第8階層、つきまといですか? いいえ、本人は「勝負しろ!」などと供述しており……。約15000文字。
【登場人物】
九藤晶……主人公。ヘタレ、臆病な性格で荒事を嫌うが、迷宮探索や顔が怖くないモンスターに関しては別らしく、積極的に潜っている。雷を操る紫の魔法使いで、レベルは34。
スクレール……耳長族の少女。戦闘奴隷として迷宮で戦わされていたところをなんやかんやあって晶に助けられ、冒険者となる。拳を使って戦う拳闘士で、レベルは28。
僕がここ、異世界ド・メルタに最初に来たのは……そうだね、だいたい半年前くらいかな。
クラスのオカルト研究部の知り合いが都市伝説のデータを集めて計上したいとかで、人数が揃わないからぜひ協力してくれと頼まれて、ネットによく書かれている『異世界に行く方法』をいくつか試したんだけど――その一つがまさか成功してしまったのが、僕がここ『異世界ド・メルタの都市フリーダ』で冒険者になった原因だ。
そのあとは、みんなの憧れライオン丸先輩と知り合ったり、フリーダ人間ダメ代表の迷宮ガイド、シーカー先生から迷宮探索のイロハを教わったり、恐怖の大魔王であるドS鬼畜魔法使いリーゼ師匠と出会ったりと大イベントがいくつかあったわけだけど、基本、師匠のお願いや魔術の勉強、レベル上げに伴う迷宮踏破などに忙しかったせいで積極的に人と関わり合いにはなっていないため、知り合いらしい知り合いというのは結構少なかったりする。
スクレールとは最近知り合ったばかりだし、あとは受付がお隣同士のミゲル。友人カテゴリー外の知り合いを挙げるなら、担当受付のアシュレイさん、師匠に、ライオン丸先輩かシーカー先生、たぶんそのくらいのものだろう。あとはまあ何人かちらほらいるけど、そこまで親しくないのが実情だ。
「クドーアキラ!」
そろそろこの世界の友達増やそうかなーと漠然と考えながら、いつものように正面大ホールのテーブル席に座っていると、どこからか僕を呼ぶ声が聞こえてくる。幻聴だろうか。あまり知り合いが少ないため、声が覚えと合致しない。
「おい、聞いてるのか!?」
声の主はかなりご立腹らしい。無視されたと思ったのかもしれないけど、こっちも「知らない人とはお話しちゃいけません」と小学校のときに習った身。そう簡単に振り向いてあげる気もなく――
「おい!」
「…………」
「おいって!」
「…………」
「おいってば……!」
返事をしないでいると、だんだん声に寂しさが滲んできた。さすがにそろそろ可哀そうになってきたので振り向くと、そこには白いローブを身にまとい、先端に翡翠をあしらった杖を持った緑髪の少年がいた。
年のころは僕とだいたい同じくらい。目はくりくりとしていて、小動物とか、可愛い系の少年とか言われそうな顔立ちをしている。
さて、そんな彼に、見覚えがあるかどうかと言えば、
「……えっと、どちらさまでしたっけ?」
「いい加減覚えろ! ぼくの名前はリッキー・ルディアノだ! リッキー・ルディアノ!」
「いい加減もなにも、君とはそんなに関わり合いになった覚えはないんだけどなー」
「ここで顔合わせたり、一緒に迷宮に探索に出たり、何回かしてるじゃないか! 普通はそれで覚えるものだろ!」
僕は「そうだっけ?」と言って、適当にとぼけておいた。ちょっと冷たい対応かもしれないけど、僕が彼のことをちょっと煙たがっているのには理由がある。
なにせ、
「クドーアキラ! ぼくと魔術で尋常に勝負しろ!」
「…………」
そう、会った途端、いつもこれなのだ。何故か彼、風を操る『緑の魔法使い』リッキーは、僕のことをやたらライバル視しているのである。僕は魔術で勝負なんて物騒なことしたくはないから毎度毎度断ったり、のらりくらりとかわしたり、一目散に逃げおおせたりしているのだけれど、彼はそれでは気が済まないのか、顔を合わせれば必ずこうして勝負を挑んでくるのだ。
嫌がっているのに、こうもしつこくされると、さすがに鬱陶しくなっても仕方ないだろう。さっきの冷たい態度もこの言い分を聞けば許されるはずだ。そうに違いない。
「クドーアキラ! 返事は!?」
「だからいつも言っているように、答えは否。僕はそんなことしたくありません」
「どうしてだ!? 魔法使いにとって魔術の決闘は、自分の力を試す絶好の機会であって、いわば宿命みたいなものだぞ!? どうして断る!?」
そんなもの、
「痛いのが嫌だから」
これに尽きるのである。なのに、
「真面目に答えろ! いつもいつも嘘をついて煙に巻いて……」
「いや、ほんとだし」
「それが本当だったら好き好んで迷宮になんて潜るわけないだろうが!? バカにしているのか!?」
「えぇ……」
マジもマジに百パーセント事実なんだけど、リッキーは何故か信じてくれない。まずどうして「迷宮に潜る」=「痛い思いをする」なのだろうかと僕は思う。迷宮はちゃんと準備さえすれば無傷で潜れる場所なのだ。その証拠に魔術を一切使わず、道具や薬品のみ縛りをして潜ったこともあるくらいだ。
「……ねぇリッキーさー、なんでそんなに僕にこだわるのさ?」
「ぼくはフリーダ最強の魔法使いを目指しているんだ! それには先ず、お前を倒さなければならない!」
それで僕を最初の関門に据えたのか。まあ魔法使い初心者である僕ならば、ちょうどいい相手なのかもしれないけれど、嫌がっているんだから他の誰かにすればいいのに。フリーダには他にも魔法使いが結構いるんだから、魔法使いとして名を上げたいなら有名な魔法使いと決闘を行えいいだけだ。まず僕にこだわる理由がわからない。
「だから、尋常にぼくと勝負しろ!」
「だからやなんだってばー」
「なんでお前はいつもそんなにやる気がないんだ!?」
机に顎を載せて、だらけた様子で断ると、リッキーは元気に地団太を踏み始める。思い通りにならないことがよほど腹に据えかねるのか。だけど思い通りにならないのは僕だって同じだ。
こうなったらもう、どちらが譲歩するまで根競べをするしかないのである。
……まあリッキーは別に悪い子じゃないんだよ。むしろ良い子なんだけど、なんていうか非常に融通が利かない子なのだ。
一歩も引かないリッキーの応対に困って辟易していると、ギルドの入り口から見知った人物が現れる。
スリットの入ったベトナムっぽい民族衣装を身にまとった、耳の長い少女。ちょっと前に迷宮で助けた耳長族の女の子、スクレールだった。
スクレールも椅子に座っている僕を見つけたらしく、一度耳をピコンと跳ねさせると、ウサギのようにぴょこぴょこと跳ねるように軽快に歩いてくる。
「アキラ、いまから?」
「あ、うん。これから経験値稼ぎにちょっとね」
「そう。私も一緒に行ってあげてもいいけど」
彼女は隣に来ると、ちょっとすまし顔で、ぶっきらぼうに言ってくる。あいかわらず不思議な言い回しだ。素直ではないというか、なんというか。
「じゃあ行こっか」
「うん」
でもちゃんと二言目には素直に頷いてくれる。ほんと一体なんなのかこのやり取りは。
迷宮探索の話がまとまると、スクレールはなにかに気付いたのか、僕の正面を向いて、
「そっちの人間は?」
「知らない人だよ」
「そう」
スクレールが頷くのを確認して、椅子から立ち上がり、バッグを背負う。一方リッキーは一連の会話についていけずに、その場で固まっていた。いまのうちにと、スクレールと共に迷宮の入り口に向かおうとすると、固まっていたリッキーが時間を取り戻し、
「おいぃいいい!? お前何が知らない人だよ!? さっきまで普通に話してたろ!?」
「あ、やっぱりダメ?」
「当たり前だろ! バカにしているのか!」
てへっと舌を出して悪びれたらリッキーは余計怒った。やっぱりこれは可愛い女の子じゃないとしてはいけない仕草らしい。
「アキラ、知り合い?」
「まあ、一応ね」
「魔法使い?」
「そう。緑の魔法使いだって」
答えると、スクレールは「風使い……」と呟く。繰り返すが、緑の魔法使いは緑弟神ジェイドの加護を持った風の魔術の使い手である。汎用性の高い属性で、迷宮探索においては青の魔法使いと並んで重宝される傾向にある。
「あ、そう言えばリッキーなんかこの前どこかの魔術学園主席卒業だって自慢してたよね?」
思い出して訊ねると、スクレールが少しばかり驚いたような顔をして、
「……メルエム魔術学園の首席?」
「あれ? スクレ、知ってるの?」
知っているらしいスクレールに訊ねると、今度はリッキーが得意そうに口を開いた。
「当然さ! メルエム魔術学園は魔術を教える機関の中でも世界最高峰と言われているところなんだぞ! 誰だって知ってる!」
「へー(はなほじ)」
「どうしてお前はそんなに反応が薄いんだ……」
だってあまり興味ないんだもん。仕方ないじゃん。東大卒とか言われたらスッゲーとかなるけどさ、現代人の僕が魔術学園卒業とか聞いてもすごいのかすごくないのかいまいちピンとこない。まあ主席卒業は確かにすごいことだろうけどさ。
すると、スクレールが不思議そうに小首をかしげ、
「学園卒業の秀才と、なにかあったの?」
「前にリッキーが僕に勝負を吹っかけてきてたみたいでね。倒した……というか撃退したんだよ」
「ふぅん」
僕の妙な言い回しのせいか、スクレールは不思議そうな声を出す。だってしょうがない。最初の彼との因縁なんて、僕はほとんど覚えていないのだ。確か覚えている限りあのときは、師匠にしこたましごかれて、ほうほうの体、朦朧とした意識の中で帰還している途上のこと。なんか後ろで勝手に喚き出して追いかけてきたのを、モンスターか何かと勘違いして変質者撃退スプレーで撃退して一目散に逃げたのだ。気にしている余裕はなかった。僕は悪くない。
とまあそんなわけで、それからずっとこれなのである。うん、理不尽。
「クドーアキラ! ぼくはアレを負けだとは認めないぞ! アレは君が逃げるふりをして、ぼくを罠に嵌めたんだ!」
「じゃあ認めないままでいいじゃん。無理に勝負する必要もないでしょ?」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「そうだよね。はい、僕の負け……じゃ、僕らもう行くから」
「うんわかっ……って、待て待て待て! 丸め込んで逃げようとしてもそうはいかないぞ!」
「あーおしい。いま頷きかけたのにー」
「うるさい! いいから待て!」
「待てません。僕迷宮に行きたいし、スクレ待ってるし」
「じゃあぼくもついて行く!」
「えー」
そんなこんなで、今日は三人で潜ることになった。
●
多人数で迷宮に潜る際、やっぱり編成というか役割というか、各個人のポジショニングというのは、とても重要なものとなる。
前衛は近距離戦闘ができることが必須であるため、剣士など格闘能力に長けた者が担うことになるし、前線を後退させないように敵を押しとどめる守りの役、鎧や大盾などを装備した重装の冒険者が配置されるのが一般的だ。
後衛の仕事は、たいがい前衛支援か後方警戒の二つに分かれ、迷宮探索ではどちらも重視されている。前衛支援は言葉通り、投擲や弓矢など遠距離攻撃で正面を支える前衛の援護をしたり、魔法使いが攻撃魔術や汎用魔術での補助を行ったりするというのが当てはまるだろう。後方警戒は探索において最も重要と言えるものだが、現在僕たちのパーティーにはそれに長けた人間がいないので、割愛する。
三人で迷宮に潜ることにした僕たちの編成は至極単純だ。拳を用いて戦うスクレールが前衛で、魔法使いである僕とリッキーが後方で各種支援、攻撃魔術を用い、援護するといったものとなる。
三人中二人が魔法使いというのは贅沢なことだけれど、それに引けを取らない活躍が、僕の目の前で繰り広げられている。
拳を頼みに戦うスタイルのスクレールに相対するのは、ここ第2ルートは迷宮深度20『黄壁遺構』に住み着く『蜥蜴皮』。漫画やゲーム、アニメなどでよく見かけるリザードマンとほぼほぼ同じような見た目を持っており、背丈はだいたい2メートル前後。その鋭く長い爪や鋸じみたギザギザの牙で、積極的に冒険者に襲い掛かってくるアクティブーなタイプのモンスターだ。
二足歩行で両手を器用に使うのだが、知性の輝きやコミュニティを作るといった習性もなく、単純なモンスターに分類されている。……まあ、核石を体内に持っている時点で、モンスター確定なのだろうけれど。
スクレールはさながら中国拳法じみた構えを取ったかと思うと、軽快にステップを踏んでリズムを刻み、蜥蜴皮の凶悪な爪をひらりひらりと回避していく。ちっこい、可愛らしい、体格差は歴然だが、危機感をまるで抱かせない余裕のある回避だ。スクレールは涼しげな表情であり、対照的に『蜥蜴皮』は攻撃が一向に当たらないことに苛立ちを覚えているのか、吐く息や叫び声が非常に荒々しくなっている。
苛立ちがなせるか、徐々に攻撃が大味になっていく。攻撃に気配りがなくなれば隙が生まれるし、スクレールはそれを見逃すほど甘くはない。小柄な身体を素早く『蜥蜴皮』の懐へと潜りこませ、腹部に掌底を撃ち込んだ。
瞬間、爆発めいた衝撃が地面を揺すったかと思うと、『蜥蜴皮』は身をぶるりと震わせ、その場にくずおれた。
「あれが耳長族の勁術か……」
聞こえてくるのは、どことなく恐れを含んだリッキーの声。
――勁術。耳長族が使うという、有名な格闘術だ。なんでも、重心移動や、筋肉や骨の伸長によってなんだかよくわからない身体的パワーを増幅させ、対象に衝撃を浸透させて破壊するという超トンデモ武術らしい。
以前一緒に冒険したとき、スクレールはあの掌底のことを流露波、と言っていた。対象を手のひらで突いた途端、強い衝撃が放たれ、身体を突き抜けていくのだという。受ければ内臓破裂でボロボロだろうことは想像するに難くない。どこぞの珍しい食材さん張りの通背拳である。おっとろしい技を使う子だ。絶対にケンカはしたくない。
スクレールはピクリとも動かなくなった蜥蜴皮にデカイ包丁をぶっ刺して、体内から核石を取り出している。そんなグロ作業真っ最中の彼女を見ながら、感想をぽつり。
「さすが耳長族だよね。迷宮深度20のモンスターも楽々だ」
「そうだな。さすがはド・メルタ最強種族の一画と呼ばれるだけのことはある」
「最強種族かぁ」
「まあ他の種族も強いけどな。も、もちろん人間もだぞ!」
最後にそう付け足したのは、人間族としてのプライドがあるからだろうか。
とまれ知っての通り、この異世界ド・メルタには、耳長族の他にも亜人種が存在する。
まず、黄兄神トーパーズの加護を持つ亜人種族である『獣頭族』。ライオン丸先輩が属する種族であり、その姿形のほとんどが、ライオン、オオカミ、トラ、クマなど肉食の猛獣ばかりらしい。彼らはみな勇猛果敢で、古い時代からずっと先陣を切ってモンスターと戦っていたため、よく英雄譚の主人公として描かれるのだという。よくあるファンタジーな物語では獣人は迫害されているけれど、どうもそういったものとは価値観が違うらしく、ド・メルタでは勇猛さの象徴のような存在となっており、そのワイルドな姿から子供たちに大人気なのだ。
次に、緑弟神ジェイドの加護を持つ種族、『尻尾族』だ。人間に獣の耳と獣の尻尾がついた亜人で、獣人と言われればまず彼らを連想するという人も多いかもしれない。自由な気風を好み、プライドの高い種族と言われているけど、いまのところ関わり合いが少ないこともあいまって、僕は気のいいマイペースな人にしか会ったことがない。この前、巨大チームの壮行会を見たときに一緒にいた青年チームの魔法使いの人とかだね。尻尾が自慢らしく、毛並みや大きさを競い合っている場面もしばしばあるそうだ。
そしてもう一つが、朱姉神ルヴィの加護を持ち、耳長族と異世界ド・メルタ最強を争う、『怪着族』だ。姿形や見た目は人間とまったく同じだが、彼らは人間をはるかに凌駕する身体能力を持っている種族で、自分の倒した動物やモンスターの毛皮をまとう慣習があることから、怪着族と呼ばれている。力は強いがその反面、|エネルギー消費が激しく(おなかがすきやすく)、よく行き倒れていたり、何かを食べていたりする姿が目撃されるという。燃費が悪いらしく、一日何食と食べるらしい。僕も迷宮でお腹を空かせてぐったりしていた怪着族に食料や水を分けたことがあるが、何とも不便だなとはそのときに思った。だけどその強さは、誰もが認めるもので、トップダイバーのチームには必ず彼らの姿があるという。
ふと、リッキーが不思議そうに首を傾げて訊ねてくる。
「そういえばお前、どうして耳長族と知り合いなんだ?」
「この前、迷宮で助けたんだよ。戦闘奴隷として連れて来られたみたいだけど、僕が来た時にはスクレを連れてきたチームが全滅してて、彼女だけ戦っててさ」
「ちょうどよかったと……ん? 戦闘奴隷だったんならなんで彼女は首枷をつけてないんだ?」
「あ、奴隷の首枷はディスペライしました」
「ど、奴隷の首枷をディスペライしただって!?」
「うん。そうだけど?」
「そうだけどって、そんなあっさり……」
リッキーは驚いたような呆れたようなみょうちくりんな顔をして僕の方を見つめてくる。そう言えば首枷を外したとき、アシュレイさんが奴隷の首枷は『祓魔ディスペライ』ができないというのが常識だとかって言っていたような気がする。常識だから、ナントカ魔術学園卒業のリッキーにも、驚くべきことだったのかもしれない。
そんなリッキーはひとしきり驚きの態度を見せたあと、遅すぎる虚勢を見せる。
「ふ、ふん! ちょっとはやるようじゃないか! でもボクだってそれくらい、頑張ればきっとできるんだからな! たぶん!」
「その妙な言い回しなんなの……」
きっととか、たぶんとか、はっきりしない言いようだ。おかしなことこの上ない。だけど奴隷の首枷は実際に外すことができるので、やろうと思えばできないことはないはず。
ただ、
「解除するのにハイグレードマジックポーション四つくらい使ったよ」
「お、お前! そんな高価なものそんなに使ったのか!? 赤の他人に!?」
「まー、なんかね。そのままにしとくのも寝覚め悪いしさー」
「お人好しってレベルじゃないぞ?」
「そうなんだろうけど……」
奴隷の首枷を外す前は、随分とつらそうにしていたのを覚えている。あんな顔見せられたら、さすがそのまま「ハイじゃーねーさよーならー」とは出来なかった。
「お金、もったいないとは思わなかったのか?」
「まあないって言ったら噓になるけど、結局僕にとってここのお金は仮想通貨みたいものだしね」
「は、はあ?」
金貨を取り出して弄ぶ。リッキーは僕が口にした言葉の意味がわからず少々困惑している様子。一応金貨一枚諭吉さんという目安ではあるけれど、向こうじゃ大っぴらに換金できるわけじゃない。学生が質屋に金貨貴金属品を沢山持ち込むなんてまず不自然なのだ。だからたとえいっぱいあっても、生活基盤が日本だから、宝の持ち腐れでしかない。
それに、お金は少しづつだけど返してくれているし、損をしたとは思っていない。
ともあれ、困惑から復帰したリッキーが、
「人嫌いで有名な耳長族が友好的になるわけだ」
「そうだね。僕以外の人間は敵視してる感じあるよねー」
冒険者ギルドには所属しているけど、スクレールが他の人間と仲良く迷宮に潜っているというのはまず見たことがない。人間が近づくと大抵は警戒して剣呑な雰囲気をまとい出す。殺気マシマシだ。リッキーに殺気を浴びせなかったのは、彼が僕と話していたことと、馴れ馴れしくしなかったこと――あとあんまりスクレールに興味を持たなかったことでで、警戒心が和らいだのだろうと思われる。
そんなことを話していると、スクレールが『蜥蜴皮』から核石を取り出し終わって戻って来た。
「悪いね。敵はまかせっきりで」
「構わない。この辺りはまだ弱いのばかりだし。それに魔法使いは魔力を温存するべき。常識」
素気無くそう言ってのけるスクレール。確かに魔力の温存については言う通りなのだが、迷宮深度20の敵が『弱い』とはまた豪気なことだ。
「頼もしいね」
「奴隷の首枷がなかったら『四腕二足の牡山羊』もブチ抜いて見せる」
「あ、あれをですか……」
マジか……いや、この自信たっぷりの表情、あながち吹いているというわけでもなさそうだ。あのときは奴隷の首枷の効力で全力を出せなかったこと、戦闘奴隷であるため『四腕二足の牡山羊』と戦うまで連戦だったことを考慮すれば、あるいは彼女の言う通りブチ抜くことができるかもしれない。恐るべし耳長族。
「いやースクレール先輩さすがっす。いまお飲み物お出しますねー」
「おい、急に小物化するなクドーアキラ」
揉み手をしながらスクレールに媚びへつらう僕に、リッキーがナイスツッコミを入れる。そんなやり取りを気にもせず、スクレールは僕が出した水をぐびぐび飲んでいる。カオス。
そんな冗談はともあれ、
「安全地帯も近いし、そろそろちゃんとした休憩取ろっか」
「休憩休憩」
スクレールは僕の提案に同意。リッキーも、安全地帯に向かう僕たちについてくる。
迷宮深度20『黄壁遺構』。黄色い岩壁に、びっしりと古代の壁画が描かれている。イメージとしては、主観視点のロールプレイングゲームで、エジプトっぽい地下迷宮を探索しているといったところだろう。通路は『蜥蜴皮』が飛び跳ねても全然問題ないくらいに広く、壁には動物を象った像らしきものも置かれており、光源は異世界ド・メルタ産の常にぼんやりと光る不思議な鉱石。この先の階層である『暗闇回廊』に比べれば、天国のような快適さだ。暗くもないし、臭いもきつくない。モンスターは一部例外を除いて良心的。
そんな中を進んでいると、やがて出会うモンスターの数が目に見えて減ってくる。そしてその代わりに、核石で造った『モンスター除けの晶石杭』がいくつもいくつも現れ始める。安全地帯が近い証拠だ。やがて、見えてきた小部屋に入ると、そこにも晶石杭がみっしりと建てられていた。精製された核石の輝きで幻想的な雰囲気を醸す小部屋、モンスターを狩る冒険者たちの隠れ家。それが、安全地帯。
中にはちょうど、誰もいなかった。ここ『黄壁遺構』には中級冒険者が常に稼ぎで張っているため、おそらくはどこか別の安全地帯にいるのだろう。
着いて早々、のびのびとくつろぐためにブルーシートを敷く。
「靴脱いで上がってね」
敷き終わって二人に一声かけつつ、『虚空ディメンジョンバック』の魔術で異空間に保管していた食事などを取り出す。
リッキーも魔法使いなので、同じように食べ物を取り出すためにディメンジョンバックを使用。スクレールは何も用意せず、すでに足を伸ばしてのんべんだらりとした休憩状態に入っていた。
……何も出さないということは、つまりこれはあれだ。
そんな風に彼女の魂胆を察していると、やはり予想した通り彼女は近づいてきて、
「アキラアキラ、塩パン食べたい」
おねだりである。まあ、全然構わないんだけれども。
「今日は塩パン持ってきてないんだ。別のヤツでもいい?」
「問題なし」
彼女の了解を得て、『虚空ディメンジョンバッグ』の中から食べ物を選び出す。この魔術、ほんと便利だ。この魔術の存在が、ここガンダキア迷宮――いや、この世界で魔法使いが重宝される一番の理由だろう。これが使えれば、迷宮で得た素材を手ぶらで持ち帰ることができるのだ。荷物での苦労や心配がなくなり、荷運び役も必要としない。しかも、異空間の中では時間の進みがないため、生モノを保管しても傷まないという出鱈目さである。まあ、気分的に生モノをこの中で長時間保管するのはなんとなく嫌なため、そういうのはあんまりしたくないのだけれど。
ともあれ、そこらの冒険者たちに「魔法使いなんでちょっと一緒に潜ってもいいですか?」と聞けば、二つ返事で了承される。むしろ喜ばれること請け合いだ。それゆえ勧誘合戦が過熱して、冒険者ギルドでは問題の一つとなっているのだが、それはいま関係ないか。
塩パンはないけど、焼きそばパンがあったことを思い出して、取り出す。すると、
「なにこれ? パンに茶色のうねうねが挟んである」
「焼きそばパンの焼きそばのことうねうね言わない」
「じゃあ細くて小さい触手を味付けしたの」
「……なんでそんな食欲が失せそうな表現をするの」
「だって見た目がそれだし。それが嫌なら、イソギンチャクのソース和え……」
「だからやめなさいと言うに!」
妙な感想ばかり口走る語彙豊富なスクレールさんにそんなツッコミを入れる。もしかしてこの世界に麺はないのか。そう考え、リッキーに訊ねてみる。
「リッキーは知ってる?」
「麺ってやつだろ? 見たことある」
「さっすがリッキー! 天才魔法使いなだけある!」
「そ、そうかな?」
リッキーは天才と言われて嬉しそう。「えへへ……」ニヤニヤしている。ほんとリッキーはちょろい。でも男の子だからお得感はゼロだ。
ともあれ、わからなかったらしいスクレールの方を向いて、ちょっと意地悪そうににやっと笑う。
「ほらね」
「し、知ってた! わざと言っただけ!」
とは言うが、絶対嘘だろうね。顔が真っ赤だもん。
「はいどうぞ」
「あーん」
スクレールに焼きそばパンを渡そうとすると、突然彼女は口を開けてそんなことを口にする。
「……あーんって、食べさせろってこと?」
訊ねると、スクレールは女の子座りをしながら口を大きく開いたまま、こくこくと頷いた。
そんな姿にしょうがないなぁと思いつつ、焼きそばパンをスクレールの口に持っていく。
「もぐもぐ」
「こんな感じでよろしゅうございますか?」
「(こくこく)」
適当な敬語を使って訊ねると、スクレールは長い耳をピコンピコンと動かしながら、軽く頷く。そんな姿を見て「なんかこれ、餌付けっぽいなぁ……」と思いつつ、食べている様子を眺めながらしばらくぼけっとしていると――
「ちょっと指! 僕の指まで口に入れてるよ!」
「もぐもぐ……そこに指があるのが悪い」
「ちょ、僕のせいなの!?」
確かにぼけっとしていたが、普通そっちだって気付くだろうに。
「ああ……唾とソースで指がべたべたのべろべろ……」
「汚いものを拭くように拭かないで」
ハンカチを取り出して拭こうとすると、そんな理不尽な指摘が入った。
「また無茶言うし……ふふふ、ならこのまま舐めて間接キスなんて……」
「それは冗談抜きでキモイ」
「……はい、すいません」
スクレールさん。冗談にも辛辣である。まあ確かに我ながらキモイ台詞だとは思うけどさ。
「で、おいしかった?」
「うん、おいし……まあまあ」
スクレールは言いなおして顔を背けるが、おいしいと言いかけていたため、すでに遅しである。それに食べている最中耳がピコンピコン動いていたため、お口に合ったのは間違いない。
素直じゃないけど仕草が殺人的にかわいいから、オッケーである。そして、焼きそばパンをまず一つ食べ終わったスクレールに、
「でもなんでまた食べさせてもらうような食べ方を?」
「一度こういうのやってみたかった。養われてる感じがする」
「そ、それは養われてると違うんじゃないかな……」
「人間が奴隷を持ちたくなるのもわかる。腹立つけど」
「僕を使ったのはその気分を味わうためかー!」
うんうん頷いて納得しているスクレールは、ふと何かに気付いたようにこちらを向き、
「そうだ。アキラ、ショウユウー持ってる?」
「ショウ……醤油? どうしたの突然?」
「もし持ってたら譲って欲しい。お金はいくらでも出すから」
スクレールは塩パンをねだるときよりもさらに身を乗り出して迫ってくる。それほどまでに欲しいか醤油。前の白角牛のステーキの件でよほど気に入ったのだろう。
「いまはちっちゃいのしかないけど、これでもいい?」
そう言って、市販の卓上醤油を取り出す。
「うん。なくなったらまた譲って欲しい」
「わかった。バッグにストックしておくよ」
虚空ディメンジョンバックに入れておけば、会ったときにいつでも渡すことができるしね。
「アキラ。ショウユウ―、いくら?」
「あーそれ? 銅貨一枚でいいよ」
「…………」
「どしたの?」
「……安い。これが塩より安いのはおかしい」
とはいうけれど、卓上醤油はコンビニでそのくらいで売っているのだ。不思議そうな顔をして首を傾げる彼女に、「僕のいるところじゃ塩なんかもっと安いよ」というと、もっと不思議そうな顔をした。物価の違いは強烈だ。流通技術万歳。保存技術万歳、物量万歳である。
「ショウユウー、バターと混ぜるとおいしい」
「かけ過ぎには気を付けてね……って、もう舐めてるし」
「ショウユウー成分の補給」
スクレールは醤油を手の甲にちょっと取ってぺろぺろしながら、海外に移住した日本人じみたことを言い出した。味噌とか舐めさせたらそれも欲しがるんじゃなかろうかこの子は。
結局、発音は直せないまま、ショウユウーで覚えてしまったらしい。
すると、リッキーが、
「お前ってさ、ちょくちょく変わった食べ物持ってくるよな。さっきの麺を挟んだパン、保存食でもないんだろ?」
「そうだよ」
「そうだよって……」
「だってせっかくの迷宮探索だよ? おいしくもない保存食食べるなんてないない。そういった非常時のは別に用意してあるし。あ、リッキーも何か飲む? ド○ペあるけど」
ディメンジョンバックからドクター○ッパーを取り出して、リッキーに見せる。
「なんだこのおかしな色の飲み物は。ワインか? いや……ボクは遠慮して」
「これね、天才の飲む飲み物なんだよ」
「よこせ! いますぐよこせ!」
リッキーは天才と言ったらすぐ反応する。さすが単純な子である。
彼にペットボトルの開け方を教えると、ちょっとだけ恐る恐るしながら飲み始めた。
「ん? 甘い……果実水か? いや、なんだこれ、いろいろな味が混ざっているっていうか……」
「どう? 気に入った?」
「まあ、悪くない。というかかなり美味い」
リッキーはうんうん、と何かを確かめるかのように頷いている。やっぱりド〇ペの味は天才にしかわからないのだろうか。凡人な僕はあまり好きじゃないからよくわからないんだけど。
「すこし欲しい」
「ああ、構わない」
スクレールはリッキーにドク〇を貰って、こくこくと飲み始める。すると、すぐに眉間にしわを寄せ出した
「……甘いけど、なんか変な味」
「まあ、これ好きな人と嫌いな人別れるからね。はい、スクレにはバ○リースね」
「○ヤリース?」
「そう」
「……あ、甘橙の果実水」
一口飲むと、思い当たる飲み物と合致したのだろう。〇クペと同じようにこくこくと、変わって今度はおいしそうに飲み始める。
「おいクドーアキラ。前から聞きたかったんだが、お前一体どこから来てるんだ? フリーダには住んでないだろ?」
「え? やだーリッキーさんったら、なんでそんなこと知ってるんですかー? 再戦したいのこじらせすぎて付きまといですか? そんなことまでリサーチして……それはさすがの僕でも引いちゃいますよ?」
「……それは私も引く」
ずざざーっと、二人してリッキーから距離を取る。さすがスクレールさんナイス連携。
「おい違うぞ! 勝手にボクを変態扱いするな! フリーダやこの近辺にはない物持ってきてるから言ってるんだ!」
「だろうね。知ってた」
「うん」
「わかってたんなら言うなよお前ら! 二人してなんなんだよ!?」
スクレールもリッキーもノリがいい。ちょっとしたコントにも付き合ってくれる。ほんとこの世界の人たちは愉快な人ばかりだ。来ていて飽きない。
するとスクレールが、
「私も知りたい。アキラって、どこから来てるの?」
「ん? 異世界だよ」
「異世界って……」
僕の言葉を聞いて、リッキーは呆気にとられたような顔をしている。僕からすればド・メルタが異世界だけど、彼らにとっては僕の住んでるところが異世界だ。言い回しに関してはこれが正解だろうと思われ。
とまれ、リッキーは信じていないようで、疑うような表情を作っている。
そんな彼に、僕は、
「リッキー、ありえないとか思ってる? それはおかしいでしょ? 迷宮の中で別の場所に飛んでる僕たちがそれを否定したら、冒険者じゃないよ」
「む……」
さすがにそう言われれば、リッキーとて僕の言い分を嘘とは一蹴できないだろう。
そう、ここガンダキア迷宮は、階層と階層の出入り口の境界が曖昧な状態になっていて、境界にある白い霧状の鏡面に踏み込むと、ド・メルタにある『モンスターが出現しまくる別の地域』へと転移させられるのだ。
なんでもこれは昔、神様がド・メルタ中にあるモンスターが出現する場所をひとまとめにして、モンスターを倒しに行くための移動の手間を軽減させるために、作ったかららしい。
まーそんなことが可能なら、世界から世界へと飛ぶことだって不可能な考えとは至らないはずである。
「本当に本当なのか?」
「うん。こんなことで嘘ついたって仕方ないでしょ」
「まあそれもそうだが……」
「じゃあアキラはどうやってこの世界に来たの?」
スクレールの訊ねに、僕はこの世界に来た当時のことを思い出す。
「……最初はね。異世界の行き方って都市伝説を検証してたんだ。エレベーター使ってやる奴ね。ま、検証するまでもなくホラだとはわかってたんだけど。そしたら、偶然この世界に来れるようになってね」
「エレベーターって、ギルドにもあるアレのこと?」
「そんな認識で大丈夫かな。使われている技術は比べ物になんないけどね」
「それでお前はフリーダに来たのか?」
「厳密にいうと先に神様のおじさんのいるところに飛んだんだ。そこで、これ、渡されてね」
リッキーにそう言って、懐から一枚の金属板を取り出してみせた。それはこの世界で生きる者なら切っても切れないアイテム。
「証明書……」
「この世界の人たちって、生まれたときに神様からこれ贈られるんでしょ? 僕の世界はそういうファンタジーなイベントとかないから、直接あのおじさん――紫父神アメイシスさんにもらったんだ」
「か、神様から、直にだって!?」
「そうそう。やっぱりそれってすごいことなんだよね」
「当たり前だ! 神様に直接会って話をするなんてよほどの人間じゃないとできないんだぞ!?」
「はー、やっぱそうなんだー」
リッキーの興奮とは対照的に、気のない声を上げていると、二つ目の焼きそばパンをもぐもぐしていたスクレールが、
「私はある」
「そうなの?」
「そう。私たち耳長族はサフィア様に作られたから、サフィア様がときどき里に様子を見に来てくれる。たぶん他の種族も同じ」
「なるほどな。人間以外の他種族は、そういう機会があるのか」
「人間族だけはそういうのないんだ?」
「そうだな。紫父神アメイシスや黒母神オーニキスは、何か大きな事件があるとか、世界のために種族全体で何かさせたいとか、そう言ったことがない限り現れないってぼくは聞いてる」
「ふーん。今度会ったらその辺のことも聞いてみようかなー」
そんな独り言を口にすると、二人に胡乱げな視線を向けられた。あとで友達に聞いておこう的なノリだったからだろうか。こっちに来るたびに、神様のところを経由しなければならないため、神様とは毎度顔を合わせるし挨拶もする。神様が手すきのときは世間話だってするのだから、僕にとってはもはや顔なじみの近所のおじさんというカテゴリーに入ってるのだあの人は。
だからこそだが、
「でもねー」
「どうした?」
「いやね、あのおじさんがすごいってのがねー、どうもねー」
しっくりこない。確かにすごいということはわかっている。神様だし、日本とド・メルタを行き来できるようにしてくれたし、魔術も使えるようにしてくれたし。はっきり言ってすごく感謝はしてるんだけど――
(なんていうか、見た目普通のおじさんなんだもんなー)
僕が神様を『顔なじみの近所のおじさん』と評した所以がそこにある。
神様は神様だけど、そこに「ぐーたらな」という枕詞が付くのだ。初めて会ったときは、肘を立てて枕にして、やたらめったらだらけた様子で寝転がって、何やら本を読んでいた。いや、毎度毎度そうなんだけど。あの人はそれこそ「休日だらけた様子でテレビを見ているお父さん」という言葉がすごくしっくりくる存在なのだ。
思い出して唸って懊悩している僕の顔を見て、首を傾げていたリッキーが、
「その、お前が神様から送り込まれたっていうんなら、何かしろとかは言われてないのか? この世界のためになることとか、重大な仕事とかさ」
「んーん。特にはなにも。神様が言うには『ここに来たのもまあ何かの縁だし、行き来できるようにしてあげるから異世界での生活を楽しんできなよって。あといまなら加護もあげるし魔術も使えるようにしてあげる特典付き。お得でしょ? 好きに生活してもいいけど悪いことだけはしちゃだめだよって。やるんなら人のためになるようないいことしてちょうだいね』って」
「…………」
「…………」
神様の口調とか台詞とかは特に変えてない。基本ほとんどそのままだ。そもそも僕みたいななんの取り得もない高校生に、世界にためになるような重大な仕事を任せるものかって話。そんな重要な役目を任せるなら、もっと適任がいるだろう。責任感と正義感の強い人とか。僕の周りで言うと、幼馴染のヒロちゃんとか、そんなところに。
とまれ神様曰く「自分の世界に女の子連れて帰っちゃったりとかもいいよ。でも結婚は勢いで決めちゃだめだからね。結婚ってほんと大変だから。主にうちのママが――あ! うちのママ、オーニキスって名前なんだけど……」なんて、そんな風に結婚の大変さを語るのかと思ったら大半神様ののろけだったというおなか一杯になりそうな話を延々とされたのも懐かしい。夫婦円満はいいことだが、のろけの長話はほんと勘弁して欲しいです。
ふと見ると、スクレールが祈りのポーズをとっていた。
「どしたの急に」
「紫父神アメイシスに感謝してた」
「なんでまた」
「別にアキラには関係ない」
スクレールはそう言って、僕のことをペシペシとはたき始めた。何故。
ともあれこの日は、このあと先の階層である『暗闇回廊』でそこそこ稼いで、帰還となった。三人だと経験値効率は悪いけど、安全で楽しいピクニック的な雰囲気で潜れるというところが利点だろう。
そんなことを二人に言ったら、ひどく怪訝な顔をされた。
まあ、言いたいことはわかるよいちおう。うん。