第44階層 舞い降りる地獄
冒険者ギルド、ギルド内食堂にて。
――屠殺場直送! 殺して間もないお肉を使った絶品ステーキ発売!
「ひえー」
もうね。これを見たとき、自分の目を疑ったよね。いやもうホントまじで。また眼科案件かって戦慄したよ。この前も行ったばっかりなんだから、ホント勘弁して欲しい。
やっぱこれって、神様謎翻訳が悪さしたんだろうか。悪さするのはゲームの物理演算エンジンだけにして欲しいと切に願う。人間も怪人も悪さしちゃダメだ。絶対。
ってか言葉の羅列からしてすごいよね。どストレートに不謹慎な感じだし、なんとも言えない香ばしさを演出している。
殺して間もないとか、どうして単純に新鮮と書かないのだろうか。回りくどい感じに屈折しちゃうのか。おそらくだけど書かれてる文章が、そっち寄りの文言が連なってるからなんだろうけどさ。もう少しマイルドな味付けにはできなかったのだろうか。そこはかとない闇を感じるよ。食べる人の食欲ってものを一顧だにしないやり方は日本人的にも共感できない域にある。
……他方、厨房を覗いてみると、ほんとに血が滴っているというか、飛沫いていた。ブシャーは梨汁だけでいいのに。屠殺場直送というよりは、屠殺場がすでにここにあるって感じだ。病院が来いの亜種みたいなものなのかもしれない。
まあ、今日はステーキ、食べないんだけどね。
僕が食堂回りでうだうだしていると、ここでとある人物を見つけた。
「あれ、アリスさんだ」
そう、ギルドの食堂の席に座っていたのは、ついこの間【大烈風の荒野】で出会った&戦った人物だった。
その名もアリス・ドジソンさん。年齢は僕と同じくらいの歳頃で、黒髪をツインテールにした女の子。要素がそれだけなら、それなりに見かけそうな外見の子なんだけど、恰好がかなり特徴的だから記憶に残る。右目には眼帯を付けて、右手に包帯を巻いていて、服には鎖を沢山ジャラジャラさせているという、とある病気の症状をこれでもかというほど発症させているのだ。むしろこんなテンプレなんて存在したのかってほど問い詰めたいくらい山盛りである。こんなんアマゾンの奥地に探しに行っても見つからないぞ。いや、むしろ密林じゃない方ならワンチャン見つかるかもしれないけどさ。
にしても、彼女をギルドで見つけるとは思わなかった。だってこれまで見かけることなんてなかったしね。いやまあ迷宮に潜っている時点でギルドに登録しているってのは間違いないことなんだけどさ。
こうしてここで見かけるってことは、やっぱ生活サイクルが変わったからとかなのかな。それで、僕が来る時間と被るようになった……にしてはこれまで見かけなさすぎだけどね。
そんなことはともかくと、僕はアリスさんに声を掛けるため、彼女のもとへと赴いた。
「どうも、こんにちは」
「……ん? ああ、キサマは確かこの前の」
「そうそうこの前【大烈風の荒野】で会った……っていうか出会い頭でキサマって言うのはちょっとアレじゃない? 一応僕にも名前とかあるんだしさ」
僕が何とも言えない顔をしてそう言うと、アリスさんはあからさまに顔をしかめた。
「そもそもの話、吾輩キサマの名前を教えてもらってないんだが?」
「あれ? そうだっけ? アキラです。クド―アキラ。姓がクドーで、名がアキラね」
「ふむ、アキラか」
「そうそう。よろしくね」
僕が握手を求めると、アリスさんはどこか呆れた様子になる。
「……戦った相手によろしくと言われるのは、妙な感覚なんだが」
「まーそこは。別にお互い恨みがあって戦ったわけじゃないんだしさ」
「いや吾輩はバリバリ恨みあるんだがぁ!? あのとき無茶苦茶イジり倒されたんだがぁ!?」
「ほら、それは一旦水に流してさ」
「キサマの面の皮は一体どうなっておるのだ!? いくらなんでもぶ厚すぎるぞ!」
とまあ、アリスさんとそんな話をしつつだ。
「ここで何してたんです? ご飯食べてる感じでもないし、まったり過ごしてたとか?」
「ふむ、気になるか? ふふふ……そうかそうか。まあそうだろうな。キサマもライバルである吾輩の一挙手一投足が気になって気になって仕方がない、と」
アリスさん、なんか急に機嫌が良くなった。「ふっふっふ……」とちょっと気取った感じで笑っている。
というか、なんか急にライバル認定されてしまったよ。
ここですかさず「違います」なーんて言ったら、また話がこじれるだろうし、その辺の発言に対してはひとまず寛大な心を発揮してスルーしておいた。
「えっと」
「いま吾輩は、包帯の巻き方を思考錯誤していてな」
「……巻き方こだわってるんですね」
「そうだとも! すべてのものに畏敬の念を抱かせるには、まず見た目から整えなくてはならん! 吾輩は常にかっこいい包帯の巻き方を模索している!」
アリスさんは周囲のことも考えず、声高に叫んだ。
っていうかそもそも、自分から病状を深刻化させているのはよろしくないと思うな。
風邪っぴきばかりいる病院の待合に、マスクなしで飛び込むような危険な行為は絶対にやめた方がいい。
「そうだ。ときにアキラよ」
「なんでしょう?」
「キサマ、かっこいいアイテムを知らないか?」
「かっこいいアイテム、ですか?」
「そうだ。例えば……そう! 吾輩が身に付けている鎖とか、そんなイカしたアイテムのことだ!」
「ふむ。イカれたアイテム……」
「イカしただ! イカした! 間違えるなそこ!」
僕がおトボケを発揮すると、アリスさんはテーブルをバンバン叩いて激しく抗議する。
でもあれだね。こういうのを欲しがるのは、やっぱどこの世界も共通らしい。
しかしすでに鎖だけどもそこそこの数なのに、まだ欲しいというのかこの人は。
ここは一つ、忠告しておくべきだろうか。
「あの、あんまりこういうのお手伝いするの気が進まないんですよね。病気が進行し過ぎると取り返しのつかないことになるっていうか」
「病気? 何を言っているのだ。吾輩は至って健康だぞ?」
確かにそうだ。見た目はね。でもこれは大腸ガンと同じなのだ。症状が出てないって勘違いして、手遅れになることが多いアレである。
「やり過ぎると後遺症がひどくなりますよ? あとで苦しむ案件です」
「キサマはさっきから一体なんの話をしているのだ?」
「ですから、質の悪い病気のですね」
「だから吾輩は健康だと言っているだろうが」
ダメだ。会話がまるで通じない。それも仕方ないか。そもそも喋っている言語からして違うのだ。お互い通底しているものがない以上、意思疎通が難しいのは仕方のない事柄なのかもしれない。
しょうがない。あまり後遺症がひどくならないようなものを選んで、提示しておくか。
「そうですね。これとか、どうですか……?」
僕はそう言って、虚空ディメンジョンバッグに入れておいた指ぬきグローブを取り出す。
「ほう? 手袋か。いい趣味をしているな。なんだかんだ言ってキサマもわかっているではないか」
「いえ、別にわかっているというわけではなくてですね」
「おお! なんだこれは! なんか異様にかっこいいぞ! こう、手の甲についている金属のプレートもなかなかいい! なんだかんだ言ってキサマもいいものを持ってるじゃないか!」
「……よろこんでいただけて何よりです」
そうだね。僕もこれを着けて喜んでいた時期があったから、これに関しては何も言えないよ。あと弾帯ベルトとか、コートとか、スカーフとかね。この辺り多分にヒーローの影響があるからなんだけどさ。
「それで、これはいくらだ?」
「あ、お買い上げになるんです?」
「無論だ。このような機会、見逃すつもりはない」
「では銀貨一枚で」
「銀貨一枚だと? そんな遠慮しなくてももっと取ればよいではないか。材質もかなりいいだろう?」
「いえマジでこれそのくらいの値段なので」
「本当か? まあキサマが良いならいいのだが……ふふ。キサマがどうしてもと望むなら、吾輩の組織の幹部にしてやってもいいぞ?」
「遠慮しておきます。僕は悪の組織とは相性最悪なので」
「む、そうか。まあいい」
アリスさんは早速指ぬきグローブを手に嵌めて、嬉しそうにしている。「すごい、かっこいい……」と言ってメチャうっとりで超ご満悦だ。数年後に容赦なく降りかかってくるであろう強烈な後遺症のことを考えると、やはり憐みを禁じ得ないけどさ。
「やばいと思うんだけどなぁ……」
「だから何を言っているのだ」
「だってさ。ほら、あるじゃん? 自分ですげーカッコイイと思ってやってたけど、あとで思い返して滅茶苦茶恥ずかしくなって悶絶することとかさ? 僕の考えたかっこいい口上を叫んだりととか、大人ぶって美味しくないものを美味しいって言って食べたりとか……さっきだって周りを気にせずかっこいい包帯の巻き方とか声高に叫んで垂れ流したでしょ?」
「うぐぅっ!?」
「あとはあれかな。一人で部屋にいるとき、必殺技の名前を叫んでみたりとかね? 中には技の名前に自分の名前を入れる人もいて――」
「馬鹿キサマ! 範囲せん滅魔法を使うのはやめろ! 被害甚大ではないか!」
「え?」
うん? どういうことだ? 範囲せん滅魔法とかなんの話だろう。
僕がイマイチ理解できず、首を傾げていたそんなときだ。
「うがあああああああああああ! やめろぉおおおおおおおお!」
「お、俺の! 俺の過去をほじくり返さないでくれぇええええええ!」
「あああ! ああああああああああああああああああああああああ!」
「どうしてあのとき俺は自分の名前を入れるようにしてしまったんだぁー!」
そんなことを叫んでる人たちがぼちぼちいて、ギルドの食堂はマジ阿鼻叫喚の巷に変貌した。
もうねこれ、某人型機動兵器アニメの種バージョンに登場する、一つ目の巨人の名前を冠した巨大電子レンジ兵器を使ったときくらいの効果があるよ。あれは見てる方もトラウマだったことをここに明記しておきたい。ス○ポビッチが爆発したとき以来のトラウマだったよアレは。
他方、たまたま近くを通りかかった一番受付のイーシャリアさんも効果範囲に入っていたらしく、一人その場に蹲って「言うな! 言わないでくれ! うぁああああ!」と言って耳を塞いで悶えていた。あの人そんなキャラだったのか。意外だ。もしかしてあの片目隠れって病気の名残りとかそんなのだったのかな。
なんていうか、目が点になるのを止められないよ。
横を向くと、アリスさんが悪人でも見るような目で僕を見ていた。
「なんてヤツだキサマは。吾輩はある程度耐性あるからいいものを、他の者は精神的に無防備なのだぞ?」
「いやぁ、まさか僕もここまで効果を及ぼすとは思わなくて」
「キサマ魔法使いのくせに言葉の力というものを甘く見過ぎではないか!?」
「なんかすごくそれっぽいセリフだけど、中身のことよくよく考えると結構内容ひどいと思わないそれ? ふつー攻撃的な魔法に使うものでしょ?」
「それも十分攻撃的だわ馬鹿者!」
でもそっか、ならこういうのも効果あるのかな。
「じゃあさ、『みんなー、これから二人一組になってー』とかいうのも……」
僕が言いかけた、そんなときだ。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああ!」
「うげぇえええええええええええええええええええええええええ!」
「やめろ! やめてくれ! それは俺に効きすぎるぅううううう!」
悲痛な叫び声を上げたのは、さっき声を上げた人たちじゃなくて、主にいまもソロで活動している冒険者にカテゴライズされる人たちだった。
やはりその場で蹲ったり、頭を抱えてイヤイヤしたりと、反応がやたらと激しい。
生石灰に水ぶっかけたときとか、硫酸に砂糖ぶち込んだときとか、それくらいの激しさがあるよ。
他方、イーシャリアさんは床にうつぶせになって倒れていて、まったく全然ピクリとも動かない。大丈夫だろうか。死んでないだろうかアレ。
「はぁ、はぁ……き、キサマは悪魔か? そんな凶悪な呪文をなんの躊躇もなくポンポン口にするなど、人の心をどこかに置き忘れてきたとしか思えんぞ?」
「ひどい言い草だよ。っていうか息切れさせるなんて、さすがにダメージ受けすぎでしょアリスさん……」
「キサマぁ……持たざる者の痛みを知らぬとは、いつか吾輩が成敗してやるからな」
「ちょっとなんか僕すごい悪者になってない? ゲームの裏ボスみたいな立ち位置じゃんそれ」
いやまあ、そういう子はいるとは聞いてるけど。小中高と僕のいた&いるクラスにはそんな子一人もいなかったから、その辺あんまりよくわからないんだよね……。
しばらくして、アリスさんも落ち着いたらしい。
……うん。しばらくしないと落ち着かないっていうのもあれだけどさ。
「他には何かいいアイテムはないか?」
「他は……そうですね。手持ちはないですけど、こういうのとかどうです?」
僕はポッケからスマホを取り出して、ダウンロードしていた画像をいくつか呼び出す。
どれもこれもそれっぽさを備えた品だ。
お土産のキーホルダーしかり、かっこいい懐中時計しかりである。
「おお! すごいな! これも持っているのか?」
「えーっと、キーホルダーはあげちゃったし、オーダーメイドの懐中時計って結構するから入手は難しいかなぁ」
「そうか……だが、これはいいな。見ているだけで想像力が掻き立てられる」
アリスさんは、画像を見てかなり興奮している。やっぱりこういうの、異世界人でも琴線に触れるんだね。いやー人類はホント業が深いよ。
そんなときだ。
アリスさんが物欲しそうな目をして、僕の手元を見ているのに気付いた。
「あのな吾輩、それが最も気になっているのだが?」
「それって……これですか?」
そう、アリスさんが興味を示したのは、僕が手に持っていじっていたスマホだった。
「お前がそれに触れるたびに描かれた絵や文字が変化し、様々な絵が出てくる。そんな道具は見たことがない……」
「いやさすがにこれはダメですよ! 無理です無理です!」
「えー! 欲しいー! 吾輩も欲しいぞー!」
「そんなわがまま言われても困りますって、それにここで使っても機能なんてほとんど使えないですし、そもそもこれには充電って問題があってですね」
僕は問題点をいくつか挙げて説得を試みたけど、まあそんなの聞いちゃくれないよね。
アリスさんは欲しい欲しいと駄々をこねて、僕に寄越せアピールをしてくる。
だけど、それも長くは続かなかった。
「ぐぬぬ……よかろう。ならば悪の組織の人間のやり方で行かせてもらう。手に入らないのなら力づくで奪い取るまでよ!」
「いやそれはちょっとやめて欲しいって言うか――」
「問答無用!」
アリスさんはそう言って勢いよく立ち上がった。
「ちょ、ここでやるつもりですか!? 正面ホールですよ!?」
「当たり前だ! それにこの前のこともある!」
「それって前のバトルのことで?」
「その通り! 負けたままというのも気に食わぬからな! そもそも悪の組織の人間に倫理など問うな!」
「さすがにここじゃマズいって……」
僕はそう言いながら、危機を察して大きく後方に飛ぶ。
他の魔法使いが暴れようとするなら、僕にも止められるかもしれないけど、アリスさんは強力な魔法使いだ。鎮圧が簡単にいくものじゃないっていうのは、この前の戦闘でよくわかっている。
ともあれ、彼女が魔力を解放したことにより、周囲はにわかに騒然となった。「なんだ?」「ケンカか?」とかいうざわめきが広がり、僕のように「ここは正面ホールだぞ!」「バカか!? やめやがれ!」などと言う人も出てくる。
確かに正面ホールや食堂でのケンカはよく見るけれど、これはそんなのとは規模が違う。完全にやっちゃダメなヤツだ。
「あいつを止めろ!」
「魔法だ! 魔法を使え!」
外野がアリスさんの凶行を止めようと、拘束するタイプの魔法を撃ち込む。
ありふれた拘束系の汎用魔法だけでなく、空気で作った圧力の檻、粘度を高めた水分を綱状にして縛り付ける試みなど、様々なものだ。
だけど、それらはすぐにはじき返された。
「は――そのような程度の低い魔法が吾輩に通用すると思ってか!」
アリスさんは腕を組んで、誇らしげに胸を張った。絶賛問題行動起こしてるのに、よくそんな自慢げにできるよ。僕に面の皮どうこうとか言えないぞ。
アリスさんがさらに魔力を高めると、強い魔力風が放射状に巻き起こった。
僕はサファリハットが飛ばされないよう、しっかり押さえる。
「今日はこの前のように油断はせぬ。その証拠がこれだ。周囲を高密度の魔力で覆い、低い位階の魔法を無効化する高等技術! フォース・レイメント! 生半可な魔法など食らわぬぞ!」
「む――」
『魔力被膜』の高等技術だ。確かにそれを使えば、位階の低い魔法は受け付けなくなる。
でもそうなると、だ。このままでは、場はアリスさんの独壇場だ。好きかってし放題になるし、勢いのままに僕のスマホを力づくで奪おうとするだろう。
そうなると僕も抵抗しないといけないから魔法を使うことになるし、さすがにマズい。
「仕方ないなぁ……」
僕は彼女の説得を諦め、虚空ディメンジョンバッグを解放する。
「ふん、またディメンジョンバッグか! だが以前のように油をまくなどの行為を、ここできるかな?」
「いや、それがですね。今日はちょっと趣向を変えようと言いますか」
「ハッ! 何をしようとしているのかは知らんが、いまの吾輩の態勢は完璧だ! いくらキサマとて、そうやすやすと破れるものではないわ! はははははは!」
アリスさん、常に魔力を高め続けている状態だから、それに釣られて気分も昂揚してるんだろうね。思った以上にノリノリである。僕はいまからそれを、ぶち壊すんだけどね。
僕は、気持ちを切り替えるように一呼吸深呼吸。
そして出すのは、本当にマジトーンの声だ。
「アリスさん。僕はいまから君に、とんでもなくひどいことをする。今後君からは鬼畜とかあくまとかそんなことを言われるかもしれない。だから先に謝っておくよ。ごめん」
「な……? ふ、ふん! マジな声で脅して精神的な揺さぶりをかけようというのだろうがそうはいかんぞ!? ちょっとそれっぽい雰囲気だけど怖くなんてないんだからね!? ね!?」
「脅しかどうかはこれを見てから言って欲しいな」
僕がそう言って虚空ディメンジョンバッグから取り出したのは、巨大なタランチュラのリアルなおもちゃだった。
「ひえ――」
アリスさんの顔が一瞬で引きつった。そりゃそうだ。このおもちゃ、ぱっと見だと本物と違いがわからないし、おもちゃだってわかっててもマジで気持ち悪い。脚もやたらともさもさしてるし、触感だってそれっぽい。しかも、この世界にはこんなリアルな造形の品なんてないのだ。目の当たりにしたときのその衝撃たるや推して知るべしである。
「き、きききキサマ!? ななななななんだそれは!?」
「なんだって、見た通りのものだよ。蜘蛛、いわゆるタランチュラってやつ」
「見た通りって! そんなノーディアネスに出てくるような気持ち悪くてデカい蜘蛛なんかどうして持ってるんだ!?」
「へー、あそこってこんなの出てくるんだ……やだなー。行きたくないなー」
僕はとんでもなく衝撃的なネタバレをされて、物凄くげっそりする。こんなのがモンスターとして出てくるなんてそれこそこの世の地獄だ。ビジュアルはマイ〇クラフトのクモくらいでちょうどいいよほんとマジで。ポケ〇ンのバ〇ュルみたいな神デザインじゃなくてもいいからさ。せめて【巨像の眠る石窟】に出てくる『鋼線蜘蛛』くらいには、スタイリッシュなかっこよさを兼ね備えて、気持ち悪さを押しとどめて欲しい次第である。
「そそそそそれをどうするつもりだ!?」
「どうするつもりって、そんなの決まってるでしょ?」
僕は腹部に取り付けられたスイッチに指をかける。オンオフを切り替えると、やがてタランチュラの足がわしゃわしゃと動き出した。自分で買っておいてなんだけど、すごく気持ち悪いねこれ。単一電池を四本入れるだけでここまで嫌悪感が爆増するとは、現代のおもちゃの進化は本当に侮れないよ。
「う、動いた!? いいいいい生きてる!? おもちゃじゃないのそれ!?」
言動はアレだけど彼女も女の子。効くと思ったけど、やっぱり効果はあるらしい。むしろ覿面そうだ。いつもの2倍のダメージ与えられそう。
僕はすかさずそれを投げつけた。
「くらえ! やべーデカい蜘蛛攻撃!」
「ちょ、キサマ、ばかやめろぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
僕が投げたタランチュラのおもちゃは、焦ってわたわたしているアリスさんの顔面に過たず吸い込まれていった。さすが僕、ナイスコントロール。アリスさんのお顔に、彼女の顔よりも大きなタランチュラのおもちゃが貼り付いた。
「い、いやぁあああああああ! 取って! 取って! 誰かこれ取ってぇえええええ!」
アリスさんは自分では触りたくないのか、振り払おうと暴れるばかり。溢れ出る魔力でぶっ飛ばせばいいんだけど、パニックになって考えがそこまで及ばないらしい。フォース・エソテリカではなく、フォース・レイメントを使っていたのが仇になったわけだ。
そんな彼女に、僕は間を置かずに次弾を装填する。
「いくよ第二攻撃!」
僕がタランチュラのおもちゃに次いで取り出したのは、デカいムカデのおもちゃだ。ゴム製でやたらと光沢がある奴だ。色味がリアル過ぎて気持ち悪いそれを、再びアリスさんに投げつける。
やっとのことでタランチュラを引きはがしたアリスさんの顔に、再び悪夢が襲い掛かった。
「あっ……いいいいいいやぁあああああああああああああ!!」
なんていうか、こう、事件性のある悲鳴が上がる。
「く、くっ付いた! 離れない! 取れない! あああああ感触が気持ち悪い! ヤだぁあああああああああああ!! もうヤだぁああああああああああああああ!!」
このムカデのおもちゃ、さっきのタランチュラと違ってガチで服にくっ付くタイプである。しかもところどころリアルな感触を再現してあるため、触るとマジで気持ち悪い。脚とか脚とか脚とか。見てるだけでマジ背中がぞわぞわするよ。
アリスさん、すでに泣きが入っているけど、でも僕は容赦しないからね。
「ラスト行くよ! そーれ!」
アリスさんの真上でディメンジョンバッグを解放して、大量の虫のおもちゃを浴びせかける。クモ、ゴキブリ、ムカデ、サソリ、アリ、ワーム。おまけにヘビやトカゲまで。これでもかというほどのヤスデも忘れない。不快害虫盛り合わせ大サービスである。
「ひぎゃぁああああああああああああああああああああ!!」
やがてアリスさんは虫の山に埋まってしまった。
そしてとどめの汎用魔法だ。
「ここで必殺、《幻影アンキャニーサイト》! 我が声に応えるならば、いまここに顕現せよ! 血河漂処、虫地獄!」
「へ? アンキャニーってそれって…………ひぃ――」
パニックのせいで、魔法に対する防御が薄れているため、幻覚の魔法が効力を発揮する。
いまアリスさんは、本物の虫にたかられているように見えているはずだ。誰もが一度は想像し、恐怖することだろう。イン○ィージョーンズとかハ○ナプトラを見たせいでね。虫が身体を這う感触とか想像すらしたくないよ。
「ぎぃやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
それは、お腹の底から絞り出すような悲鳴だった。悲痛だけど仕方がない。
…………アリスさんは少しの間藻掻いていたけど、やがて動かなくなった。
「……ちょっとやり過ぎたかな?」
僕はそう言いながらアリスさんを虫のおもちゃの山から掘り起こす。
彼女は哀れ、泡を吹いて白目を剥いていた。
周りから声が聞こえてくる。
「なんてヤツだ」
「女の子に対して容赦なさすぎだろ……」
「とどめに幻覚の魔法使うとか普通あんなこと考えるか? 発想が邪悪すぎんだろ……」
「あくまだ……マジモンのあくまがいるぜ……」
「これが人間のやることかよ……」
周りで見ていた冒険者はみんなドン引きである。
ひどい言い草だ。僕は周りにも被害を出さず、彼女にも怪我をさせないよう、穏便な済ませ方を考えに考え抜いたうえでの行動なのに。師匠のインスタントな鬼畜さと同列に扱わないで欲しい。いや、僕もさっきそんな風に言って脅したけどさ。
怪我というか、心に一生癒せない手ひどい傷を負った可能性はあるけど、そこは見て見ぬふりをしておこう。
ふと見ると、いつの間にか受付嬢たちが受付の前に集まっていた。そりゃああんな騒ぎが起こったのだ。身構えたり、様子を窺ったりもするよね。
受付嬢の一人が僕の方に歩み寄って来る。
受付嬢のトップ、イーシャリア・スヴェンソンさんだ。もう範囲せん滅魔法のダメージは抜け切ったらしい。
「お、オホン。こび……いや、クドー君だったな」
「あ、はい。どうもです。なんか変なことになっちゃってすみません」
「いや、君はあの子の暴走を止めようとしていた方だろう。周りにある物も壊していないし、止め方としては穏便だったと思う」
「そう言っていただけると助かります」
「私も君のことを見くびってようだ。なかなか容赦がないのだな」
「え? あ! いやー、あはは……」
なんかすっごく感心されてる。やっぱそれはアリスさんを虫地獄に陥れたからだろうか、それともさっきの範囲せん滅魔法ありきの言葉だろうか。
他の受付嬢たちが、目を回しているアリスさんを取り囲む。
「……これ絶対トラウマになってるわね」
「今後定期的に夢に出てきそう、てきなー」
「虫まみれにするとか怖すぎだし。そもそもあんなの魔法使いの戦い方じゃないし」
マーヤさんは若干引き気味。
ネムさんは虫のおもちゃを摘まんでぶらぶら。
ライラックさんはデコレーション金棒の先でつんつんしているよ。
そんな珍しい動物みたいに扱わないであげて欲しい。僕が言えたことじゃないけどさ。
イーシャリアさんに確認する。
「あと、アリスさんのことですけど」
「……いや、罰は受けただろうということで受付嬢の方で一致してな。お叱り程度ですませることになった」
「え? そんなので大丈夫なんですか? 仮にも正面ホールでケンカ騒ぎを起こして、無視できなさそうな被害を出そうとしてたんですよ?」
視線の先にはいまだ目を回したままのアリスさんがいた。確かに哀れで仕方がないけど、だからってお咎めがその程度で大丈夫なのか。甚だ疑問である。
「問題ないだろう。それと、さっきの虫のおもちゃをいくつか貸して欲しいんだが、構わないか?」
「構いませんけど」
「うむ。ありがとう。これであの問題児も少しは大人しくなるはずだ」
「…………?」
アリスさん、受付では問題児という認識なのか。やっぱ悪の組織とか彼女の脳内にしかない設定なのかもしれない。
ともあれ、しまったもののいくつかを取り出す。
でっかい蜘蛛のおもちゃを手渡すと、イーシャリアさんは掴んで持ち上げながら「うむ。やはり気持ち悪いな」と言って感心していた。この人も結構不思議だよね。さすが受付嬢筆頭は格が違うぜ。
イーシャリアさんが離れたあと、今度はアシュレイさんが近付いて来る。
「クドーくん。あなたって結構無茶苦茶やるのね」
「あー、僕ですね、悪い人には容赦のリミッターが外れちゃうみたいで、こう、つい、やっちゃうんですよね」
「あの子、やっぱり悪い子なの?」
「たぶんというか絶対です。間違いなく」
「なんなのその妙な確信の仕方は……」
「それはまあ僕の感覚ってヤツなので。まあ、今回は虫のおもちゃ使いましたけど、一応他にもアリスさんと戦うためのブツは用意してるんで、何かあったら教えてください」
「……私。絶対あなたの敵にはならないことにするわ」
アシュレイさんが肩を抱いて身震いする。僕が次にどんな残酷なことをするか思い浮かべたのだろう。
「こういうのは今回だけですって」
「ほんと? やろうと思えばもっとひどいことできるんじゃないの?」
「ほんとほんと。インディアンじゃないけど僕嘘つかない」
「……どの口で言うのよ。どの口で」
「ここだよ。ここ(ポー○ピア連続殺人事件風)」
アシュレイさんはおふざけマシマシの僕との対話を諦めて、イーシャリアさんの方を向く。
「あとイーシャリア先輩の敵にもなりたくないわね。あの人も考えることがエグいわ」
「……?」
なんか知らんけど、アシュレイさんはブツブツとそんなことを言っていた。
……ともあれ、これはあとで聞いた話だけど、イーシャリアさんのお叱りで、アリスさんは泣いて平謝りだったそうだ。「ごめんなさい」「もうしません」「だから虫はもう許して」。おそらく一番受付の受付嬢イーシャリアさんは、僕が貸した虫のおもちゃを使って脅し掛けたのだろう。アシュレイさんの言う通り、確かにエグいわ。




