第7階層、ポーションは作れますか? いいえ……はい、作れます。約6000文字。
【登場人物】
九藤晶……くどうあきら。主人公。魔法使い。この前『溶解屍獣』を倒させられたため、レベル34になった。
アシュレイ・ポニー……晶の担当の受付嬢。赤い髪のお姉さん。お金、高価な物品、高所得者が好き。
迷宮に潜ろうと受付に顔を出したある日のこと、アシュレイさんが猫なで声で話しかけてきた。
ははーんこれはあれだアシュレイさんの病気である『おねだり』だなー、正直面倒だなー、と予想しつつ、すまし顔で武装していると。
「ねぇクドーくん」
「なんですアシュレイさん。ブランド物のバッグが欲しいなら他を当たってください」
「そうじゃなくて」
「じゃあお高いお洋服ですか? 彼氏でも作って買ってもらえばいいじゃないですか? アシュレイさんなら彼氏の一人や二人や三人や四人くらい余裕でしょ?」
「違うの、そうじゃないのよ」
「違うんですか? えーとあとアシュレイさんが欲しがりそうなものっていったら――でっかい宝石の付いたアクセサリーとか?」
「いい加減私の話を聞いて。……というか私ってそんなに物欲まみれの女に見える?」
「見えるも何もそうでしょう? ギルド受付の『たかりの魔女』って言えばアシュレイさんってことで有名ですよ? 僕としてはたかりだと語呂が悪いから無心の方がいいし、言葉だけはかっこいいなーとか個人的に思ってるんですけど『無心の魔女』――」
「どこの誰だそんな不名誉なあだ名つけたのはゴルァ! 出て来い! 今すぐ出て来いやぁ!」
猫なで声を出して顔色良くしていたアシュレイさんが、一転、醜面悪鬼もかくやというような鬼の形相になって騒ぎ出す。見れば両隣にいる、恋バナが大好きな同僚受付嬢といつも眠そうでやる気のない同僚受付嬢が視線を露骨にそらし始めた。やっぱり出所は同僚だったらしい。まあ、気持ちはわからないでもないけど。
やがてアシュレイさんが落ち着いたのを見計らって、訊ねる。
「それで、今日は一体どうしたんです?」
「……あのね。クドーくんって、ポーション作れるわよね?」
「いえ無理ですよ?」
「そんなキョトンとした顔で嘘つかなくていいから」
「やだなぁポーションなんて不思議飲料僕が作れるわけないじゃないですかー」
そう言ったのだけれど、僕の演技力ではアシュレイさんを騙すことはできなかったらしい。気味の悪い満面の笑顔で迫ってくる。
「……クドーくん? お姉さん正直に答えて欲しいな?」
「はい作れます作れます。……これでいいですか?」
「なんで隠そうとするかなー君は」
「だってポーション作れることを知られたら絶対作れって言われるじゃないですか」
「まあそう思うかもしれないけどねー」
思うかもしれないけど、何なのか。結局作ってくれということではないのだろうか。
とまれこの世界、ポーションというものは結構な貴重品であったりする。当たり前だ。飲めば傷が治るとか、外科医を路頭に迷わせる恐れのあるびっくり効果を持っているのだ。ゲームの回復薬よろしく、飲むだけで体力の回復はおろか外傷までも治ってしまうという意味不明な液体飲み薬、それがポーション。
異世界ド・メルタ不思議代表の師匠曰く「要はあれも魔術と同じだ。怪我をした人間と回復した人間の間に橋渡しをする存在のようなものだ」とのこと。その理屈が通るなら、なんでもかんでもそんな理屈でまかなえてしまいそうだが、異世界イコール不思議ということで深く考えないようにしている。
そりゃあそんな物ならみんな欲しがるし、生傷の絶えない冒険者にはいくらあっても足りない必須アイテムだろう。
そしてそれを作れるとなれば、もちろん作って欲しいと言われるのは想像するに難くない。しかもある程度数を用意してくれということも。いつも需要と供給が合っていない品なのだ。誰も彼も欲しがるのは当たり前のことだろう。
だけど、ポーションを造るのにだって時間が必要なのだ。いまの僕にそんな時間は捻出できない。そんなことに時間を使っていれば、まず間違いなく迷宮で冒険ができなくなる。
「で、話がそれなんだけどね」
「作りませんよ。時間ないですから」
「沢山作ってくれってわけじゃないの。ほら、前に交換してくれたあの、黄金色のポーション、あれのことでね」
「黄金? あー、あれですかー」
アシュレイさんが言っているのは、冒険者ギルドで売っている普通のポーション(銀貨三枚)に、向こうの世界の栄養ドリンクを混ぜたポーションのことだ。
回復魔法を教えられるに当たり、師匠からポーションの作り方を教えてもらったのだが、それがきっかけで一時期ポーション作りにやたらハマったことがある。
そのとき試行錯誤して作った余り物を、アシュレイさんを通してギルドに格安で売り渡したのだが、その中にあったのがその黄金色のポーションなのである。
しかもそのポーション、滅茶苦茶効果がある。その効果の程は、金貨五枚相当はするハイグレードポーションに迫る勢いだ。
だけど――
「大森林遺跡でむしったあの草で作った薬がそんなすごいものだってのが解せない……」
「薬草のこと草って言わない」
「草は草でしょうに。なんかここの人ってみんなあれを神聖視してますよね」
「薬草は黄兄神トーパーズの慈悲って呼ばれるこの世の奇跡よ? 神聖視もなにも神聖なの」
「あー、神様が人のために作ったものだったんですか」
「そうよ。クドーくんも使ってるんだから、ちゃんと感謝しなさい」
確かに、それなら感謝の心を持った方がいいだろう。神様が労をして人間のためにこさえたのだ。だけど、やっぱり草は草だと思う。そこは譲れない。
「それで、クドーくんが交換してくれたあれ、すごい効果だから欲しいって人がいっぱいいて」
「あれ、そんなに量渡してないはずですけど……」
「小分けにしたのよ。それでも効果十分だし」
「あの……まさか僕が作ったって話、してないですよね?」
「それは大丈夫だから心配しないで。ていうかそんなこと言ってたら、クドーくん大変なことになってるわよ?」
「ですよねー」
好評ならば、今頃ポーションが欲しい冒険者や、転売目当ての商人に殺到されているだろう。だが――
「そんなに人気なんですか?」
「なんか効くらしいのよねー。普通のポーションは回復するだけだけど、クドーくんのは一時的に能力の底上げが見込めるんだって」
「あー」
そこは混ぜた栄養ドリンクの効果なのだろう。ただドーピングというのはちゃんと理解して欲しいのだが。これがいまいち伝わっていないらしい。
「これ、使ったひとの声ね」
「使った人の声?」
不思議そうな顔をしていると、アシュレイさんは数枚のメモを渡してくる。それを見ると、
――ゴールドポーションをボス級と戦う前に使ったおかげで、ボス級を簡単に倒すことができました。作られた方には本当に感謝しています。
――ゴールドポーションのお陰で死にかけた仲間が息を吹き返しました。ゴールドポーションを作った方には感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。
――ゴールドポーションを使ってから、朝目を覚ますと身体中に力が満ち溢れ、一日を健康に過ごせるようになりました。いまはゴールドポーショが手放せなくなっています。
――いただいたゴールドポーションを使用した翌朝、どっさり出すことができました。長年の悩みが解消し、いまは晴れやかな気分です。
……後半につれ、どこかおかしい。
「ど、どこの通販の商品の感想ですか……っていうかあのポーションの効果と全然関係ないものまである気が……」
「フィーリングよフィーリング。まだまだあるわよ」
何がフィーリングなのか。そんなことを言いつつも、アシュレイさんはどっさりと使用者の感想が書かれた紙束を寄こしてくる。どれだけあるんだこれ。
「あの……なんか渡した量と感想の比率が釣り合ってないんですけど、しかもゴールドポーションって名前……」
「小分けにして売ったってさっき言ったでしょ? 少量でもよく効くから。名前の方は何かないといけないし適当に付けたって。ギルドマスターが」
「センスを疑いますね」
「それは同意するわ」
ともあれ、一体どれだけ少量に分けて量り売りにしたのか。詐欺を疑いたくなるレベルである。
「なんでもいまじゃ、幻のポーションってことで高位ランカーたちの噂の的よ? 出回った最後の分が高騰して、時価で金貨二十枚……うふふ、うふふふふ」
金貨二十枚というのを想像して、金の亡者は不気味な笑い声を上げている。相変わらずお金大好きらしい。
それにしても、
「金貨二十枚かぁ……」
以前スクレールの首枷を解くために使ったハイグレードマジックポーション×4がそのくらいのお値段だ。マジックポーションに関しては製法が秘匿されているらしく、僕は作れないんだけど。
「だって、飲んだだけで体力とか元気とか力とか頑丈さとかが一気ににブーストされるって話よ? そりゃあ高くもなるって話」
「あれ? そう言えばそういった補助効果のあるポーションって他にないんですか?」
「あるわけないでしょ? ポーションは怪我を治すためのお薬よ? というかもとが薬草なのにどうしてクドーくんのはそんな効果が出るのよ?」
「まあ、色々混ぜたから、ですかね?」
視線を逸らしながら、曖昧な表情で曖昧な答えを返すと、アシュレイさんは誘うような流し目を向けてきて、
「ねえねえ、ちょっと作ってお姉さんに預けてみない? どう?」
「なんですかそのギャンブル大好きなろくでなしみたいな言い回しは。十倍にして返すとか言うつもりですか? そういうのはシーカー先生だけで十分だと思いますけど」
「やだなぁそんな冷たいこと言わないでよ。私とクドーくんの仲じゃない? ね?」
「……横流しですか?」
「そそそそ、そんなことしないわよ! わわわわわ私をみくびらないで! くくくクドーくん!」
「どんだけ動揺してるんですか……」
目は泳ぎまくり、声は裏返りまくり、アシュレイさんの取り乱し加減に呆れていると、
「まあ、あわよくば取引できたことで出るボーナスを期待してるっていうかー、そういうのはあるんだけどー」
「やっぱり下心アリと」
「いけない!? 下心あるのがそんなにいけないこと!?」
「い、いけなくはないですけど……」
「じゃあ交換して! 交換してよ!」
「でもなぁ……」
アシュレイさんは半分キレ気味に交換してと言うが、こっちも快く交換に応じれるほど手持ちが大量にあるわけではない。むしろ自分の使う分しかないのだ。正直なところ、放出したくはない。
すると、
「あー私ー、すごく口が軽くなりそーだなー。交換してくれないとクドーくんがポーション作れる有能な人材で使い潰しても良さそうだってこといろんな人に話しちゃいそうだなー」
「僕を脅す気ですか? そもそもバラしたら二度とアシュレイさんは僕のポーションでボーナス査定の恩恵を受けられなくなると思うんですけど……」
「あ! うそうそ私の口はすごく固いって評判だから! お願い、私を助けると思って!」
すごい手のひらくるくるーだ。しかも何を助けろと言うのか。アシュレイさんの懐具合を助けても、僕には何の恩恵もないのだが。
だが、アシュレイさんは引きそうにない。じーっと見つめて来たり、祈るように手を胸の前で組んだり、瞳を潤ませたりと、百面相。
「あの、普通に受付を」
「君がうんと言うまで受付をしないのをやめない!」
「意味不明」
「理解しなさいよ」
「……わかりました。ちょっとだけですよ」
「やた! ありがとう! すぐにギルドマスターに報告するから」
アシュレイさんはそう言って、飛んで行かんばかりにギルドの奥の部屋へとダッシュしていった。僕の受付は後回しなのかと、ため息が尽きないが……まあ、ポーションについては少量でも、出せば文句はないだろう。出せば。
やがて、アシュレイさんがホクホク顔で持って戻って来る。あれは交渉成功のボーナス出たな。絶対。
「ありがとうクドーくん。ギルドマスター喜んでたわよ」
「アシュレイさんもね」
「もちよ」
「でも、ポーションなんかでギルドマスターがそこまで喜ぶものなんですかね?」
「いまのギルドマスターは前の人と違って、素材ノルマ重視じゃなくて、冒険者に安全に迷宮に潜って欲しいタイプの人だからね。冒険者の助けになるようなことは、ギルドマスターとしても重要なのよ。ゴールドポーションは目に見えて大きな結果を出してるし。あ、あと、はいこれ、ポーションマイスター証明のカード」
アシュレイさんはそう言って、顔写真の付いていない免許証のようなものを手渡してきた。
「ポーションマイスターって役職があるんですか?」
「それはそうよ。モグリが作ったポーション売って問題起こしたらことでしょ? 普通はポーション専門のギルドが調合師の免許発行して、それを持ってるマイスターから買い付けして安全と信用を得ているの」
「じゃあどうしてこれを冒険者ギルドが発行しているんです?」
「フリーダのポーションギルドは冒険者ギルドに吸収されてるのよ。ここじゃ一番ポーションを買い付けるのが冒険者ギルドだから」
「なるほど、統合しちゃえば手っ取り早いと」
利権争いがどうなったかは気になるところだが、話が長くなりそうだし、関係ない話なので聞いても意味はないだろう。
アシュレイさんが、渡してきたカードを指さして、
「それ、ギルドマスターのサイン入りで、特級マイスターの称号だから」
「特級?」
「つまり、最高位ってこと」
「いや、僕が最高位ってそんなバカな」
「だってそんなすごいの作れるのよ? 他のマイスターはこんなの作れる人だーれもいないし」
そりゃあ原料である栄養ドリンクを手に入れることができないのだから当たり前だ。
それに、最高位とかいう大それた称号がそぐわない理由はまだある。
「さっきも言いましたけど、僕のはポーションは最初から自分で作ってるわけじゃなくて、原料がギルドで売ってるポーションなんですよ」
「そうなの? でも、そこからまた調合はしてるんでしょ?」
「まあ、一応はそうなんですけど……」
確かにポーションと栄養ドリンクをミリリットル単位で計って混ぜているため、キッチリ調合しているといえなくもない。そして、ポーションには他のものを混ぜてもちゃんと混ざらないという特性があるため、うまく混ざるように魔術を使って混合できるようにしているから、作業しているというのも嘘ではない。
これももちろん師匠のアドバイスあっての成果だが。
「それがちゃんとできてるってことは、マイスターの資格有りよ。きっと」
「きっとって……」
「だって私ポーションに関しては素人だしー」
アシュレイさんはそう言って、カードにうらやましそうな視線を向ける。
「はーあ、これさえあればすぐにお金持ちになれるわねー。ねえ、ときにクドーくん? 私を養わない?」
「お金目当てじゃなけりゃ魅力的なお話ですけど、お断りします」
「えー、ケチー」
「……そういうところが集りの魔女の所以になってるんですよ? わかってます?」
「きこえないきこえなーい」
耳に痛いことは聞きたくないらしい。耳をふさいで現実逃避をするアシュレイさん。
そんなこんなで、今日から僕もポーションマイスターになったのだが――
「またあとでポーション買取の交渉するから、そのときまたよろしくね」
「はいはい」
返事は適当だが、交渉のときは頑張らなければならないだろう。金銭的なものではなく、主に迷宮に潜るための時間を確保するために。




