第37階層 珍しい組み合わせで迷宮に
異世界ド・メルタは今日も平和である。
いやね、僕の耳に聞こえてこないだけで、異世界のどこかでとんでもない事件とか、とんでもない争いが起こってるのかもしれないけど、自由都市フリーダでは至って平和って感じ。現代日本みたいに悪の組織が出没して、牛の胃袋みたいな名前の改造怪人がヒーローの安全啓蒙イベントをぶち壊しにするべく襲撃しに来ないから、楽なもんだよ。
正面ホールに併設された食堂では、これから迷宮に潜るor迷宮から帰ってきた冒険者たちが卓を囲んでお食事をしていたり、食堂で提供される不思議料理に舌および脳みそを驚愕させていたり、冒険まったく関係なしにギルドに出てきて酒盛りをしていたりと、いつも通りの平穏さ。
「クドー君、この前のお菓子ある?」
「はいはいどうぞ」
「あと、次は他のお菓子もお願いね」
「ほんと抜け目ないですよね……」
「アキラくん。チョコチョコ!」
「チョコいっぱい出して!」
「わかったわかったわかったから。エキサイトしないで。この量だと銀貨2枚ね」
「えー! リーダーにはタダであげたくせにお金取るのー!」
「オマケしてよオマケ!」
「もうすでに消費税分おまけしてるよ!」
「アキラ。チョコレートが欲しい」
「了解。チョコ気に入った?」
「チョコはおいしい。あと久しぶりにこぉんすぅぷも」
「珍しく醤油がリストにない」
「ショウユウーはまだあるから大丈夫」
なんか知らないけど、バレンタインデーでもないのに周囲にチョコをバラ撒く僕。むしろその日になったら僕がもらう側なんだけど、チョコレートはこの世界にないし、そもそも異世界にはそんなキ〇スト教的な文化なんてないしむしろ神さまがガチでいるので、もらえるはずもないんだけど。
そんなチョコ大好きな人たちに絡まれつつ、この日僕は、いつも通り冒険者ギルドの受付に顔を出していた。
「クドー君クドー君」
「アシュレイさん、どうかしました? もしかしてアシュレイさんもチョコですか?」
「なにそれ? よくわからないけど、もらえる物ならもらっておくわ」
「……はい。どうぞ」
僕は虚空ディメンジョンバッグから、元号的な名前のメーカーが発売しているロングセラーな板チョコを取り出してお渡しする。
アシュレイさんはそれを受付台の脇に置くと、神妙な表情を見せる。
「……急に顔隠したりしてなにしてる?」
「いえ、何も見なかったことにしたいなって。アシュレイさんがマジっぽい顔してるところなんて見てもろくなことありませんし」
「あなたね……」
呆れの声が聞こえる。知らん知らん。アシュレイさんに呆れられるよりも、僕の冒険の方が重要なのだ。いまさら呆れられたくらいで僕の精神は揺るがないぞ。
「クドーくん。いま急ぎの依頼あって、冒険者を募集してるんだけど」
「へーそうなんですか。大変ですねー。いやーギルドって毎度毎度忙しそうだなー」
「そうなのよ。それでね?」
「そうやってナチュラルに人に依頼をぶっこんでくるのやめてもらえません? これでも僕、結構疲れてるんですよ? 昨日なんか牛の胃袋みたいな名前の改造怪人と戦う羽目になったりしてるんです。まあそっちよりも観客とか野次馬の方が手ごわかったですけど」
「よくわからないけど、聞くだけ聞いてもいいんじゃない? こっちも今回のは強制するような依頼ってわけじゃないし」
「……まあそれなら。じゃあ聞くだけで」
受付でアシュレイさんとそんなやり取りがあったあと。
なんと僕は今回その依頼を自主的に受けて、第4ルートは階層深度30『赤鉄と歯車の採掘場』に来ていた。自主的に。ここものすごく大事だ。
「おい、クドーアキラ! お前人の話聞いているのか!? クドーアキラ!」
そんな風にしきりに僕に声を掛けてくるのは、お馴染み緑の魔法使いのリッキー・ルディアノだ。爽やかなグリーンの髪をおかっぱにした少年で、その甘いマスクは年上のお姉さまとかに、わいきゃい言われるタイプ。あと着せ替え人形にもされてしまいそうなタイプでもありそう。
シャツに短パン、白いローブをまとっており、ショルダーバッグを携行。片手には翡翠が取り付けられた杖を持っている。
受付で依頼を受けたあと、ちょうどリッキーの姿を見つけて、同行を頼んだわけだ。
そうなるまでにどんなやり取りがあったかというと。
「クドーアキラ! 今日こそ僕と勝負しろ!」
「あ、リッキー。ちょうどいいや。甘いお菓子あるけど食べる?」
「甘いお菓子だって? ま、まあ、興味はなくもないぞ!」
「じゃあ、はいこれ」
「……変わったお菓子だな。焦げたレンガを薄くしたような見た目してるし」
「なにその変なたとえ。なんでこの世界の人たちってそんな食欲失せるようなたとえばっかするかな」
「ん? なんだこれ。甘くておいしい……」
「食べたね? いま食べたね? じゃあその代わりとして僕に付いてきてもらいまーす」
「は? なんだと!? ちょ! お前引っ張るな! 引っ張るなって!」
この階層、ちょっとというかかなりヤバいので、人手はあった方がいいからだ。
こうして詐欺師もかくやという手段で無理やり引っ張ってきたというわけだ。
「おいったらおい!」
「聞いてる聞いてる聞いてるよー。勝負するって話でしょ? あ、風の魔法切らさないでね。それやってないとここすっごく暑いから」
「お前! ぼくを便利な道具扱いするなよ!」
「でも僕の魔法だと涼しくできないしさー。ほんとリッキーが頼みの綱なんだよ。ほら、飲み物とかいろいろ融通するし、すごく感謝してるし、いやー本当にありがとう」
僕がお礼を言うと、リッキーもさすがにこれ以上は強く出られなかったのか。吐き出そうとしたものが喉元で止まったような、「うっ」と詰まったような表情を見せる。
そして、
「この……これ手伝ったら本当に戦ってくれるんだよな!」
「うんうん戦う戦う。めっちゃ戦うから」
「本当だな! 信じるぞ! 信じるからな!」
「うん」
嘘だけどね。
だってそんなことしたくないし。勝負して得られるものなんて痛みとか怪我くらいのものだよ。要らん要らん。そんな毒にもお薬にもお金にもならないもの、こっちから願い下げだ。
僕は適当に返事をしつつ、リッキーには常に緑の魔法をお願いして、涼しい風を生成してもらっている。
っていうか、そうしなければならない。
そう、ここってそれくらい暑いのだ。もう黙って立っているだけですぐに熱中症になっちゃうくらいにはマジ暑い。レベル制の暴力がなかったら、入って五秒で即回れ右しちゃうくらいには、人がいていい環境じゃない。メキシコにある水晶の洞窟なんて目じゃないぜって言うくらいにはヤベー場所だ。
それが【赤鉄と歯車の採掘場】。第4ルート攻略に挑む冒険者たちの前に立ちはだかる強烈な関門である。
この階層前の『霧の境界』では入るか入るまいか悩んでうだうだしている冒険者が毎度毎度いるくらいには、二の足を踏む場所である。
「今回の消耗具合じゃ厳しいな……」
「俺北の方出身だから暑いのやなんだよなぁ」
「実は俺、朝からお腹痛いの我慢しててさ」
だいたいこんな感じだ。
それで、ここも結構地形が独特だ。階層と階層を行き来する『霧の境界』が坑道に繋がっていて、そこを突き進むと、やがて巨大な円筒状の空間に突き当たる。そこから地下へ向かって螺旋状に階段が続いているというような感じかな。似たようなところで『ノーディアネスの地階』というところもあるらしいけど、こっちは迷宮深度が高すぎて、まだ行ったことがない。僕がよく行く第2ルートにある迷宮深度40【常夜の草原】の次の階層らしい。最低でもこの階層よりも深度が10以上高いとか頭狂ってる。
そこはそのうち、師匠に潜らされる日が来るかもしれないけど。
「うへぇ……」
「どうしたんだ?」
「あー、うん、なんでもないよ。ちょっと嫌なこと考えちゃっただけだから」
「ふうん? まあ、こんなところでへばるなよな」
「大丈夫。熱中症対策はばっちりだから」
もちろんリッキーの魔法でね。
僕がグッドサインを見せると、リッキーは呆れたように息を吐く。
ここ、でっかい歯車とか炉とか鎖とかがあって、どこでも掘り返したように穴ボコという、なんていうか採掘場と製鉄場を丸っと一つにしたような場所で、どこもかしこも現場的な案件が転がっているという有様だ。僕の目には、そこかしこであの安全ヘルメットを被ったネコが指差し確認をしている幻が見えたりする。やっぱ僕は疲れてる。むしろ憑かれてる。インターネット・ミームに。
まあ内観は室内って感じではないんだけどさ。このクソ暑さを除いても【屎泥の泥浴場】とは違う意味で危険な場所だよ。あっちは毒だけど、こっちは周りの物の熱さとか、それに触れることで負ってしまう火傷とか、工場的な巻き込まれとか転落とかそっちのヤベー危険に見舞われることになる。そんな死に方絶対したくないってののオンパレードだ。
っていうかここにある歯車はほんとなんなのかわからない。某怪盗アニメに出てくるカリオストロの時計塔の内部みたいにデカいのがゴロゴロあるし、一部はエレベーターの部品として機能してるんだけど、ほとんどが何に使われてるのかよくわからなくて、謎の動力で常に回転してるという意味不明さ。歯車なんて飾りですとかそんなのなんだろうか。僕は別に偉い人じゃないけどわからない。
こういうのも下手に触ると火傷するので、なるべく近づかないのが鉄則だ。っていうかどこもかしこも熱いからそもそも金属には近付きたくないのが実情である。下手するとお気にの靴をおシャカにしまうかもしれないからね。下手に金属踏んづけて靴裏溶けてぬちゃっとするような羽目になったら目も当てられない。
ここの熱の一端がこの金属群の熱で、大半の原因がここの奥に湧いてる溶岩なのだ。どうやらこの階層って地下にあるらしい。
ガスがないのが唯一の救いである。最近ガスが噴出するところばかりに潜ってる気がするよ。やっぱり防毒マスクは必須かもしれない。
ともあれ、僕はリッキーとわいわい話をしながら、結構奥まで進んできた。ここは以前に師匠と来てるし、潜行前にも正面ホールにある潜行の手引き書である程度のことは把握してるから、まあそこまでおっかなびっくりする感じではない。一番恐れないといけないのは暑さおよび熱さだ。熱中症舐めたらあかんぜよ。毎年これで沢山の人が亡くなっているのだ。ほんと夏の暑さよもう少し容赦してくれ。身体的にも電気代的にも。もう死人出てるんだぞ。
あと『醜面悪鬼』の怖いお顔も忘れてはいけないね。どこからともなく突然飛び出してきて、僕の心臓に多大な負荷をかけては不整脈とか心不全とかの心筋症を引き起こさせようとしてくるヤベーモンスだ。あいつ普通に強いからその辺は警戒しなくちゃいけない。
「この暑さから身を守る汎用魔法も考えないとね」
「それはあったら楽だろうが……汎用魔法なんて作ろうと思って作れるようなものじゃないだろ?」
「そう? 僕この半年で10個くらい作ったよ? まあいろいろ穴はあるけどさ」
「お前……しれっと」
「……?」
僕が首を傾げていると、リッキーは呆れたように吐き捨てる。
「お前「何言ってるの?」みたいな顔をするな。汎用魔法ってのはな、作るの本当に難しいものなんだぞ?」
「それは知ってるよ。師匠も実用性がある魔法を作るのは難度の高いことだって言ってたしね。便利な効果ばかり追いかけると、穴とか副作用とかに目が行かなくなって、落とし穴にはまっちゃうってさ」
「そうだ。だから魔法学園の講師も……っていうかお前師匠いるのか?」
「そりゃいるよ。そうじゃなかったら短期間でこんなに魔法使えるようになってないもの」
「一体どんな師匠なんだ?」
「死ぬほど鬼畜であくまな師匠だよ。HAHAHA……」
「突然目が死んだぞお前……」
リッキーは僕の変貌ぶりに若干引いているというか物理的に身も後ろに引いている。
でも僕がこうして絶望してるのも仕方ない。だってあの師匠なのだ。思い出すだけでいつもの過酷な修業がセットで回想されて、僕の精神をゴリゴリに削ってくるのである。吐きそう。ぐえ。
僕がえずいて顔面蒼白にしていると、リッキーが訊ねてくる。
「で? どんな魔法だ?」
「ん? 汎用魔法のこと?」
「ちょ、ちょっと気になるというか、後学のためにだな、聞いてみたいというか、な」
リッキーは何故か落ち着かない様子。どうしたのか。なんでそんなの訊いただけなのに恥ずかしそうにしているのか。
よくわからないけど、汎用魔法をピックアップする。
「じゃあ……そうだね。『勇心ブレイバーマイン』とかどう?」
「なんだそれ?」
「これ? 勇気の魔法だよ」
「勇気?」
「そうそう。これを使うとね、勇気が溢れてくるんだ」
「はぁ? 勇気が溢れて来るって、そんなのがどう役に立つんだよ?」
リッキーは怪訝な表情を浮かべて、僕に訊いてくる。眉毛がへの字だ。眉間にシワが寄っている。
まあ確かに勇気が溢れるって言われても、ピンと来ないのかもしれないね。
「立つよこれ。めっちゃ立つ立つ。あと一息勇気を振り絞らなきゃいけないときとか、怖いものに出会って動けなくなったときとかさ。あとは元気なくした人を助けることもできたしね」
「む……そう言われると、そうかもとは思えるな」
「使ってみる?」
「まあ、やってもいいが」
了解を得たので、僕はリッキーに勇心ブレイバーマインを使う。
なんていうか、ぽわぽわって感じのエフェクトが発生して、リッキーにまとわりついてから消えた。
「…………」
「どう?」
「なんていうか不思議な感覚だな。気が大きくなったってわけでもないし、なんていうか、なんだろうなこの感覚は……」
リッキーは初めての感覚に出会ったせいで、ちょっと困惑している様子。首を右や左にこっくりこっくり傾げて、なんとも言えない表情を作っている。
「これが、僕が作った魔法の中では一番かな。会心の作ってヤツ」
「……ふーん」
僕はマジで言ってるんだけど、リッキーはこの汎用魔法にいまいち有用性を見いだせていないらしい。
当然と言えば当然か。これの真価が発揮されるのは、心が弱気に支配されたときや気分が落ち込んだとき、塞ぎ込んだときだ。元気なときに掛けてもあんまり意味はないのである。意味なく双子ちゃんとか、ぶらすとふぁいやーの面々とかに掛けでもしたら、暴走することになりかねない魔法でもある。魔法は用法とか用量とか容量とか要領とかも守って正しくお使いください。ぜんぶだいじ、だ。命にかかわる。
「およ? 何か来たかな?」
リッキーとそんな話をしていると、炎が歩いてくるのが視界の端に映った。
いや、炎のモンスターが歩いてくるのが――と言い直した方がこの場合適切だろう。
「クドーアキラ、『火炎男爵』だぞ!」
「さすがに中盤まで来ると出てくるよね中ボス」
『火炎男爵』。こいつはここ『赤鉄と歯車の採掘場』中ボス級のモンスターだ。炎がハットをかぶり、炎の馬にまたがった貴族の形をとっているため、すこぶるかっこいい不思議外見をしている。便宜上炎が歩いてくるって表現したけど、炎の馬に乗っているため歩いてくるという表現は正しくないのかな。それとも全部が一つと考えれば、別に歩いてるでも構わないのか。
まあそんなことはどうでもいい話だ。
「ねえリッキー、あいつに向かって強めの緑の魔法をお願い。ほら、あれ、緑の魔法の簡単なの。緑風よ吹き飛ばせ? だっけ?」
「あいつに効く緑の魔法なんて第二位格級以上だぞ!? 緑風よ吹き飛ばせなんか効くもんか!」
「いいからいいから」
「ああもう! どうなってもしらないからな! 魔法階梯第一位格! 緑風よ吹き飛ばせ(ブリーズジェイド)!」
リッキーが呪文を唱えると同時に、僕は虚空ディメンジョンバッグからホームセンターで買ってきた消火器を取り出した。そしてそのまま、使用手順に則って安全ピンを外し、ホースの先を対象に向け、リッキーの放った風の流れに合わせてブチ撒ける。
――プシャァアアアアアアアアアアアアアアア!
『火炎男爵』は拡散した消火剤に包まれると、核石を残して跡形もなく消え去った。
「うわ、風の魔法の後押しがあると楽ちんだ」
「な……火炎男爵がこんなに簡単に倒せるなんて……」
あんまりに楽々倒せたので、僕もリッキーもびっくりだ。
簡単に倒せたのは消火剤が風の魔法で一気に拡散したからだろうね。
リッキーが消火器に視線を落とす。
「それ、面白い道具だな」
「これね。人類の努力の結晶だよ。みんな火事は嫌だからね。早く消し止めるために努力は惜しまないってことだよきっと」
「よくわからないが、ぼくにも一つ譲ってくれないか?」
「いいけど、これは銀貨5枚くらいもらうよ?」
「銀貨5枚で火炎男爵が楽勝で倒せるなら安いなんてものじゃないぞ? ……ほら」
「じゃあこれね。ちょっと重いから気を付けてね。使うときはしっかりとした地面に置いて、ホースの先端を対象に向けて、このピンを抜いて、レバーをギュってするだけ。あ、さっき使ったので練習していいよ。あとそんなに何回も使えないからその辺も頭に入れておいて」
そう言って残りの消火剤を放射して実演する。リッキーは頭がいいからすぐに覚えるだろう。
やがてリッキーは消火器を虚空ディメンジョンバッグにしまった。
物品を別の空間にしまえる魔法使いは本当に便利極まりない。
「僕が言うのもなんだけど、あんまり道具に頼るのはよくないと思うけどさ」
「わかっている。お前こそ他の手段はあるのか? お前の魔法はあいつにあんまり利かなそうだろ?」
「そうなんだよね。だからいつもは強力な一撃でぶっ飛ばしちゃうってやり方しかないんだー」
「力ずくか」
「他にうまい倒し方がないんだよねぇ。周囲の空気を電気分解しても水素が出ちゃうから余計被害が大きいし……」
「よくわからないが、相性は大事だな」
そうだ。やはり相性はとても大事だ。それはすでに子供の頃から実地で学習している。いまじゃ見た目だけだとなんの属性か判別できないモンスターも結構いるし、しかもこれに特性が関わるから戦術の幅は思った以上に広いのだ。
え? なんの話かって? そんなのポ〇モンの話に決まってる。
「それにしても簡単だったよ。リッキーのおかげだね」
「え? いや、まあ、それほどでもないかな!」
リッキーは「ふふん」と言って得意げに胸を張る。ちょっと褒めるとすぐこれだ。まあだからって油断することもないからいいんだけどさ。
「はいこれ、『火炎男爵』の核石ね」
「……は? いや、いいのか?」
「だってリッキーのおかげでここまで楽して来られたし、そのお礼だよ。お礼。それにほら、僕は他の目的でここに来たわけだから」
「う……うん。そ、それなら、ありがたく受け取っておこうかな?」
リッキーは素直に核石を受け取る。
こういうの、冒険者間では基本分配で話し合いになるけど、今回は僕のお願いで付いてきてもらってるわけだから、そのお礼だ。もちろん任務の報酬はちゃんと別途で分けるんだけどもね。あとこうしてよいしょしておけば、平穏だろうという魂胆も少しはある。というか大半がそれだ。こんな過酷な階層を潜ったあとに、魔法バトルとかやりたくないもの。帰ってご飯食べてお風呂入って寝るのだ。
ともかくこれで僕とのバトルの話は忘却されただろう。リッキーまじちょろい。
一方でリッキーも強がりはしたけど、笑みを隠し切れずに顔に出ている。迷宮深度30『赤鉄と歯車の採掘場』の中ボス級の核石だ。窓口でも結構な値段で引き取ってくれるし、リッキーほどの魔法使いなら自分で加工して独自に販売……ということもできるだろう。
なんだかんだ多才ですごい魔法使いなのになんで僕にこだわるのかは、いまだによくわからないんだけど。
「僕はこいつよりも『醜面悪鬼』の方が苦戦するよ」
「……まあ、それは、そうだな」
リッキーも辟易したような顔で同意してくれる。それも当然だ。
「さっきリッキーもびっくりして逃げたもんねー」
「お、お前だって結構取り乱してただろうが!」
「だって出会い頭に出てくるのは反則でしょ。あんなのびっくりして逃げたくもなるよ」
「あの顔じゃなけりゃな……」
二人してため息が止まらない。だって今日は突然、曲がり角でこんにちはして来たのだ。もう二人ともびっくりで、「ぎゃー!」とか「うわぁああ!」とか叫びながらしばらく逃げ回った。なんとか落ち着きを取り戻したあと、魔法で跡形もなく消し飛ばしたわけだけど。
怖い顔のモンスなんてホント全部滅べばいいのに。
「顔は怖いし好戦的だしさ」
「動きは早し強いしな」
やっぱりあっちの方が中ボス味あるよね。絶対。
ともあれ、階層も中盤まで進むと熱気と陽炎がひどい。
ここまで来ると結構体力も削れてるから、この辺りで遭難っていうパターンがよくあるらしい。僕は虚空ディメンジョンバッグに大量のお水をストックしているから、それを浴びれば問題ないけど、もちろんここには魔法使いじゃない冒険者も潜行している。そういう人たちは、潜るの結構大変だろうと毎度思う次第だ。特にもふもふしている尻尾族の人とか、獣頭族の人たちとかは苦労してるんじゃないかと思う。ライオン丸先輩? 先輩は超人だから大丈夫だよ。
「安全地帯覗いていこっか」
「……ぼくはまだまだ余裕だぞ?」
「リッキーは大丈夫だろうけど、他に大丈夫じゃない人とかいるかもでしょ?」
「辻回復か? お人よしだなお前」
「まー、熱中症ってほんとツラいし」
助けられるのを放って置くというのも心が痛む。
それに、これも神様からの頼まれごとだ。
助けられるなら助けてあげてねって言われてるからね。
僕は神さまのおかげでいつも楽しく冒険者生活を送らせてもらっているし、その辺のお願いは無碍にはできないのである。
案の定、安全地帯には熱にやられて倒れた冒険者がいた。
「う、俺は、もうダメだ……」
「おい、しっかりしろ! このままここで動かなかったら死ぬぞ!」
「そうよ! しっかりして! みんなで正面ホールに帰るのよ!」
「…………」
「…………」
踏み込んだ瞬間、僕とリッキーは一時停止した。
どうやらタイミング的にちょうど男性冒険者さんが意識を失った場面だったらしい。頑張って顔を上げてたけど、首がガクってなって失神中。これが舞台だったら暗転して幕が下りそう。
うん。知ってた。
「…………なんていうかさ、ここって死にかけてる人絶対いるよねー」
「ここはそういう階層だからな。だからお前もわざわざ安全地帯にきたんだろ?」
「まあそうなんだけどさー。もうお約束すぎて言葉もないっていうかね……」
確かにそういうことを考えてここに来たわけだけど、もう少し僕の予想を裏切って欲しいっていうのも本音だ。引き際とかきちんと考えてっていつも思う。備えがないなら無理はしない。そもそも無理するような潜行計画を立てないのが当たり前なのだ。
なんか最近人助けばっかりしてる気がしてならないよ。
「ちょっといいです?」
「あんたは?」
「魔法使いでーす」
そう言って名乗り出ると、お仲間の冒険者さんはまるで神さまでも見つけたように顔を輝かせる。
「すまない……よろしく頼む!」
「じゃ、ちょっと離れててくださいねー」
そう言って、虚空ディメンジョンバッグから2リットルの水が入ったペットボトルを取り出して、中身を熱中症で倒れている男性冒険者にぶっかけた。
「リッキー、その人に冷たい風お願い」
「それは構わないが……そんなことしてよくなるのか?」
「まず身体にこもってる熱から取らないといけないんだよ。この状態の人にすぐ回復魔法かけても効果薄いでしょ?」
「そうかもしれないが……」
リッキーは得心が行かない様子だけど、でも素直に頼みを聞いてくれる。
僕たち現代人には熱中症とか常識だけど、異世界の人たちは情報ネットワークが脆弱だから仕方ない。
魔法で生み出した冷たい風を、水で濡れてびしょびしょな男性冒険者に吹かせ続ける。
一方で僕は虚空ディメンジョンバッグからペットボトルを取り出した。
今度はさっきの水道水を入れたボトルじゃなくて、パッケージが付いたヤツだ。
「じゃあこれ飲ませてください」
「これは?」
「ドラックストアの特売品の一つ、経口補水液オーアールエスです!」
「水じゃないのか?」
「そうそう。あ、みんなの分も出すから飲んでおいた方がいいかな」
そう言って一人ずつに渡していく。
他の人にも飲んでっていったけど、熱中症になる前はポカリとかアクエリの方がいいんだっけ。まあいいや、ミネラルと塩分と糖分と水分摂ってればなんとなくいいでしょ。あとの細かい話はお医者さんに聞いてください。
それが終わったら、今度は回復魔法をかける番だ。
「う……ん……」
「意識が!」
回復魔法を、特に脳や心臓に重点的にかけていると、男性冒険者が目を覚ます。
お仲間の冒険者たちがわっと歓声を上げた。
「よし、これくらいかな」
「ありがとう! 助かった!」
「ポーションの手持ちは大丈夫です?」
「あ、それが……」
「じゃあこれ。お代の方よろしくお願いします」
「何から何まですまない……」
ポーションとお代を引き換えると、冒険者さんは頭を下げる。
「熱中症はつらいからね。動けるうちに脱出してね」
自分だってこんな死に方はしたくないし、こんな目になんて二度とあいたくない。休憩所を覗いたのはこのためだ。助けるために強敵と戦うのはごめんだけど、こうやって回復魔法を使って回るくらいなら全然構わないし、お助け料一億万円とかも請求しないし。
そんな風に、リッキーと共に安全地帯を出ようとした折だ。
「な、なあ」
「うん?」
「あの、俺たちの……」
「おいやめろ! それはマナー違反だぞ!」
さっき意識を取り戻した男性冒険者に、お仲間さんがすごい剣幕で迫る。
男性冒険者も気の迷いってヤツだったのだろう。素直に頭を下げた。
「す、すまん。そうだったな……つい」
これは、冒険者たちの暗黙のルールだ。辻回復をする魔法使いを勧誘してはならない。そんなことしてたらキリがないし、そのせいで辻回復をやらなくなる魔法使いも現れる。そんな善意がなくなっちゃうと、困るのはやっぱり冒険者だ。それゆえ冒険者たちの中でその約束事が固く守られているのだ。勧誘していいのはギルドの外か正面ホールか食堂だけ。そういうわけで、僕もここは聞こえなかったフリをするのである。
僕はリッキーに声を掛けた。
「じゃ、行こっか」
「…………」
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
「……?」
よくわからないけど、リッキーはどこか神妙な様子だ。
「それよりも、溶岩石だよ」
「それが今日ここに来た目的だったな。っていうかお前、なんでそんなもの欲しがるんだ?」
「ときどき行くレストランが急に入り用だって依頼が窓口に来ててさ。それでお手伝いしようかなってね」
「レストランが溶岩石を?」
「ここの溶岩石で肉を焼くとおいしく焼けるんだってさ。たぶん遠赤外線的効果が発揮されるんだと思うよ。きっとでたぶんでおそらくだけどさ」
「ふーん」
リッキーはあまり興味なさそうな返事をする。
まず「そもそもなんで採掘場に溶岩があるんだ」だって? 僕がそんなこと知るもんか。迷宮に聞いてくれ。地下の深いところ掘ったらマグマだまりに行き着いたってことなんでしょ。
(いや、それはそれで怖い)
こんなのちょっと間違えば死ぬ案件だ。やっぱり冒険者稼業は命がけである。
「前から不思議に思ってたんだが、お前ディメンジョンバックにそんなに入るのに、なんで普通のバッグなんか背負ってるんだ?」
「これ持ってると魔法使いだと思われないから楽なんだ。いちいち勧誘断るの面倒だし」
「ああ、なるほどな」
「リッキーなんかは勧誘すごいでしょ? 迷宮傭兵やってるから特にじゃない? 実力はみんな知ってるし」
「まあな。最近は落ち着いたが、それでも二日にいっぺんくらいはあるな」
「だよねぇ。自分で使えるようになるってのも無理だろうし」
「その辺は生まれ持った才能だからな。どうしょうもないさ」
リッキーの言う通り、魔法使いは才能だ。僕は神さまに言われるがままだったからその辺最初はありがたみとかよくわからなかったけど、こうして日本と異世界を行き来しているうちに、魔法使いがほんと少ないのがよくわかった。いや、ポーションマイスターも魔法使いの分類だからその点を見れば少ないってわけじゃないんだけど、彼らは基本的に魔法使いとしての才能が低い人たちばかりだから、冒険できる魔法使いはごく少数だ。
「あ、溶岩石みっけ」
「これか」
僕の目の前には、冷えて固まった溶岩石の塊がゴロゴロ転がっていた。
「これで焼くのか?」
「だね。改めて加工はするんだろうけど、その辺は魔法使いにやってもらえば簡単だろうし」
よくわからないけど、業者に任せるか、風の魔法でも水の魔法でもなんでも使って、カットしてもらえばいいのだ。
にしても、
「なんかここだけやけに涼しいね」
「そうだな。ぼくもここにはこういうところがあるとは聞いていたが、来るのは今日が初めてだ」
「そうなんだ」
僕は辺りを見回す。
ここだけ他のところと違って室内っぽい感じで、暑くないというかむしろひんやりしているレベルで涼しい。すごく快適だ。もう暑いところになんか出たくないって気分にさせられる。
「でもさ、こんなに過ごしやすいんなら、ここを安全地帯にしたらいいんじゃ」
「するのは構わないだろうが、まずここまで来るのが大変だろ?」
「あー、それもそっかー」
いま僕たちがいるところは、階層でもかなり奥まったところにある。しかも、ここから次の階層に繋がる『霧の境界』はちょっと離れた場所にあるから、使う人もそういない。っていうかそもそも大体の冒険者は、この階層を早めに切り上げて次の階層に行っちゃうのだ。需要があるかと問われれば、あるとは言えない。
っていうかここ、送風口っぽいところから涼しい風も来てるし、もしかしたら謎動力で動いている歯車は、ここの温度を保つための空調設備に使われてるのかもしれないね。
僕がせっせと溶岩石を集めている中、ふいに変わったものを見つけた。
水溜まりというか……なんか黒い沼みたいなものだ。なんだろこれ。
「ねえリッキー」
「なんだ?」
「この黒い液体って何かな?」
「それか? それは油だろ」
「油……油ってこれ原油なの? うっそマジ!?」
うわすごい。よく嗅ぐと確かにこの辺油臭いよ。石油王に僕はなるぞむしろなれるぞ。っていうか溶岩がある地帯に原油湧いているとか超怖くない? 何かのはずみで蒸留されたヤツがボカンとなったら軽く死ねるし。ここら辺の地下とか危険地帯ぞ。
「ちょっと周り見てきていい?」
「いいけど、早く済ませろよ」
リッキーの了解を得て、周辺を見る。探索していると、なんかよくわからないデカい設備があった。
いや、これが何なのかは、なんとなくわかるけどさ。
僕はタンクっぽいものを見上げる。
「……これさ、中身ちょっと貰って行ってもいいのかな?」
「構わないんじゃないか? 誰のものでもないだろ?」
「じゃあディメンジョンバッグを開いてっと」
これが企業の所有物じゃないことを祈りつつ、僕はバルブをひねひね。
ディメンジョンバッグに直接流し込む。いやむしろ企業(倒産済もしくはすでに存在しない)じゃなかったらどうしてこんな設備があるんだっていうね。
ともあれディメンジョンバッグ。入れたもの同士は影響し合わないのがありがたい。
四次元ポケット様様である。
「そんなもの何に使うんだ? お前火を熾す道具とか燃料とか別にいっぱい持ってるだろ?」
「これね。モンスと戦うときとか、撒いて火をつけようかなって」
「いや、その油は燃えにくいはずだぞ」
「そっちの黒いのはね。こっちは蒸留されてるヤツだから大丈夫だと思うよ?」
「……まあ大丈夫なら効果的だろうが、お前って戦い方が魔法使いじゃないよな」
「そう?」
「そうだ。魔法使いっていうのは、自分の魔法に矜持を持つものだろ? 魔法のみで倒す。それが一般的な魔法使いのやり方だし、そうすることで自分の実力を誇示する」
「僕はモンス倒せればどうでもいいけどね。そんなのにこだわって負けちゃったら目も当てられないでしょ。戦いは勝たなきゃダメだよ」
「……その辺はお前、現実的だな」
「そうだよ。勝たなきゃならないときはどんなことをしても必ず勝つのが絶対的な正義の在り方だし。僕の幼馴染みの座右の銘も『正義は必ず勝たねばならない』だしね」
「なんだそれは……」
「正々堂々戦っても、得られるのは本人の満足感だけ。それでもなお勝てればいいけど、現実そんなに甘くない。そして、本人の自己満のために巻き込まれる方は堪ったものじゃないんだ。ときには汚名を甘んじて被ってこそ。それが正義ってものさ」
「油ちょろまかしながら言ってるんじゃなかったら、重みがある言葉なんだけどな」
「リッキーそれは言わない約束でしょ」
そんなこんなで、僕たちは目的を達成して、帰路に付いたのだった。
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僕たちは正面ホールに到着したあと、受付に直行する。ご飯も途中の道中で食べたから食堂に行く必要もないし、今日はリッキーのおかげで快適に潜行できたので、洗い場に行って軽く汗を流す必要もない。あそこはホント軽く汚れを落とすだけって感じの設備しかないし。
もし僕が冒険者ギルドのギルド長になったら、まずは洗い場を整備したいね。
目指せ快適なシャワールームだ。ジムにあるものよりスパに近いくらい。むしろ浴場併設したいレベル。それだけで冒険者人気爆上がりのはずだ。
「リッキーもそう思わない?」
「確かにな。浴場があればみんな喜ぶだろうな」
そんな話をしながら、受付に到着。
「アシュレイさーん」
「あ、クドー君お帰りなさい。依頼人の人も来てるわよ? で、収穫はどう?」
「一応いっぱい持ってきましたよ。あ、支配人さんこんにちは」
そこにいたのは、ギルド上階にあるレストランの支配人さんだった。
大きな荷車とそれを引っ張る人夫を連れている。
「この前とつい最近ステーキにニンニクと胡椒をかけてた冒険者様ですね。あなたがこのご依頼を?」
「ええ。いっぱい必要だって聞いたんで、リッキーと頑張って取ってきました」
そう言ったあと、大きな荷車に大量の溶岩石を出した。
「……おお、これだけあれば十分です。いや、依頼を受けてくださったのがお一人しかいなかったので明日のご予約に間に合わないことも覚悟していたのですが……」
高深度階層への急な潜行依頼は、基本的に集まらないのが普通だ。あそこも高位冒険者なら鼻歌混じりに潜れる場所だけど、その高位冒険者がいつもいるとは限らないのだ。しかも、大量に注文があった場合は、魔法使いがいないと持って帰れない。支配人さんにとって条件はかなり厳しかったはずだ。
「にしても明日の予約ですか。こんな急な変更よくあるものなんです?」
「いえ、今回は。レストランを貸し切りにしていた方が、急に溶岩石で焼いたステーキが食べたいとおっしゃいまして……」
「おおぅ……お金持ちとか偉い人のわがまま怖い」
「本当に助かりました」
「加工の方は大丈夫です?」
「はい。そちらもすでに手配していますので、なんとかなるでしょう」
大丈夫そうだ。最悪器用なリッキーにお願いするという手もあったので、その辺は心配してなかったけどね。
「これが今回の依頼の報酬です。それとこれは、レストランからの気持ちということで、お受け取りください」
「あ、優待券だ! ありがとうございます!」
「そちらの方も本当にありがとうございます」
「いや、ぼくは別に……」
リッキーは僕が引っ張ってきただけだから、支配人さんにお礼を言われて困惑している。
でも、僕も支配人さんもWIN WINだ。ほくほく顔である。
「報酬と、あと優待券も山分けしよっか」
「……ああ」
リッキーはやっぱり神妙な様子。
「どしたの? リッキーさっきからなんか元気ないよ? 暑いのにやられた?」
「なんでもないし、暑いのにもやられてない!」
リッキーは何故かツンツンしている。さっきまで普通だったのに、一体どうしたのか。
戦いの話? お礼をいっぱいあげたら忘れて帰ってくれた。リッキーはほんとチョロい。
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