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11 猪突は塔に頭をぶつける

満月が綺麗に輝く晩、薄茶髪の少女は夜道を歩いていた。


「美しいお嬢さん、私は貴女の首飾りになりたい」


青年はフードをとりさると、長い黒髪を少女へまきつける。


「ああ、違う……」



「希代の変質者ラスプーチェル……ああ怖いですね~」



――数年前に城で王族を皆殺しにされる事件がおきた。

そして街に住む三人の女性も殺害されていたという。


その犯人は2から3人いたとされていて、一人は灰ナメル姫、もう一人は眠り薬のスリープローズ、そして今回の事件のラスプーチェルという男も一員らしい。


「牡丹鍋うまーい」

「よくそんな話の後に食えるな」

「悪の組織ですし」

「ああそうかよ」

「で、殺子ちゃんはラスプーチェルを捕まえてください」


オルティナは肉を食らいながら器用に喋って指示をだす。


「灰ナメルはもういいの?」

「あー実は彼女、もう死んでたみたいなんですよね。仲間割れでラスプーチェルに殺されたとかで」


そんないい加減な―――昨日のあれは無駄足ではなかった?


「取り合えず、科学者のヤローとの戦いは殺子ちゃんにはお留守番してもらいます」

「え、なんで」

「奴等の狙いに殺子ちゃんが入っているかもしれないからです」


たしかに、科学者であれば私のような奇妙な存在を見逃さないはずだ。


「わかった」

「そうだ、ついでにグレイくんに会ってこのジャムを届けてあげてください」


――なぜオルティナがグレイを、しかもジャムが好きということも知っている?


「……わかった」


気にしても時間がもったいないからいいか。


「グレイという男を知りませんか?」


貴族街にて聞き込みを始める。下層街と違って絡んでくるチンピラはいない。


「さあね」

「知らないわ」

「おそらくは愛称なんだろうが、グレースとかグレーマンとか結構多い名前だからね……」


しかし知名度が低いみたいで見つからない。よく考えたら没落貴族のことを彼等が知るわけないか。


「どうしたのかな?」

「ラステル……グレイの家に行きたい」


今日はマヌケ警部を連れていないようでほっとした。


「ああ、道に迷ったのか」


ラステルが案内すると行ったのでついていく。


「随分暗くて狭い道をいくのね」


人目を気にしているのか、路地の裏を通るみたいだ。


「兄ちゃん、いい女連れてんじゃねえか」

「ちょっとでいいから俺らと遊んでくんねーかなあ」


いかにもなチンピラたちがやってきた。


「彼女はこれから私と遊ぶので嫌です」

「ソーヨソーヨ」


彼にしがみついて後ろでか弱いフリをする。


「ツラかせや!!」

「まったく……」


彼はチンピラを鮮やかに床へ叩きつけた。


「では行きましょうか」

「……」


ラステルに手を引かれる。恋人のフリなんだろうか?


「最近観た映画の話ですが、死後に過去を書き換える装置で人生がパラレルワールドでやり直されたらどうですか?」

「99の不幸があっても1の幸福があれば嬉しい」


しかし私には1度の不幸しか道がないのだ。


「では100の不幸と1の不幸、どちらがいいでしょう?」

「どちらも一緒、まあ後者がマシ」


そして結局は不幸しかなくて、意味がない人生だ。


「つきましたね」

「じゃあ彼が換気に開けていた窓から入れる……」


ようやく任務は完了した。


「道案内のお礼、何か頼みはある?」

「では一緒に着いてきてもらいたい場所があります」


またもやラステルに手を引かれ、怪しげな地下を歩いていく。


「貴方もしかして私を怪しい店に売り飛ばすの?」

「まさか、私は警察ですよ?」


ならばなぜこんな所へ行くのだろう。


「なぜこんな汚い場所に行くの」

「じゃあ次は綺麗な場所でデートしますか?」


ラステルの返事がまったく答えになっていない。


「なんだ……もう捕まえたのか、随分あっけないじゃないか」


――黒のローブを纏いディテに似た顔をした男はつまらなそうに鼻で笑った。


「……貴方はだれ」

「我が名はすぐに知る事になるだろう。今はクイン・ディテの敵とだけ言っておく」


私が逃げようとした時には既に、ラステルの長い髪が身体に絡み付いて身動きがとれなくなっていた。


「警戒心が強く、主しか信頼しない君が油断してくれていたのは嬉しかったよ」


ラステル……いや、ラスプーテルは髪を私の首へ絡ませ恍惚している。


「まさか噂の人物が身近にいたなんて」


いつもの事ながら、怪しすぎて逆に警戒していなかった。


「残念ながら私は呼吸をしていない。首を締めても声がでなくなるだけ」

「死なないなら永遠に絡ませられますね――!」


すさまじい演技力と言うべきか、ラスプーテルはついさっきと別人かの如く豹変する。


「つまらん……アイツは相変わらず人形を慰むのが好きな変態らしいなラスプーテル」


男は彼ではなくこの場にいないディテの事を貶しているのか。


「奴の組織が生む最高傑作など私の前では人形同然だな」


男が私へ近づいて、右手で左側の髪を引っ張った。


「お前、余命が近いな。我なら命を永らえさせてやれるが……」


やつはディテの機関では無理だろうと嘲笑った。


「嘘、あなたに得はない」

「いいや、お前を延命し我に服従させれば……奴は必ず絶望するだろう」


オルティナはやつのような男が私を狙っているだろうといっていた。

男はいくら技術者であっても、私のような存在を作れないからディテから奪おうとしていたのではないか。


「準備の前に一つだけ教えてやろう。ディテと私はかつて人造人間の共同研究をしていた」


奴はラスプーチェルに地下の厳重な部屋へ潜めと指示を出した。


「人間は睡眠というメンテナンスをするが、君は眠れないそうだね」

「ええ」


彼は私が四六時中起きたままだから余計に寿命が短いのだという。


「なぜ貴方までここに?」

「君を一人にしたら逃げられるだろう?」


否定はしないが、この様を誰にも見られたくない。


「髪をもっと顔へ重点的に巻いて私がディテに絶対に見つからないようにして」

「それはもう遅いね」


――まさかディテがいる?


「なんてね、嘘だよ」


ラスプーチェルが要望の通りに私を髪にぐるぐる巻きにした。


「顔が近い」


髪の中で奴と向き合う。奴は魔力を持っていて、それが私にジワジワ吸い込まれる。



女物の鋭いヒールの音に男は口角を上げる。


「ようやく来たか、ディテよ」


黒のローブをバサリ、待ちかねたといった。


「久しいな……元同胞」

「ルドゥツェ!」


男は杖を持ったオルティナには目もくれず鉤爪でディテを攻撃した。


「オルティナ、アンタはこいつがヘバるまで下がってな」


ディテは攻撃を避け、ルドゥツェの左手をショールで拘束した。


「こんな布キレで何ができる……それにしても相変わらず。いいや、昔よりふざけた格好をしている」

「うっさいよ」


ルゼとグエナ、ピューデバンはディテの援護をしようとしているが、オルティナ同様に止められている。




「こうして顔を合わせるのはイヅキの死、以来ですかね?……ドクター亜依、まさか貴女が生きていたとは思いませんでしたよ」

「博士、知り合いなの?」


マリオルが問う。


「たんに家の父と研究所が同じ、元ディテ達の共同研究者ってだけだよ」

「ええそうです。ついでに彼女の作品を破壊しちゃったりもしましたが」


闇医者は悪びれた様子で煽る。


「別にいいさ、闇医者……アンタを殺せなくてもテラネスにいるアンタの幸とかいう姪を代わりに殺せばいいだけだし……既に向こうじゃ私の助手だしねぇ?」


同類であるが故に自分でなく大切な者を攻撃されるのは何より屈辱だと知っているのだ。


「闇医者、僕は君達の組織から抜ける」

「おやぁ……復讐はどうなさるおつもりで?」

「お前達が復讐の対象だ!!アンタがオレの父さんを操り、母さんも……!」

「ははぁ……薬で操ったりはしましたが、殺したのは別の奴ですよ~」


やれやれと手をヒラヒラさせて、悪びれる様子がまったくない。



「嘘……皆が来ている?」

「科学者はこれが狙いだった」


科学者はディテの前へ囚われた私を出す事が目的だったらしい。


「でも科学者を裏切って君を組織まで送ってもいい」

「場所をリークするつもり?」

「メルヒエドの場所なんて組織にいた科学者は知っているよ」

それは確かに、奴等は乗り込むより自分のフィールドに来るほうが望ましいと考えるだろう。


「じゃあ連れていって」


私はディテに叱られたくなくて、ラスプーチェルにこっそり組織まで送ってもらう。


「ところでグレイとは本当に叔父と甥なの?」

「長くなりますが……」



ラステルは幼い頃に金がなかった両親に売られて地下に囚われていた。

それを助けたのは魔女のようにまっ黒なローブ、カラフルな液体をグツグツ煮る男だった。


『まだ完成していないんだ。外へ出てはいけないよ』


いつの日か科学者に人体を弄られ髪が自在に長くなる身体に変わった。


『お兄様の髪はサラサラして綺麗』


妹は母似のラステルと違い父譲りの癖毛。

離れて暮らす兄妹は滅多に会えない。

科学者は彼の妹を研究しようとはしない。

彼女には素質がないから興味がないのだ。


『こんにちは』


ラステルは度々みかける黄緑髪の少年に声をかける。


『君はあの城の王子なのに、何故ここへ遊びに来るの?』

『僕は眠くなる病気と、他の人を眠らせる力があるんだ』


前者は生まれつき、後者は城専属の科学者がくれた力だと薄緑髪の少年はいう。


やがて大きくなり、科学者から解放されてもまともな仕事などありはしない。


ある時は予言者をかたり、王と妃に取り入った。

それがダメになれば逃げて別の人物を装った。


『王を三人で殺してこい。君らならば可能だろう?』


依頼者は椅子に片肘をついて気だるげに言った。


『二人しかいねえよ?』


その場には自分ともう一人のメンバーしかいない為に仲間の灰ナメルが訝しんだ。


『残りはすでに城内にいる』


すぐ向かうと城の中の人々は楽しげな夜会を開いていた。


『貴方はラフロ王子……』

『やあ、君がいるなんて数奇な運命だね』


ラステルは10年ぶりに再開した王子が父である国王殺害に加担するということに驚いている。


『なぜ貴方が自分の城を?』

『理由はないよ』


王子はラステルの問いに少しも考えることなく応えた。


『おかしい……』


暫くしてラステルは三人がその場に着いた事、城の夜会も佳境なことから違和感を覚えた。


『どうしたの?』

『そろそろ灰ナメルが合図を出す筈なのに遅い』


ラステルは王子と共に灰ナメルの持ち場である会場入り口に向かう。


『侵入経路は……』


なぜかその場に警備の兵はおらず。


『入り口の兵なら眠らせた』

『なるほど』


王子が兵を眠らせて侵入する手はずだったのだと合致がいく。


『きゃあああ!!』


城内にはまともな者なら目を覆いたくなるような惨状がある。


『母さん!!』


ラステルは母親に庇われ泣き叫ぶ子供になど目をくれず惨状の発端であろう灰ナメルの姿を急いで探した。


『……!?』


暴走した狼と息耐えそうな妹の姿がある。


『おい!灰ナメル!!』

『グルゥウ!!』


名を呼ばれ少しは反応を見せるが完全に野生の本能をむき出しにしている。


『満月でもないのにどうしたんだ!?』

『お兄さ……ま……』


妹を背に庇いラステルは狼と対峙する。


『グラナダ……』

『痛い……ころして……』

ラステルは苦しむ妹の首に髪を絡ませ、彼女の鼓動を完全に止めた。


『……皆で眠れば寂しくないから』


バタリと人が倒れ込む音に気がつけば皆が瞬時に眠りについていて、ようやく追い付いた彼がやったのだと理解した。


『……僕が早く来ていれば、彼女は助かったのかな?』


王子は亡骸の目を閉じてやる。


『グウウウ!!』


狼が目を覚まし、部屋の隅で震える王に喰らいついた。


『ギャアアア!』


極限状態で命をかけ救いたいと思われるほどの人望がないらしい。


『もういい、やめるんだルメナス!!』


灰ナメルの銀の毛は赤に染まっている。

ラステルは理性をなくした彼を鎮めようと呼び掛けた。


『……ダメか』


狼は敵味方の判断すらついていない。

王子が狼を眠らせるとラステルはナイフで首を落とした。



組織のある近辺について、ラステルは私をおろした。


「また会える?」

「まあ警察組織にいるからね」


そういえばラステルの正体を知るのは私くらいだ。


「じゃあさよなら」


互いに別れをつげて反対方向へ向かった。


「サツキさんおかえりなさいやせ!」


構成員の恐持てが出迎えた。


「ディテたちはまだ?」

「へい、今朝の出立からまだご帰還なすってやせん」


私はいくなと言われているし、さっきいた場所から戻ってきたのにわざわざまたいくのは変だ。


一日待って帰らなかったらいこう。



「チッ……」


ディテの銃撃をルドゥツェがかわし、弾が切れると互いに動きは止まる。


「予定がズレたな」

「また逃げるのか……?」


ルドゥツェはそう呟き、指を弾く。


「待ってくださいアレを……私の……ルドゥツェ!!」


ハッとしたオルティナが走りながら杖を投げつけるもルドゥツェの身体が発光し姿は朧気になり弾かれてしまった。


「……しかたないね、帰って奴の行き先を炙りだすか」


ディテは空の銃弾を詰め変える。薬莢が床に散らばる音は虚しさを物語った。

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