14 永久なる命
ある科学者は男の人造人間を作り、対となる女の人造人間もほしいと科学者は思う。
しかし同じ人間の造ったものでは兄妹になり、不遜にも神と同じになってしまうと考えた。
彼はライバルであり密かに思慕する科学者の女へ、人造人間をつくってほしいと頼む。
そして彼が朽ちて数年後、その研究を引き継ぐ双子の兄弟がいた。
兄ルドゥツェ、優秀ながら付き合いが嫌いで授業時間外は研究室に閉じ籠る秀才。
弟ドゥツェン、彼は人辺りが良く友人等に慕われ、ほとんど授業に参加しないながらも成績を維持する天才。
しかし彼等の目的は同じだった。
“クローンよりも確実な人間の生命再生”
■
「殺子ちゃんが行方不明になりました」
集められたスノウ、アレッド達数名は口火を切ったオルティナの言葉に驚きを隠せない。
「なんでサツキ姉ちゃんはいなくなったんだよ!?」
アレッドがオルティナに問いかけた。
「科学者ルドゥツェに拐われたんじゃ……」
「そうとしか考えられないな」
ハルメンの言葉に一同は核心を突かれたように頷く。
「でも科学者ルドゥツェがやったなら、我々が留守にしている間にいくらでもチャンスはあったんじゃないでしょうか?」
「たしかにそれは気になるな」
スノウは疑問を投げ掛け、フェニックスが賛同する。
「じゃあ他に誰がいるって?」
ルゼは面倒そうにスノウを問いただす。
「ねー博士は何か知らない?」
グエナは珍しく口をつぐんでいる彼女を怪しむ。
「心当たりはある……だよなボス」
「身内を売ることになるが、話していいのかい……?」
ディテは博士に確認する。
「ああ、ボスもよく知ってる」
「ん……?よくではないが知ってるね」
二人の間に思い浮かべる人物の誤りがあるのではないかと勘のいい数名はは考える。
「ではその名を二人同時にどうぞ」
「「科学者ヴィリス/科学者アイリアス」」
やはり違う名を言った二人は気まずそうに誤魔化そうとした。
「科学者アイリアスといえば生きている中で最高位の蘇生技術を持つマッドサイエンティストだな」
フェニックスの話に皆が関心を持つ。
「科学者とかまったく知らないからわからないけどすげーってのはわかった」
アレッドが親指を立てる。
「だがヴィリスという科学者のほうは知らないな」
「ヴィリスはアンドロイドを開発しようとし、失敗した才能のない科学者だよ」
博士が忌々しげに罵った姿で皆は追求を控える。
「まさかそんなに怪しい候補がいたなんて……」
「人類の境地たる彼女を科学者が狙うのは必然、むしろ少ないほうだね」
ディテは誇らしげに鼻をならした。、
「しかたねぇよ……だって両方身内だしさ……」
「は?」
オルティナとディテを除き、一同が博士に注目する。
「ヴィリスは糞親父、アイリアスは伯父」
「ちょ、それマジかよ?」
アレッドやゼルはオーバーに驚く。
「へーどうりで死体蘇生なんて高度な技術を持っているわけだ」
「だれだテメー!?」
突然現れた薄緑髪の美女がスノウを見て頷く。
「はじめまして皆さん、僕はスリープローズ」
「あ、グエナの仲間だ」
「いや仲間じゃないし」
声は紛れもなく男で、ゼルはグエナをからかった。
「なんの用だい?」
「以前そちらの組織のお嬢さんから首領に呼ばれていると追いまわされてね」
“一度はうやむやにしたが”と呟いて、スリープローズはディテの方を向く。
「彼女の居場所、僕ならわかると言ったらどうする?」
「アンタに協力を願うとして、その条件は?」
提案を受け入れるかは要求次第だと睨みつける。
■
私が暫く歩いて、ようやくたどり着いたのは近視眼のある廃城。
「どこか、なんて聞かなくてもわかる」
あたりには無数の骨がちらばり、凄惨な過去を物語っていた。
「久しぶり、会いたかったよ」
破壊された玉座の横に鎮座するのは白衣を着た見目麗しい金髪碧眼の青年。
彼とはどこかで会ったことがあるような気もする。
「貴方は誰?」
「数日前に会ったというのに、もう忘れたのかい?」
青年は悲しげに眉を下げると、暫く考えて“ああ”といった顔をした。
「この姿ではわからないのも至極当然というわけだね」
「……?」
わけがわからない男、不思議さのあまり警戒心も薄れてしまう。
「こう言えばわかるかな、私は科学者アイリアスだ」
「……アイリアの父親?」
そういえば彼はあの少女によく似ている。
「私は生憎、独身貴族でね。子は愚か彼女がいたことがないのさ」
「……まさか、貴方はアイリア?」
もう何があっても驚きはしない。そう覚悟して言葉を投げ掛ける。
「ああ……そうだよ……!」
アイリアスはまるでプレゼントを貰った子供のように、嬉しそうな反応をした。
「私を改造したいの?」
「ああ……以前は改造したかったが、後々考えてみたら気がついた。私は他人が造ったものを下敷きにするのは好きじゃないってことに――」
つまり私を延命改造するのは止めるという事らしい。
「なら、なんのために呼んだの?」
「……最高傑作の君を私の造る人造人間の伴侶として迎えれば悲願は達成されるんだ」
アイリアスが私の頬へ躊躇なく口づける。意味がわからない行動になんの感想もわかない。
「ああ……やはり反応が無くてつまらないな。きっと君が彼等の限界なんだ。私が生ける最高峰なのだから仕方ないね……」
誇らしげに、どこか残念そうに悲観するアイリアス。
「貴方がそれを造るまで私が死ぬとは考えない?」
「それでは、なぜ君は死ぬ?」
頭のいい彼が愚問を投げ掛けている。半分は人間で私は死から逃れられないからに決まっている。
「君のバランスを保つのは難解だが、均衡であれば死を遠ざけられるだろう?」
考えれば誰もが辿り着くはずなのに、開発者側のディテ達すら言わなかった。
「逆に私が命を長らえるのは簡単だよ」
「どうするの?」
アイリアスはどうやって姿を変化させたのか、それも気になる。
「まず自分のクローンを作り、老いてきたら若く健康な生命源とトレードするだけさ」
「ならなぜ誰もそれをやらないの?」
アイリアスは目を見開いて驚く。
「そんな質問をするのは君くらい。こんなに嬉しいのは初めてだ……」
まるで告白された中学生のように頬を赤らめている。
「なぜなの?」
「それはね……社会という檻が、それを公でやることを認めてくれないからだよ」
アイリアスはため息をついて金色の何かを踏みつけながら玉座に座り直す。
「あの小さい体はクローン?」
「そうだよ、クローンの意識は全てリンクしている。私は大地に撒いた水が大気に蒸発するように不滅を手にしたのさ」
それは殺されても何度でも蘇るから無意味という意味だろう。
「そんな話はともかく、ここで私や人造人間と暮らしてくれるかな?」
「……嫌」
「断ったら大事な主がどうなるか、君ならわかるね?」
アイリアスはにこやかに脅しをかけてくる。
■■
『コストを下げれば品質も下がります。完璧であるためには無理をしてでも一流の材料を使うべきでは?』
『そうは言ってもね、無いものは無いんだから安っぽくなるのはしかたないよ』
『なぜ利益ばかりを重視するんですか!?』
『結局は夢の技術は不確定だし安定した目の前の金がほしいんだよ』
『なら研究所の意味が……』
『君は生まれるのが早すぎたんだろう。天才の理想を叶える所なんてこの時代にないんだ』
■■
「――私を認める世界になるまで私は死なない……死ぬわけにはいかないのだよ」
アイリアスはうつむいて消え入りそうな声で呟く。ふと彼の足元に目をやるとたくさんの手紙が散らばっていた。
「もう読まないの?」
「意地汚い凡人が物乞いの文字羅列をした無価値の紙切れだからね」
忌々しげにアイリアスは踏みつける。
彼が玉座から立ち上がり、違う部屋へ去ると見覚えのある男とすれ違った。
「ヴァイツィ?」
「よお」
私は彼にアイリアスの詳細を聞く。
彼が死体蘇生を得意としているマッド界伝説の科学者である事を知った。
「……それなら灰ナメルの蘇生をしたのもアイリアスでしょう?」
どうせあれはアイリアスの仲間なんだろうと思いたずねる。
「蘇生?あの科学者の得意分野ってことくらいしかオレは知らないぜ……」
灰ナメルに恨みがあるようで、名を出した途端にイラつき始めた。
彼はレッドブーツ達と因縁がある。
そしてアイリアスに雇われているとは昨日手紙を渡されるまで知らなかった。
「ならドゥツェンが……?」
「で、お前の御主人様と愉快な仲間はいつ来るんだ?」
なにを白々しい話をしているのか、来ないほうが私も奴等もありがたいだろう。
「私の居場所を消す細工がされているのに?」
ここにはおそらくヴァイツィとアイリアス二人しかいない。
「いくらアイリアスが腕のある科学者だろうと向こうは一騎当千の強者がゴロゴロしてんだぜ?」
第一彼等は負けるかも、ではなく負けるのは規定路線ともいえる。
以前組織に来た際、ディテの温情で逃げ延びたのだ。
「嬉しそうね」
しかし戦える事が嬉しいのか、うずうずと落ち着かない様子。
「たりめーだろ、力をセーブしなくていいんだからな……」
強いと思わせてやっぱり弱いという残念な結果が見えている。
「戦いが終わったら結婚……とか、やったか!?みたいなフリなの?」
「は?」
コツリ、という靴音がして私達は城の入り口を凝視する。
仲間たち、アイリアスでもない誰かの気配がある。
「部外者のお出ましらしいな……」
敵同士とは思えないほど抜けていた雰囲気が一変する。
「アイリアス=ジジイの陰湿さとは違うタイプの禍々しい闇のオーラだぜ!」
ヴァイツィは悪気があるのか無いのか、雇い主を貶す。
「……一体誰が?」
身構えるもつかの間、私は黒い穴へと落下していた。
「やあ、ごきげんいかがかな。お伽噺のように地下へ迷いこんだ少女よ」
白衣を着た金髪で眼鏡の気むずかしそうな中年男は問いかけた。
「ここは?」
「……すぐにわかる」
どこかで会ったような雰囲気をしているが、でかかっているのに―――
「ああ……お前はアイリアスと似ているのね」
「ほう、奴はまだ生きているんだね。それでは君を創ったのも葬られた科学者アイリアスかい?」
奴は目を見開いて驚いている。科学者だから伝説の人物に憧れているとか?
「私の主の趣向にケチつけて改造しようとしていたから違うと思うわ」
「では、奴にどんな印象を持った?」
両手の指を自分に向けてわきわきとさせている。
「ウサミミ少女かと思えば大きな男になったり、無駄に才能がある変な奴」
「奴に才能……?変人が少し出来たからというギャップではないか?」
そして忌々しげに拳を強く握り、わなわなとふるえている。
「何かアイリアスにうらみが?」
「――奴が研究所をクビになったせいで弟である私も巻き添えをくったのだ!!」
男は部屋の硝子ケースをバンバンと叩いた。
そこには銀色のトロフィーが飾られていた。
「奴は科学者ならば誰もが欲しがる金賞に輝いた事もあったが、理想、いや幻想を求め人生をドブに捨てたのが気にくわない」
憎み妬みながらアイリアスの才能を認めて羨んでいる?
自分には届かない地位を無下に扱う姿が許せないといいたげだ。
「アイリアスの幻想って?」
「奴が語るのは無償の愛、見返りのない奉仕、あるいは盲目的な崇拝だった。確定された駆け引きの無いあけすけで子供のままごとのような関係はまるで機械のプログラムのようで気味が悪い」
機械を作ったりする科学者がそれを言ったらおしまいだ。
「そもそも科学者の頂点でさえ到達できないそれらは永劫に探求する研究材料になるか?非現実な夢や研究はいつしか淘汰され消えるものだろう」
アイリアスが消えても文句を言うだけの醜さしか感じない。
「見知らぬ科学者、お前は何が正しいと言うの」
仮に才能が無から干されたとは考えないのか?
「偽りだらけの世界で唯一正しいと言えるのは金だ。老いも若きも男も女も等しく、人間ならば誰であれ卑しく金を欲しがる。人間が生きるには金がいるからな」
自然でサバイバルしてる人や部族、先住民は?なんて揚げ足をとるような事はいわない。
「その筈だったのに君という存在が常識を覆した」
すわった目をして科学者はメスを取り出す。
「何、私は刺されても痛くない」
「君はアンドロイドなのではないか?そうでなくては世界の常識的に困る」
魔法がある世界で今さら常識を語るな。
「やれやれ、やはりこうなったか」
白いファーつきのコートを着た美男は科学者からメスを奪いとり、触れただけで硝子のように砕いた。
「たった数日ぶりに再開というのも不思議ですね元刺客さん」
彼はいつぞやの側近カインその人だった。