第41階層 YOUは何しに迷宮へ?
この日の午後、僕は近所の眼科に来ていた。
どうして僕みたいな健康優良児がそんなところに行ったかって? そんなの目は大事だからだ。目は早々病気にはならないとは言っても、定期的に診てもらわないといけないからね。
「晶君、今回の結果だけどね」
「はい」
「まったく問題ないよ。君の目は至って正常、健康以外のなにものでもない」
「そうですか。よかったです」
うむ。何事もなくて本当に良かった。高校生なのに失明とかその他いろいろな目の問題に直面するなんて考えたくもないしね。
僕の担当医である若いお医者さんは、不思議そうな顔をする。
「でも、晶君。目は悪くなってないのにどうして病院に来るんだい?」
「いえ、ちょっと目が心配になるような出来事が最近やたら多くてですね」
「そうかい? まあ、僕たちもちょっとでもおかしなことがあったら受診しに来てとは言うけど、君くらいの年齢ならもうちょっと頻度減らしても問題ないと思うよ?」
「はい。いつもすみません」
「あと、視力の方がまた良くなってるね。これどうなってるの?」
「そ、それは、どうなってるんでしょうね?」
「良くなる秘訣があるなら教えて欲しいんだけどなぁ」
「やっぱ遠くのものをよく見ることですかね……」
あとは自分もレベル制になることくらいだろうか。正直なところそれしか方法はない。
現実逃避してるときとか、僕もよく遠くを見ることにしてるしね。基本的に空ばっかりだけど。
「君の目の良くなり方は異常なんだよ。僕の個人的な研究意欲を高めるくらいにはね」
「へ?」
「これを学会で発表すれば……いや、個人で研究を……ククク」
「ぼ、僕そろそろ帰りますねー……」
眼鏡のブリッジを指で持ち上げ、レンズをキラリと光らせる眼科のお医者さん。僕はそんな漫画やアニメの登場人物でも今日日やらないような不穏なテンプレートを見た瞬間、診察室からそそくさと逃げ出した。こういう人が、悪の組織でマッドな研究し出すんだよね。僕知ってる。
そんな感じでいきつけの眼科に寄ったあと、僕はいつも通り異世界へと遊びに来ていた。
冒険者ギルドの食堂に立ち寄ると、ライオン丸先輩とシーカー先生がいた。
これもなかなか珍しい組み合わせである。だいたい個別に遭遇するから、一緒にいるところとかほとんどというか、全くと言っていいほど見たことはないのだ。
「せんぱーい、せんせーい」
僕が手を振って歩み寄ると、二人ともすぐに気付いてくれた。
「おお、クドーじゃないか!」
「先輩お久しぶりです。先生もお変わりなく」
「おう。クドー、デカい怪我とかしてないか?」
「大丈夫ですよ先生。その辺は最悪自分で治せますし」
「ははははは! 魔法使いなうえポーションも作れるクドーには無用な心配だな!」
先輩ががおがお豪快に笑う。今日も先輩は機嫌が良さそうだ。ライオン的喉エンジンはお酒という名の燃料のおかげか豪快な爆音を上げている。
「でも先輩と先生が一緒にいるのってなんか珍しいですね。しかも食堂で飲んでるなんて」
「そうだな。シーカーとはあまり食堂では飲まんな」
「俺たちの行く店は決まってるしな」
フリーダに行きつけのお店があるのか。行きつけのお店とかなんか憧れちゃうのは、僕が中二病から脱し切れていないからか。え? 行きつけの病院? そんなものは知らん知らん。
「これでも以前はよく一緒に行動してたんだぜ?」
「迷宮でですか?」
「いや、フリーダに来る前だ」
フリーダに来る前のお二人か。一体何をしていたのだろうか。やっぱ魔物とか狩りまくってるモンスターをハントするご職業をしていたんだろうか。
そこで僕はそう言えばと、前にミゲルが言っていたことを思い出した。
「そうだ。先輩の方は確かフリーダに来る前、魔王を倒したとかなんとか聞きましたけど」
「そうだ。俺とシーカーがいたチームだ」
僕はライオン丸先輩が何気なく発した衝撃の事実を聞いて、ぎょっとする。
「ええ! 先生って魔王を倒した勇者の一人だったんですか!?」
「……なんだよ。俺がその一員なのがそんなに意外かよ?」
「いえ実力的には疑うべくもないですけど、なんていうかイメージが合わなくてですね」
「ひでえ。まあ、俺も合ってるとは思ってないけどよ……」
「こう、先生ってどちらかっていうと、普段はギャンブルしまくってクズっぽいムーブしてるけど、でも実は裏で正義の始末屋みたいなことしてる感じじゃないですか?」
「…………」
「くくくくく……」
僕の適当な想像に、シーカー先生はひどく苦い顔を見せ、一方で先輩は忍び笑いを漏らしている。
うん。だってそうなのだ。シーカー先生の持ってる得物が仕込み傘っていうがミソ。滅殺シリーズに登場する職業人みたいな感じだ。晴らせぬ恨みを晴らします的なあれである。
僕は空いていた椅子に腰かけた。ペットボトル入りのジュースで仲間に入れてもらう。
「そう言えば。どうしてお二人は迷宮に潜るんですか? あ、先輩は遊びに来てるって前に冗談で言ってましたけど、まさかあれ本気じゃないですよね?」
「ははは! 俺はそんなこと言っていたか?」
「言ってました。僕が先輩と最初に会ったときに『面白いところがあるぞ。俺もよく遊びに行くんだ』って言って迷宮に連行されましかたから。僕がこうなったのも全部先輩のせいです。うらんでやる」
「ははははははは!」
僕の冗談を聞いてやはり豪快に笑ってる先輩を横目に、シーカー先生は呆れたような視線を向けている。
「ドラケリオンお前それ笑い事じゃねぇだろ……いや、そう言えば俺もクドーと最初に会ったとき、そんな話をされたな」
「先輩に会った次の日に、先輩の紹介で先生に会いに行きましたからね」
ともあれ、だ。
「それでですね、差し支えがなければ、どうして迷宮に潜るのか教えて欲しいなって思いまして」
僕が再度訊ねると、先輩ががおがお笑いを止める。
「ん? ああ、俺が迷宮に潜る理由か。腕を鈍らせないためということもあるが、欲しい物があるからだな」
「欲しいものですか?」
「そうだ。ときにクドー、お前は迷宮幻想というものを知っているか?」
「あー、はい。それなら知ってます知ってます。なんか冒険者間で囁かれる七不思議みたいな胡散臭い噂ですよね。えーっと、なんだったっけ、メモメモっと」
僕はそんなことを言いながら、上着のポケットからメモ帳を取り出す。
異世界ド・メルタや自由都市フリーダ、ガンダキア迷宮の様々な情報を書き留めてあるこれには、確かに迷宮幻想についてのことも書かれていた。
『どんな願いでも叶えることができる【虹の結晶】』
『大量の迷宮鉱石を使用し、鍛えた末に生まれるという【迷宮鋼】』
『迷宮を縄張りに活動する暗殺集団【千手】』
『ガンダキア迷宮の最下層にいるとされる最強のボス級魔物【納骨堂の竜】』
『鋼鉄の叡智に封印されし天使【アウリエル】』
『あらゆる怪我や病気を治すことのできる【百万薬草】』
僕はメモ帳に書かれている内容を読み上げていく。
「こんなんですよね?」
「そうだ。よく知っていたな」
「あー、そういえば最近じゃあなんかアローンポーターとかいうのも増えたんでしたっけ? 迷宮を歩いていると遭遇するとかいう妖精みたいな奴。まーそれは嘘嘘。僕結構な頻度で迷宮潜ってますけど、そんなの全然見たことないし」
僕がそんなことを言うと、何故かシーカー先生の目が点になる。
「いや、だってお前それ……」
「毎日のように潜ってる僕が遭ったことないんですよ? もうちょっと信憑性のある話をぶち上げたらいいのに、なんでこんなのが候補に挙がったんでしょうね?」
「…………」
「ははははははは!!」
先生は呆気に取られたような変顔を見せ、先輩は何故か腹を抱えて笑っている。いまにも椅子が役目を放棄して先輩を床に放り出しそうなほどだ。なんか今の話に笑う要素があったのだろうか。僕は別に面白いことは言ってないと思うけど。
ともあれ、ここに書かれているものは、全部まことしやかな噂だ。信憑性とか度外視で、実際ホントにあるのかどうかもわからないものばかりである。完全に都市伝説都市伝説。
あ、エレベーターで異世界に行く方法は僕的にガチあるんだけども。
というか【百万薬草】とかそもそもポーションのもとになる薬草がある時点で存在する必要がない気がするけど、そこんとこどうなのだろうか。
ライオン丸先輩ことドラケリオンさんが、笑い顔から一転して真剣な表情を見せる。
「ははは、ふー……クドー、俺はな、その中の【虹の結晶】というものを探しているんだ」
「龍玉とか聖杯みたいな奴ですか。さすがにどんな願いでもっていうのはいくらなんでもな気もしますけど」
「……そうだな。だが、探してみる価値はある」
「ロマンって奴ですね」
さすが先輩だ。やっぱ先輩は冒険者っていうのを体現した存在だろう。
「シーカー先生はどうなんです? ガイド以外でも迷宮に潜ってるんですよね?」
「俺か? 俺の潜る理由なんて聞いてもつまらねぇぞ?」
「それは僕が判断しますので」
「ふぅん? まあいい。俺は金稼ぎと人探しさ」
「お金稼ぎは色んな意味ですごくすごーくわかりますけど」
「お前はよ……一言言わなきゃ気が済まねえのかよ?」
「でも迷宮で人探しってどういうことです? フリーダではなくてですか?」
「聞いちゃいねえし」
「ほら、先生。いいからいいから」
僕が話の先を促すと、先生はため息を吐きつつ、話してくれる。
「つまり、迷宮に入って、そのまま中に残ってるってことだ」
「それって遭難したってことじゃなくてですか?」
「そうじゃねえんだ。生きてることはわかってるんだよ」
「でも戻ってこないとかおかしくないですか? 補給とか必要でしょう」
「たぶん外には出てるだろう。そうしないと生きてはいけねえからな」
「そんなことできるんです? 誰にも見つからずに?」
「できるだろ。ギルドも迷宮もこれだけ広くて規模も大きいんだ。そう簡単には探せねえよ」
確かにそうだ。ギルドは冒険者だけでなく職員まで合わせると、それこそ万単位の人が動いている。その中から、隠れた人を探すのは、並大抵の労力ではない。
でも、わざわざ生活しにくい迷宮に引きこもるなんて、どういうことなのだろうか。物凄く人嫌いな人物とか、テレビにときどき出てくる山の中で仙人みたいな生活をしてる人だとか、自給自足の生活にあこがれて家族全員道連れにしちゃった人とか、そんな感じだろうか。
僕が首を傾げていると、シーカー先生は食堂名物のうっすいビールを呷った。
そして、
「大っぴらに戻ってこれない理由があるのさ」
「…………つまり、外を出歩けないくらい悪いことをした人ってことですか」
僕が答えを言い当てると、先生は静かに頷いた。
「はー、フリーダって結構悪い人いますよねー」
「そりゃそうだろ? 悪人がいないところなんて世界のどこ探してもねえって」
「いやまったく先生のおっしゃる通りで」
現代日本もそうだけど、世に悪の種は尽きまじだ。
僕も最近会ったアリスさんとかはちょろっとセンサーにひっかかったくらいだったけど、世の中もっとヤバい悪人とかザラにいる。
え? あっちに座ってるおじいちゃん? おじいちゃんは邪悪なオーラを放ってるだけで悪い人センサーにはかからなかったから大丈夫だ。
「あとは……前に会った獣頭族の人もすごく悪い人でしたね」
「ほう?」
先輩と先生が一斉に僕の方を向いた。
「……黒曜牙ってヤツです。どうやら路地裏界隈では有名だったらしくて」
「ああ、確かに有名だな。だがそういや最近名前を聞かないな。少し前まで定期的に名前が上がってくるほどのワルだったんだが」
「そういえばそうだな。シーカー、お前が殺ったのか?」
「んなことしてねぇよ。むしろいまの俺じゃ分が悪い」
うーむ。やっぱり先生、始末屋稼業とかして滅殺してるんだろうか。そうだとしたら先生の未来が心配になる。仕事人的に。
ふと、僕の方に視線が向けられた。ライオン丸先輩のものだ。
「にしても会ったか。クドー、会っただけで終わったのか?」
「えー、いやー……」
僕は答えに困った。うん。目が自由形でスイミングしているのが自分でもよくわかるよ。
先輩が再度声を掛けてくる。
「クドー」
「えーっと……はい。その当時は弱く一度負けてしまいました。ですがたった一度の敗北であり、二度と負けたりはいたしません……です」
「やったのはお前かよ」
「えへへ……」
シーカー先生に、誤魔化し笑い見せる僕。
「ふむ。平和主義のクドーにしては剣呑だな」
「まあ倒さなきゃいけない悪っていうのはいますしね。あいつはこの世に存在しちゃいけないヤツだったので頑張りました」
「ほう? この世に存在してはいけないとは」
「やってることが邪悪過ぎたんですよ。さすがにアレはダメです」
世の中、性善説とかそんなのぶっ飛ばすくらい邪悪な奴っているのだ。そう言うヤツは、いてはいけない。絶対に。
「クドー、お前……」
「ふふ、そうか。お前も難儀なものだな……」
気付くと、中身を飲み切ったペットボトルは潰れていた。
……まあ、そんな感じでそのあとも先輩たちといろいろな話をしたあと、僕は席を辞して迷宮へと向かった。
「今度みんなにもいろいろ聞いてみようかな」
あんまり気にしていなかったけど、他のみんなもそれぞれ目的があるのだろう。
みんなはどうして迷宮に挑むのか。聞いてみるのもいいかもしれない。




