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第34階層 かえりみちのできごと


【登場人物】



 九藤晶…………物語の主人公。最近、迷宮に潜る目的の一つであるレベリングもご無沙汰だが……現在のレベルは34。


 師匠…………晶の魔法の師匠。最近の趣味は晶をいじめる……もとい鍛えること。本名はベアトリーゼ・ズィーベントゥリア。レベルは不詳。晶曰く「僕の倍近くあってもおかしくない」らしい。


 ディラン・フロスト…………以前に晶が迷宮で助けた少年冒険者(ダイバー)。最近はレベルも上がって潜行もだいぶ安定してきた。レベルは12。






 ガンダキア迷宮には、迷宮深度18に指定される『水没都市』という階層がある。



 ここは古代ローマ的な建築が水の底に沈んでいるというザ・世界遺産な階層だ。

 よく晴れた日なんか水面に日差しが反射して綺麗だなーとか。

 夏の暑い日なんかちょっと涼みがてらに散歩に来たいなーとか。

 そんな観光気分で来られる場所の一つでもある。もちろんそれは、それなりのレベルがある冒険者(ダイバー)にしか許されないことなんだけど。いやマジで。



 出てくるモンスのほとんどがお魚パラダイスで、フリーダで食べられる水産物のほぼすべてがここで賄われているらしい。ギルド上階にある高級レストランに行けば不思議な色彩の魚類や足が生えたお魚などバリエーションに富んだ水産物をご賞味できる。食堂? うん、食堂にも出るよ。なんかもうすごいのがさ。塩焼きはトラウマレベルで衝撃的だとここに明記しておきたい。両生類を丸まんま塩焼きになんかするなし。せめて揚げ物にしてから出直してこいホントマジで。あと水生生物の括りで足がいっぱいある虫は出さないで欲しい。それはエビとかシャコとかと違うから。味? 味はもちろんおいしかったけどさ。なんか納得いかないよね。おいしい食べ物は見た目も良いであれ。



 あとはここ、深度5の『大森林遺跡』から直で行けるということに注意されたし。新人冒険者(ダイバー)がまかり間違って踏み入ったら最後、彼らでは太刀打ちできないモンスターが大挙して襲い掛かってくるというお手軽即死級のトラップカードが発動する。マジ激流葬。まあ陸地で気付いて引き返せるだけ良心的だ。いや、陸地は陸地でハエトリグサを思わせる『奇怪食花(クロッシュラー)』なる食虫植物の怪物がエサを求めてうろついてるからそこそこ危険なんだけど。いやー、あれは見た目的にもだいぶ怖いよ。どうしてファンタジー映画のモンスターよりも、パニック映画に出てくるモンスターの方が怖いのだろうか。魔法がないだけでああも違うのか。強さ的にはファンタジー映画のモンスターの方がよっぽど強いはずなのに。登場する舞台ってやっぱり重要なんだね。



 ともあれ、ここで下手に建物の残骸を使ってぴょいぴょい飛び石渡りをしようものなら、配管工のおじさんのゲームに登場するたらこ唇の巨大な魚類の如くぱっくりやられることは疑うべくもない。

 だってここ、水の中だけじゃなくて空まで泳ぐサメが出てくるんだもん。なにそのB級映画に出てくる存在。サメ台風か。副題に『最後の鎖鋸』とでも付いちゃうのか。

 アメリカのチェーンソーへの信頼度強すぎる問題。ゾンビだろうがサメだろうが、モンスターにはチェーンソーがあれば解決しちゃうとか。そのうち聖剣とか魔剣とかの括りにチェーンソーが登場するような未来しか見えない。聖鋸? 魔鋸? 漢字に直すと字面がもうヤバいね。



 まあ、僕はいまそんな場所に来てるわけなんだけど。


 なんだけど。


 うん。


 ちょっとね。


 現在進行形でなにしてるかって話なんだけどね。



 ――うん。今日、僕はここで吊るされていた。



 吊るす、と言っても、みんなの前で行われる『吊るし上げ』とかそういう精神に多大な負担をかけるような(つら)く厳しいものじゃなくて、肉体的、物理的に吊るされているのだ。

 正確に言うと吊るされてるってわけじゃなくて、よくしなって丈夫な異世界の巨大なさお竹の先にロープで括りつけられている。やな旅生き餌気分。


 もちろん、僕をこんな目に遭わせられる極悪非道な人物はこの世に一人しかいないわけで――



「師匠? あの、今日のこれは一体どういった趣向でこんなことを?」


「修行だ」



 あ、趣向じゃなくて修行だったのか。異世界自動翻訳と語呂が似ているから間違えてしまったよ。日本語って難しいなぁ。



「うーん。見世物にして羞恥心を鍛えるとかそういうメンタル的修行とかですかね?」


「そうじゃない」


「でもこれじゃあ修行もなにもできないですよ? 腕は縛られて動かせないし、まともに動くこともできないから戦えませんし」


「だが、口は動く。魔法使いは口さえ動けば何とでもなる」


「いや、杖。魔法を使うにはやっぱり杖が重要かなーって思う次第でして」


「なくてもいけるだろ? あれは術者の魔力を適正に、自動調整してくれるだけの便利アイテムだ。術者の魔力の調整が完璧ならなくてもなんら問題ない」


「いけますけど。いけますけどね? やっぱりあるとないとでは素早い魔法の行使に支障が出てしまうといいますか。あ、ほらあそこ! もうモンスターが水面に向かって寄ってきてます! お空からも来てる!」


「ああ、それが狙いだが?」



 師匠は「それがどうした?」と、まるでなんでもないことかのような発言をする。

 なんか僕が異常なことを言っているような気分にさせられる。でも異常なのは僕じゃない。決して。マジで。



「……あの、これ、もしかして、寄って来るモンスをこの状態で倒せってことじゃないですよね? いやー、まさかなー、師匠がそんな非人道的な修行を実施するわけが――」


「そのまさかだ」


「知ってました! 知ってましたよ! くっそー!」



 僕は括り付けられた状態で思い切りジタバタするけどもう遅かった。荒縄はしっかりと結ばれているから、そう簡単には外れない。しかも魔術にある程度耐性があるのか、ちょっとやそっとの魔術や魔力の放出では切れないようになっている念の入れぶり。そこはかとなくというか、かなり多めの殺意が感じられる気がしてならない。



「まあそう心配するなよ。死にそうになったらちゃんと助けてやるからさ」


「それってつまり瀕死にならない限りは助けないってことですよね!? ね!?」


「その通りだ。ちゃんとわかってるじゃないか? ま、せいぜい気張れよな」


「いやちょっと待って、待ってくださいって、ほら、モンスターのデカイお口が迫ってきてるんですけどヤバいヤバいマジしゃれにならないですってうわーサメの歯ってめっちゃびっしり生えてるんですねーこれが乱杭歯ってヤツなんだすっげーなー」


「現実逃避もほどほどにしとけよ?」


「くっそー死ねぇええええええええええ!!」



 僕は空から迫りくる空飛ぶフライングサメモンスターに向かって叫んでいた。

 もちろん、その悪態が師匠に向けてのものだとは、今更言うまでもないことだろう。







 ――この日、俺、デュラン・フロストは『大森林遺跡』を歩いていた。



 もちろん、この階層のモンスターを狩ったり、迷宮素材を採取したり、冒険者(ダイバー)らしいことはやっている。



 ……うん。大体、低階層での探索は安定してきたと思う。クドーさんや、クドーさんに紹介してもらったシーカー先生に、レベル上げのコツや迷宮探索のコツを教えてもらったためだ。

 クドーさんが紹介してくれたシーカー先生はとてもいい人だった。ただ、少し……というか結構ダメ人間っぽいところはあるけど。


 そのダメな部分というのが賭け事が好きなところだ。この前クドーさんと一緒に会ったときも、クドーさんからいろいろ言われてたのが印象的だった。クドーさんは結構毒を吐きがちだけど、あれだけ言うってことはあの人相当賭け事が好きなのだろう。帰り道にクドーさんから「賭け事には絶対手を出しちゃダメだからね」「お酒で寝所を潰すみたいなことになりかねないよ」と何度も念を押して言われた。



 ともあれ、今日は明日の潜行のことを考えて、『大森林遺跡』で軽く流していた折だ。

 なんとあのクドーさんがほうほうの体で歩いていたのだ。そこらで拾ったような木の棒を杖代わりにして、歩くのもやっとというような感じで、正面大ホールへの帰り道を行き倒れ寸前の状態でたどっている。



 意外だった。だってあの魔法使いのクドーさんがこんな風になっているのだ。

 傷だらけで戻って来る冒険者の傍らで、迷宮に鼻歌歌いながら潜っていくあの人が、まさかズタボロになって歩いている。助けてもらった身としてはとてつもない衝撃だったというのは言うまでもない。


 一瞬よく似た他人かとも思ったし、魔法使いの幻覚魔法を受けたとか、潜行(ダイブ)のやり過ぎで疲れているのかとも思ったけど、あんな不思議な格好をした人はそうそういない。



 何があったのか。俺はすぐにクドーさんのもとに駆け寄った。



「く、クドーさん? クドーさん……ですよね?」


「……あ? ディランくん? ちょっとぶりだね、元気してた?」


「俺は元気ですけど、クドーさんは、その、一体……」


「僕は、うん、ちょっとね……ギリギリで限界5秒前かな」



 クドーさんはすでにへとへとだ。会話するのも大変そうである。

 だけどあのクドーさんがこんな風になるなんて。いや、クドーさんにも大変なことがあるのは当たり前か。迷宮に潜って、モンスターと戦って、こんな風にギリギリの状態になるということもあるのかもしれない。クドーさんもこうして見えないところで苦労しているのだ。「ぎりぎり~」とか「崖の上」がどうとかこうとか、死んだ目でぶつぶつ口ずさんでいるのはよくわからないけれど。



「俺一応ポーション持ってますけど使います……?」


「え? ああ、それは大丈夫大丈夫。僕使ってないだけでストック自体はあるから。もったいないもったいない。あ、迷宮で『もったいない』は天敵だから使うべきときは使うようにね」



 クドーさんはそんな助言をしてくれるけど、あまり余裕はなさそうだ。



「その、やっぱり強いモンスターにやられたんですか?」


「うん。すごく凶悪なモンスターにやられてね……」



 やっぱりか。だけど、慎重なクドーさんがこうまで消耗するモンスターというのは一体どんなヤツなのだろうか。きっといまの俺では逆立ちしても勝てないだろう。



「それで、そのモンスターは倒せたんですか?」


「無理無理。隙を見つけて一目散に逃げてきたよ。いやー、間一髪だった……死ぬかと思ったよ。いや、二回くらい死んでるね。精神的に」


「は、はぁ……? でも、無事にここまでこれてよかったですね」


「いや、まだ近くにいるから油断はできないんだよ。気を抜いてると何があるか……いてっ!?」


「え?」



 クドーさんがちょっと挙動不審な感じで辺りを見回していた折、突然痛みに頭をかかえ出した。

 ふと地面を見ると、石ころが転がっていた。こんなものさっきまではなかった。どこからか飛んできたのだろうか。



「もしかしてモンスターの石礫(いしつぶて)ですか!?」


「そうだよ。まだ凶悪なモンスターが僕を狙ってるんだ――痛い痛い痛い痛い! ごめんなさい嘘です嘘です冗談です! 師匠もうやめて死ぬ! 残り少ない体力が削られて死んじゃうから!」


「え? 師匠?」


「う、うん……」



 クドーさんは頷いてから、深刻そうな表情を見せる。

 俺は再度周囲を探すけど、それらしき人はどこにもいなかった。



「上手く隠れてるんだよ。実はね、今日は僕、僕の魔法の師匠にしごかれて、その帰りなんだ」


「じゃあモンスターがいるって言うのは」


「……嘘?」


「……あの、そこどうして疑問なんですか?」



 あ、また石礫が飛んできた。



「ぎゃぁあああああああああ! ちょっと、ほんのちょっとだけ迷っただけじゃないじゃないですか!」



 クドーさんは悲鳴を上げるけど、そこは迷うなと言いたげに、大量の石礫(いしつぶて)が飛んでくる。すごい速度で、狙いも正確。でもそれだけだったらレベルの高いクドーさんにダメージを与えられるはずがないんだけど、どうなっているんだろうか。



 石礫(いしつぶて)の物理的な抗議が収まった折、息が荒いクドーさんに訊ねる。



「修行って、迷宮の中でしたんですか?」


「うん。その方がモンスターも倒せて効率いいからだって」


「激しい修行ですね……」


「ほんとだよ手加減して欲しいよ……でも、手加減すると修行にならないだろって言いだすんだよ? マジでスパルタ。やっぱモンスターなんじゃ……」


「クドーさん、そんなこと言ったらまた……」



 と言っている間にも、また石礫に晒されているクドーさん。「ギャーたすけてー!」と絶叫している。この人、なんで一言多いのやめられないのか。



「うう……もうダメ。おうち帰る……」



 クドーさん、そんな情けないことを言いながら、さめざめ泣き始める。俺のかっこいいクドーさん像が音を立てて崩れそうになったけど、よくよく考えるとクドーさんはもとからこんなひょうきんな人だったことに思い至る。


 クドーさん、こんな状態でも、実際は大丈夫なのだろう。迷宮で安全確認もなくふざけるような人ではないだろうし。もしかすればこのへろへろな感じも演技かもしれないとすら思えてしまう。



「……戻りましょうか」


「そうだね。戻ろう。戻ってSAN値を回復しよう」



 俺とクドーさんはそう確認し合い、冒険者(ダイバーズ)ギルドへの道を進む。

 時折クドーさんは『さんち』なる言葉を口にするけど、どういう意味かは分からない。何かしら精神的なダメージに関することらしいけど、クドーさん曰くこれが削れまくると発狂したり失踪したり狂信者になったりするのだそうだ。クドーさんが言うんだから本当だろう。俺も辛いこととか精神的に参るようなことには気を付けないといけない。



 ともあれ、帰路に着いていた折のこと。

 道の先に、三人くらいの冒険者(ダイバー)が立っていた。

 いかつい顔の冒険者(ダイバー)

 成人にしてはちょっと背の低い冒険者(ダイバー)

 ちゃんと運動してるのか疑問になるくらい巨漢の冒険者(ダイバー)



 そんな三人だ。



 モンスターとの戦闘中というわけでもなく、休んでいるわけでもない。

 こっちを見ながらニヤニヤしている。どこからどう見ても穏やかじゃない。

 おそらく他の冒険者のカモにするタイプの不良冒険者(ダイバー)だろう。



 ……マズい。いまクドーさんはボロボロの状態だ。

 もしいま襲われたら、俺の力だけではどうにもならないかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、冒険者たちがこっちに近寄ってきた。

 いかつい顔の冒険者(ダイバー)が俺に声を掛けてくる。



「おいおい兄ちゃんたち、金持ってねえか?」


「……なんですかあなたたちは? いきなりお金の話なんてされても困るんですが」


「いやな。俺たち最近ちょっと金に困っててな。こうして迷宮に立って他の人間に金銭を援助してもらってんのよ」


「なら他の人を当たってください。俺たちはそんなことに使うお金を持ってませんので」


「そんなこと言うなよ……なぁ!」


「ひょえっ!」



 いかつい顔の冒険者(ダイバー)がドスを利かせた声ですごむと、突然クドーさんがぼっくりしたような声を上げた。



「く、クドーさん!?」


「ちょ、僕怖い顔の人に急に大きな声出されるの得意じゃなくて……」


「へへ。コイツ、アニキの顔を見てビビッてやがるぜ? さすがアニキだ! 顔が怖いだけある!」


「なにが『さすが』だ。森なんかでへばって杖突いて歩いてるようなガキ一人ビビらせるくらい誰だってわけねえだろ?」


「よ、弱そうだな。最近フリーダに来たばかりの新人、かな?」


「お、お前らっ! クドーさんを弱そうだなんて……」


「あ? 弱そうなガキを弱そうって言って何が悪いんだよ?」


「そうそう。弱いのは弱いのらしく、アニキにへこへこしてればいいんだよ」


「腕に自信がないなら冒険者(ダイバー)なんてしないで、地上で大人しく働いていた方がいいんだな」



 俺はクドーさんを馬鹿にされて頭に来たけど、俺が怒鳴ってもあまり効果はなかった。

 すると、いかつい顔の冒険者が余裕を見せるような素振りをする。



「まあ俺も『醜面悪鬼(オーク)』じゃねえ。金を出せば寛大に見逃してやるよ」


「さすがアニキ! 懐は寒いけど広い!」


「お、大人しくあり金全部おいていけ。そうすれば、痛いことはしないでやるんだな」



 不良冒険者(オレンジダイバー)たちがそんなことを言い出す一方で、クドーさんはと言えば。



(……なんかお決まりのセリフだねー。教科書に載ってそうってかんじ)


(……クドーさん、いまはそんなこと言ってる場合じゃ)


(……いやー、大丈夫じゃない? お顔は怖そうだから僕的にちょっとその辺は大丈夫じゃないけど。そもそもこんなところでこんなことしてる連中だよ?)


(……それはそうかもですけど)



 俺たちがそんなひそひそ話をしていると、痩せてのっぽの冒険者(ダイバー)がしびれを切らしたのか。



「ちっ。聞いてんのかこいつら。おい、ガーヤー。こいつらやっちまうぞ」


「へい! ザッコのアニキ! モーブもいいな?」


「お、おう。あり金渡さなかったら、ちょっと痛い目見させる。かわいそうだけど……」



 彼らがそんなことを言った折、突然クドーさんが噴き出した。



「ぷっ!!」


「おいお前。何がおかしい?」


「い、いえ、なんでもないですよ? ちょっと、喉の調子が悪くて。あー、あー、声がうまく出せないなー」


「お前いまアニキのことを笑っただろうが!」


「笑ってない。笑ってないですよ? 僕至って普通の顔じゃないですか?」


「笑いを頑張って堪えてる顔なんだな。絶対そうに決まってるんだな」



 すると、クドーさんは観念したのか。



「だって、モブにガヤにザコって、まんま過ぎるし……その他大勢(モブ)にぎやかし(ガヤ)雑魚(ザコ)じゃん? なにそれどうしてそんな名前が集まるのさ」


「な、なんだとぉおおおおお!?」


「アニキの名前を馬鹿にすんのかテメェは!」


「人の名前を馬鹿にするんなんて許せないんだな。人としてどうかと思うんだな」


「あ、そうですね。その辺は巨漢の方に全面的に同意します。すみませ……ぷっ! すいません、やっぱダメだ。ぶふぉ! 我慢できないっ!」


「て、テメェ……」


「だって我慢できなかったんだもん。っていうかどうしてそんな妙な名前なのさ? 恨むなら僕を恨むな名前を付けた親を恨め。キラキラネームを付ける毒親は未来永劫滅びてしまえ。アリエルとかプーとかヤバすぎてほんと笑えないから。ちなみにプーさんには本名があるというのが豆ね」


「なんの話だ!?」


「こっちの話に決まってるでしょ。別にもとからわかるなんて思って言ってないからいちいち反応しなくてよろしいの。君たちは黙って聞いてるだけでいいの」


「お前っ、立場わかってんのかぁ!? あぁん!?」


「うひぃっ!? だから怖い顔して圧掛けてこないでよ! びっくりするでしょ!」



 クドーさんは肩をびくっとさせて、大きく後ずさりした。



「はっ! もう許さねぇ! このビビりが! 思い知らせてやるよ!」


「アニキ、やっちまいましょー!」


「かわいそうだけど、ちょっと痛い目みてもらうんだな」



 不良冒険者(オレンジダイバー)たちが武器を取り出すと、クドーさんは一度大きく、それはそれは盛大なため息を吐いたあと、諦めたように背中に背負っていたバッグを降ろす。



 そして、



「まあ、いいけど。ただし条件があるよ?」


「く、クドーさん!? ちょっと何言ってるんですか!?」


「いいからいいから。僕に任せなさい」



 言うことに素直に応じるのかと思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。



「あ? お前がアニキに条件を出すのかよ?」


「この期に及んで……面白え。言うだけ言ってみな?」


「僕を倒したらいま持ってるお金全部あげるけど、僕を倒せなかったら金貨一枚もらうから」



 クドーさんはそう言って、金貨の入った袋を横合いに放り投げた。

 ……地面に落ちたとき、すごく重そうな音がした。あれは銅貨や銀貨じゃない。



「手持ちで大体金貨二十枚くらいかな」


「うぉ……マジかよ!」


「へへ、こいつはいいカモだぜ! ひゃっはー!」


「す、すごいんだな。お金持ちなんだな」



 不良冒険者(オレンジダイバー)たちはクドーさんがポンと出した金貨の袋を見て、驚いている。それも当然だろう。金貨二十枚と言えば、裕福な一家族が二、三ヵ月は贅沢ができるくらいの金額だ。こんなところでせせこましいカツアゲなんかをしている連中からすれば、途方もない大金だろう。当然、俺にとってもそうなのだが。



 ……あと、それと、こいつらきちんと物事を考えているんだろうか? どこからともなく金貨の袋を出したのもそうだけど、そんなお金を常々持って歩ける財力を持つ冒険者(ダイバー)が、こんな低階層でカモにできるような人間なはずないのに。



 俺がそんなことを考えている中、クドーさんがまた何かを取り出した。



「……クドーさん、それは?」


「……マジックポーション。必要経費だよ。さっき言ってた僕がもらう金貨一枚がこれの補填ね。ホントは飲まずに帰りたかったんだけど、この場合は仕方なしかなー」



 クドーさんはそう言ってマジックポーションを一気に飲み干すと、「けほっ」と小さくげっぷを一つ。やがて魔法を使い始める。魔法階梯第三位格(スペルオブサード)雷鳴さざめく薄覆い(アメイシスヴェール)と口にした。



「あー、この魔法はー、武器で強く打たれると壊れちゃうんだよねー」


「…………」



 台詞は棒読みだ。この人、絶対役者には向いていないだろう。やっぱりさっきのへろへろはマジだったらしい。


 ……っていうかクドーさんって、実は意外といい性格をしている。普段はすごく優しくて穏やかだけど、ツッコミは結構辛口だし、おちゃらけてるし、負けず嫌いなところがある。さっきの一言多いのもそう。本人は常識人のつもりらしいけど、変人で有名な冒険者(ダイバー)さんたちに負けないくらいにアクが強い。


 さすがにわかりやす過ぎて引っ掛かるはずないだろうなと思っていたんだけど。



「バカかお前は! 自分で自分の魔法の弱点を言うなんてアホにもほどがあるぞ!」


「い、言いたくなる気持ちはわかるけど、あんまりそういうことは言わない方がいいんだな」


「ちょ、引っ掛かってるー!!」



 ついつい叫んでしまったけど、それでもこの不良冒険者たちはこれがクドーさんの罠だということに気付いていない。


 一方でクドーさんは、演技の続きなのか、棒読みのまま。



「うわー、しまったー、どうしようー」


「ひゃははは! こいつバカだろ! 自分で弱点を隠そうともしないなんて!」



 ……こいつらほんとおかしいとは思わないのか。本当に弱点なんか言うわけないだろうに。バカなのか。バカなのだろうか。いや、バカなのだろう。そうじゃなかったらこんな罠に引っかかるわけがない。



「ガーヤー! やれ!」


「任されたぜアニキっ! うおらぁあああああガキが死にさらせぇええええええ!」



 背の低い冒険者(ダイバー)の一人がそんなお決まりなセリフを叫びながら、クドーさんの魔法に対して無謀にも斬りかかる。

 もちろんなんの対策もせずに、だ。

 そんなことをすれば、当然クドーさんの紫の魔法の餌食になるわけで。



「ぎゃぴぃ!?」



 悲鳴が上がる。もちろんクドーさんのではない。背の低い冒険者のだ。クドーさんの紫の魔法の効果で、その場にばったりと倒れ込んでしまった。ぴくぴくしているし、呼吸もしてるようだから死んではいないと思うけど。



「が、ガーヤー!? くっそ! お前よくもガーヤーを!」


「あー、いまのは危なかったなー、超おそろしいなー」



 どこがだ。というかクドーさん、ヤバいくらいの棒読みはまだ続けるらしい。自分の身体を抱いて震える演技を織り交ぜてるけど、わざとらしい台詞のせいで台無しだ。



「な、なら、これでどうなんだな!」



 今度はモーブとかいう巨漢の冒険者が、クドーさんに襲い掛かる。

 斧を使った強力な一撃だ。でも、いくら強力な一撃だろうと、魔法の防御を抜けるわけがない。

 すると、クドーさんは突然白目を剥いて。



「グエー、死んだンゴー…………君がね」


「ぐふぇえええええ!?」



 クドーさんがおかしな断末魔(死んでない)の悲鳴を上げると、モーブという巨漢冒険者は魔法にやられてさっき倒れた冒険者と同じように倒れ伏した。



「うわー、なんてすごい威力の攻撃なんだー。魔法の防御に亀裂が入っちゃったよー」



 クドーさんは肩を抱いてそんなことを言い出す。見た目には魔法の守りに傷がついたようには見えないし、実際そんなことはないのだろう。


 ……うん。助けてくれたときもそうだったけど、この人は悪質な冒険者をよくおちょくる。その場合は大抵こうして自分で対処したり、誰かが助けてくれたりとするみたいだけど。



「くっそ! よくも二人を! このやろぉおおおおおおおおおお!」



 ザッコのアニキと呼ばれていた冒険者が、二人のかたき討ちとばかりに突っ込んできた。

 もちろんそれに意味はない。クドーさんの魔術にぶつかって、呆気なくその場に倒れてしまった。



「はーい僕の勝ちー。お金の方はきちんといただくからね」



 そう言って、冒険者たちの身体を踏み踏みしたあと、取り立てる。小銭ばっかりだったので、装備品もいくつか取り立てていた。その辺きっちりしてる。



「あー怖かった。やっぱりこういうのはどれだけ強くなっても慣れるもんじゃないね」


「……そうですね」


「そうそう。こんなことするなんて、気弱な人間の僕には精神的にお辛いよ。そうじゃなくても辛い目に遭ったのにさ」


「…………」


「ん? どうしたのディラン君?」


「いえ、なんでもないです。帰りましょうか」



 クドーさんはマジで首を傾げていた。



 ……そのあとそいつらは、どこからか見ていたらしいベテラン冒険者に絡まれていた。たぶん、脅し掛けられたんだろうと思う。クドーさんには絡むなって、すごい形相で怒ってたみたいだ。

 クドーさん、ランクは全然だけど、一部界隈では結構有名らしい。特に怪着族とかは、クドーさんをはちみつポーションの制作者ということで、神様のように崇めているのだとか。



 ……迷宮はとても危険な場所なのに、クドーさんがいる場所だけは常になぜかほのぼのしている。

 冒険者に関する認識も違う。

 クドーさん曰く。

 みんな基本的に優しいし協力的。

 こっちがボケるとノッてくれる。

 悪いことをするのは本当に一部の人だけ。

 そんなことを言うけど、そんなはずはないのだ。ここはもっと厳しいところだ。

 そういう風に思えるのは、なんだかんだ人望があるからなのかな。

 俺も早く恩返しができるようになりたいと思う。まだまだ先の話だろうけど。



「じゃ、ディラン君、またねー」


「はい。またよろしくお願いします」



 …………帰り際、クドーさんが引き連れていた影が妙な動きを見せたのは、俺の気のせいだったのだろうか?




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