第25階層 遭難者を助けよう週間での出来事
【登場人物】
九藤晶…………この物語の主人公。ガンダキア迷宮に遊びに来る現代の学生。神様に頼まれたため、最近ではそこそこ積極的に人助けに励んでいる様子。
リンテ・アーティー…………晶が迷宮踏破中に出会った迷宮傭兵。口がすこぶる悪い。
この日、迷宮傭兵のリンテ・アーティーは中階層の安全地帯の壁に寄りかかり、天井を仰いでいた。
「はーあ、ボクもヤキが回ったかな……」
肌を流れるのは、冷や汗のほかに、赤々とした血液だ。深度の高い階層で、一人で活動しているところを予定外の強モンスターに出くわし、下手をうった。ただそれだけ。迷宮内ではごくごくありふれた、よくある話だ。
なんとか裏ルートを通って第四から第一ルートに逃げ込み、安全地帯にたどり着くことができたが、ここでもそう簡単に安心はできない。確かに安全地帯には、モンスターの核石を加工したモンスター除けの晶石杭がそこかしこに打たれているため、モンスターは寄り付かない。しかし、手負いの場合となるとモンスターだけでなく冒険者が敵に回る場合もあるのだ。怪我をして動けないのをいいことに、金品目当てで強盗はおろか殺人までする者も存在する。
ギルドでまことしやかに噂される『千手』などはその最たるものだ。ここガンダキア迷宮内に隠れ住み、強盗や殺人に手を染める犯罪集団で、迷宮で行方不明になる者たちの一割は、彼らの手によるものだとも囁かれる。
いまだそれを見たものはいないというほど用心深い連中らしい。
もちろん、探せば痕跡程度みつけられるだろうが、そんなの結局は他人事。
だが、いまこうして自分の方が、被害者側に回りかけている。
「同じ羽を持つ鳥は何とやら……か」
古巣が似たような組織であったことを思い出す。殺しが専門で、組織を設立した者たちの邪魔になる者は、すべてこの手で殺してきた。
ふと、安全地帯の入り口に何者かの気配が現れる。
十中八九、冒険者だろう。願わくば、善良な冒険者であって欲しいが、中階層になると迷宮にこなれた悪い冒険者も増えてくる。
「よいしょっと」
やがて入り口から現れたのは、荷運び役が持つような大きなリュックを背負った茶色髪の少年だった。
「あ、どうも」
「あ、うん、どうも」
ペコリと頭を下げる少年に、ついつい、そんな返事をしてしまう。
警戒していたものと果てしなくかけ離れた存在だったせいか、その落差のせいで毒気を抜かれてしまったのか。釣られて挨拶を返してしまう。
その後もその少年は「そこ失礼しますねー」と言って、隅っこの方に陣取った。
なんというか、荒くれなどが大半の迷宮には、似つかわしくないほど庶民的で穏やかで控えめだ。まるで子供がピクニックにでも来ているかのよう。これでどうしてこんなところまでこられるのか、不思議で不思議でしょうがない。
他に誰か頼りになる仲間がいるのかも知れないと、入り口の方を観察するが、一向に誰も訪れずで、やはり彼は単独らしいことがわかる。
安全地帯の端っこで、バッグからクッションを取り出して、お尻を着地。カップや水など、食品を取り出して、マイペースなことこの上ない。
そんなふわふわとした態度を見ていると、ふと最近噂になっている、一人歩きの小人の話を思い出す。
そう言えば、最近流れ出した噂では、こんな格好をしていたのではなかったか。
見た目はとても善良そうで、珍しい服装をしており、大きなリュックを背負っている。
荒事が苦手で、危険そうな場所には近づかず、よく低、中階層の安全地帯に姿を現す。
そして、怪我をしている冒険者を見つけると――
「回復魔法、使います?」
どことなく申し訳なさそうな態度で、そんな言葉をかけて来るのだと。
●
今日の僕は、ガンダキア迷宮のそこそこまあまあな階層に赴いていた。
ルートは第一ルートの途上、『石窟』と『街』の間。石窟でもっさんを紫の魔法で蹴散らしながら、でっかい石像をカメラで撮って、あとでごりごりに編集して幻想的な詐欺写真でも作り出そうかなーどうしようかなーなんて考えながらの道中。
ここってみんな大好き初心者ルートなんだけど、途中から難易度が格段に跳ね上がる階層なのだ。
特に迷宮深度22『緑青に煙る街』はレイスなどのお化けモンスばかりが出て来るため、実体のない敵を倒す術がない人間の攻略はお断り……ってほどではないけどご遠慮願います的な場所である。見た目は廃墟ばかりが軒を連ねるゴーストタウンで、その実態もお化けばかりが出るゴーストタウンという妙に洒落の利いたところでもある。『背後霊』『居丈高』『忍び寄る影』など、僕の精神的平穏を脅かす極度に難度の高い敵がひしめき合っているのだ。びっくり死しないように祈るばかりである。
で、僕がいま絶賛目指しているのは、その『街』の先にある迷宮深度38『機械神殿』。ここは内部が異様にメカメカしくて、近未来的な造形の機械化迷宮である。僕は以前に一度だけ、入ってすぐのところまでだけど、ライオン丸先輩に連れてきてもらったことがある。そのときもやっぱり機械っぽい物品が多くあって、SF映画とかアニメとかガ〇ダムに出て来るオートマトンみたいなのがうろついていていた。見つかると警戒のアラームをうるさいくらいに鳴らして、機関銃とかバンバン撃って来るという、その幻想をぶち壊すって感じで異世界的な世界観を破壊してくる階層だ。
誰がこんなところをこさえたのかは知らないけど、この前のライオン丸先輩との冒険もあって、やはりここド・メルタは大昔は非常に栄えた文明があったのかもしれないと思う所存。
そんでもってここ、攻略ガチ勢の大ギルドの人たちも攻略を諦めるほどの場所らしい。なんでも話によると、まず第一の扉とかいうところが開かないのだという。まったく僕に攻略してくれと言わんばかりの場所だ。攻略一番乗りとか夢があるし、やってみたい。有名になるのはちょっとまだ及び腰なんだけども。
ともあれ、これまで僕がここに手を出さなかったのは、当たり前だけどレベルのせいだ。迷宮深度は迷宮踏破などの攻略難易度の指標であるため、モンスのレベルに直結するわけじゃない。だけどそれでも、ある程度のレベルが必要なのだ。安全性を確保できるまで、単独での侵入は見送っていたのである。
それで現在は、突入の最終準備のために、安全地帯に入ったところ。
さーて景気づけにカップ麺でも食べてポン汁飲んで、近所の神社で買って来たお札をこれでもかとはっ付けて、万全の態勢を整えてからさあ行こうと考えた矢先のこと。
安全地帯に、巨大なハサミを持った少女がいた。
群青色の髪を短めに切り揃えたボーイッシュガールで、ぎらぎらとしたオーラをまとっている。持っている得物から、剪刀官と呼ばれる異世界不思議戦闘職の一つだということが窺えた。
あ、ハサミは丸っこい奴じゃなくて、シャープな感じのものだ。閉じて刺すと刺さりそうなタイプの尖ったヤツである。
こういうの武器としてうまく取り回しできるのかすごく疑問だけど、うまくやるから戦えるみたい。というかハサミで首チョンパとかされる想像してしまった。なんかひどく残虐な武器に思えて来る。どっちかっていうと殺人ピエロとかが使いそう。
ともあれその子、怪我をしているらしいので、回復しますかどうですかと声をかけたのだけれど。
「回復魔法って、キミ、魔法使い?」
「ええ。一応」
「それで、回復を申し出たと」
「はい。魔力に余裕があるので、ポーションをお持ちでないならどうかなと」
少女にどうですか~と極力朗らかな感じ(当社比)でそう申し出ると、胡散臭そうな、警戒しているような視線を向けてきた。
「で、見返りにボクに何を要求する気?」
「いえいえ、特に何も」
「…………」
……うん、僕は彼女に、すごく不審がられているようだ。まあ、当然だろう。ド・メルタにもネトゲよろしく辻回復というものは存在するけど、その全部に魂胆や物欲がないわけじゃない。回復代として金銭を要求したり、探索の成果を要求したりする者は少なからず存在するのだ。特に、回復させるのが女性一人となれば、他のものを要求するクソみたいな下衆野郎だっていないわけじゃないのが嫌なところ。
たぶんこの子も、僕をそんなヤツだと疑っているのだろうと思われる。
その証拠が、この油断のない疑いのまなざしというわけだ。
少女は、鼻白むように目を細める。
「うさん臭いね。ボクは常日頃辻回復は信用できないって考えてるんだ」
「あーそういう人いますよねー」
「君たちって、どういう風に考えて辻回復してるんだい?」
「さー、親切心じゃないですかね? いるでしょ? 困ってる人を見たら放っておけないって人。見返りなんて求めてないわ! その人に喜んでもらうのが素敵! 最高!……とか思ってる人ですよ」
「そういうの、ほんと理解できないね。自分の特にならないことするなんて、頭オカシイんじゃないとか思ってる」
「そうですかね? 人間って、感謝されたり褒められたりすると気分いいでしょ? 要は辻回復もその延長線上のものなんだと思いますよ? 親切心で回復してあげれば、大抵喜ばれるでしょ? それで脳汁ドバドバ出て、それがクセになってるんだと思います。人のためっていうよりは、自分のため。でも、それが自分のためって気付いてないっていうか、酔ってるっていうか」
僕がそう言うと、群青色の髪を持った少女は、少しだけうーんと唸って、
「確かにそう言われればそうかもって気がするね。脳汁とかその辺りはよくわかんないけど」
「でしょ?」
「でもそれって偽善だよね。そういうのって考え方が腐ってるんじゃない? 糞だよ。吐き気がするし」
「なんか容赦ないですね」
うん。この人、抜群に口が悪いぞ。
「で? キミもそういったボクに吐き気を催させるクチなの?」
「僕は神様から頼まれたんですよ。最近安全地帯にたどり着けても、そこで死んじゃう冒険者たちが多いから、余裕があったら助けてあげてよって」
「あー」
神様と聞いて、彼女も思い当たる節があったのだろうね。リッキー曰く、この世界の神様は、ときどき地上に降臨してくるらしいのだ。基本的には人間を助けるように行動するらしいけど、自分の手が回らないときは人間に代行してくれって頼み事をするらしいし。そういうのを彼女も聞いたことがあるんだろうと思われる。
群青色の髪の少女は、さっきよりも随分納得したというような視線に変化させた。
「どうします? 僕は回復しておいた方がいいと思いますけど。どうしても嫌ならやめますよ」
「…………」
群青色の髪の子、少しは考えてくれているらしい。だけど、回復した方が絶対にいいのは間違いない。見たところ怪我が結構ひどいのだ。応急手当はしているみたいだけど、包帯に血がじわじわと染み出してきている。その怪我で中階層から帰還するのは、自殺行為とまではいかないけれど、あまりお勧めできるものじゃない。というか僕のエセ診断でも途中で行き倒れる可能性しか見えない。ダンジョンで「まだ大丈夫」「あと一回いける」とか、試練的盗猫的によくある思考は禁物だ。使えるものはじゃんじゃん使わないと、抱えオチで死んでしまう。ガンダキア迷宮は一歩踏み出す度に空打ちするくらい慎重じゃないとダメなのだ。おにぎりが腐る。地雷を踏むならまだマシだ。通路直前の眠りガスがマジ鬼畜の所業許せない。
でも、彼女は一向に頷く様子はないようだ。よっぽど疑り深い性格なのか、それとも人の世話にはなりたくないというプライドがあるのか。その両方か。
「じゃあ僕を利用するって考えればいいんですよ。あなたがいま信じきれないのは、自分が主導権を握ってないからです。僕に回復してもらうんじゃなくて、僕に回復させてやるんだって思えばいいんですよ」
「気分の持ちようだって?」
「そうそう。僕に回復させるだけさせて、お金も見返りも与えずに逃げ去るって考えるんですよ。親切心に付け込むんです。そう考えれば、あなたに損はない」
「それじゃあボクが人でなしじゃないか」
「じゃあさりげなーくお礼を置いていくとかすれば、良い人になれますよ?」
「やだよ。なんでボクの私物を人にあげなきゃいけないのさ?」
じゃあどうしろと言うのか。
「……なんだろ、すっげーわがままじゃない?」
「まさか、ボクより控えめな人間なんて世の中そうそういないよ」
群青の髪の少女はそんな風にとぼけにかかった。厚い面の皮だ。いや別に図々しくはないし、単に変なこだわりがあるだけなんだけどさ。
というか、これ本気で言っているっぽいよ久しぶりにいい性格してる人に出会った気分。
「よしじゃあこうしましょう。僕は辻回復がしたくてしたくてどうしようもない超の付く変人で、あなたをいまから無理やり辻回復しようとするとか」
「……それ、自分で言うの?」
「設定って大事だと思うなー。じゃまあ、ほい」
そう言って、汎用魔術『拘束バインディングホールド』を無理やりかける。
紫に輝く魔力の鎖が、群青髪の少女を縛り上げた。
あ、変なところには食い込んでないからエロくはないからね。ちなみに。
「ちょ、何を!?」
「これであなたは抵抗できない。大人しく僕に回復されるがいい。ふははははははは!」
と、設定を重んじて高らかに笑い声を上げると、ジト目が向けられた。
「変態っぽいね。それ、素でしょ?」
「設定ってさっきから言ってるでしょ!?」
「でも役柄がハマってるよ?」
「うるさい! いいからもうさっさと回復されろー!」
もう受け答えが面倒臭くなって、有無を言わせず回復魔法を掛けた。もちろん、傷は綺麗さっぱりなくなって、顔色も良くなった。
「ともかくさ、君って変だよね。よく言われない?」
「…………」
「やっぱり」
そんなことはないはずだ。いまの沈黙は脳内検索に手間取ったわけじゃない。スクレとかリッキーとかに変って言われることはよくあるけど。師匠やライオン丸先輩よりは変じゃない自信がある。比較対象も大概とか言うなし。
「……キミさ、何身構えてるの?」
「いや、勝手に回復したから攻撃されるかなと」
「そんなわけないじゃん」
「ですよねー」
「でも回復され料は請求するんだけどさ」
「え゛!? なにそれ!?」
「ほら、出しなよ。設定って大事なんでしょ?」
「別に設定とかどうでもいいなって気がしてきたなーすっごくしてきたなー」
回復され料とか。それはさすがにぶりぶり的なざえもん以上にがめつくはないだろうか。
「ま、冗談はこれくらいにしとこうか。一応礼は言っておくよ。ありがとう」
「あ、お礼なら神様の像にしといてよ」
「どの神様?」
「アメイシスのおじさん」
「一番偉い神様かぁ」
「うん? いや一番偉い神様は違うんじゃ?」
「いや、なに言ってるのさ。この世界で一番偉い神様はアメイシスさまだよ? 常識でしょ?」
「でもこの前神様に会ったとき『ママには逆らえない、ウチの家族で一番偉いのはママだから』とか言ってたよ? オーニキスさんが一番偉い神様なんじゃないの?」
「…………そう言えばキミ、神様に頼まれたとか言ってたね」
どうやらこの世界の人たちとは、神様の認識に齟齬があるようだ。
まあ、奥さんの方が強いというのは、どこにでもあることか。やっぱり家庭内権力はかかあに傾く傾向にあるのだろう。グンマーの歴史は偉大だ。蚕的にね。
「ボクの名前はリンテ・アーティー。迷宮傭兵をやってる」
「迷宮傭兵ですか」
迷宮傭兵とは、いわゆるフリーランスの冒険者だ。冒険者がフリーランスとか何をいってるのかイミフだけど、この傭兵さんたち、チームや個人の冒険者に雇われて、日銭を稼ぐ用心棒的なムーブをしているのである。あまり人と慣れ合いたくないとか、チームを組むことの煩わしさやしがらみを嫌い、かといって一人で潜るのは心もとないという人たちがよくこの迷宮限定の傭兵家業を行っている。リッキーとかそんな感じだ。
もちろんレベル的にもピンからキリまであり、弱い人たちは寄生という言葉がぴったり合うし、強い人たちはガチでストイック。この人は……たぶん後者のはずだ。寄生しているような人なら、回復の申し出を断ることはしないはず。
「僕はクドーアキラ。姓がクドーで名前がアキラです」
「名前、覚えておくよ。今日は助かった」
「それはよかった」
リンテさんはそう言って、安全地帯から去って行った。
……なんだか最近、よく人助けするなぁとか思ったり思わなかったり。




