第35階層 中毒性ってなにも薬物だけとは限らないわけで
【登場人物】
ヒロちゃん…………晶の幼馴染み。正義のヒーロー。本名は正木尋。トレードマークは赤。
リッキー・ルディアノ…………緑の魔法使いで、迷宮傭兵として活動中。緑の髪をおかっぱ風にした少年。一人称は『ぼく』。
リンテ・アーティー…………迷宮傭兵。群青色の髪をショートに切りそろえた少女。一人称は『ボク』。
「――最近麻婆豆腐にハマっているんだ」
今日の朝の登校時間に、ヒロちゃんがやにわにそんなことを言い出した。
まあ僕からすればヒロちゃんが唐突なのはいつものことだし、なんら問題はない。あれをしよう、これをしようという突発的かつ無謀無策な思い付きに巻き込んで、望んでもいないハチャメチャな展開にエンカウントするというのはそうそう珍しいことじゃないからだ。むしろ料理のお話とか珍しく穏やかまである。ああ、平和って素晴らしい。
ともあれ。
「それって作る方? それとも食べる方?」
「そんなのどっちもに決まっているだろう? 食べるのも作るのも私は好きだ」
「相変わらず赤いもの好きだよねヒロちゃんは」
「うむ。赤いものはおいしい物やかっこいい物が多い。トマトしかりリンゴしかりイチゴしかり、マフラーしかり麻婆豆腐しかり」
「ラインナップにバラつきあり過ぎないそれ?」
果物野菜から布製品に飛んで果ては中華料理だ。自分で赤いのと言った手前だけど、むしろ大枠の麻婆豆腐は赤くないのではないかという疑問も湧いてきた。いやテレビでやってる麻婆豆腐はだいたい四川風で赤いから多分大丈夫なはず。
「私は未だ見ぬ麻婆豆腐の材料を常に求めている」
「なに? どこかに大冒険の旅にでも出る?」
「密林へな。あとは近所のスーパーと家のキッチンで十分だ」
「まあそうだね」
材料を手に入れたいならやはり密林だろう。ポチっとするだけで近場では手に入りにくい珍しい食材をお手軽に購入できる。もちろん出品者は要確認だ。おかしなところだと品質的にヤベーもんが届く恐れがあることを注意されたし。ちなみに僕は四敗中だ。
「それで? その話を僕にしたこころは?」
「アキはおすすめの麻婆豆腐を知ってるか?」
「僕? 僕は家庭料理の麻婆豆腐しか知らないよ? バツミヤの奴」
「パックの麻婆豆腐はダメだ。一度自作してしまうとああいうのは食べられなくなる」
「なにそれ新手の呪いかなにか?」
「みたいなものだな。私もまさかこんなことになるとは思わなかった……」
ヒロちゃんはなぜか頭を抱えている。自作という行為はそれほど業の深いものなのだろうか。僕は別に迷宮のおいしい物を食べたからって、普通のが食べられなくなったってのはいまのところないけど。
にしても。
「自作ねぇ……」
「アキ。自作はいいぞ。覚えれば結構簡単に作れる。なんならレシピをやろうか? ユアチューブの動画を見るのもいい。やってみないか?」
「うーん。ヒロちゃんがそこまで言うなら、ちょっとやってみようかなぁ……」
「よし! これでアキも私の麻婆豆腐仲間だ!」
そんなこんなで同好の士にされる僕。宿題の答えを見せて勝手にヒーローのお仲間にされた次は、麻婆豆腐仲間だ。作れるようになったら食べさせろと言われるかもしれない。まあその場合は僕もヒロちゃんの麻婆豆腐を食べさせてもらうんだけどさ。
●
僕は麻婆豆腐に必要な食材を求めて迷宮にきた。
いまの僕には食材の匠みたいなテレビに出られるくらいにその筋で有名な知り合いなんていないので、こうしてちょっとの努力で素晴らしいものを手に入れられるとこに来たというわけだ。
異世界ド・メルタには、現代世界には存在しない食材がそれこそ山ほどある。それが迷宮となればなおさらだ。人工交配とかしないで美味しいものが食べられる異世界ほんとすごいと思う今日この頃というかずっと前からだけど。
「まずお豆腐は……真珠豆を近所のお豆腐屋さんに持って行って豆腐にしてもらう!」
手段としてはかなり適当だけど、自分で豆腐を自作するよりも専門家に頼んだ方が間違いない。この前は食堂のおばちゃんに豆乳にしてもらったけど、豆腐となるとどうしても手間と設備が必要になるからね。
「次にひき肉! おいしい豚ひき肉を使いたいから豚っぽいモンスを狩る!」
本場の麻婆豆腐のひき肉って牛肉らしいけど、迷宮食材のおいしい牛肉と言えば『白角牛』となるため、僕には結構入手難度が高い。なので涙を飲んで諦めた。しょっぱい。あと、ラードももらっておく。これでラー油とか作るのだ。作り方は動画で覚えたので多分大丈夫根拠は当社比で30パーセント増しくらいだけど。
「唐辛子とかニンニクは僕のとこのものでいいかな。いまのところわかんないし」
辛みの決め手の唐辛子と、最終兵器ニンニクは妥協することにした。いまのところこっちで僕の世界以上の物にお目にかかったことはないからだ。
「というわけで、手に入れた食材がこれでーす」
僕は冒険者ギルドの食堂でそう言って、食材をディメンジョンバッグから取り出す。
あ、もちろんこんな一人芝居を一人寂しくやってるわけじゃない。すでにゲストも呼んである。
「おいクドー・アキラ! また僕に変な物を食べさせる気か!?」
一人目のぎせいし……じゃなくてゲストは、リッキーだ。以前はおいしくない物を食べさせてしまったけど、今日はたぶんできっと大丈夫。保険としてド〇ペやコー〇を用意しておいたから準備はばっちりである。
「クドーくん。今日は何を食べさせてくれるの?」
二人目のじっけんだ……じゃなくてゲストは、僕の受付担当であるアシュレイ・ポニーさん。以前においしい物を食べさせてから、ちょくちょく何かないか訊ねてくるようになった。特に真珠豆関連は目の色が変わるので注意されたし僕。
「まさかボクも呼ばれるとはね」
三人目のどくみや……じゃなくてゲストは、この前迷宮でお助けしたリンテ・アーティーさん。今日はたまたま彼女の姿を見つけて、こうして毒見をしてもらうことになった。もちろんおいしい物を食べてもらうと騙って連れてきたことは言うまでもない。
「今日はちょっと料理を作ろうと思いまして」
「クドーくんの持ってくる食べ物はおいしいから期待できるわね。前のもすごくおいしかったし」
「そうなんですか? ぼくはこの前食堂のお粥を改造したものを食べさせられましたけど」
「あらそうなの?」
「ええ。まああのお粥をそのまま食べるよりは随分マシでしたけど」
リッキーはそう言いながらげっそりしている。南無。
「まあでもあれ一応食べられたでしょ?」
「食べられたが! 食べられたが! もとがあのお粥だぞ! お化け蛤なんていう折角の良い食材をあんなものに使うなんてお前どうかしてるんじゃないのか?」
「その件はすでに犯罪者認定されたから。前科二犯だってさ」
「当たり前だ! お詫びのジュースがなかったら受付に報告してるところだ! 前科三犯だったぞ!」
「いや謎のお粥は食堂でも出してるものでしょ……」
謎のお粥がそんなに嫌いなのか。いやまあ僕もあれは嫌いだけどさ。
っていうかそんな話だと、あれをなんの工夫もないまま提供している食堂の人はみんな犯罪者になるのではないか。飯テロ(ガチ)的なヤツだ。死人が出てないから問題になってないだけみたいなヤツ。
そんな話をしていると、リンテさんが僕に訊ねる。
「一応評価はいい方なんだね。おいしいって言ってたけど、どんな食べ物なの?」
「ちょっとピリ辛な食べ物ですよ」
「辛い食べもの? ボクはまあ好きな方だけど。あ、味見で連れて来られたことに関しては傭兵料きちんともらうから」
「え゛!? いえいえ今回僕からお食事提供するんですが……」
「ボクも時間を提供してるよ? それとも、クドーくんはそれと釣り合う分の料理が出てくるの?」
「それは……うごご」
「でしょ? だから大人しく払う払う」
「あの、今日食べるものでどうにか勘弁してくれませんかね?」
僕が食い下がると、リンテさんは少しだけ悩むような素振りを見せる。
「……まあボクも『醜面悪鬼』じゃないさ。この前助けてくれたし、条件を飲むなら無料でいいよ?」
「あ、条件付けるんですね。助けたけど」
「当たり前でしょ。で、条件は甘い物だね。甘い物を用意してくれるならいいよ」
「あれ? リンテさんって甘い物好きなんです?」
「まあね。で、『烈風陣』に渡した飲み物ってこれなに?」
「これか? これはクドー・アキラがときどきくれる飲み物だ」
「ふーんそうなんだ。二人って仲いいの?」
「仲が良いだって? こいつはぼくのライバルだ!」
「なんかそんな感じには見えないけどねー。二人で一緒に迷宮に潜って、おどおどしながら魔物からやたら距離を取って魔法撃ちまくってそう」
「…………」
「…………」
「あれ? なんか図星っぽい?」
「ま、まあな。それが魔法使いの戦い方だしな。あとおどおどは余計だ」
「そうそう。なんか僕もリッキーもおんなじ職種だからチームバランスがあれなんだよね」
「そうね。でも魔法使い二人で潜るんなら、それが一番いいんじゃないかしら」
アシュレイさんフォローナイス。そもそも魔法使いは遠距離主体なのだ。それで戦い方が間違ってるとか言うなら全魔法使いにケンカ売ってることになる。
そんな話もそうなんだけど、リッキーとリンテさん、初めて会うような感じじゃない。
「リンテさんはリッキーと顔見知りなんです?」
「『烈風陣』とは同じ迷宮傭兵だから、同じチームに雇われるときがあるんだ」
「ぼくと『裁断屋』は役割が違うから、顔を合わせる機会は多いな」
「そうなんだ。それで見知った感じなんだね。あと、リンテさんの異名超怖いですね」
僕はヘッドリーパーとか殺意高杉な異名に僕は戦慄を隠せない。持ってる得物も得物だし、確かリンテさんは『剪刀官』と呼ばれる異世界不思議系戦闘職だ。なんていうか首筋がゾワゾワしてくる。
すると、リンテさんはさも不服そうな表情を見せる。
「あーこれね。正直ボクとしてはこの呼ばれ方不服なんだよね。『烈風陣』がうらやましいよ」
「ですよね。ほんとずるい。リッキー誰か偉い人にでも賄賂贈ったんじゃない? 贈賄罪だよ贈賄罪」
「そんな無駄なことやるもんか。そもそも誰に贈ればいいんだって話になるぞ? っていうか付け届けを勝手に違法行為に認定するな」
「アシュレイさん。異名とかあだ名とか、その辺ギルドとしてはどうなんです?」
「私もわからないわね。そういうのって突然湧いて出てくるし……」
「で、それが定着してギルドからもそう呼ばれるんですよね? ギルド無責任過ぎでしょ」
「ボクもどこかに付け届けしたらこの呼ばれ方取り消してもらえないかなー」
「無理だろ。っていうかお前は魔物をあんな風にエグく狩ってるからそうなるんだぞ?」
「ふーん。冒険者目線だとそうなのね。解体業者は綺麗に倒してくれるからありがたいって評判よ?」
うーん。リンテさんってモンスターどんな風に倒してるんだろ。いやまあでっかいハサミを武器にして倒すからエグくならないわけがないんだけどさ。やっぱり時計塔のハサミ男みたいにモンスター追っかけ回すんだろうか。
もし今度一緒に潜ったときに見せてもらおうかな。
「ならせめて首を狩るときにチョキンなんて口で言うな」
「だってハサミで斬るときの音はチョキンでしょ?」
……なんだろう。『ちょきん』ってむしろいい言葉のはずなのに。なんか会話のせいで怖く聞こえるのは気のせいだろうか。赤ずきんに出てくるオオカミのお腹をハサミで裂くくらいえぐい。
ともあれ、リンテさんの興味はリッキーにあげたコーラの方に向いている。
「ねえクドー君、その液体の入った筒から甘い匂いがするよ?」
リンテさんは鼻をクンクンさせて、そんなことを言い出した。
「え? いえ、ペットボトルの口は開けてないですよ? リッキーまだ飲んでないよね?」
「ないぞ。これはあとで魔法の研究中にゆっくり飲むつもりだからな」
だよね。魔法の勉強するときは頭めっちゃ使うから糖分消費するし。さすがリッキー合理的な消費のし方だ。
「そのくらいで嗅ぎ分けられないと思われるなんて心外だね。ボクの鼻を舐めないで欲しいよ」
「すごいですね。あ、むしろお鼻は舐めてみたいですね」
「やだー、それ変態の発言でしょ。憲兵に通報ものだよ?」
「クドーくん。おいしい飲み物なら私にも頂戴よー」
「はいはい。ではあとであげますから。もちろん有料で」
「ちょっとお金取るとかケチ臭くなーい?」
「そんなお値段するわけじゃないですから」
「ならタダでもいいんじゃない? お値段しないんでしょ?」
「そう返して来ます? っていうかアシュレイさん大人なんだから食い下がらないでくださいよ……」
アシュレイさんはうだうだ言って僕のことをからかってくる。まあこれもいつものことなんだけどさ。
あ、その辺、リンテさんは大人しくお金を出してくれた。お助けられ料とか傭兵料とかは取ろうとするけど、こういうところは律義らしい。
というわけでコーラの方を二人分も用意することになった。いま出さないのかって? それはダメだ。慣れていないと辛みと炭酸のWコンボで口腔内がやられてしまう恐れがある。
次に僕が出したのは、中華鍋とガスコンロだ。
僕はそれを使って、『大猪豚』で作ったひき肉をこれまた『大猪豚』のラードで炒める。
そこにお酒やお醤油、塩胡椒を軽く振って、ある程度炒まったあと甜麺醤をレシピ分より気持ち少なめにぶち込んだ。
「へえ? なかなかいい匂いするね」
「……こ、今回は結構まともそうだな」
「大丈夫だって。勉強はばっちりだし普通の食材で試作もしてるから」
「あのさあこの匂い結構ヤバくない? 周りの冒険者も反応してるみたいだよ?」
「ほんとね。見学料でも取ろうかしら?」
「あ、それいいですね。そうしましょうか」
「こらこらこらこら……」
アシュレイさんはともかくとして、リンテさんもお金大好きな人らしい。僕がやっていることを見世物にして冒険者たちからお金をふんだくる算段を立てているようだ。
周りからも「すげー良い匂いだな」「やべえ腹減ってきた」「またあいつか……いつもいい匂い振り撒きやがって」とか言われてる。うーん。僕も結構罪深いのかもしれない。いや、まだこれから、もっといい香りがするようになるのだからもっと罪を重ねそうではあるんだけど。
僕はいわゆる炸醤を作り終えたあと、一回火を止めてメイン食材に被せていた覆いを取る。
そこにあったのは、真珠のように真っ白くて光沢のある角切りの物体だった。
一見するとお豆腐に見えるけど、よく見るとお豆腐っぽくないという謎の食材である。
そう、これこそ今回のメイン食材、真珠豆で作ったお豆腐、『お豆腐モドキ』である。
ネーミングが未定なのはご愛嬌だ。『真珠豆腐』だとなんかすでに商標登録してありそうで使うの怖いし。されてなくても被りそうなくらい単純なネーミングだし。
「クドーくん、それはなに?」
「これですか? これはこの前湯葉パーティーしたときのあれを……」
僕がその質問に答えると、言い切る前にアシュレイさんの目の色が変わった。
まるでステーキを前にしたライオン丸先輩もかくやと言うほどのギラつきようだ。
「ちょうだいちょうだいいますぐちょうだい食べさせて!」
「アシュレイさんアシュレイさん! ちょっとちょっと落ち着いて! ステイ! ステイ!」
「これが落ち着いていられるもんですか! 私あれからずっとずぅーっと待ってたんだからね! っていうかどうしてこの前みたいじゃないのよ!?」
「この料理にはこういう風にして使うからですよ」
「ちょっとそれ大丈夫なの?」
「材料は僕が採ってきたものですけど、これはきちんとその道のプロにお任せして作っていただきましたから何の問題もありません。創業百十年目、明治大正から続く老舗お豆腐店の三代目にあたる大ベテランのおじいちゃん謹製です」
「ひゃくね……」
「お前そんな知り合いがいるのか」
「え? うん。よくお豆腐買いに行く近所のお店だしね」
そこには子供の頃からお豆腐を買いによくお使いに出されてるから、顔見知りも顔見知りである。そんな驚くようなことでもないと思うんだけど、この辺りは異世界とは事情が違うのだろうか。
もちろん、味の方もばっちりだ。あのいつもはニコニコ優しいけど味にはうるさいおじいちゃんが「うまい」と言ったくらいの特別な代物だ。このお豆腐モドキがおいしくないことなんてあるはずもない。
あと、お代金に加えおすそ分けとして少し置いて行きました。ご夫妻には長生きして欲しいものである。
というかこの豆腐モドキ、めちゃ味濃いのだ。味噌漬けにして味を凝縮したような、でも豆腐プリンとかゴマ豆腐とかそんなんじゃない感じ。枝豆豆腐とチーズを足して二倍濃縮にしたような感じ。不思議な味わい。でもうまい。頭とろける。
これ、ともすれば麻婆ソースが負けてしまう可能性もあるけど、そこはやってみないとである。何事も挑戦あるのみ。危険なこと以外に限るけどね。
というわけで、お豆腐モドキを味見用の小皿に取り分ける。
「はむ」
「あむ」
「あーん」
三人がそれぞれ、味見用のお豆腐モドキを口に含んだ。
顔色が変わったのは一回目の咀嚼をした、その瞬間だった。
「!!!!!!」
「――ッ!?」
「――――」
もう三者三様。アシュレイさんはにっこにこだし、リッキーは驚いて目を白黒。リンテさんに至っては、ピーンと背筋を伸ばして硬直している。どうしたリンテさん。
「うーん! おいしい!」
「な、なんだこれは……こんな食べ物がこの世にあるのか……」
「…………」
至って普通の反応なアシュレイさんと、妙な衝撃を受けているリッキー。リンテさんはまだ動かない。
リッキーは衝撃のせいでしばらくの間スプーンをぷるぷると震わせていたけど、突然何を思ったのか叫び出す。
「おいクドー・アキラ! ぼくはこれだけでいい! 変なことするよりもこれは素材をそのまま味わった方がいいぞ!」
「変なことってちょっとひどくないそれ? まあ素材の味がすごくいいのは同意だけどさ」
「ならこのままでいいだろうが! お前はどうして食べ物で冒険したがるんだ!」
「それは僕が冒険者だから?」
「食べ物に刺激を求めても後悔するだけだぞ!」
「それ前にスクレも言ってた。っていうかこのやり取り都合二度目」
「う、遅かったか……だがいまならまだ止められる段階だ!」
「いやもう今回の奴は辛い食べ物を作るってことで刺激的なのはすでに決定事項だし。そもそもこれは僕のところではとんでもない人気料理の一つだから大丈夫なんだって」
「そうなのか……?」
「ほら、これと合わせるんだよ」
さっき作った炸醤を小皿に取り分けて渡す。
「あら、これもおいしいわ。ちょっと味濃いけど」
「そうですね。パンに付けて食べたいくらいだ」
アシュレイさんとリッキー、炸醤をちょっと掬ってもぐもぐしているし、お豆腐モドキにかけてにっこにこしながら食べてる。
なんかすでにおいしそうだけど、メインの前にフライングし過ぎだよこの二人。
「もう、これからメインを作るんだから食べ過ぎちゃダメなんだってば…………あれ? リンテさん? どうしましたー?」
僕はいい加減動かないリンテさんに声を掛ける。
「……ふひぇ」
すると突然、彼女の口からそんな妙な声が飛び出してきた。
「へ? え? あの、リンテさん?」
「く、くろーくん。これ、ひゃばい、ひょっと、ボクになに食べさせてくれひぇるの……」
あ、なんかへろへろになった。あのクールなリンテさんが、テーブルに突っ伏して顔をとろけさせている。リンテさんがへろへろ状態とかちょっと面白い。ぴくぴく痙攣しているのを見るとなんかいろんな意味でヤバい匂いがプンプンだけど。
「そうなるわよね。私もそうなったもの。しかも今回のは前のよりもすごいしね」
そんなことを言ってしみじみしだすアシュレイさん。
そう言えば前に真珠豆で湯葉を作ったときは、アシュレイさんと冒険者の女の子も、頭とろけさせてたよね。やっぱり真珠豆で作った食品には頭とろける効果が付与されているのだろうか。やっぱなんかヤバい脳内物質の分泌を誘発させるような化学反応起こすのかもしれない。摂り過ぎは禁断症状まっしぐらかも。
僕はそんなことを考えながら、味見用のお豆腐モドキをスプーンの先でちょっとずつちょっとずつ慎重に食べているリッキーに声を掛けた。
「うーん。どうしてだろ。リッキーは普通なのに」
「馬鹿言え。ぼくがこんな醜態見せられるわけないだろ…………これでも頑張って耐えてるんだ」
「あらすごい精神力。っていうか耐えてるんだったら、口に運ぶの一旦止めたら?」
「それはできない…………うん、うまい」
「……ここの人たちってみんなよくわかんないところで意地張るよね。なんなの?」
そんな会話をしていると、リンテさんが状態異常『とろとろ』から復活する。やっぱこう光で波動的な技で解除したのだろうか。キア〇ルとかシャ〇クとかかもしんないけど。
でもやっぱりへろへろになったのが恥ずかしかったのだろう。顔がやけに赤い。
「ちょっと君どうしてくれるのさこれ。責任取ってよね」
「なんかそのセリフって意味深に聞こえそうでドキドキしますね」
「慰謝料請求って意味だよ。勝手にそんな解釈にしないで欲しいね」
「美味しいもの食べてるはずなのになんで僕の負債が積み上がるのか、これがわからない」
助けられ料、傭兵料ときて慰謝料だ。悪いことなんて一つもしていないのに、なぜこんな風になるのだろう。
リンテさんはちょっとふくれっ面になっている。かわいい。
ともあれ調理再開である。
まず中華鍋にごま油と『大猪豚』のラードを多めに注ぎ込み、ニンニクと生姜の刻んだ奴をぶち込んで、豆板醤を投入。異世界の人に食べていただくことも勘案して、念のため豆鼓醤に関してはオミットした。風味が独特になりかねない。それもあって今回花椒の方もご遠慮する方向である。入れると滅茶苦茶美味しくなるんだけどねこの二つ。
でも今日はなるべくシンプルに行こうと思う次第。
「あー、いい匂ーい!」
香味野菜と豆板醤を炒めたおかげか、アシュレイさんのテンションが上がっていく。
ごま油で豆板醤を炒めたときに立つ香りは刺激的だけどいい香りなのだ。
そのあとは用意していたちょっと薄めの鶏ガラスープを入れ、隠し味のオイスターソース、炸醤を投入して味見。真珠豆で作ったお豆腐は下茹でしないでぶち込んだ。普通は下茹でして豆腐に含まれた水分を出すらしいんだけど、このお豆腐に限ってはそれすら勿体ないまであるのでやめておく。出てくる水分を考えて、濃い目の味付けにしておけばまあ何とかなるだろうという浅はかな考えだ。醤油と塩で整えよう。
片栗粉でとろみ付けしたあと、長ネギの青い部分をこれでもかと放り込む。
「結構手間をかけるんだな」
「そうなんだよね。下処理とか合わせると麻婆豆腐って自分で作ると意外に時間消費しちゃうんだよ。これ手早くおいしく作れる人ってすごいよね」
リッキーとそんな話をしながら、麻婆豆腐を強火で焼く作業に入る。
中華鍋の端から赤い油が浮いてきたところで、火を止めて四つのお皿に盛り付けた。
お皿の端に赤い油が浮いて、ねぎの青い部分が色みよく際立つ。
色彩のコントラストが食欲をそそる。我ながらうまそうだ。
「はい。出来ました」
「これが?」
「そうそう。麻婆豆腐です。辛みは少しだけ控えめにしてあります。もっと辛いのが好みであればこのラー油を振りかけてどうぞ」
僕は市販のラー油を取り出す。ちなみにラードで作ったラー油はなんか失敗した。マジかなしみ。
「辛い油ってこと?」
「そうです。僕はかけないですけどね」
そう言いながら、冷たいお水を出しておく。
コップに氷を入れて、水差しを用意。これで食べる準備万端である。
「ではどうぞ」
「い、いただくわ。じゅる」
「匂いはいいし、大丈夫だとは思うが……」
「クドー君。慰謝料倍増しね。甘いものも追加で」
リンテさんはこのあとどんな状況になるかを踏まえてのセリフだろう。嫌なら拒否ればいいのにとは思うけど、やはり麻婆豆腐の魅惑には勝てないらしい。あと、僕から甘いものをふんだくるつもりでもあるのかもしれない。
……だけど三人とも身構えるばかりで一向に口に入れようとしない。もう迷宮のモンスターを前にしたような感じだ。こんないい匂いがしてたらいち早く口に入れたいと思うようなものだけど、そうじゃないのかな。
三人はそんな状況なので、まず僕が率先して口に入れた。
「ふおっ!」
僕はそのおいしさに思わず声を上げてしまった。
咀嚼するまでもなかったね。味がじんわり広がって、もう一瞬で幸せである。
テレビで見る芸能人が咀嚼もせずに「うまいうまい」言っているのが違和感しかなかったけど、まさか自分がそうなるとは思わなかった。いやでも口に入れてすぐに「うまい」って言う奴はやっぱり信頼できないんだけど。僕も一応口に入れてから数秒あったし。
もはや弾ける美味さ。特別な調味料は使ってないけど、やっぱこの辺は迷宮の食材を使ったためだろう。『大猪豚』のひき肉とラードがいい味出してるんだろうと思われる。
もちろん真珠豆の豆腐もおいしい。ぷりぷりである程度の弾力があり、しっかりと豆の旨みが口の中に広がってくれる。それが麻婆ソースと相俟って、すごくいい。これは止まらない。日本人的にご飯が欲しいまである。なぜ用意しなかった僕よ。
ともあれ、それを見た三人は、意を決して麻婆豆腐を口に入れる。
パク、もぐもぐ。そんな感じで食べているのを眺めたあと。
「はふっ、はふっ」
「……どうです?」
「待ってクドー君。私いま会話できる余裕がないの。話しかけないで」
「あ、ハイ……」
アシュレイさんは麻婆豆腐に滅茶苦茶集中している。鬼とか倒す呼吸とか使えそうな勢いだ。
「リッキーはどう?」
「うまい」
「それは良かった」
「そのまま食べた方がいいと思っていたが、この餡が絡むことで何倍も美味しくなっている。しかもこの辛みがあとを引いて手が止まらなくなる」
「あ、うん」
「うまいぞ。食堂に出たら毎日食べてもいいくらいだ。人気の料理って話も頷ける」
「料理人が作ったらもっとおいしいものになってたと思うよ」
「その辺は……まあ仕方ないだろうな。でもうまいぞ」
リッキー、気に入ってくれたようで何よりだ。
「というかなんだこれは? 手が勝手に動くんだが、魔法か?」
「いやいや僕魔法なんて一切使ってないでしょ」
「嘘をつけ、やっぱり手が止まらないぞ。もぐもぐ」
突然リッキーが妙なことを口走る。僕にいわれのない疑いをかけて魔法冤罪でも吹っ掛けようというのかと思ったけど、そんな考えは隣のリンテさんを見て吹き飛んだ。
「ぐっ、ぶふっ……ふひぇ……」
リンテさん、妙な声を出しながら、それでも食べるのを止めない。目尻にはうっすら涙が浮かんでおり、無理やり食べさせられている感がやけに強い。
当然リッキーもそれを見ているわけで。
「…………お前やっぱりおかしな魔法かけてるんじゃ」
「いや、そんなはずはない……と思うよ? 無意識に使うこととか……そんなにないし」
「あるのかお前」
リッキーは僕の自己防衛的オート使用に呆れている。っていうかそんな無意識に使うのなんてよほど腹が立ったときか、師匠の荒行に堪えているときくらいしかない……はず。
っていうかなんかリンテさんのところだけすっごい忙しい。食べたり何かに堪えるように突っ伏したりと、どったんばったん大騒ぎである。行儀などお空の彼方に吹き飛んでいる。
…………うーん。やっぱり真珠豆で作った料理はヤバいのかもしれないね。
半分くらい食べ終わったリンテさんは、やっと麻婆豆腐の呪縛から解放されたのだろう。
涙目になりながら息を切らせて、肩を上下させている。
「はぁ……はぁ……」
しかも、まるで強敵と戦ったあとみたいに目付きが鋭い。
「あの、大丈夫です?」
「……大丈夫、じゃないよ。なんでご飯を食べてるのに体力を消耗しなくちゃならないのさ」
「え? 体力消耗してるんです?」
僕が訊ねると、リンテさんは身体の状態を確かめるように動かしたり見回したり。
「…………いや、大丈夫だね」
「いや、どっちやねん」
「なんていうか、気分? 辛くて汗出るし。でもおかしいね。一仕事したような気分なのに、すごく元気だよ」
「それでリンテさん、お味の方はいかがでしたでしょうか」
「……もうちょっと食べてみないとわからないね」
「さいですか」
ちょっとぶっきらぼう気味に言うリンテさんに、僕は苦笑する。おかわりを要求するということは、悪くはなかったということだろう。
「クドーくん! 私にもおかわり頂戴! おかわり!」
「ってアシュレイさんもう食べちゃったんですか!?」
「当たり前でしょ! 早く! 鍋に残った分早く! あともっと作って!」
「わかりましたわかりましたからエキサイトしないで! リッキーは食べる?」
「……食べるぞ」
「了解。みんなによそったらまた作るから」
「ボクの分もきちんと入れてよね。ちゃんと見てるから」
「リンテさんやっぱりおいしかったんでしょ?」
「だからそれはもう少し食べてみないと……」
そんなこんなでぎゃあぎゃあ言いながら、麻婆豆腐二回戦目が始まった。
ラー油をかけたり、一応持ってきた花椒をかけてみたりと、二回目以降は結構自由。
僕が食べる分も確保しつつ、結局みんながお腹いっぱいになるまで作らされてしまった。
ちなみにリンテさんに払う傭兵料は免除してもらった。あとリッキーは律義だから食事代払ってくれた。リッキーほんとにいいひと過ぎる。アシュレイさん? アシュレイさんはいつも通りだ。このグループでは一番の大人なのにどうなってんだ。
そんなこんなで、食後の一幕。
「クドー君。また何か作るときはボクも呼んでよね」
「では、そのときはどくみ……じゃなくてゲストとしてまたお願いします」
「っていうか定期的にやってくれない?」
「こういうの、僕の気分によるところが大きいですから」
「ホントこういうのばかりならいいんだけどな。油断するとおかしいものも食べさせられたりするからな……」
「リッキーお粥のこと根に持つね」
「当たり前だ」
そんな風にじゃれていた折のこと。アシュレイさんが話しかけてくる。
「ねえクドーくんクドーくん」
「なんです? アシュレイさん」
「スクレールちゃんの分は良かったの? この前、許さないとかなんとか言われてなかった?」
「…………あ」
その辺のお話、すっかり忘れていたというのは、言うまでもない。
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