第38階層 残念魔王現る! 荒野の決闘! そのいち
九藤晶……主人公。最近はモンスターを倒しても思うようにレベルが上がらず、伸び悩み中。
アリス・ドジソン……黄の魔法使い。少女ながら晶に匹敵するレベルを持つ。とある病に罹患中。
今日僕は、迷宮深度15【大烈風の荒野】にいる。
ここはみんな大嫌い第3ルートの最初にある階層だ。新たなルートに出向いた希望に満ち溢れる冒険者たちの前に立ちはだかる、ちょうヤベー階層に行くための第一歩である。ぐえ。
そういやここってあんまり僕的な事件とか事故とか起こってない階層だ。っていうかここ、基本的に中継する階層なので何か起こる前に通過しちゃうから、正直特に何もないという地味階層。ガンダキア迷宮ってどこも特徴というかインパクトがすごくあって、むしろ不必要なくらいにバラエティーに富んでいるけど、ここは他とは違って物凄さが感じられないのだ。僕の感覚が麻痺してるだけって言われればそれまでなんだけど、風が強いってだけだとどうもいまいちガツンと来ない。
むしろ次の階層のインパクトがデカすぎなので、些細な記憶など忘却の彼方に行ってしまうからやっぱり【屎泥の泥浴場】の存在は罪深いのだろうね。
ここを端的に表現すると、岩場と赤土の荒野かな。テレビや動画で見るグランドキャニオンみたいな感じって言えば想像しやすいという諸兄も多いだろう。風がとてもとても強くて、風速15メートルから30メートル級の風がひっきりなしに吹いているという環境。油断していると飛ばされそうになったり、転びそうになったりすることもしばしばだ。もちろん場所によっては穏やかだとか、たまーに風が凪いでいるとかあるけど、大烈風の名に恥じぬ荒れ具合である。家とかは建てられないだろうね。オオカミの鼻息よりも強力だと思われ。むしろこの階層はコヨーテの首をデカくしたモンスターの吼え声の方が強力だ。アレを長く聞いてると頭ガンガンするもの。【犬吠首】。生首だけで動くのマジやめろや。びっくりしておしっこちびるぞ。サファリルックのボトムスが大惨事になるぞ。
あとは階層全域をびよんびよん跳ねまわる『護謨球』とか、巨大湖周辺に出没する『飛び鼈甲』とか。階層は地味だけどモンスターのバリエーションだけは健在である。なんで迷宮に出てくるモンスターはこんなに自己主張が激しいのだろうか。控えめなのは【黄壁遺構】の『蜥蜴皮』とか【暗闇回廊】の『吸血蝙蝠』くらいのもんだ。もっと見習て欲しい限りである。
ともあれそんな階層で、僕は珍妙な光景に出くわした。
ちょっと高くなった岩場の上で、一人の少女が喋っていたのだ。
喋っているというよりは、なんか叫んでるって言うのが正しいかな。
「ふははははははははは! 吾輩の名はアリス! フリーダの裏社会を牛耳る! 七大幹部の一人、アリス・ドジソンである! 魔王アリスと覚えておくがいい!」
うーん、魔王何某さん。どうやらカッコいい口上の練習中らしい。
なんか魔王とかいう、現代世界ではゲームや小説、漫画の中で年間数百数千数単位で倒されている存在を自称して現実味薄いけど、フリーダの裏社会とか、七大幹部とかものすごく物騒なこと言っていらっしゃるのもちょっと気になる次第。
アリスさん、黒髪ツインテ少女だ。そこまでなら別に普通? なんだけど、眼帯を付け、右手に包帯を巻いており、服には鎖をジャラジャラ。さっきのかっこいい? 口上と相俟って完全に特定の病に罹患しているということが如実にわかる様相だ。しかも結構病状がひどい。あれはたぶん完治しても定期的にひどい後遺症に悩まされるだろうことは確定的に明らかである。まさか異世界にもこんな特定疾病に罹患している人間がいるとは思わなかった。見ているだけで僕の小さな心臓が共感性羞恥で痛くなる。
そんで、口上の練習はまだ続いているらしく。
「いや『覚えておくがいい』よりも『見知り置け!』の方がいいか? うーんでもそれじゃなんか締まらないしなー……」
単語の吟味というか、試行錯誤をして頑張っているらしい。向上心があるね。よくない方向にだけど。
「吾輩は天地上下にその名をとどろき響かせる、城砦街の七大幹部が一人、アリス・ドジソンである! 有象無象の愚民どもよ! 吾輩の威光の前にひれ伏すがいい!」
なんか口上がどんどん大仰になって行く。こういうのって身の丈に合わないことを言いまくるとその分自分に返って来るんだけど、いまの彼女には知る由もないか。
「よし! これだ! これが一番しっくりくる! ふふふふふふ、我ながら自分の才能が怖いぞ……」
黒髪眼帯ツインテ少女は、自分のクリエイティブ力の高さに恐怖しているらしい。肩を抱いて小刻みに震えている。すごいね。僕も見ていて背中がムズムズしてくるよ。一応僕も中二的な要素は大好物な分類だけど、あれはダメだ。中二にも種類があるんだ。悲しいけど彼女のそれは僕の守備範囲にはないタイプである。
僕が観劇を終えて帰ろうとしたした折、ふいに強い風が吹いた。
僕は飛ばされそうになったサファリハットを掴む。
どうやらそのせいで、彼女の視界に入ってしまったらしい。
「――え?」
「あ、ども」
黒髪眼帯ツインテ少女はやっと観客である僕の存在に気付いたらしい。目が合った。
「…………」
「…………」
彼女は僕の目を見たせいなのかは知らないけれど、石化の呪いにでもかかったように硬直している。しかも、ピシッ! とかピキッ! とかそんな感じでヒビが入った感じだ。僕も新しい能力が目覚めたのだろうか。メデューサみたいなヤツだ。
……いや、ヤバい。同じ空気を吸っているせいで考え方が彼女のものに汚染されてきているみたいだ。早く頭の中から追い出さないと。
ともあれ、黒髪眼帯ツインテ少女の方はようやく脳みそに現実が浸透してきたのかな。
口から徐々に声が発せられる。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ……」
「あ、どうぞ僕に気にせず続けてください。大丈夫です。誰にだってそんなことを言いたくなる年頃というものがあるってのは理解していますので」
「……聞いていたのか」
「はい」
「……いつからだ」
「多分最初からですね。ふはははははははは! 吾輩の名はアリス! フリーダの裏社会を牛耳る――」
「声真似しなくていい!」
黒髪眼帯ツインテ少女ことアリスさんは、僕の下手くそな声真似に対して全力で叫ぶ。
そして、何故か不穏な笑い声を上げだした。
「ふ、ふふふふふ、ふふふふふ……聞いたのだな? 聞いてしまったのだな? 吾輩の秘密を! 秘密裏に裏社会を牛耳る七大幹部の一人だということを!」
「え? あ、そっちが重要なんです? 僕てっきりかっこいい口上の練習を聞かれたことが恥ずかしくって怒ってるんだとばっかり思ってて――」
「うわぁああああああああああん! そっち! そっちじゃなくて! 吾輩が裏社会の七大幹部だってことだ!」
「あー、はいはい。七大幹部七大幹部 (はなほじ)」
「なんだその薄っぺらい反応は!? 吾輩七大幹部ぞ? 城砦街の重要人物の一人ぞ?」
「そうですねーすごいですねーうわーこわいーおしっこちびりそうだなー…………怖がるのってこれくらいでいいですかね?」
「ば、馬鹿にしおって……」
僕が適当に合わせて適当に切り上げると、アリスさんはプルプル震えだす。
っていうかそんなに口上を聞かれたくなかったら自分の家でやればいいのに。いや、だからこそ風の音がうるさい【大烈風の荒野】でやっていたのか。確かにここなら、よっぽど近くにいないと聞こえないだろうし。あと『犬吠首』の吠え声もうるさいから一番いいまであるか。
アリスさんは憤怒の震えを収めると、コートとスカートの裾をかっこよく翻して僕をキッと睨みつける。
「自分で言っておいてなんだが、聞かれた以上は生かしてはおけん!」
「あ、いまのもそれっぽいセリフですね。悪の組織の幹部ごっこまだ続けるんです?」
「そういう意図で言ったわけじゃない! なんでもかんでもそっちに直結させるな!」
「それは仕方ありませんよ。普段の言動のせいなんですから。一度定着したイメージを払しょくするのって大変なんですよ?」
「そもそもキサマ吾輩と会ったの今日が初めてだろうがぁあああああああああああ!」
アリスさんは叫んだせいで息切れしてる。はあはあと両肩を揺らして大変そうだ。お疲れ様である。
だが、暴走しだした敵意はなくならない。アリスさんはちょっとばかし涙目になりながら、僕をキッと睨みつけている。恥ずかしい場面を見てしまった僕という存在をこの世から抹消したくて抹消したくて仕方がないといった表情だ。
アリスさんは腰にマウントしていた何かを手に持った。魔杖だ。先端にはイエローに輝く宝石がはめ込まれている。
「うわ、君って黄の魔法使いなの!?」
「その通りだ。さあ我の秘密を見てしまった哀れな貴様に大地の力をお見舞いしてやろう!」
アリスさんは尊大そうな態度で言うと、呪文を唱える。
《魔法階梯第二位格、大地よ波打ち掛かれ》
彼女が呪文を唱え終えた直後、彼女の真下に黄色の魔法陣が広がる。
その魔法に呼応するように、地面がさながら岸壁に当たって逆巻く波のように荒れ狂い出した。
その波打ちのたうつ地面が、津波のように波打って僕に迫る。
このままだと当然危ないので、僕も魔法を使って応戦する。
《魔法階梯第二位格、稲妻よ天より貫け》
呪文を唱えた直後、雲一つない空から一筋の雷が降ってくる。
紫色の一条は一直線に津波のようになった大地に突き刺さってそれを破壊。辺りに衝撃波をまき散らす。
だけど、相手は地面だ。雷は地面に落ちるものだし、落ちた雷は地面を通って拡散、分散する。魔法だから威力あるし、一部は吹き飛ぶんだけれど、やっぱり破壊し尽くすことはできなかった。
僕は壊し切れなかった部分をぴょんぴょんと飛び跳ねて回避する。
「うわ、やっぱ通りが悪いや……」
「っ、キサマも魔法使いか!? いや、待て。いまのは、アメイシスの鉄槌ではないか……」
「あ、僕アメイシスのおじさんから加護を貰ってるんで」
「なんだと!? キサマまさか『御遣い』か!」
「え? あー、なんかよくわからないですけどー、そういうすっごい重要そうな名称使うのやめてくれません? なんかそれっぽいことしなくちゃいけないみたいな感じになりそうな予感がバリバリしてくるので僕すっごく嫌だなー」
僕は耳を塞ぐ素振りを見せる。ガッツリ聞いてしまったあとだからもう遅いかもだけど、アメリカの五秒ルールって奴を採用すればまだ間に合うかもしれないというささやかな願いでもある。いや、あれは落とした食べ物に関する話だけどさ。
それはいいけど、でもどうしようか。こっちの魔法の通りが悪いとなると撃退するのも難儀する。黄の魔法使いは防壁を作るのが得意だから、こっちの魔法は土の壁を作るだけで軒並み対処されてしまう恐れがあるからだ。かといって持ち物を使って対処しようにも、効果的なグッズがない。
熊撃退スプレーを吹きかけるとか。
花火の煙幕を使うとか。
ちょうど防犯用のマキビシも切らしてるから遁走もできないかも。
正直結構ヤバい状況。師匠の「魔法使いと戦うことになったらどうする?」という言葉が僕の脳内にリフレインするほどだ。
何かないか、何かないか、何かないか、何かないか……。
そんな某青色のタヌキ風見た目ネコ型ロボットが、整理されていないポケットの中身を探索しているときのセリフを頭の中で繰り返しながら、虚空ディメンジョンバッグに仕舞った物のことを考える。
よし。そうだ。あれがあった。あれを使おう。
僕は虚空ディメンジョンバッグを無造作に開いて、そこから直接無色透明な液体をぶちまける。それはもう大量にだ。
僕が撒いたものはすぐに地面に広がっていく。
アリスさんはそれを見て、小馬鹿にしたような笑みを見せた。
「なんだそれは! 水なんて撒いても――」
「あぶら」
「え?」
「だから、これ、水じゃなくて、あぶらなんだ」
「あぶら……? あぶらって? あの? 火が付くと燃える、あの、あぶらのこと?」
「そうそう。あそこ。採掘場に湧いてるヤツを加工したものだよ」
そう。僕がおもむろにぶちまけたものとは、この前リッキーと一緒に【赤鉄と歯車の採掘場】に潜ったときに見つけた精製済みの原油だった。
僕がにこっと笑いかけると、アリスさんは「ひっ――」と声を出して、引きつった表情を見せる。そりゃそうだ。僕は油を、それはもう大量にぶちまけたのだから。
そして、
「わぁあああああああああああああああああああああああああ!!」
アリスさんが一目散に退避する中。
僕はパチンと指を鳴らした。
僕が発生させた電気はすぐさま気化した油に引火し、地面に広がった油に燃え移り、大きく広がる。
そこら一面が一瞬で炎に包まれる中、アリスさんは安全な場所を探し求めて走り回る。
防壁を造らずに逃げるのは最善手だろうね。引火すれば一瞬で燃え広がるから詠唱する暇なんてないだろうし、この階層は風が強いのですぐ燃え広がるから、わたわたしているとすぐに炎に取り囲まれてしまう。油が広範囲に撒かれている以上、防壁を作ることは自分で逃げ道を塞ぐことにもなりかねないから場所を考えなきゃアウト。
こっちと向こうをシャットアウトするほどの土塁を造れば関係ないけど、そうしたら僕は一散走りでさよならだ。三十六計逃げるに如かず、である。
ちなみに僕は風上にいるので安心安全高みの見物だ。
……ここで炎に雷を通して攻撃ということはしない。一応逃げられるんなら逃げたいしね。
いやー、もう僕の前方は炎で真っ赤っかだよ。煙もくもくの地獄絵図だ。火の粉もひっきりなしに飛んでるしで、暑いし熱いし煙たいよ。あんま近づくと髪の毛とかチリチリしそう。
アリスさんが炎から逃げ回りながら叫ぶ。
「き、きさ、キサマぁ!! いくらなんでもやりすぎだぞ!!」
「でもー! 何もしないで黙ってると魔法攻撃してくるでしょうしー! あ、炎に追いつかれそうですよー! 逃げるのがんばってー!」
「応援してる場合かー! 魔法階梯第二位格! 大地の守り手よ起きよ」
アリスさんは一帯の大地を隆起させ、まるでねずみ返しになったような反り立つ壁を作り出した。炎を包み込むような形で防壁を作り上げたおかげか、必要以上に高くする必要もない感じで炎を抑え込んだ。なるほど、そういう手もあるのか。
まあ、炎はいまだメラメラなんですけどね。
この『大地の守り手よ起きよ』。もともとは黄の魔法使いが好んで使う防御魔法だけど、アレンジがなされているし他の人が遣うよりもかなりうまいようだ。
アリスさんが反り立つ壁の上にぴょんと飛び乗って、僕に指を差してくる。
「はー、はー。キサマ、小癪な真似をしおって……」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めとらんわ! 照れるな!」
「じゃ、ディメンジョンバッグでお水追加しますねー」
「は? 何をやっているのだ馬鹿かキサマは! せっかく作った炎のフィールドを自分で消し去ろうというなど……」
「はーい。では理科の実験でーす。燃えてる油に水を撒くと、一体どうなるでしょう?」
「は? そんなもの消えるに決まって……」
「正解は、水の上に油が浮いて、炎がさらに燃え広がる。もしくは水分が一気に蒸発して、水蒸気爆発を起こす。でしたー」
「うぎゃぁあああああああああ!! ちょっとは容赦しろぉおおおおおおお!!」
僕が水を大量にぶちまけて身を伏せると同時に、炎が爆発的に燃え広がる。
防壁は吹っ飛ぶし、炎は高く舞い上がるしでもう滅茶苦茶。自分でやっておいてなんだけど、下手すりゃ普通に死人が出るレベル。
アリスさんは大声で叫んでから、今度は逃げずに魔法を使う。
「
《魔法階梯第三位格! 降り注げ土砂のどしゃ降り》
全体に大量の土砂が巻かれたおかげで、炎は消え去った。
僕は巻き起こる土煙と押し出された炎を、雷のバリアーで防御する。
小さな粒子が断続的にぶつかる音が聞こえ、視界ゼロの状態に。
やがて土煙が晴れると、そこには採石場の砂山もビックリなほどの土砂が堆く積もっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……これなら確実に消える」
「おー(パチパチ)」
僕がやる気に欠けた拍手を贈っていると、アリスさんの眉毛がピクッと跳ねる。
「キサマ……我のことを馬鹿にしているのか?」
「そんなとないよ? むしろマジで称賛してます。しかも魔法で生み出したこの砂もリアルだしさ。ほら見てよ、色んな粒子がある。石英、ガラス、砂鉄……すごいね。師匠も「高い力量を持つ魔法使いの魔法は真に近づく」ってよく言ってたけど、アリスさんのはこれ完璧だね」
「え? そう? えへへ……そんなに褒められると照れちゃうって――じゃない! 当然だ! キサマは吾輩を誰だと思っているのだ?」
「えっと、ドジさんでしたっけ?」
「ド ジ ソ ン だ! ドジソン! 二度と間違えるな!」
僕が惚けたことを言うと、アリスさんは目を三角にして怒り出す。なんかおもしろいね、この人。
「じゃあ次はこれ――魔法階梯第二位格……」
「第二位格程度の魔法が吾輩に通じるとでも」
《雷よ磁を生み出し界と成せ!》
僕の真下に小さな紫色の魔法陣が展開。
アリスさんが撒いた土砂から、黒い砂が引き寄せられる。
か細い砂鉄の線が複数生まれると、僕はそれを鞭のようにしならせて、アリスさんにけしかけた。
「え? な――!?」
「あ、これはアリスさんの魔法で生まれた砂鉄を利用したものです。電気で磁界を無理やり生み出して、金属を操るっていう使い方をしてまーす」
「たかが砂鉄を操るだけの魔法など恐るるに足らんわ!」
「――へぇ。砂鉄って、金属、鉄なんですよ? それでぶっ叩かれたら、人間どうなると思います?」
「は、そんなもの」
アリスさんはひとまずと言った感じで防壁を作るけど、それは僕の砂鉄の鞭の前にあっさり切り裂かれた。
アリスさんがびっくりしたように身を引く。
「な、なんという威力……」
「これ、常に流動させることで切れ味もバツグンになってます。すごいでしょ」
「ふ、ふん。ちょっとはな! だがそのくらいで調子に乗る――」
「あ、喋ってないできちんと避けてね。これ当たったら普通に死ねるから」
「怖いことをサラッと言うな! サラっと! ちょ、やめ! うわぁあああああああ!」
アリスさんは叫び返しつつも、飛び跳ねたり走ったりして鞭撃を回避。
一方で僕はアリスさんを追い立てるように、砂鉄の鞭を振り回す。
これで彼女との距離を取って、一気に逃げる算段だ。アリスさんは叫びながら逃げ回っている。
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ!」
「ちょ、まてまてまてまて! かすった! いまかすったぞ! 袖が切れてる!」
「吾輩七大幹部ぞ! 七大幹部! こんなことをしてタダで済むと思っているのかキサマ!」
アリスさん、こんなときでも悪の組織のごっこを続けるその遊び心マジたくましい。
そんな中、僕はふいに気付いた。
自分の周りに、いくつか鋭利な先端を持った飛礫が浮き上がっていたことに。
「へ――? まさかこれって!?」
「くはははは! 馬鹿め! 吾輩の逃げっぷりに見とれて油断したな!」
「うわちょっといつの間に魔法を使ったの!」
「ただ叫び声を上げて逃げていたわけではないわ! 時折聞こえないような声できちんと詠唱していたのだ!」
「ちょ、こすーい!」
「こすい言うなこすい! キサマだって魔法使いならこすい詠唱の一回や二回したことあるだろうが!」
「あ、はい! それは全く同意なんですけど!」
「そうだろうそうだろう! キサマは話がわかるじゃないか――じゃなくて! キサマが砂鉄を使うならこっちも磁石よ!」
《魔法階梯第二位格、磁鉄よ追いかけ追い詰めよ》
僕の周りに浮き上がった沢山の礫が、黄色い光を帯び始める。
直後、それらがそれぞれ個々の軌道を取って、僕に向かって飛んできた。
ヤバい。まさかこんなものを忍ばせる魔法を使っているとは。
鋭利な先端を持った礫は僕に向かって飛んでくるというか、むしろ自立して僕を追いかけて来てるというか磁石みたいに引かれて来てる。かわしても、方向転換してくるホーミング性能を発揮。
僕はそれを砂鉄で作った鞭で叩き落とすけど、数が多くて間に合わない。
しかも、よく見ればアリスさんは次の魔法を用意している様子。
(やば……)
……果たしてこの状況で撃つだろう魔法は何か。
いま攻めている状態で、もう一手さらに撃とうとしているなら、威力よりも速さを重視するはず。いまから地面を操作する魔法を使うのは遅いし、岩とかを生み出す魔法も詠唱に時間を要する。選ぶなら第一位格級の魔法だし、それなら周りの物を利用する魔法にするはず。
なら、さっき生み出した大量の砂を使った魔法に間違いない。
〈魔法階梯第一位格、砂塵よ嵐の如く吹き荒れろ〉
やっぱりだ。
だけどいま使っている魔法はひっきりなしに飛んでくる礫の対処に充てているため、砂嵐の防御に使うわけにもいかないし、だからと言ってこれからバリアーを使うのも詠唱の時間がない。
別の魔法で防御できない以上、正味言って詰みの状態。
いきなり絶体絶命だ。
普通なら。
となればここは、以前師匠に教えてもらった超便利技であるエソテリカフォースの出番だろう。
「どぉおおおおおおおおおおおおりゃあああああああああああああああ!!」
僕らしからぬ結構マジが入った大声を出して、大量の魔力を一気に解き放った。
全力で使うとまさに局地的な大爆発だ。
砂嵐は、鋭利な石礫もろとも僕の圧縮魔力によって一瞬で吹き飛んだ。
この階層で吹くものとは別種の強烈な風が巻き起こる。赤土の地面には放射状の跡がっくっきり。威力の程を物語る。
この技最近よく使うけどマジ便利ね。師匠様様である。
一方でその様子を見ていたアリスさんが驚愕に目を剥いた。
「まさか……いまのはエソテリカフォースだと!?」
「その通りです。知っていましたか」
アリスさんはこの技、どうやらご存じらしい。
なんか顔を険しくさせている。
「むむむ、やるな。まさかそんな技も知っているとは……やはりキサマそこいらの魔法使いではないということか」
「いえいえ、僕なんか世界のどこにでーもいるような人畜無害な小市民ですよ。買いかぶらないでください(キリッ)」
「いや魔法使いなら普通自慢するところだと思うんだがそこは……」
「僕自慢とかものすごく苦手でして」
「キサマは一体なんなのだ……」
アリスさんはなんていうか呆れ気味。
そんなこんなで、第二ラウンド開始前のインタバールがそろそろ終わりを告げそうといったところ。
ちょっとアレな場面を見ただけなのに、なんでどうしてこうなった。




