9 金鳥を焼いたら灰と化す
「今日は休みです。もし外出するならついでに肉球印のジャムを買ってきてください」
「わかった。出掛けないと思うけど」
オルティナは蓋に肉球マークのあるジャムを常に使用していたらしいが、そんな猫が好きな印象はなかった。
「よう殺子」
外への出入口に向かうフェニックスに声をかけられた。
「フェニックス、買い物?」
「ちょっと散歩にいってくるだけだ」
悪の組織の構成員があんな目立つ格好で散歩なんてしていいものか?
ジャムを頼もうかと思ったが、どう隠密行動するのか気になって尾行をすることにする。
彼が入ったのはオルティナに頼まれたジャムが売っている店だった。
「久しぶりだなお前最近見かけないけど、彼女でもできたのか?」
店員のエプロンをして長靴をはいた羽帽子の青年が、黒皮ジャケットの男もといフェニックスに聞いた。
「この青いプリザードフラワーいくらだ」
「その様子だとまだ彼女じゃないみたいだな。2百だ」
「安いな、万はしないまでも最近のは千はするしな」
フェニックスが店から出たら
代金はオルティナに請求するとしてジャムを買って貰おう。
「フェニックス」
「なんだ、殺子」
「オルティナからあのジャムを頼まれたけどお金がない」
そもそも外出する気はなかったので、不確定なお願いだったのだ。
「あのジャムを買う奴がいるとはな」
「不味いの?」
「見た目は普通だろ。だが使用してる果実がアレで味は万人受けしない」
ドリヤンという臭い果実の王様と女王マンゴステン、紅玉のシャクランベをブレンドしてあるらしい。
「いらっしゃいませー」
「店員一人?」
「ああ、一応オレが店主なんだ。夜は弟が店番やってる」
昼にピッタリな爽やか系男子である。
なんだか声に聞き覚えがあるのだが、おそらくは以前レッドブーツの件でここらを通りかかったからだろう。
「ジャムくれ」
「え、お前あれ食うの?」
ならなぜ売っているんだ。
「いや、お使いらしい」
「へーあれ弟が好きで作ってるんだけど、俺は全然うまいと思えないんだよ」
しかしよく観ると肉珠ジャムは3カラー、それだけではなく普通のジャムは種類が沢山あるようだ。
「種類増えてるな。どれにするんだ?」
「え、ビンの色違うだけで全部おなじに見えるけど」
店員はそう言っているが、白系のリンゴや赤いブドウ、オレンジなどは色に疎い男でもハッキリわかるくらいが違うだろう。
「じゃあ不味いやつ。ドリアンとかの」
「シークレット、これだな」
オルティナの好みがわからないので思いきってこれにして、買い物はすんだ。
「この大鏡は?」
入るときは気にならなかったが、狭い店に全身をうつすこれがレジで会計わ済ませた出口の導線にはすごく邪魔だ。
「売り物じゃないよ。ここって住まいも兼ねてるから一応は私物。なんか昔から放置してあったんだよね」
「それは前から売れないなと気にはなってたが……まるで世界で一番美しいのは~って感じの鏡だな」
たしかに話をしそうな鏡だ。
「あの店に用事ってなんだったの」
「特に用はないさ、しばらく行ってなかったから顔を見にな」
見にというよりは店に見せに、が正しいだろう。
「昔からの知り合いってくらいに仲が良さそうだった」
「むかしは仕事仲間だったんだ」
――フェニックスの仕事はカタギでない。
「爽やかな顔して裏では……」
「いや、仕事はそっちじゃない」
よく意味がからないがまともな仕事ではないだろうから店員でないほうということなのかもしれない。
「弟のほうが裏仕事?」
「まあそんなとこだ。あいつは何も知らないと思うぞ」
「家族なのに?」
「あいつは事件が起きたと聞いたらそれだけで被害に遭わないか危惧する。弟のほうも教えていないらしい」
普通は雰囲気で察すると思う。
■■
「おかえりステル」
店内の大鏡を磨きながら、帰宅してきた青年に声をかける。
「キャドル、ただいま。店番ボクが変わるよ」
青年はコートを壁にかけて支度をする。
「いいよ、まだ昼だろ。食事にしよう」
青年は二人前の食事を用意して食べた。
■■
「おかえりなさ~い」
「てきとーにジャム」
私はジャムを手渡した。
「金」
フェニックスは指をスリスリした。
「はいはい、ごくろうさまでした」
オルティナは親指で金貨をはじいた。
「そういえば金のダチョウだかガチョウだかしりませんけど金儲けする話ありますよね」
「金が出てくる袋じゃないのか?」
「体が金になっていくやつじゃないの?」
オルティナは少し笑顔が崩れている。わかっていて普段はボケる彼女を逆に困らせようとしているのだ。
「ともかくですね、その金鳥って焼いたら美味しいのか気になりませんか?」
「チキンに金箔はって食えばいいんじゃないか?」
――たしかにその通りな気がする。
「金箔って味しないじゃないですか、普通のチキンの味しかしませんよ」
「ならそれが答えだ」
極論すぎるが、間違ってはいない。
「不死鳥ってローストしたら美味しいんですかね?」
「こわっ」
フェニックスを始末するという意味なのかと思ってしまう。
「今日は珍しく博士がいない」
「妥当、インチキ科学者の装置開発中だそうです」
科学者がどんな力を使うかわからないのに、一体どんな装置を作るというの。
「殺子……」
「博士」
「この店でスターマークのドリンクをかってきてくれ!」
博士はエナジーが足らなくて瀕死らしい。私はあの店にトンボがえりだ。
「いらっしゃい」
彼と顔がよく似ているがなんだか穏和そうな青年が店番をしている。
「もう夕方だから弟のほう?」
「ボクたち双子なのによくわかりましたね」
よほど間違われるのか驚いている。
「何にします?」
「スターマークのドリンクを1ガロン」
「……あの人か」
どうやら博士は店の常連らしい。この店はどれだけヤバイ組織に愛されているんだ。
「きゃああああ!」
中年の女が店前で悲鳴をあげた。
「おばさん、どうしたの?」
「ああキャドルのほうかい?」
「いいや、ステルだよ」
「あの男が私のバッグをひったくったんだよ!」
――若い男が必死に走っている。かなり距離があるが走れば間に合う。
「そーれ!」
ステルは何かを男の脚へ投げつける。他の人に取り押さえられた男からバッグを取り返した。
「……とりあえず刃物男とか露出魔じゃなくてよかったよ」
「ありがとよ」
周りの人達は彼に感心している。
「うーん、僕こういうのは得意じゃないんだよなあ……」
「随分とあからさまに間違われるのね」
普通は誰かわからないときは適当に知り合いを装い話す。本人に●●のほうと聞くものだろうか?
「貴女はどちらがキャドルで僕か迷わないんですね?」
「不思議とわかる。それはともかく例のものは」
彼は鏡の近くの飲み物を、わざわざ反対側に周って鏡を見ない用にとった。
「ああ、ついでにこの香水もどうぞ」
首にミニボトルの丸いペンダントをかけられた。
「なんで?」
ネックレスでなきゃ、誤飲しそうなチョイスだ。
「サービスで、ただし町中でつけると虫が寄ってきます」
ほんとのところ私は匂いがわからないから要らない。
「高そうだけど」
「売り物じゃないので」
つまり彼が趣味で作っているやつだろう。まあさっさと博士に飲ませよう。
――もらったのを指でつけてみたが、やはり匂いはわからない。
「はい博士」
「お…かえり」
「ほーらアイちゃーんドリンクですよーあーくっさっいなこれー」
「てめーニンニク馬鹿にしてんのか?」
博士の好きなドリンクは悪臭がするらしい。
「殺子ちゃん香水なんてして好きな男でもできたの?」
ゼルとグエナがやってきた。
「それ、なんかすごく好きな匂いだなあ……」
さっぱりわからないが、グエナからしたらいい匂いがするらしい。
「そうか?オレはあんまり良いとは思わないぞ」
レッドブーツは鼻がいいので香水はキツいようだ。
「きいたか、300人殺した奴が脱獄だってよ」
「マジかよこええ……」
――悪の組織の奴が何をびびっている?
「ああ、そうだボスが探してたよ」
そういえば今日はディテに会っていなかった。
「来たねサツキ」
「何か用があるとか?」
ディテは怪訝な顔をした。コロンが気に入らないのだろうか。
「……この匂いはなんだい?」
「博士のドリンクのサービスで貰ったんです」
とりあえずはペンダントを見せる。
「これはどんな匂いなんですか?」
「ああ、お前は嗅覚がないんだったね」
ディテは答えない。
「用のほうは?」
「ああ、博士の研究が済むまで休みなって話さ」
「はい」
最近はなぜだかディテと話すのが疲れるようになってきた。
「博士の研究はまだ?」
「たぶん明後日くらいには終わりますよ」
―――早く敵を倒したい。
■■
「え!?」
翌日、テレビを見ていたオルティナが騒いでいた。
{――脱獄犯は猫と連呼しながら息耐え……}
件の脱獄犯が一夜で死んだらしい。
「瀕死になってムショ前で逝ったとかすごいですね」
「てか瀕死にした奴誰だよ。バレたらそいつヤベーんじゃね?」
即死ではないようだが何故そんな真似をしたんだろう。
たんに親父狩りにでもあったのだろうと推測されている。
「わああ!」
オルティナがジャムを落下させてしまった。
「すみませーん顔とか飛んでませんか?」
「ああ、怪我はねえよ」
「……ジャム買ってこようか?」
オルティナは組織内に引きこもっているので私が出掛ける。
「ついでに手鏡もー」
「わかった」
「あれ、今日は休みなのかい?」
犬の散歩をしている中年の女が中年の男に聞いた。
「クローズって書いてあるし、そうみたいだなあ」
――なんだか物音が聴こえるので、裏口から忍び込む。
「……う」
男が割れた鏡の前で倒れている。
「大丈夫?」
――それはキャドルだった。
「君は昨日の……」
彼の衣服は昨日、ステルが着ていたものだ。
「……」
なんだかひっかかりを感じた。
「どうかした?」
「双子は同じ服を着るのね」
「……ステル、そう言えばあいつ昨日の晩から帰ってないんだ」
キャドルが取り乱して外へ行こうとする。
「誰か来る」
人の気配がして二階へ上がる。クローズなのに来るなんて怪しい。
「警察だが昨夜の事件について任意で協力願う……留守か」
――ステルかと思ったらこの前の警察だ。いないと判断して去った。
「いかないの?」
「隠れちゃったし怪しまれるよ」
「そういえばテレビをみた?」
「いや、今日は寝てて気がついたら鏡が割れてた」
「ニュースで脱獄犯が誰かにリンチされたって……」
「テレビは見てないけっ……ステルかもしれない」
「なにが」
「あいつ、昨日誰かを殺したんだ。きっとだから今ここにいないんだよ!」
キャドルは額に握り拳をあててうつむく。
「ねえ、あのジャム買える?」
「今朝は煮てないから……あれ――なんだか甘い匂いがする」
キャドルは台所へむかう。私は鼻がきかないから気がつかなかった。
「……はい。たぶんこれが最後になるだろうけど」
「ありがとう。もしかしてステルの代わりに自首でもする気?」
図星をつかれたようで驚いている。
「双子だからバレないだろうし」
「……オルティナが聞いたら絶対キレる」
私からジャムを奪うとは何事ですか~とか言うに違いない。
「いた……」
キャドルは右肩をおさえた。
「鏡の破片で切ったんじゃない?」
――それにしては怪我はないようにも見える。
「大丈夫みたいだけど、なんかアザやら傷があるんだよね」
袖をまくり、傷とアザを私にみせた。
「誰かにやられたの?」
「いやそんなことなかった。寝てる間にやられたにしても目が覚めるだろうし」
なんかあのアザは誰かに両手で捕まれたような引っ掻き傷だった。
「というか鏡の残骸はどうするの」
「なんか、もうどうでも良くなってきた」
「まだステルが犯人と決まったわけじゃない」
双子なら兄弟を信じればいいのだ。
「……」
「手鏡はない?」
「ごめん、鏡は売ってないんだ。あれがあったから置いて無くて」
外出の時は鏡を持ち歩かないのかもしれない。
私も持っていないし、男ならそこまで珍しくないだろう。
「雨……」
キャドルは何気なく窓を見つめる。
「窓は鏡みた……」
キャドルはそのまま黙って硝子を見ている。
「雨がやむまでボクの昔話をきいてほしいんだけどいいかな?」
「べつにいい」
私達は二階へ上がる階段で話をする。
「俺の両親は厳しくて、将来はまともな仕事に就けってスパルタな勉強させられてたんだ。でも俺は堅い仕事より客商売がしたかった。」
「じゃあなんで雑貨屋をやれているの?」
家出でもしたんだろうか、この様子では親を説得なんて無理だろうし。
「俺が16の時かな、家の中で両親が死んでたんだよね。だから反対もなくなってこんな風に暖かい街で自分の力で生活することになった」
「……」
つまりはその事件で皮肉にもやりたい仕事が出来てるのだ。
「そう、その話にステルは出てこなかったけど、彼はどうだった?」
「……あいつは」
実はあまり仲がよくないのだろうか、キャドルは思いだそうとじっくり考えている。
「おぼえてないならいい」
「ああ、うん」
そろそろ帰ろうか、私には関係ないことだからここにいても仕方ない。
「じゃあ、また」
彼はこれからどうするのか―――
「この前の……!」
扉を開けたら奴がいたので何事もなかったかのようにサッと閉める。
「こらっあけないか!」
私は天井に張り付いて奴から隠れた。
「なんですか」
「ああ、帰っていたか。私はこういうものだが君はキャドル=パラスダストだな?」
奴はバッチをキャドルに見せる。
「きゃあああ!!」
――なにやら悲鳴があがった。
昨日よりも規模が大きくただならぬ事態みたいだ。
「逃げろおお!フライ屋で火事だぞおお!!」
「この店の隣じゃないか!!」
街の人々はあわてふためいている。
「君たち、話は後できく!早く逃げろ!」
こちらまで火の手がまわり、奴等は聴取どころではない為に避難をうながして立ち去る。
「なにしてるの」
「……丁度いいのかもしれない」
キャドルは棚から中身のつまった大きな鞄をとりだして、そこにレジの金を押し摘めると私に手渡した。
「重い?」
「それは俺の全財産、これも何かの縁だし君にあげるよ」
中はおそらく沢山のコエマドゲルポがつまっているのだろう。
「くれるならもらう」
「こほ……ありがと、君は最後のお客様だ」
だんだんこちらに煙があがってきた。
「え?」
私が鞄とキャドルを担ぐと彼は間抜けな声をだした。
「私はパシれる部下がほしかったところなの。このお金で貴方を買うわ」
「はは……非売品だけど最後の客記念に僕をあげるよ」
そう言って笑う彼を抱え、まだ火がない二階の窓から飛び降りる。
「あ……これ入れ忘れてた」
その拍子に彼が持っていた小銭入れが落ちて、銅貨が空を舞った。
「貴方まさか……この前、男を路地裏でボコボコにして森へ捨てた?」
私達は地下を歩き、ひとまずは逃げられたので何気なくたずねてみた。
「……え、男をボコボコにってどれのこと?」
例がありすぎておぼえていないとでも言いたげだ。
「ねえ、貴方はもしかしてステル?」
同じ顔だけど、さっき抱えたキャドルではないような気がする。
「……そうだよ、なんでわかった?」
また私が当てたことに、彼は驚いている。
「自分を俺ってよんだのにその後すぐ僕と言ったり、悪人を助ける姿とこの前この街でみかけた男が重なったの」
ようやく彼にあった違和感の正体に気がついた。
「返品する?それとも捨てるか?」
「いいえ捨てる気はないわ。貴方が何人殺したとか、あの組織ではどうでもいいと思うから」
――それに店は燃えたが今日は燃えないゴミの日なのだ。
「それでもいいか、君ってどうかしてるよね」
■■
――私が帰宅すると大騒ぎになった。
『大変ですボス』
『なんだいオルティナ』
『殺子が男を拾ってきた!!』
『どうせオス猫ってオチだろ?』
『はじめまして元雑貨屋のキャドル=ダストです』
『どうしたんですか変なドリンクとジャムの店長なんか』
『火事で閉店だから買った』
『男を買うような子にした覚えは……』
私がそういうとディテがしばらく放心していた。
「いやーまさか件の逃亡犯を瀕死にしたのが貴方とは」
キャドルとステルの両親を殺したのは件の男、この前の男はその仲間だったらしい。
「世間は狭いな」
彼らは二重人格というもの。正義感が暴走するとステルが出るようだ。
「まさかお前まで仲間になるとは」
フェニックスが唖然としている。どうやら前から双子でないことは知っていたようだ。
「……後はヴァーイツーがいれば同期が勢揃いだったな」
「ああ」
フェニックスとステルは過去を懐かしむ。
「いや、誰だよそれ?」
「そいつは人狼でな、見たらどんな姿もとれるんだ。生きてるかわからんが」
フェニックスが言うやつ、なんかどこかで見たような。
「そういやこの前、街の嫌われものをボコって森へ捨ててきたんだが会って軽く話た」
「へー」
――やはり世の中は狭い。
「それよりドリンクだ」
「はいはい」
「ふふ、さすが殺子ちゃん。いい買いものですね」
「でかした殺子」
オルティナと博士はタダでジャムとドリンクが貰えると喜んでいる。
「それにしてもまだ香水もっててくれてるんだ」
「嗅覚がないからわからないけど」
「……それ、惚れ薬なんだよね。どうやら失敗したみたいだ」
「でもグエナは一人だけ好きな匂いといっていたな」
「誰?」
「女装の男の子」
「へーやっぱり変な奴が反応する失敗作か」
■■
「キャドルが正式な名前で、ステルはなぜその名に?」
「キャドルのスペースをたまに盗む(スティール)から」
あの鏡が二人の奇妙な邂逅に関係していて、なんの運命か今日それが自然に砕けた。
ステルはすべて記憶しているがキャドルの間はステルがいることを知らないまま。
これから彼がどちらを主人格にするのか、私にはわからない。