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第27.5階層 僕の幼馴染みは頭が残念で食いしん坊さん



 今日の僕はド・メルタの自由都市フリーダ……じゃなくて、現代世界の日本の地元にいる。



 何も僕は常に異世界で過ごしているわけじゃないから、当然現代世界での生活っていうものもあるのだ。基本的には家で家族と一緒に過ごしたり、学校に行ったり、友達と遊んだり、勉強したりと、まあそれなりにありふれた学生ライフを送っている。



 …………魔法を使えるようになったり、レベルが上がっていろいろ能力が向上したりしているため、すでに普通の男子高校生の括りからは随分と逸脱しているんだろうけども。



 正直な話、こちらの世界では特筆するようなイベントなんてものほとんどない。

 僕は部活動はやってなくて帰宅部員。

 友達と遊んだとか。

 新しくできたお店で買い食いをしたとか。

 学校の行事だとか。

 あっても朝のニュースでテロ事件の報道が少しあるくらいかな。まあ基本的にはいつものことだ。こっちでのことは特段取り上げることでもないと思われる次第。



「――最近アキから微弱な悪の波動を感じる」



 登校中、突然そんな中二病も斯くやな痛々しい台詞を言い放ったのは、僕の幼馴染みである正木尋(まさきひろ)だ。僕とは子供のころからアキ、ヒロちゃんと呼び合う仲で、朝は何か事件がない限りはだいたいいつもこうして一緒に学校へ登校する間柄である。



 子供のころは一緒にヒーローキックの練習をした親友で、僕がよく使う『雷迅疾走(アメイシスオービット)』を用いたイナズマキックも、ヒロちゃんとの練習の賜物なのだ。もちろん僕のキックよりヒロちゃんのキックの方が強力無比なのは言うまでもないことだろうけど。レベルはどうしたって? そんなの関係ねぇなんです。

 ほんと人間ってとんでもないなとしみじみ思う今日この頃。可能性の塊すぎる。



「ちょっとヒロちゃん、悪の波動ってさすがにその台詞はこじらせすぎな感じがひどいんだけど」


「別にこじらせてなどいない、平常運転だ」



 それが悪いのだとは、あえては言うまい。せめてTPOに即してくれればいいものを、ところ構わず正義のなんたるかを語り出したり、悪をシバきに行ったりするのは控えられないものか。いや悪をシバきに行くのは全然良いんだけどさ。

 悪がどうとか事件がどうとかといえば、最近向こうでは晶石杭盗まれ事件が頻発していると聞いた覚えがある。

 ともあれ、いちいちシュババっとヒーローポーズをとるヒロちゃん。何かあればヒーローポーズを欠かさないのは子供のころからいつものことだ。



「アキ、最近近くに何か悪いヤツでもいるんじゃないか? そこはかとない悪の波動を感じるぞ?」


「ヒロちゃんほんとそういうの敏感だよね。僕よりも」


「当たり前だ。日本の平和を守るヒーローたるもの、常に悪の気配に鋭敏でなければ、弱き者を助けることはできない」



 そう言って、一人大きく頷くヒロちゃん。

 うーん。悪、悪……わかりやすい悪と言えば……師匠だろうか。そんな属性がありそうなのはあの人くらいだろう。悪と言うよりは『あく』ま的な属性だけれど。師匠が闇(属性)のオーラを振りまきながら不気味な含み笑いを見せる姿がありありと浮かんで来る。いつものヤツだ。それ以外は特に悪関連はないと思っているけど、もしかしたらモンスと接触しているせいというのは否定しきれないだろう。



「そういえばヒロちゃんさ、最近忙しいの? この頃は放課後も時間取れないみたいだし」


「ああ、最近は怪人どもの活動が活発でな。よく悪さしてるんだ。今朝もニュースでやってただろう?」


「あー、うん」



 新手のテロ組織が駅前のモニュメントを派手にぶっ壊したとか、よくある話だ。なんであいつらはそういった都市のシンボル的なものを毛嫌いしているのかは謎だけども、なんだかんだこっちの世界はこっちの世界で忙しいのだ。



 僕みたいな一般小市民代表にはほとんど関係のない話なんだけども。



 ともあれ、しみじみとした様子で話を続けるヒロちゃん。



「……この前もニャンダインの中の人が海鮮怪人七人衆のズワイガニゴンとタラバガニラスにやられてな。ニャンダインが活動不能に追い込まれる事態になったばかりだ」


「…………へぇ、そうなんだ」


「ああ、そうなんだ」



 ……なんか僕の知らないところで、ヒロちゃんはいろいろと大変そうだ。

 ニャンダインは確か、ヒロちゃんのチームの猫モチーフの着ぐるみマスコットだったはずだ。ヒロちゃんたちの活動中は大体、一般市民の避難誘導をするか、拡声器を用いてヒロちゃんたちの応援をしているかどちらかのことをやっている。

 暑苦しい着ぐるみを着ているのも大変だけど、そのうえ改造怪人にまで気を付けなきゃ行けないとかお仕事の難易度バカ高いと思われ。

 ときどきテレビのテロップで『専門家の指導のもと~』とか、『高度な訓練を受けています~』とかでてくるけど、実際そういったことはきっとないのだろうと思われる。

 でも確かに『弱い奴から狙え』は戦術の基本だと思う。けれども、もともといてもいなくてもあんまり関係ないのを倒したところで、打撃にもならないと思うんだ。その辺りどうなんだろうか。ちゃんと考えてるのか改造怪人どもよ。だからお前たち毎度毎度連戦連敗なのではないか。



 というかヒロちゃん、中の人とか言うなしそんなのいないし。



「で、それで大丈夫だったのその人?」


「まあなんとか重傷で済んだな。うん」


「そうですか。重傷ですか。重体とか重篤よりはマシだよね…………ってそれ済んだって言わないから。死ななきゃOKみたいなの末期過ぎるよほんと」



 あまりにブラックなことを口走る幼馴染みのヒロちゃんに、僕は呆れを隠せない。私が死んでも代わりはいるもの的な台詞は自分で言うからいいのだ。他人が言ったら鬼畜でしかない。というかその辺、悪役の台詞なのではないか。



「というわけで、いまは絶賛中の人大募集だ。アキもアルバイト感覚でちょっとやってみないか? 時給も結構良いらしいぞ?」


「アルバイト感覚で命かけたくない。そもそもそんな話聞いたあとにやるって奴なんているわけないでしょ。重大事故発生率高すぎだよ。工場勤務も真っ青だよその事故率。まず割に合わないからねそのお仕事」


「大丈夫だ。ズワイガニゴンもタラバガニラスもすでに倒してある」


「なら大丈夫……って理由にはならないよ! この前のヤシガニーZと合わせても三人でしょ? まだ他に四人いるよねその怪人たち」


「うむ。マグロ首領(ドン)にケガニーンV、ザリガニラーにデスロブスターだな。どれもみな強敵だ。きっと復讐に燃えているだろうな」


「さらにハードル高くなってるわ!」



 僕が突っ込むけど、でも、ヒロちゃんはうんうん頷いてる。

 この海鮮怪人七人衆も妙な集団だ。この前の食肉怪人四天王、ハンバーグ先生、マスターステーキ、ヤキニクティーチャー、豚勝老師とかいう名前がかぶってる系の奴らも大概だったけど、首領だけ何故か魚類モチーフだし、あとはみんな甲殻類。と言うかケガニーンVとか毛蟹モチーフなんだろうけど怪我してそうな名前過ぎて痛々しいのは言わなくてもいいことか。ちなみにVはブイじゃなくてボ〇テス的にファイブだ。その辺りお間違えのないようよろしく頼みたい次第。



 ヒロちゃんとそんなことを話していると、ふとヒロちゃんが申し訳なさそうに見つめて来る。



「アキ、それはそうと、ちょっと頼みがあるんだが」


「なに?」


「その……宿題をな? 見せて欲しいんだ」


「ええー、また?」


「仕方ないだろ? ヒーローをやっていると宿題をやる暇がないんだ」


「とかなんとか言ってさ、ただ単に問題がわからなかっただけじゃないの?」


「そ、そそそそそそそんなことあるわけないじゃないか!? 日本の平和を守るヒーローが宿題ごときわからないわけがなななないじゃないか!」


「ちょっと動揺しすぎでしょそれ」



 ヒロちゃんの狼狽っぷりはあからさまだ。嘘が苦手な性格なため、ちょっとつ突くとこうしてすぐにボロが出る。にしても、指摘されるのを予想しないのか。何かを交渉するときはあらかじめシミュレーションしておけと言いたい。


 するとヒロちゃん、今度は懇願するような態度で僕に頼って来る。



「なあアキ、窮地に陥った仲間を助けるのはヒーローとして当たり前のことだろう?」


「いやいや僕はヒーローになった覚えはないけど?」


「そんなことはない。アキはこれまで何度も宿題を見せてくれている。ずっと助けてくれた仲間だ。つまり、アキのおかげで間接的に日本の平和が保たれている。すなわちアキも日本のヒーローなんだ」


「おかしな三段論法ヤメロし。平和とかヒーローって言葉があまりにも安っぽく聞こえるから」



 宿題やって世界が救われるんなら、世の中は常に平和だろう。宿題やらない勢よりもやる勢の方が世の中絶対多いはずだ。夏休み最後の三日は最も業が深くなるからその分相殺されるかもしれないけど。



「まあいいけどさ。ちなみにどこがわからなかったの?」


「ここだ。この、漢字の書き取りのところだ」


「…………それ、普通にやればいいんじゃないの?」


「普通にやれと言われても、知らない漢字はわからない」


「いやいやいや、事典見ようよ」


「何を言う。事典を見るのは卑怯だろう? カンニングだ」



 シュババっ。



「いや、こういうの事典見るの前提だからね!? 覚えるための反復練習なの」


「先生はそんなこと言わなかった」


「そりゃあ常識だし、言わないよ」


「そうだったのか。くっ、盲点だった……」


「ヒロちゃんェ……」



 そう、僕の幼馴染みのヒロちゃんは、強い正義感を持つ、超絶アホの子なのである。だから、卑怯とか、ズルとか嫌いで、頻繁にこういったことが起こる。弱きを助ける前に、まず自分で自分を助けた方が絶対にいいと思うんだけど。そこんとこどうなんだろうかほんと。



「ほら、漢字の事典貸してあげるから」


「くっ、中身を見たら何故か急に頭痛が……」


「ないない。気のせい気のせい。学校着いたら頑張ろう。ほら、応援してあげるから」


「いま私には応援よりも答えが欲しい……」


「最初から努力を怠ろうとするのはヤメロし」



 そんな幼馴染に呆れつつも、僕は前日ド・メルタへ行ってきたときのお土産をバッグから取り出す。



「そうだ。これ、ヒロちゃんにおすそわけ」


「これは?」


「ナッツだよ。もしよければおやつにでも食べてよ」



 これはもちろんのこと、ガンダキア迷宮で取ってきたものだ。グレープナッツとかいう、ナッツが葡萄みたいな()り方した迷宮不思議食材の一つである。今回は家族に持ってきた分がちょっと多すぎたから、ヒロちゃんにおすそわけだ。味の方は間違いないと保証しよう。フリーダでは高値で取り引きされるし、アシュレイさんが僕の猟場をしつこく聞き出そうとしてくるほど需要が高い。



 しかもウチのお父さんはお酒のおつまみにしているうえ、これを食べてやたらと元気になった。肝臓的に。産地を聞かれたら『ニクロネシア』とか『レトアニア』とか一文字違いの適当な名前を吹いて常に偽装しているけど。大丈夫きっとわからないはずだ。



「ポリポリ」



 噛むと、やっぱりナッツだからそんな小気味良い音が響くんだけど――



「もぐもぐ」


「おま、いま食うんかい!?」



 僕のツッコミも聞いてか聞かずか、ヒロちゃんはナッツを手に持って嬉しそうな顔を見せる。



「おお! アキ、これは美味いぞ! 絶品だな!」


「あのさぁ……」


「登校時間に私に渡すアキが悪い。改造怪人たちも真っ青な悪行だぞ。もぐもぐ」


「僕のおすそ分け行為をテロリズムと同様だというのかね君は」


「そうだ。許しがたい。もぐもぐ。これ、もっとないのか?」


「もうないよ。それで全部」


「ううん、これでは全然足りないぞ……授業が始まる前になくなってしまう」


「いや朝ご飯にするわけじゃないんだからさ」


「大丈夫。朝のおやつだ」



 なぜ僕の周りはこんな食いしん坊さんばかりなのだろうか。誰か懇切丁寧に教えて欲しい。



「ほんと授業中に食べちゃダメだからね?」


「それは難しいな」


「怪人倒すのと比べたら?」


「我慢する方が大変だ。空腹に勝る怪人などこの世にいない」


「だから日本の平和が安っぽくなるからそういうのやめようってば……」



 食欲に負ける怪人とかなんぞ。むしろこの頃はお肉や海鮮ばかりなうえ、ヒーローまで果物なんだから食ってろまである。あといちいちシュババっとかキリってすんなし。



 ふとヒロちゃん、自分の身体を不思議そうに眺め始めた。



「どうしたの?」


「いや……食べた途端に身体に力が溢れてくるというか」


「あー」



 入手グレードの高い迷宮食材は基本的に超高栄養価だ。しかも、異世界産だからこの世界にはない栄養も含まれているかもしれない。もしかすれば仙○みたいな効果があるのかもしれないね。

 いやド・メルタでのでぇじょぶだ系アイテムは間違いなくポーションなんだけどさ。



「うん。これは日々の疲れが吹き飛ぶ。これでまた戦えるぞ」



 そんなことを言って、身体に闘志をみなぎらせている。僕の幼なじみさんは意外と戦闘狂なのかもしれない。



「それでアキ、そっちの荷物はなんだ?」


「ああ、うん。学校帰りにおじさんのところに行くからさ。それでね、お土産を持ってくんだ」



 そう、学校帰りに向かうのは、親戚の古物商のおじさんのところだ。

 僕は学生だから、こっちの世界での換金手段というものが限られる。ド・メルタで手に入れた金貨を貴金属店に売りに行くにも、毎度毎度はできないし、それならばと向こうの世界で磁器やら美術品っぽいものを少しずつ仕入れて、叔父さんに引き取ってもらっているのだ。

 もっと手軽に大量に換金できればいいんだけど、こういうのの取り扱いは結構難しいね。

 おじさん曰く、「税務署の職員がアップを始めるから怖い」そうだから、僕もわがまま言えないし。



「アキはそんなものを一体どこから手に入れてくるんだ?」


「ちょっとねー」


「むう。教えてくれないのか」



 僕が誤魔化したことで、ヒロちゃんはむくれ始める。



「ええっと……今度、今度ね。タイミングが合ったらさ、連れて行ってあげるから」


「そうだな。私もまだ忙しいし、平和が落ち着いたら絶対教えてくれ」



 うん。ヒロちゃんを異世界ド・メルタに連れて行くのもいいかもしれない。

 神様は友達連れてきても良いって言ってくれてるし、それにヒロちゃんはいつも大変だから、迷宮(ダンジョン)での冒険はいい息抜きになるはずだ。

 しかもヒロちゃんならついでのついでにド・メルタに巣くう巨悪も倒してくれるだろう。ド・メルタに巨悪がいるかどうかはまったく全然わからないけど。いや、魔王はすでに先輩に倒されているから、そういうのはもうないのか。



 というか平和が落ち着くとは一体どういう意義の言葉なのか。



「あ! そういえば……」



 そんなことを考えていると、とてつもなく邪悪な存在に接触したことを思い出した。あ、師匠以外でだけどね。



 そうあれは確か数日前、正面大ホールの食堂に新商品が入ったときのこと――




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― 新着の感想 ―
[一言] >僕の幼馴染みである正木尋だ クドーくんの幼馴染みのヒロちゃん、「ヒロ」が「ヒーロー」から来ていることには気付いていましたが・・・そうか、苗字の「正木」も、「まさき」とルビがついていますが…
[気になる点] >「なら大丈夫……って理由にはならないよ! この前のヤシガニーZと合わせても三人でしょ? まだ他に四人いるよねその怪人たち」 みなさん「ザリガニラー」にはツッコミを入れていますが・・…
[良い点] クドーくんの、「ウチのかみさん」的ポジションの、「幼馴染みのヒロちゃん」について、詳しく伺えて嬉しかったです。 ヒロちゃん・・・”クドーくん依存症”も重篤なようですね(笑。 クドーくんとヒ…
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