第26階層 謎のお粥を攻略せよ!
【登場人物】
九藤晶…………主人公。最近は料理や人助けなどであまりレベル上げをしていない。そろそろ師匠にしごかれる頃合いか。
スクレール…………耳長族の少女。冒険者になってからまだ日は浅いが、ものすごい速度でランクを上げている。晶と同じで迷宮潜行は基本単独。美味しいものに目がない。
さて今日も迷宮に潜ってコウモリ狩って、地道に楽しくレベル上げでもしようかなとか思う……っていう感じにはならなかった。
僕のド・メルタでの行動は、多分に気分に左右される。レベル上げをしたいときはレベル上げをするし、別のことをしたいときは別のことをするのだ。学業の方はきちんとしているので、その辺りのわがままはどうか許して欲しい。
まあ基本的にやることといえば、食べたり飲んだり料理もどきをしたりとか、フリーダの街を探索して掘り出し物を探したりとかになるんだけど。
それで今日の僕は、これまでにないほど難度の高いミッションに挑もうとしていた。
現在、僕は冒険者ギルドの食堂にいるわけだけれど、今日の舞台はここだ。
ギルド食堂。ここは冒険者が出会いと食を求めて集まる憩いの場所だ。日夜迷宮潜行を頑張る冒険者たちに、料理で日々を過ごす活力と、ほんのちょっとの地獄と絶望を与えることもあったりなかったり。
周りを見れば、学校帰りのいつもの僕みたいに飲み物を飲みながらのんべんだらりとしている者、綺麗なお姉さん冒険者を口説こうと声を掛けている男性冒険者、実入りが良かったのか食堂で一番高い豪華なプレートを頼んでウキウキしている冒険者に、尻尾や耳を櫛で入念に梳いている人、ちっちゃなハチミツ壺に指を突っ込んでひたすらペロペロしている人などなど、ここにいるだけでいろいろな人間模様が楽しめるという、人間観察を趣味にしている人には堪らないシチュエーションが提供されるスポットでもある。
日を跨いで潜行している冒険者のために二十四時間解放されているから、深夜や早朝は欠航が出た飛行場やフェリー乗り場よろしく、長椅子の上で力尽きている人たちがちらほら見えたりもするけれども死体ではないのでイタズラその他は厳禁だ。
僕が占有するテーブルの前には、調味料各種と、おなじみカセットコンロ、そして料理に被せるクロッシュだ。どっちの料理ショーや料理の鉄人とかに出て来る、食材や料理の目かくしに使う銀製ドーム状のあれである。本来の用途は料理を冷めさせないようにするためと、お客さんの期待感を煽るために使うものだけど。
なぜ僕がこんなものを用意しているのかといえば、先ほど言った難度ナイトメアもしくは地獄に相当するインポッシボーなミッションに挑戦しようとしているからだ。
「クドーアキラの数分クッキング~」
「おー!」
僕がどこぞのお昼の番組よろしくそんなことを言うと、隣でスクレがパチパチと拍手をして場を盛り上げくれる。
そう、今日の僕は、もう毎度のことになるけれど、食堂の片隅で迷宮食材を用いた料理を作ろうとしているのだ。
スクレがいるのは、一人だと寂しいので来てもらったというだけ。
「今日の調理助手は、耳長族代表スクレールさんにお願いしています」
そう言ったのだけれど、スクレは一向に「よろしくお願いしまーす」とか、アシスタント的な台詞は言ってくれない。
むしろちょっと面倒臭そうにして、ブー垂れる始末。
「アキラアキラ、この茶番はいつまで続けるつもり?」
「茶番言うなし。形から入るのも大事なんだよ? なんとなく料理ができる人になった気分になるし、スクレだって料理が美味しかったら嬉しいでしょ?」
「アキラの持ってくるものはいつもおいしい。楽しみ」
スクレはやっぱりわくわくしている。
でも、残念かな。今日僕はその無垢な期待をどこかの登山用具さんさながらに裏切って、阿鼻無間の地獄や神曲のコキュートス並にどん底にまで叩き落とさないといけないのだ。火城や氷漬けのサタンとかはないけど、次にきちんとおいしいものを持ってくるまで、恨まれることになるのは間違いないくらいには絶望させてしまうにジンバブエドルを掛けてもいい。いまならお手頃な価格で入手できるお土産になって密林で売っているから入手は容易いし。
「はい。では今日の食材は、ギルド食堂三大ゲロマズ料理の一角『謎のお粥』をメインにやっていこうかと思います!」
「――!?!?!?!?」
僕が料理番組さながら、正面に向かって品物をにこやかに提示すると、スクレが声にならない声を上げる。
まあこの反応は予想通りだよね。これはこの前、スクレとつなぎ役の子がここで頼んで絶望の淵に立たされた、狂気とか凶器とかいう言葉がよくお似合いな名物的お料理だ。詳しくは醤油に翻弄される者たちを参照されたし。
僕がクロッシュを取った途端、スクレの顔から表情が失われ、目のハイライトまで消失する。あのときの絶望感が目の前に蘇ったのだろうね。
ふとした一時停止のあと、彼女は急に背を向けた。
「アキラ、私ちょっと用事を思い出した。さよなら」
そんなことを言いながら、荷物をまとめてそそくさと帰ろうとするスクレールさん。
「ちょっとちょっと! 待って待って待って!」
「ムリムリムリムリ! 食べれない食べれない食べれない!」
「そんなことはないよたぶんできっとでおそらくだけど」
「アキラ、それは人の食べ物じゃない。お粥の形態を取ったモンスター、もしくは毒劇物」
「そんなことないって、確かに味は果てしなくモンスター級で毒沼っぽい感じだけども。これみんな食べてるでしょ。ほら、あれ見てよ。あれ」
僕が指を差した先には、お早いご夕食を摂取なさる冒険者さんたちの姿があった。その人たちはみんな、いま僕たちの目の前にあるものと同じ『謎のお粥』を匙で掬い取って、目をぐるぐるさせながら口に運んでいる。そして口に含むなり、酸っぱさなのか、苦さなのかわからないけど、一度「ゴフッ!」と大きくむせて、それでも胃に入れなければという決意の下、勢いのまま流し込むといった涙なしでは語れない有様を見せてくれている。これでいまだかつて死人が出ていないというのもよくわかんないところだけど。
……本当にこれはなんなのだろうか。食べたくないのに食べないといけないという不思議な現象。外国で前にあった、ケシの殻を使ったラーメンよろしく、よくないお薬でも入ってるんじゃなかろうかと邪推したくなる案件だ。普通の穀物に交じってればわからないだろうし、何か常習性のある麻薬的なものが入っているに違いない。
「なら冒険者は人じゃない」
「僕たちだって冒険者でしょうよ……」
冒険者が人でない基準なら、僕たちだって人間じゃない。いや、確かに普通の人間からすれば、身体機能その他もろもろ人間辞めてるってくらいのレベルだろうけどさ。この世界で人間辞めてるレベルはライオン丸先輩か師匠くらいのもんだよ。僕たち程度まだまだ可愛いもんだよきっと。
……目の前には、温かくもないのに毒沼のようにふつふつと泡立つお粥がある。粉末のバイオレット系着色料をぶち込んだら絶対それっぽい見た目になりそうなそれを、スクレは険しい目で見詰めながら、
「……それ、どうするの?」
「これからこれを誰でも食べられるようにアレンジするの」
「絶対不可能。ムリ。できない。ショウユウーかけても美味しくない。かけてないけどこれはわかる」
うん。そういえば、以前スクレがこれを食べていたとき、醤油が勿体ないとか言って掛けてなかった覚えがある。いくら醤油大好きでも、さすがに醤油じゃぶじゃぶかけただけで食べられるようになるとは思わなかったのだろう。
「そうだね。こんな感じのヤツだし、そう簡単には美味しくなんてならないよね。だからきちんと手を加えるんだ。今日の僕にはその用意がある」
「それは?」
「というわけで、ここで取り出しますは、この食材! この前水没都市で見つけてきた大きな貝です!」
「『お化け蛤』!」
僕がクロッシュを取って今日のキー食材を見せると、スクレの長い耳がぴこぴこ動いた。
『お化け蛤』。これは、迷宮深度18『水没都市』に生息する大型の二枚貝だ。見た目はデカい蛤で、神様謎翻訳でもやっぱり蛤って翻訳されるから蛤なのだろうと思われな貝。お化けとか単語がくっ付いてるし、なんか蜃気楼を出す妖怪っぽい名前だなぁと思ったのはきっと僕だけなのだろうけど。
これ、外来種であるホンビノス貝よりもさらにさらに大きく、味の方は現代世界の蛤の旨さを数十倍濃厚にしたようなやべーやつ。
迷宮食材の中でも美味食材の一つとして数えられており、水没都市の保護生物であるアザラシと取り合いになるほど美味しい。水没都市の砂べりで日がな一日のんびりまったり日向ぼっこをしている白アザラシ君たちが、そのときだけ目の色を変えて動き出すのだからその美味さは保証されていると言っていいだろう。
僕がこれをこのタイミングで取り出したことで、スクレさんはどういうことなのか察したようで。
「……もしかしてこれを使うの?」
「そうだよ」
「ダメ。そんなの絶対許せない。食材に対する冒涜行為。死刑相当」
「いや死刑ってさ」
「食材侮辱罪に抵触する行い。断じて許されない禁忌」
僕の行為が罪深いと糾弾し、そんなオリジナル刑法まで持ち出すスクレさん。
「でもさ、このために採って来たんだし」
「ころしてでもうばいとる」
「なにをするきさまらー……じゃなくて!」
「だってこれそのまま焼いた方が美味しい」
「そりゃそうだけど……あれ? スクレってこれに醤油かけたことはあるんだっけ?」
「――!? まだやってない! やる! いまからやる! 絶対やる!」
スクレは色めき立って『お化け蛤』に手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと!」
「ころしてでも……」
「天丼やめい! というか予備が、予備があるから! 落ち着いて!」
とまあ、スクレと二人、ロマンシングな英雄伝説のアイスソード的な冗談はそこそこにして、
『お化け蛤』の予備(一個目)を、ディメンジョンボックスから取り出したクーラーボックスから取り出すと、スクレは交換とばかりに銀貨数枚をテーブルの上に置いた。
「お買い上げでありがとうございます」
「正直全部買い取りたい」
「そしたら今日の企画が頓挫しちゃうよ」
「そんな冒涜的な儀式はやらない方がいい。絶対」
僕のこの試みは、冒涜的とまで断言されてしまった。あれか、見てたら正気度でも減るのか。1/1d6とか。この事実に気付いたら発狂しちゃうのか。まあ確かに象の像さんがお作りになられたスープみたいな気配は濃厚だけども。
ともあれスクレは、カセットコンロに網台を乗せて、その上で『お化け蛤』を炙り始める。
じいっと『お化け蛤』を見詰めながら、口の端から涎を垂らすスクレールさん。誰もが認める美少女なのに、食べ物が絡むとどうしてこうポンコツ化してしまうのかこの子はほんと。
「おいしい。これ絶対ショウユウーかけたらおいしい」
うむ、貝に醤油はうまいに決まっているのである。それは世の真理だ。間違いない。
しばらく火にかけていると、下から炙られた貝の口がぱっと開く。
そこへすかさず醤油をかけると、熱々の貝殻に熱せられてぶくぶくと泡立ち、ふわっと香りが立った。
「ふあぁああああ……」
恍惚とした声を上げるスクレさん。
貝の香りと醤油の焦げた香り。もうこれだけでご飯三杯はいけるだろう。
熱々の『お化け蛤』を軍手で持って大きなお皿の上へ。
まず貝から染み出した出汁と醤油が混じった汁なのだが、これがまあどれだけあるのかというほどの量。貝がデカいせいだけど、それにしてもたっぷり出過ぎだ。スープだけで一品になるほどある。
スクレはすかさずそれを匙で飲んだ。
「おいしい!」
次にぷりぷりの身を切り分けて、口に運んだ。
「…………」
そしてこの無言である。
ただひたすら、切り分ける、口に運ぶを一心不乱に繰り返しているスクレさん。この作業を邪魔しようものなら、きっと勁術の技のすべてをたたき込まれることを覚悟しなければならないだろう。塵芥だって残らない。爆熱神指とかで熱終だ。
というかほんと美味しそう。身を切ったときに染み出す貝の汁が食欲をそそって仕方がない。
というわけで、スクレは当分戻ってきそうにないので、そのうちに食材侮辱罪とかいうのに相当する犯罪行為を済ませておこうと画策する確信犯の僕。僕は正しいことをしているからね。
すでに水洗いと砂出しを済ませておいた『お化け蛤』を、大きな鍋に入れて水を張る。
貝の出汁を煮出してから、メイン食材である『謎のお粥』を投入する。
そして大振りに切ったネギを投入し、そこで――
「大豆発酵食品の味噌を入れまーす」
「また知らない調味料」
「醤油を作るときに、絞る前のヤツと似たようなものだよ」
「ショウユウーの親戚」
「そうそう。要はそんな感じ」
我ながら大雑把で適当この上ない説明だったけど、スクレは味噌を指に取ってペロペロし出す。
醤油を持ってきたとき同様、日本人かお前はと言いたくなる光景だ。そんでスクレさん、やっぱりこれも好みなのか「これも好き」と言って満足そう。おそらくここにキュウリを持ってきたら、光の速度でなくなることは間違いない。
「……これ、入れるの?」
「入れるよ」
「アキラはこれで前科二犯」
「すでに前科者かい!」
スクレとそんなやり取りをしつつ、お粥に味噌を混ぜ混ぜ。
そして、『お化け蛤入り謎のお粥味噌仕立ておじや』が完成した。
「できた!」
「できてしまった……こんな冒涜行為をみすみす見過ごすなんて、耳長族として不甲斐ない」
「蛤に夢中だった人がよく言うよ……まあいいや、食べてみよう」
「万に一つ、億に一つ、おいしくなる可能性に賭ける」
両手を組んでお祈りのポーズをするスクレさん。僕らで言う微レ存である。分の悪い賭けは嫌いじゃないけど、できることならやりたくないのが小市民の本音である。
そうして、お粥を口に運んだのだけれども。
「おいしくない……」
やっぱりそんな感想が聞こえてきたし、僕の感想もまんまそれだ。
「でも、食べれるようにはなったよね」
「食べられるようになっただけ。食材を殺してる。殺害。良さを一つずつ入念に潰していっている感じ。動機は怨恨」
「まったく反論できませんね」
あれだけあふれ出た貝の出汁が、お粥を入れたことによりなかったことになっているとかいう松尾さんや栗間さんもびっくりな消失マジックを文字通り味わわされた僕とスクレ。
うん、裁判でも始まったら、どんな弁護人がいても勝てないだろう。楽器ケースに飛び込むしかない。タンスにゴーンで収益アップはもう二度とできないのだ。
しかしまさかこの妙な穀物の粥を入れただけで、ここまでうまさを殺しきれるとは、『謎のお粥』よ恐るべしである。
「食べるの?」
「ほ、保留にしようか、いまは」
情けないことを言ったけど、どうか許して欲しい。
でもやっぱり後味が悪いので、口直しをするべきか。
最後の『お化け蛤』を水を張った鍋にぶち込み、白濁してきたスープに味噌を投入。
スクレも、持ってきていた食材を入れて、具沢山貝の味噌汁が完成した。
「最初からこうすればよかった」
「まあ確かにそうだけどさ。それじゃありきたりだし」
「料理に刺激を求めても後悔するだけ」
「ぐっ、激辛好きじゃないから反論できない……」
ぐうの音も出ないことを言われつつ、味噌汁を椀に取り分けて、口に運ぶ。
「うまうま」
「あー、やっぱり貝の味噌汁はおいしい」
これだけならほんと絶品なんだけど、お粥を入れるだけでああなるなんて、一体全体どうなっているのか。料理って難しい。
一息ついたあと、スクレは保留にしたものを見て、
「結局これはどうするの?」
「どうしようか……食べる?」
「それだとおいしさの余韻が消える。ダメ」
「ですよねぇ……僕が食べます」
僕が作ったんだから僕が責任を取らなければならない。
そんな風に諦めを滲ませたとき、ちょうどタイミングよく知っている人物を見つけた。
「あ、リッキーいいところに――」
……この『謎のお粥』を食べられるようにするには、僕たちにはまだまだ時間が足りないらしい。
え? リッキーはどうしたって? 彼には悪いけど、僕と一緒に絶望を感じてもらった。大丈夫、お詫びに残りの蛤味噌スープとペットボトル入りコーラを何本か置いていったから、それでお口直ししてくれるはずだ。テロではないよ。きっとね。




