第6・5階層、ただいま正面ホール集会中。はい、迷惑です。約4500文字。
この日、冒険者ギルドの正面大ホールは多くの人間に占拠されていた。
「うわ、なにこれ」
ホールに入るなり僕が発した第一声はこれだ。もともとギルドに入る前からなんか騒がしいなー、誰かが大物モンス狩って来たからお祭りかなーとか思ってたんだけど、どうにもそうじゃないらしい。
普通、ここに人が沢山いる時間帯というのは、決まってお昼のご飯時で、多くのチームがみな思い思いにご飯を食べたり、語り合ったり、酒を飲みまくったりしている。
しかし、いまの時間はお昼も随分過ぎて夕方。だいたいティータイムも終わったあたり。ご飯時には少々早く、普段ならそこまで冒険者が集まるような時間帯ではない。大抵家に帰るか、迷宮に潜るかのどちらかだ。にもかかわらず、冒険者が広大なホールを埋め尽くさんばかりに集まっており、一種の集会のような有様となっているとくれば――一体何事かと不思議でならない。
(……装備にも統一性があって、規律が行き届いている……ってことは)
十中八九、巨大チームの集会だろう。
集まっている者たちは前衛、後衛、魔法使い、荷運び役と役職ごとに並んでおり、みな揃えたように服装に統一性があった。そして、全員が全員何とも言えない鬼気を放っているとくれば、これから迷宮潜行をするということは想像するに難くないというもの。
チームの規模から考えて、深層および未到達階層に向かう前に、正面大ホールを貸し切って壮行会をしていると考えるのが妥当なところだろうか。こんなところでやるなよ迷惑だよとほんと思う。巨大チームだったら、集合するための大型の拠点も所有しているだろうに。なんでまたこんな邪魔になるような場所でやりたがるのか。見栄か。どうでもいい見栄なのか。
心の中の文句はともあれ、よくよく見れば、所属しているらしき冒険者たちはみな大ホールの奥に向かって立っており、その先では熊のような体躯をした大男が、大声で士気向上の演説を行っていた。
――我々はこれから、未踏の領域へと向かう! フリーダの冒険者の誰もが行き着くことができないとされている、あの場所にだ!
――我々の行く手には多くの困難が待ち受けるだろう! だが、それを恐れ、進むのをためらってはならない!
――我らはギルドを背負うチームの一角として、確固たる結果を出さねばならないのだ!
「…………」
やたら気合いが入った演説を聞いて、少しばかり辟易したような気分になる。
正直、僕みたいなのからすれば、これは気合の入れ過ぎだ。迷宮潜行を前に喝を入れるだけならまだしも、「ギルドを背負う」などとは少し言い過ぎのように思う。僕みたいな適当な冒険者に言えた義理ではないけれど、真っ当に迷宮攻略をしている冒険者たちを蔑ろにしている風に思えてしまう。
人が集まり過ぎて、チームの規模が膨れ上がって、誰も彼もが勘違いし始めているとか、そんな感じだ。聞いていると鼻白んでしまう。
気合いがあるのはいいと思う。だけど、気負い過ぎというのも困ったものだ。
もっともこちらは、関わり合いにはなりたくないのであんまり関係ないのだが。
ふと、僕のように壮行会を眺めていた人たちの話し声が聞こえてくる。
「相変わらずド派手だねー。あそこはさー」
「なんでも今回は第2ルートの未到達階層を目指してるって話だから、気合い入ってるらしいぜ?」
「新階層か……」
みんな同じチームなのだろうか。普通の人間族と、モンスターの毛皮を羽織った怪着族と呼ばれる種族と、獣頭族と尻尾族という珍しい四種族混成の青年たちが話をしている。
どうも壮行会を行っている大チームのことを知っているらしい。興味が出たので、一番近くの黒い狼頭の獣頭族の人に訊ねてみた。
「あの……あそこのチームのこと、ご存じなんですか?」
「ん? なんだ知らねぇのか? あれが白爪の大鷲だよ。名前くらい聞いたことあるだろ?」
「あれが……」
チーム『白爪の大鷲』。冒険者ギルドではいわゆる三大勢力などと言われている三つの巨大チームの一角だ。多くの冒険者を抱え、日夜未踏領域を目指して迷宮に潜っているという。三大勢力の残り二つが、所属冒険者の生活とギルドへの貢献の釣り合いを考えて運営される互助組織である中、ここは完全に名誉を第一に重んじているところであるらしく、いわゆる攻略ガチ勢に分類されるプロ〇ン様だ。正直、エンジョイ勢の僕としては絶対に関わり合いになりたくない人たちの筆頭であるだろう。
ともあれ、
「新階層の攻略ねぇ……」
ここガンダキア迷宮は一本道ではなく、色々とルートがある。大森林遺跡を起点にして、いくつかワープポイントが存在し、それぞれ別の階層へと飛ぶといった具合になっているのだ。
僕がいつもまったり一人で行く狩場、迷宮深度30『暗闇回廊』も、いま『白爪の大鷲』が新階層到達を目指している第2ルート上にある。そこで、現在多くのトップチームが攻略に躍起になっている階層と言えば、
「ええと、草原の次がノーディアネスだから……」
「あれだ『死人ののさばる地下墓地』の攻略が主な目的だろうな」
獣頭族の人がそう教えてくれる。あまり関わりにならない階層であるため、ぱっと思う意浮かばなかったのだ。
だけど、その階層については僕も聞いたことがある。地下の巨大な洞穴っぽい場所に墓標が乱立し、ゾンビーが大量に出てくるという、ガンダキア迷宮でも有名な二大ホラー階層の一角だ。しかも、迷宮深度は脅威の50台。一人で潜るには少なくともレベルが60は必要であり、チームで行くならばメンバーのレベルは最低でも30以上が大多数、魔法使いもそこそこ数を揃えなければお話しにならないという激ヤバな階層だ。
「つーかできるのかよー? 今回も無理だと思うなー俺」
「だよな。やっぱりあそこはドラケリオンさんじゃなきゃどうにもならないと思うよ」
「出てくる数が数らしいからな。前に攻略に行った大チームも大変な目に遭ったって話だしな」
……彼らが話している通り、その『死人ののさばる地下墓地』はとても厄介なのだそうだ。なんでも、腐って溶けかけた死体がそこら中から湧き出てきて、大挙して襲って来るのだという。その話を聞いてすぐ、バイオでハザードなゲームとか、デッドでライジングなゲームとかを思い出し、あー、これはチェーンソーとかショットガンとかグレネードランチャーとかないと攻略できないだろうなー、それかRPGの聖属性魔法とかー回復魔法とかー、などと思ったのも久しい話。ゾンビが無限湧きで、ちょっとやそっとの攻撃じゃ行動不能にすることもできず、まごついているとどんどんどんどん増えていくとかいう無理ゲー階層なのだ。
僕の場合はまずゾンビさんが出てくる地下の真っ暗な墓場という時点でもうすでに無理なのだけど。
そんなことを考えていると、ふと緩い会話をしていた人間族の青年が、
「正直なところ、俺は失敗して欲しいと思ってるね」
「おいおい、そういうこと言うのはやめておけよ」
「だってさーリーダー、あいつら最近なんか態度デカイじゃん?」
人間族の青年が獣頭族のリーダーさんに言うと、モンスターの毛皮を羽織った怪着族の青年が、
「あー、それわかるわかる! あれだろ? どいつもこいつも俺たちがギルドの運営を背負ってるんだぞーみたいな感じ。誰に対しても威張ってるんだぜ? 鼻につくって」
「そこか……まあ確かにそうだな。黒の夜明団と勇翼への対抗意識が強すぎるんだろう」
怪着族の青年が人間族の青年に同意するようにうんうん頷くと、獣頭族のリーダーさんも一理あるという風な態度を見せる。
さっき僕が考えていたようなことだ。僕が感じていたことを、彼らも感じていたのだろう。
三大チームは勢力が拮抗しているし、最近はどこもここ数年めぼしい成果も挙げられていないため、結構バチバチなのだという。頭一つ分抜けた大規模チームとなるためには、目玉が飛び出るような成果が必要なのだろう。
お隣にいるチームは、難しいと思っているらしいが、
「でも、超トップチームってことは、みんな強いんですよね?」
「まあ、前衛後衛はまずレベル30以上を揃えてるだろうな」
「魔法使いはたぶん五人くらいだろうねー」
「あれ? でもあそこって魔法使いを十人揃えたとかっていって、この前話題になってなかった?」
「まだ連れていけるレベルじゃないんだろう。入ったばかりの魔法使いなんて、せいぜいレベル10台そこそこだ。いくら後方支援が主だからと言っても、連れて行くには厳しい」
「ラーダ? ラーダならどう思う?」
怪着族の青年が、尻尾族の青年に呼び掛ける。黒いローブをまとっているという格好からして、このチームの魔法使いなのだろう。
「戦士職が周りをがっちり固めてくれるなら……いや、それでも厳しいよやっぱり。いくら魔法使いが低レベルでも強いっていっても、限度があるし」
「そっかー。そうだよねー」
いま尻尾族の青年が言った通り、まず難しいだろう。僕もレベルが10台のときがあったけど、そのレベルでモンスに囲まれるような状況になったら正直魔術の使用が間に合わなくって絶望する。
ま、それはともあれだ。
「新階層を目指しているっていうのは、やっぱりすごいですよね」
その辺は正直にすごいことだと思う。未踏の領域に踏み出すというのは、冒険者と呼ばれるに相応しい。憧れる話ではあるけど、臆病者の自分にはずいぶんとハードルが高いため、夢のまた夢だろう。
(師匠に潜らせられることは……ないよね?)
ふと、不吉な可能性が脳裏をよぎる。いや、いくら師匠でもそこまで無謀なことはさせないだろう。絶対に攻略が不可能だとわかっているのに行かせるなどおかしな話だし、もし本気で行かせるつもりならば何かしら用意させるだろうし。
そんな憂鬱な想像に僕が打ち震えていると、怪着族の青年は武者震いとでも思ったのか、
「荷運び役なら、連れてってくれって言えば、もしかしたら、もしかしたりするかもよ?」
サファリルックな僕のことを、荷物持ちと勘違いしたらしい怪着族の青年は、冗談半分にそんなアドバイスをしてくれる。
「いえ、そういうのはあんまり」
「やっぱさすがに無茶だよねー」
「みなさんは新階層の攻略とかには、興味あるんですか?」
訊ねると、獣頭族のリーダーさんが、
「俺たちもそれを目指してはいるが、無理をするつもりはない」
「そうそう。どれだけ急いでも迷宮は逃げないからね。攻略されたら、他の階層を目指せばいいし」
「うらやましく思うときもあるけどね――」
そんな会話の中、突然四人は戦隊ヒーローの如く並び始め、
「だが、俺たちのモットーは!」
「無理なく楽しく緩く稼ぐ!」
「他は他、ウチはウチ、気にしたってしょうがない!」
「ランクが百上がろうが百下がろうが、結果そんなに変わらない!」
決め台詞かなんかなのか、そんなことを高らかに言いながら、四人そろってポーズを取り始めるなんか緩くて元気なチーム。
やたらと気負っている大きなチームもあれば、こうやってマイペースに活動しているチームもある。それがここ、ガンダキア迷宮なのだ。