第27.9階層 うさぎのたまり場
今日僕がいる場所は、お話での登場頻度がすこぶる多い場所『森』だ。みんな大好き迷宮難度5『大森林遺跡』である。
いやね、ここって他の階層の通り道だからどーしても来なきゃいけない場所なんだけどもさ。
これから先の階層に行く人たちとか。
先の階層から戻ってきた人たちとか。
薬草取りをする人たちとか。
そんな人たちなどなどだ。
そんなこんなで、ここを歩けば必ず冒険者の姿を見る。
それでここ、かなり広大だ。普通の冒険者は先の階層に行く実力が付くと基本的に経由地としてスルーするようになってしまうから、よほど欲しいものがない限りは歩き回らなくなる。先の階層に行けるようになってある程度稼ぎが安定すると、薬草じゃ旨みもあんまりないしね。
まあそんな風に最初の通り道でもだ。ここは安全地帯が常にきちんと整備されていたりする。
もし迷って廃れたところに冒険者が行ってしまったら……なんて事故を考えてのことらしい。別の階層から避難してきた冒険者のための備えにもなるしね。こんな日当たりぽかぽか気持ちいい散歩道が、エベレストの山頂のようなことになっては目も当てられない。環境はいいけどモンスが出るからプラマイゼロだ。
それで、今日の僕は帰り道。抜け道や裏ルートの開拓がてら、僕的に安全が確保されている比較的深い階層を探検したあとええいままよと飛び込んだ先がここ、『森』だった。
おそらく場所は森の一番端っこの方、奥まった場所だ。それでも通常ルートを通るよりは距離も短縮されてるし、移動に関しては楽なんだけど。
そしてそして、今回の収穫は、『常夜の草原』で採れた巨大ニンジンである。サファリバックから葉っぱが飛び出し、茎の根元が顔をのぞかせている。葉っぱを背負っているように見えるから、まるで草地の迷彩装備をした軍人さんさながらではないだろうか。ミリタリー系の服に身を包んだら、サバゲー感たっぷりだと思われ。ギリースーツギリースーツ。むしろ頭ブロッコリーに見えるかもしれないくらいもさもさだ。正直な話、僕の視界もギリギリ限界だったりする。
……うん、ニンジンいらないよ的な龍玉作品のキャロットをもとにした名前ネタをやったオールドタイプのパイロットさんにとっては、まったく悪夢のような代物だろう。きっと慈恩の精神が形になったのだと思われ。知らないけどさ。
でもまあ綺麗なオレンジ色をしているからきっと大丈夫だと思われる。なんとなく迷宮食材的に高βカロテン食品だと想像しておこう。きっと食堂のおばちゃんが引き取ってくれるに違いない。ダメだったら持ち帰ってカットしてしれっと冷蔵庫の野菜室にぶち込むだけだけど。それにしてもこの世界はデカい食べ物が多いなあとつくづく思う次第。増産できたら食料問題に寄与できるんだろうなとか思うけど、僕は農家さんじゃないからそんなことはできないのだ。僕みたいなモヤシっ子に畑で戦う体力はないのである。
そんな感じで、安全地帯に到着した僕。
ここはいくつかのコテージの周りに、晶石杭がざっくばらんに置きっぱなしになっている適当ぶり。放置ゲームもびっくりなくらい放置し過ぎなんじゃないかってくらいボロボロだ。
だいたいの森の安全地帯は、小さなキャンプ場をイメージしてもらえればわかりやすいと思われる。三角形のバンガローとレンガを積んだ簡易かまどが置かれており、申し訳程度の木の柵で囲われているのが大体のデフォだ。
他にさっきクソデカニンジンを採ってきた『常夜の草原』なんかもここと同じ感じだね。まああそこは一大拠点である『不夜砦』があるから、本当に緊急なとき以外はみんなそこに行くんだけど。あそこにある『眠らずの妖精亭』の『きのこのソテー』は、みなさん是非ともご賞味あれ。料理と銘打ってるくせに、そのまま焼いただけのものを出すなんていう堂々とした詐欺行為を働いているけど、きのこの味は間違いないので許されている。もちろん注文の際は醤油とバターの事前準備が必須だということを諸兄には伝えておこう。マジ絶品である。
前にミゲルたちと遭遇した『無限城』の場合は、部屋をそのまま使用する。大広間っぽいところなど、その部屋の周囲に晶石杭を設置するのだ。あとは『黄壁遺構』も部屋を利用するね。大掛かりなところだと『屎泥の泥浴場』かな。あそこは毒沼とか底なし沼とかばっかりだから、適当には作れない。なので、まずそこそこの規模のキャンプを敷設する必要がある。しかも毒とか酸とかでやられるからそこを毎度毎度補修しなきゃならないというすこぶる面倒臭さを発揮するのだ。
晶石杭を設置する建築系のプロ集団に完全装備してもらったあと、複数の高ランクのチームに依頼を出して、みんな重装備で挑まなきゃならないという、年に何度かある大イベントの一つだ。アシュレイさん曰く、なんでも僕もお呼ばれするリストに入っているのだとか。無傷で何度も行き来して、あそこにいるゾンビーな巨大怪獣の核石を回収してるかららしい。正直なところ勘弁して欲しい。僕はあそこ、師匠が行きたいって言わなかったらいかない場所だし。自ら足を踏み込むときは、本当に必要なものがあるときくらいなのだ。誰だって車酔いのときみたいな気持ち悪さを味わいたくはないだろう。うげーである。
ともかく、今日僕がたどり着いた安全地帯のことだけど。
まあなんていうか、もふもふだった。
そう、もふもふ。
「っていうかどうなってんのこれ……」
訂正、たどり着いた安全地帯には、大量の『歩行者ウサギ(ウォーカーラビット)』たちがいた。この場合は大量ではなくて多数のウサギと言い直した方がいいんだろうけど、いっぱいい過ぎるせいでつい大量って言葉が出てきてしまった。それくらいもふもふしているということをご理解いただこう。毛玉天国である。
そんでもってここのウサギさんたち。思い思いに、ごろんしたり、箱座りをしたり、寝そべったりしていた。
この辺りはミントやシソばりに繁殖力の強い「おいしくない葉っぱ」がそこらじゅうに群生しているので、それを牧草代わりにもしゃもしゃ。
当然、穴ウサギのほりほりをする習性のせいでそこら中でっかい穴ぼこだらけという惨状となっている。埋める人でもいれば安全だけど、ほんと周りは落とし穴の罠だらけ。落とし穴は調合素材を含めて三つまでということを厳に守って欲しい次第。最近のは持ち込みには制限あるけど、キャンプで補充できるシステムみたいね。いい時代になったものだ。お守りバグ不対応の件とかは決して許されないけどさ。
他のウサギも、自分のぽっこりおなかを使って、ブルドーザーさながらにしきりにスィーを敢行している。
そんな感じでこの安全地帯は完全にウサギたちに占拠されていた。
まあ、こいつらも魔物は鬱陶しいだろうから、こうして魔物が寄り付かないここにいるんだろうけど。
それにこんな奥の方にある安全地帯だと、あんま人来ないだろうしね。それで居付いちゃったというわけなんだろう。僕らの世界のウサギは縄張り意識強いけど、ここのウサギはみんなで協力し合うから、ケンカも全然しないみたい。多頭飼いが容易でウサギ飼いのオーナーさんには夢みたいな生態だけど、こいつら一匹でも飼えば食費問題で消費者金融から自己破産へまっしぐらであることは疑いようもなく確定的に明らかだろう。あの巨体だ。どんだけ食べるかなどは想像するに難くない。
ともあれこのウサギパラダイス、ウサギ好きの人には堪らない穴場だろう。例の「ウサギさんだいすきクラブ」とかいう非合法組織に誤って教えようものなら、保護区と銘打って武力で占拠しに来るだろう列強ムーブをかますことは容易に想像が付く。まさにオールハイルしないブリテンや書院とは関係ないおフランスさながらの畜生さを発揮することは疑うべくもないことだ。いやここを植民地にしたところで得られるものなんて一銭にもならないだろうけどさ。癒しはプライスレスって言うなら話は別だけど。
ここにいるウサギたちはまったりモードなのか、僕のことなんか全然まったく気にする様子もない。ときどきちらっとこっちを見るけど、こっちも気を遣って距離を取っているので、動き出そうともしないというか野生ほんとどこいったと言う有様だ。完全に家飼いのウサギさながらである。
だけどここ、なんかおかしい。安全地帯であるはずなら、いくら遠いからとはいっても冒険者たちが使いやすいよう綺麗に整備されているのが普通だ。なのにもかかわらず、辺りは荒れ放題で人の手が入っているようには全く見えない。
「バンガローの造りもかなり古いなぁ。もしかしてここって、すでに放棄された場所?」
その可能性はある。放棄されてかなり経って、そのまま忘れ去られてしまったのかもしれない。
「そういえば晶石杭が置かれてるだけだ」
この『モンスター除けの晶石杭』って、地面に杭のように打ち込まれてるのが普通だ。設置のされ方は規則性があったり、ランダムだったりと場所によってバラバラだけど、だいたいどこも綺麗な感じにしてある。
でも、ここはそう言った計画性とか規則性とかがまるでなく、はっきり言って乱雑とか適当だ。むしろぶん投げて転がしてあるっていうのがしっくりくる。
うーん、もしかすればこいつら、他の安全地帯から晶石杭を引っこ抜いてもってきたのではないか。少し前くらいから盗難事件が頻発してるっていうし、ほんと無茶苦茶やるわ。ニンジン泥棒よりたちが悪い。マクレガーさんもびっくりだ。
僕がしれっとした態度で適当な場所に腰を下ろして休んでいると、子ウサギたちが集まってくる。ネザーランドドワーフ種で、オレンジカラーやチンチラカラーなど多種多様。子ウサギといっても、子ウサギ(1m以上)であるため、みんな僕ぐらいの大きさがあるから結構圧がすごいんだけど。
「うひゃあ!」
顔を近付けられたせいで、僕は驚いた声を上げてしまう。
大人のウサギと違って、なんだかすごく好奇心旺盛だ。
なんていうかさっきからずっとクンクンされまくり。僕は彼らに一体何を調べられているのだろうか。犯罪履歴とかそういうのだろうか。罪状は犬ふれあい罪とかありそう。うさぎは犬系に対して警戒心が強いもの。
そんな風にひとしきり調査が入ったあと。
ふと子ウサギが、僕の背中を見詰めていることに気付いた。
子ウサギがじっと見ているのは、僕のサファリバッグから飛び出た巨大ニンジンの葉っぱだった。
やがてその子ウサギはちょーだい、というように短い前足を差し出してくる。
「いや、これは僕の収穫だからあげられないよ」
ウサギは首を振ると、実ではなく葉っぱの方に前足をぴょんと伸ばした。
「ん? あー、そういえば」
僕たちってウサギのことは、どこぞのピーターでラビットな絵本のせいで、幼少期からニンジンを持って行くっていうイメージが脳みそに刷り込み学習的に植え付けられちゃってるけど、実際ウサギは実じゃなくて葉っぱを好んで食べるのだ。家で飼われているウサギの主食はペレットかもしくは牧草などの葉物ばかりだし、たまに食べさせて果物くらい。実の方は薄切りにして乾燥させてやっとこさ食べるって子が多いっていうのも良く聞くね。大概は顎すりして終わりよ終わり。
「こっちはいる?」
ニンジンの実の方を指で示すと、子ウサギは首を横に振った。
やっぱり実の方はいらないらしい。
……こっちも別に実さえあれば引き取ってもらえるのだ。現代日本みたいに形が悪いと店に出せないみたいなそんなのもない。
上の葉っぱくらいなら、あげてしまっても構わないだろう。
「オーケー、葉っぱならいいよ」
そう言って、クソデカニンジンの葉っぱを根こそぎむしり取って、子ウサギたちに分け与える。
大人しく待ってくれる辺り、こいつらはかなり知能が高い。
やがて、子ウサギたちはすごい勢いでもしゃもしゃ食べ始める。
「うーん、癒されるなぁ……」
ここにいるのは、ものを盗っていたずらしたり、変な絡み方をしてこないからいい。外に出てるウサギは遊びに出てて、ここにいるウサギはみんなまったりお休みモードのウサギなのだろう。
見てるだけで癒される。セロトニンだがなんだかが分泌されて、心がとても穏やかだ。
今度ストレスのデカい階層に行ったあとはここに来るのもアリだろう。
ちょっとお邪魔して、癒されスポットとして使わせてもらうのもいいかもしれない。




