指先が霞めて少し彼の肌を傷付けてしまう。

それを舐めると不思議な味を感じた。



「お目覚めかしら?」


紫髪の勝ち気そうな女、どこかで会ったような懐かしい雰囲気がある。


「貴女は冥界の女王?」

「私はイルディナ、妖精の女王であり……かつては人の世にてメルヒエドを率いていた者」


もしかしなくてもオルティナの関係者、そしてクインディテニアのルーツだろう。


「おまえは私の可愛い妹の子、戻らぬあの子に代わり私と永劫を妖精の国で暮らしてちょうだい?」

「……生きていたら生まれ変われない。永劫にあの方に会えないなら、私は死を選ぶ」


拒否するとイルディナは残念そうにため息をついた。


「その血がなければすぐにでも拐ったのに、残念だわ……」


どうやら私を本来行く冥界へ還してくれるらしい。



「大変だオルティナ!」


もう姿を偽る理由はなく、動きやすい服に着替えたドゥツェンは仲間に助けを求める。


「え、誰このイケメン兄ちゃん」

「ああ俺には負けるけどたしかにイケメンだな」


アレッドとルゼが驚愕する。


「ボスじゃない?」

「どうしてまたその格好になったんですドゥツェン」


オルティナが静かに問いかける。


「ケジメをつけたというか……そんなことより、サツキが天使に連れていかれたんだ」


天使と聞いてピューテバンが反応する。


「もしかして氷の女帝といたスカした金髪ロン毛野郎?」

「それだよ、迎えにきたとかなんとか言って消えた」


ドゥツェンは目の前でなにも出来ずにいたことで余計に苛立っている。


「てか、科学者ルドゥツェの野郎がいる!!」

「そいつはともかく闇医者はどうしたんだ?」


闇医者に恨みがある博士はケリをつけたいと辺りを見渡す。


「なんか知らないのかルドゥツェ」

「闇医者……あの胡散臭い奴のことか?」


今日は姿を見せないから知らないという。


「なあ、ここに来るときにおまえは俺とサツキを追いかけなかった?」

「まさか……ずっとここで待ち伏せしていた」


ドゥツェンはまさか、と考える。


「オルティナ、サツキの居場所は特定できるか?」

「ペンダントがないと無理ですね」


オルティナはチラリとルドゥツェを見る。


「元は君のだからな返そう」


ペンダントを受け取り、オルティナが杖の穴に差し込む。

真ん中でパカりと開き、小さな鏡が現れる。


「それは魔鏡か?」

「ええ、本物です」


オルティナが探索をすると、サツキの居場所が判明する。


「妖精界から冥界へ移動していますね」

「なんだって!?」


オルティナは心当たりがあるという。


「私が数十年あちらに還っていないので妖精の女王がサツ子ちゃんを連れていかせたんだと思います」

「なら何故冥界にいるんだ?」


フェニックスが冥界や妖精界の存在を半信半疑で問う。


「今日はあの娘の余命予定の日だったからか?」


ルドゥツェがたずねると、オルティナは困惑。


「妖精の女王ならサツ子ちゃんに永久の命を与えることも可能なはずなんですが……」

「はいはい、それなら彼女がそれを望まない場合は?」


グエナはオルティナに質問する。


「そのまま死にますから、やはり冥界へ魂が送られますね」

「どうしたら……」


手立てが見つからず焦燥する。


「なんとかなんないのか!?オレこのままサツキ姉ちゃんと会えないなんて嫌だ!」


アレッドがオルティナにすがる。


「こちらからあちらに軽く干渉してサツ子ちゃんがこちらに戻りたいと願うしか……」


オルティナが気がつくとドゥツェンの背後には銃を向けた男がいた。


「ようやく見つけましたよ科学者ドゥツェン」

「お前!?」


闇医者が目を血走らせて、翼を生やした男をズルズルと引き摺っている。

それは天使で、大きめの鏡を抱えている。


「さあ、ドゥツェン、カイン……汚らわしい悪魔と魅入られし男。私のイズキをお前達の命をもって返却してください」



「あちらで問題が起きたようね……」

「問題?」


イルディナが鏡を取り出して、人間界の様子をうかがう。


「お前の大切な男が窮地のようね」

「……きっと大丈夫、仲間がいる」


私の道は冥界にしかないのだ。


「それはどうかしら、勝手に生を諦めてしまうのはよくないわよ」

「だって、もう無理」


私の寿命は今日でお仕舞いなのだから。


「貴女はその男を今でも好き?」

「……変わらない」


妖精の女王は黒の城から顔を覗かせる少年に手をふる。


「半分の妖精さんには、半分だけ命をあげる」

「……!」


――私はまだ生きていていいの?


「オルティナによろしくね」

「わかった」


目の前には彼に銃を向けている闇医者がいる。

背後から武器を叩き落として地に伏させた。


「私は貴方に逢うため、いいえ……死なせない為に戻ってきた」

「馬鹿な子だね……もう何処にも行くな、また会えなくなるのは嫌なんだよ」


挿絵(By みてみん)


ドゥツェンが私を抱き締めた。


「ごめんなさい」

「お前の死は何より辛いのだと今日知ってしまった」


それは嬉しくて、不思議な気持ちになる。


「お前達だけ幸せな終わりになんてさせない!」


闇医者が立ち上がると、カインが魔鏡をその手に持ったままの微笑んだ。


「パイモンよ、これがあるからいけないんだ。今度こそ奴を殺しなさい」


カインは鏡を闇医者の腹に当ててホールドする。


「よし、一斉に殺るよ。恨みがあるやつは銃を構えな」


ドゥツェンの声にアレッド、ピューテバン、博士達が銃を構えた。


「あれ、ボスは殺らなくていいの?」

「恨まれても、恨む側ではないからね」


そして闇医者が抵抗するが、カインと魔鏡の圧力には敵わない様子。


「お前達は良いですねぇ……死んだと思った人が実は生きていて!」


闇医者が自棄になりながらドゥツェンとルドゥツェに言った。


「大丈夫、死ねば愛しい人に会えるよ」


カインは天使なのに悪魔のような甘言を囁いた。


「そうか、今逝くから待っていてくれ……」


闇医者は生きるのを諦めてそのまま撃たれた。


「やれやれ、手間取らせないでくれ」


散々死ぬと思わせてカインは生きている。


「取り合えず一件落着?」

「アイリアスとか謎の科学者はどうするの?」


正直な話、面倒くさいから出てこないでほしい。


「ほっときな」



私たちはメルヒエドに帰還した。


「というかアイリアスはディテとどんな関係?」


博士の親戚なのはわかったが、彼とも知り合いの筈だ。


「ドゥツェンでいいよ。奴は幼い子供の頃から城の研究員だったんだ」

「……幼い子供の頃って何年前?」


博士とドゥツェン達は歳が近くオルティナは彼らが幼い頃から見た目が変わらないらしい。


「つまり、大体20年は越えてるのか」

「それでまあ昔からからかわれて、この関係がメルヒエドのボスになるまでズルズルだった」


ドゥツェンは年齢のことをスルーして話を続ける。


「他に質問は?」

「アンタは何もんだ?」


フェニックスが問う。


「経歴がってことか」

「ああ、有名なのに指名手配リストにもない」


たしかに普通ならメルヒエドはポリースに狙われてもおかしくない。


「メルヒエドの前ボスは妖精界の女王で、指名手配される心配がなかったからね」

「つまり前ボスの特殊な立場を引き継いだのか……」


ようやくドゥツェンが町中を歩いても大丈夫だった理由を知れた。


「ほんと、お誂え向きだったよ」

「じゃ、なんで女装してたの?」


グエナがめっちゃくちゃ気になる!と主張する。


「存在を表に知られないようにさ」


なるほど、だからドゥツェンは女装していたんだ。


「で、質問はもうないか?」

「ああ」


皆ききたいことはとくに無いという。


「よし、今日をもってメルヒエドは解散する」

「へ?」

「はい?」


ドゥツェンがとんでもなく重大なことをサラッと言い出した。


「色々な問題が解決したから、この組織は必要なくなった」

「えええっ!?」


そんなことされたら、路頭に迷いそうな面々がいる。


「構成員達は前もって他所に行かせた」

「じゃあ俺達の仕事は?」


ゼルは慌て、グエナが落ち着かせる。


「人魚問題はどうするんだよ!?」

「ジュプス城の研究所にくればいいさ」



「ルドゥツェ様、ドゥツェン様、長きに渡る失踪……もとい任務お疲れさまでございました」


ジュプスの城に皆が招待されてしまった。


「研究所は好きに使うといい」

「なんでルドゥツェが研究所の使用許可出すんだよ」


博士とマリオルが怪訝そうにする。


「ルドゥツェ様は研究所の局長であらせられます」

「マジかよ」


録でもないやつに権力を持たせるとこうなるの図だ。


「ドゥツェン様、もうすぐポリースの本部でパーティーが開かれるそうです」

「じゃ久々に行くか」


ポリース達のパーティーをぶち壊しにいくのだろうか?


「ポリースの前に顔なんて出していいの?」


ハルメンが問いかけると皆がウンウンと頷く。


「ドゥツェン様は警視総監であらせられます」

「ホワーイ?」


組織はボスの件は妖精の女王は関係無く、トップが権力で握りつぶしたんだろと一同は思った。


「というかお二方はこのジュプスの皇子にあらされます」

「えええええっ!!」



二人の帰還を祝って密かに城でパーティーが開かれ、私達は参加した。

バルコニーから景色を眺めていると気配がある。


「……ルーディエ」


彼に会うのはこれで三度目になるだろう。


「また私を突き落としにきた?」


仮面の男は私の様子をうかがう。


「一人でどうしたのかな」


――この声、どこかで聞いたことがある。

私はルーディエの元へジリジリと近づき、顔を両手でつかんで口で仮面を外した。


「やっぱり、ドゥツェン……」

「まったく……なんて真似をするんだか」


私が強引に正体を暴いたらからか、ため息をつかれた。


「火災のとき、タイミング良く現れたり外出のときもそう……貴方は私を助けてくれた」

「外出のときは落とそうとしていただろう」


たしかにあれはなんだったのかわからない。


「……どうしてそんなことを?」

「お前が警部に惹かれているんじゃないかと思ったら殺したくなったんだよ」


ドゥツェンは口の端を釣り上げた。


「貴方以外の人に惹かれるなんて、そんなことあるわけないのに……」


彼から狂気を感じたのは一瞬、だけど私を思ってくれたと知って堪らなくうれしい。



「またパーティーに?」

「ああ、警視総監の未来の妻としてちゃんと……警部と補佐を招待してやるからな」


なんとか警部とラステルのことだろう。


「そういえば留守番しているように言った日にお前はロン毛補とルドゥツェに会ったと聞いたんだが?」


とうとう隠していたことがバレてしまった。


「オルティナに頼まれたジャムを届ける帰りに騙されたから、ごめんなさい」


ドゥツェンはにこやかに、ジャムを誰に届けたのか聞いてくる。


「グレイ」

「ああ、あの没落貴族か」


知っている相手だったらしい。


「まあ良い。さっさとお披露目パーティーを済ませて帰るか」

「なるほど、そういうことですか」


ドゥツェンの隣に私がいることで警部は察した様子。


「こんな年増より、私のほうが良いですよ」


命知らずなラステルが耳打ちしてきた。


「ラステル、彼には裏でも表でも逆らわないほうがいいぞ」

「そうですね」


軽く顔を見せてパーティーを早々に抜けた。



「……気を抜くとお前がどこかに消えてしまいそうで困る」

「消えたりしない」


それにしても今日はポリースの地下から馬車で城へ帰るという滅多にない体験をした。


「……私が妻というのはパーティーの同伴者としての名目でしょう?」

「なぜそう思う?」


ドゥツェンは皇子、私は戸籍のない化け物。

護衛ならともかく未来の皇帝のお后には釣り合いがとれていない。


「私は貴方の伴侶に相応しくない」


ドゥツェンは私を抱きよせて頬を撫でる。


「それは俺が決めることだ」


さっきまで気になっていた馬車の振動も近くに彼がいると気にならない。


「好き……」

「俺も、お前が好きだよ」


嘘のような幸せなことばかりだ。

きっとすぐに悪いことが起きるんだろう。

いつこの幸せが壊れるのか、私は日々が不安で仕方ない。


「死ぬときは一緒がいいから私は出来る限り貴方の傍にいる」

「ずっとじゃないのか」


不満そうにテーブルに頬杖をついている。


「仕事中は邪魔になるでしょう」

「机の下に隠れるとか……まあいい」


仕事と聞いてドゥツェンは苦笑いを浮かべる。



他の皆はそれぞれ仕事を斡旋して貰えるらしい。


アレッドは害獣ハンター、ピューテバンはパン屋、ハルメーンはジェントという友人がおり、その彼と共に本業の音楽家に戻るらしい。


フェニックスは城の軍に入り、ゼルとグエナはキャドルの店を手伝うという。


「大方の問題はなんとかなったな」

「人魚姉弟とスノウはどうするの?」


二人はルドゥツェ曰く科学者の実験で肉体が変化しているので、研究所で治療するらしい。


「てっきり二人を改造したイカれ研究者はルドゥツェだと思っていた」

「ただでさえラスボスになれなかったのに、そんな展開になったら救いようがない」


馬鹿にされてルドゥツェはプルプルと震えている。


「はあ……やっぱり陸にいる王子様にとられちゃったなあ……」

「……!?」


たしかにマリオルが以前に言っていたことが偶然にも当たった。


「まあ大きくなったら奪いにいくからいいや!」

「そんなことにはならないからな」



「スノウは行方がわからないんだ」

「え?」


もしかしてドサクサで誰かに連れ去られてしまった?


「今は捜索願いを出しているが、おそらくはアイリアス……いや、ヴェリスだろうな」


やはりこのまま全てが片付いて終わりとはいかなかった様だ。


「お前を一人で行動させるのは心配だ。今度は共に戦おう」

「ドゥツェン……」


私は彼の手を取り、新たな戦いへ挑むのだった。

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