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13 分かたれし愛


早朝、悪の組織らしからぬ規則正しい一日が始まる。


「いつまでも凹んでんじゃねーよ!」


博士は相変わらず暗いオルティナにウンザリしたと言わんばかりに彼女の肩をつかんでグラグラ揺らす。


「貴女も因縁のある相手と会ったのでしょう?そのわりに元気ですねー」


ガクガク揺らされて、怒る気迫すらなく卑屈になるオルティナ。


「バッカ、宿敵に近づいてるから余計に燃えてんだ。お前の闇科学者(てき)に対する因縁はどういうのか知らないけどな!」


博士とオルティナの敵への因縁は種類が違うものなのだろう。


「で、スリープローズの件はどうすんだ」

「一応、裏切り者はいないってことになってるよ」



そういえば、火災の時に現れた黄緑髪の男はスリープローズではなかったか?

奴より仮面男が印象的で今まで忘れていた。


「はあ……」


ディテが呆れながら紅茶のいれたばかりのカップに口づける。


「危ない!!」


突然視界の端が光り、窓の向こうから誰かが狙っているのが見えた。

ディテをかばって抱き締めると左のヒールが折れる。

すでに弓矢が放たれてカップが割れていた。


「誰だ!?」


窓ガラスごと狙撃されたようで、破片が散乱している。

カップが割られる音に気をとられて意識していなかった。


「今時弓矢に手紙をくくりつける奴なんて狩人くらいしか浮かばないね」


ディテは手紙を拾い上げて辺りを冷静に分析する。


「オルティナは組織の全員のアリバイを、博士はこの矢の指紋を特定」


命を狙われたばかりだというのに、まるで他人事のようだ。


「弓矢といえば狩人ですね」

「了解、アカズキンなのかシラユキの狩人なのか気になるなあ」


私が思い浮かぶ弓矢と言えば神話のキューピットだが、童話には関係ないのでスルーしよう。


「外に出るよ、ついておいで」

「わかった」


ディテはおとりとなって、自ら敵をおびき寄せるつもりらしい。


「げっ」


今はラステルしかいないが、彼がいると警部(やつ)はいる筈だから嫌だ。


「最近、あいつらがウチの組織を嗅ぎまわってる」


ラステルは嗅ぎまわる必要なく知っているが、警部はディテを捕まえる気?


「それなら、ほとぼりがさめるまで外出は控えたほうがいいのでは……?」

「まあ厄介な芽は早めに摘みたいからねぇ」


なにか引っ掛かりを感じながら街を歩く。


「カタギの街を歩いて大丈夫なのですか?」

「公じゃ多分顔バレしてないさ。大体、絡んできたら自分もしょっぴかれるってのにね」


たしかにバレていたら周りがチラチラ見るはず。

反応するのは街に溶け込む裏側の人間くらいだ。


「犯人らしき人物はいましたか?」

「いいや、まったく――」


ディテが首を振って検討がつかないと大きな声で言った。


「注目を浴びた。今から一人で行動するからアンタも気を付けな」

「はい」


護衛無しに大丈夫なのか、後ろ髪を引かれながらもディテのそばをはなれる。


「サツキ」

「……つけてきたのねラステル。警部はどうしたの?」

「それなんだが近頃の警部は単独行動が多い」


ラステルのタイムリーで信憑性がある情報に言葉が出ない。


「つまり」

「おそらく、クイン・ディテを単独で逮捕しようとしている」


驚きはしないし、むしろなぜ今まで本気を出さなかったかが疑問だ。


「なぜ今?」

「噂によればファルメダー警部は父親を闇の組織の人間に殺されて警察になったらしいんだ」


だからあんな正義感バリバリな雰囲気なのだ。と納得はいく話。


「もしかして警部の父親の年になったからとか?」

「そこまでは、警部に興味がないからなあ……」


しかしまだ謎があるのでラステルに問いかけた。


「むしろ、なぜ誰もディテを捕まえようとしないの?」

「上層部から闇の組織、特にクイン・ディテには完全不可侵な圧力をかけられているから」


ラステルがにっこりと冷たく笑う。彼は腐った正義の組織だといった。


「じゃ、警部にはくれぐれも気を付けて」


ラステルはすれ違い様に呟いて去る。


「そろそろ追わないと」


ディテが襲撃者と遭遇して、負傷していないか心配だ。



「まったく、三下もいいとこだ」


疲弊する男を不敵に嘲笑いながら、ヒールで折れた矢を踏みつけた。


「で、お前が今朝ウチに矢を放った不届きものか?」

「すすみみまません!ほんのできごころだったんです!!」


男は泣きながら謝罪したが、昏倒させ地に投げられた。


「まったく、オチオチ着替えもできやしない」



「やあ、久しいな探偵のサチ子、いやサヤコだったか?」

「貴方はいつぞやの警部」


あまりに会いたくなくて、ついつい態度に出てしまった。

というかサチ子のほうはマリオルにしか名乗ってないような気がする。


「探偵の仕事の邪魔をしたのをまだ根にもってるのか?」

「ええ」


本人がなにかしら自覚あるので、そういう事にしておく。


「単刀直入に、君は何者なんだ?」


まさか私がディテに近いことを奴は感づいているの?


「何者って、ミステリアスな女探偵」

もしかすると、私がディテと共に歩いているところも見られていたに違いない。


「それならいいか……」


警部はあっさりと立ち去るらしい。


「さよなら」


いつも通りのウザさに拍子抜けする。


「――というわけにはいかない」


警部が前を見たまま、私の足元ギリギリに発砲した。


「探偵小説にありがちなヘタレ警部かと思ったら、意外とやるのね」


私はディテを探す必要があり、奴と戦う暇はない。


「君は組織メルヒエドに出入りしていたな?」

「……」


私は否定も肯定もせずに、奴から逃げようと路地へ走る。


「何も答えない……つまり本当に関わりがあるらしいな」


警部が私を追いかけ、白い手袋を外してコートを投げ捨てた。


「速い!!」


部下に任せ車で移動して怠けているような印象があったのに、奴は熟練の暗殺者にもまさる足の速さで私を壁に追い詰めている。


「探偵、逃げ場はもうない。どうするんだ?」


警部は私の額へ銃口をあてると耳元で“何者かに狙われている”と囁く。

至近距離で顔を拝む日が来るとは予想もしなかった。

こんな優男に警部が勤まるなんて思えない。


「“私はもうダメ、降参するわ”」


しかし本当に誰かが私たちの後をつけているなら困る。

半信半疑であり不本意だが気がついていないフリをしてこの場をやり過ごそう。


「ほう降参するか、随分とあっけなく認めるんだな」


警部は軽く私の腕を拘束した。


「……くっ!」


いきなり煙が上がり、拘束ごと手をひいた誰かは走り出す。


「お前は……」


私をあの場から連れ出したのは火災の時に会った仮面の男で、私は彼に引っ張られながら時計塔の階段を上がっている。


「綺麗な街並みだろう?」


拘束のロープ部分を掴んだまま、仮面男……もはや怪人が不安定な場所に立っている。

いくらなんでも高所から落下したら粉々になるだろう。

私の命はこの怪人の腕にかかっていた。


「私を殺すつもりなの?」

「さあ、答えによるかな」


私が望まぬ事を言えば本気で落とす気だ。


「私は何を答えたらいいの?」


怪人は口の端を軽く動かして塔の中へ戻る。

ヒールが折れてバランスを崩した私は倒れ込む。

今朝は左を新調したが、古いままの右はダメージに耐えられなかったらしい。


「細いヒールは折れやすい。こまめにメンテナンスをしないと危険だ」


彼に抱き止められ体を打ち付けることはなかった。

さっきは脅したくせに心配するなんて、まともでないそれが恐ろしくもある。


「貴方もボスを狙う刺客なの?」

「いいや」


焦りなく冷静に否定している。


「別に狙っているとしか思わないのだから嘘つかなくてもいいのに」

「ボスを狙うなら……今こうして、無駄と思われる時間をなんの意味もなく過ごすわけがないだろう?」


もっともらしい回答、不覚にも呆気にとられる。


「そんなにボスとやらは大事?」

「私はなんのために生まれたか、どうして生きているのかわからないから」


生まれたばかりの時にはわからなかったが、今ならなんとなくわかる。


「つまりボスがこれからどう生きるかを教えてくれる人だと?」


その答えは恐らくあの方の為の死なのだと思っている。


「いいえ、せめて死に水をとってくれたらいいと思う」


以前の私であればこんな拘束は千切れたのにびくともしない。

腕を拘束されてもよろめくなんてありえなかった。

もう私は限界が近いんだろうと、言われなくてもわかった。


「なぜ、そんな悲観する。まるで死ぬ事を前提としているような口振りで……」

「前提も何も、はじめからそうだった」


“悲しいことをいう子だね”怪人がぽつりと呟いた。


「敬愛するボスは男なの?それとも女?」

「女だけれど大事なのは主かそうでないか、容姿も年齢も関係ない」


彼は私を引き寄せて拘束を解いた。


「どうして?」

「少し妬けるけど、主を守りにいくといい」



「よう……」


私がしばらくディテを探しまわっていると、ボロボロになった黒狼男が蚊の鳴くような声で語りかけてきた。


「なに?もしかしてディテにボコボコにされた?」

「ご名答……コレ、雇い主に渡された手紙だ。ただし、お前一人で読め」


黒狼男ヴァイツィはディテに瀕死の傷を負わされても尚、私に手紙を渡すのを待っていたらしい。


「待って、ディテは?」


狸寝入りを止めて、雇い主のもとへ帰還するようだ。


「知らねーよ会わなかったのか?」


手紙の差出人はアイリア、今ディテに会ったらまずいので屋根に登って読む。


「……」


“黒幕が誰か教えてあげよう”


――黒幕もなにも、ルドゥツェが敵でアイリアも敵である。

ルドゥツェが最大の敵と見せかけアイリアが漁夫の利で黒幕として登場する未来しか見えない。


“クインディテを連れて来てもいいんだよ?”

“君が一人で来てもどうせ奴はついてくるからね”


「なにを馬鹿な……」


私はディテを罠としか思えない所に連れていきたくない。

一人で行くに決まっているが、アイリアの所にいるとバレたら厄介だ。

行き先の書いてある手紙は海に沈めて証拠隠滅。

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