第24階層 リベンジ、ディランくん! その2
【登場人物】
九藤晶…………この物語の主人公。ビビりだけど異世界での冒険は大好きで、それに関する努力も厭わない。モンスターの観察などにも長けている。
ディラン・フロスト…………以前に晶が迷宮で助けた少年。この日は低階層でのトラウマを克服するべく、晶に冒険に連れ出された。
シーカー・レイムナント…………迷宮ガイドを職業とする男性。ギルドではシーカー先生と呼ばれて親しまれているが、ギャンブル大好きなため印象の良さは相殺されている残念なひと。
――というわけで、引き続き、新人冒険者ディランくんの復讐のために冒険中だ。
現在は第一ルートの途上、迷宮深度7『霧浮く丘陵』にいる。ざっくり言うと、森の次にある階層で、前にディランくんが遭難死しかけたというよくない思い出のある場所だ。
ディランくんはこの階層に踏み込んでから、目に見えて動きに鈍りが出始めた。その鈍さとぎこちなさは、『黄壁遺構』の石人形たちを連想させるほどカチコチしてギクシャクしている。これならまだ古いブリキの人形の方が滑らかに動いてくれるんじゃないかというほど。彼自身油剤になる必要はないけれど、油剤が必要になりそうな感じである。
どうやらディランくん、思った以上に緊張していらっしゃるご様子。そりゃあここで死ぬような目に遭ったわけだから、身構えてしまうのも当然だよね。第一ルート上にある『街』に初めて入った僕みたいに、一挙手一投足がビビりのそれへと変化している。
だけど、こうしてきちんと警戒しているぶん、まだ良い方だと言えるかな。
『霧浮く丘陵』、ここも森と同様に初心者ウェルカムなイージー階層だけど、油断してるとほんとコロリとやられてしまうのだ。徘徊しているモンスたちも森に比べて格段に多くて、奴らは霧に紛れて飛び出してくるというびっくり攻撃をデフォでやってくる。バックアタック上等レイドアタック当たり前。霧に巻かれて迷ったあげくに気付いたら囲まれてました大ピンチで即ガメオペラなんてこともまあ珍しくないそんな場所なのである。
あと、特徴と言えば一年を通して涼しいということくらいだろうか。前述の通りモンスがいるから、夏に涼を求めて赴くなんて軽井沢扱いやお金持ちの家の夏休みムーブはできないんだけど。もちろん観光地みたいに『ようこそ霧浮く丘陵へ』なんて、旗など用意してくれてもいない。
ともあれ、ディランくんは緊張しすぎだ。この様子では、関節がかなり固まっているだろう。これではいざというとき動けなくなる恐れがある。
「ディランくん。ちょっと立ち止まろうか」
「え? はい」
ディランくんは突然僕が足を止めたことに困惑しつつも、同調して足を止めてくれる。集団行動○。
「よし。じゃあまず身体から力を抜いて、ぶるぶる体操をしよう」
「ぶるぶる……ですか?」
「そう。ぶるぶる体操。身体から不必要な緊張を取り除くための大事な運動だよ。いまのディランくんには何よりも必要な行動だね」
「それは一体どうやるんですか?」
「まずは身体から力を抜く。肩の関節が外れちゃったようなイメージをしながら、肩先から腕をだらんと垂れ下げる。次は中身が全部お水になったようにイメージしながら、全身をブルブル振るわせるんだ。胴体で腕や足を振り回すように」
これはテレビで毎週紹介される健康体操の一つだ。とういかいつも思うけど健康体操とかどんだけあるのか。毎度毎度、運動学の博士とか、整体師の先生とか、ヨガの達人とかデュークとか更家とかいろんな人がこういうの生み出すから、通販のサプリメントや健康器具よろしくどれがなんでどんな効果があるのかほとんど覚えていない。その例に漏れず、このぶるぶる体操も実際どんな効果を求めて生み出されたのか僕は全然覚えていないのである。体操多過ぎ問題だ。
僕がぶるぶる体操を実演してみせると、ディランくんは僕の動きの真似をして、身体をぶるぶる振るわせる。
「こんな感じですか?」
「いいんじゃないかな? これで少しは身体の緊張もほぐれたんじゃない?」
「なんとなくですが……」
完璧とは言いがたいようだけど、いまはそれで良いだろう。ディランくんにはトラウマがあるため、いまはここにいるだけで緊張から逃れられない状態にあるのだ。今回はその解消のために訪れたのだから緊張していて当たり前だし、あとはこの階層に慣れることで、解消されていくと思われである。
「ディランくん、武器も出しておこうか。それだけでも随分と違うと思うよ」
「はい」
「これで突発的に襲われても、すぐに対処できるしね」
一時の緊張ほぐしも終わり、また復讐のために『霧浮く丘陵』を歩いていると、ふと霧の中に人型のシルエットが二つ並んで見えた。
「クドーさん、あれって……」
「見たところ人間っぽいね。警戒しなくて大丈夫そうだ」
ここは迷宮だ。当然モンスだけじゃなくて、他の冒険者さんもいらっしゃる。霧の奥に人影が見えたら大体そうだし、それが二つ三つ並んで動いているのならばほぼ確定的に冒険者だろう。斬りかかったらトラブルのもとになりかねない。モンスだとみなして攻撃なんてしたら、治療費慰謝料損害賠償請求されちゃう案件になってしまう。
――アキラ、殺してしまえば同じだぞ?
……自分の脳の奥底で、あくまの声が反芻する。殺意がインスタントで冷酷無慈悲な師匠なら、きっとそんなことを言うだろうむしろ言われたマジ怖い。事故を装ってしまえばいいとかマジ鬼畜だ。ヒットマンの手口がデフォで備わっている師匠とか、一体何の師匠だったのかその内わからなくなってきそうで怖いというか師匠はすでにもう怖い。
周囲に気を払いつつ、近付いてくる人影を眺めていると、それが見覚えのある姿だということに気付いた。
「あれ? シーカー先生だ」
霧の中から現れたのは、迷宮ガイドを生業とするシーカー先生だった。
いつものように無精髭を生やした不健康そうな顔で、手には彼の得物である仕込み傘を持っている。まるで漫画やドラマに出てくるような、だらしのない新聞記者とか、うだつの上がらない探偵とかそんな風体だ。カーキ色のコートを着せたら完璧だと思われ。
先生表向きは気だるそうにしているけれど、実際はどんな階層でも八方睨みを利かせていて、鋭敏なのがこの人の本質だ。
今日は先生一人じゃなくて、隣に白の全身鎧を身につけた人が一緒にいる。
全身鎧の人をガイド中……にしては、その人はどうも迷宮慣れしている様子。
ということは…………この全身鎧の人は一体全体何者なのだろうか。
「お? クドーじゃないか」
「こんにちはです先生。今日もお仕事ですか?」
「いや、今日はちょっとな」
「ということは、そちらの方がそのちょっとの方で?」
「ああ、こいつは俺の古い知り合いでな……」
シーカー先生は、突然そんなことを言い出した。
僕はそこに、驚きを隠せない。
「え? 先生って仲良くする知り合いとかいたんですか? 現実に?」
「俺だって知り合いや友達の一人二人くらいいるわ! つーかなんでそんな想像に行き着いたよ!?」
「いやーてっきり賭け事で作った借金を返すために方々から借りまくって絶縁状を叩きつけられて、友達を全部失ってるっていうクズストーリーが僕の脳内で確立していて」
「お前想像力逞しすぎだろ! 具体的過ぎだ!」
先生とそんなやり取りをしていると、全身鎧の人が先生の方に身体を向ける。「まさかお前……」的な感じにだ。
すると先生は焦ったように否定にかかった。
「やってねえからな!? いくら金に困ってもそんなことはしねえからな!? な!?」
ああして疑いの目を向けているということは、この全身鎧の人も先生のギャンブル癖には辟易させられているのだろう。最近では依存症という病気として認知されつつあるし、先生にも先生が必要だろう。心療内科のお医者さん的な先生が。
ややあって、シーカー先生は落ち着くと。
「ったく……というか今日はクドー一人じゃないのは珍しいな」
「ええ。今日は彼と一緒に冒険中です」
僕がそう言うと、ディランくんが会釈をしながら前に出てくる。
一方で、先生はディランくんに見覚えがあったようで。
「ああ、そういやこの坊主は最近ガイドしたな。確かディラン、だったか?」
「はい。先日はどうも」
ディランくんは再度、シーカー先生に社会人も真っ青なお辞儀をする。というかきちんとディランくんの名前覚えてる先生さすが。これでギャンブル大好きじゃなければ、僕的には聖人認定するレベルなのに。いやほんとマジで。
「……悪かったな」
「えっ、まさか先生僕の心を読んで……」
「きっちり口に出してたわ! ダダ漏れだっての!」
「そうですよね。先生が人の心を読めてたらギャンブルなんて負けないですもんねー」
「なんでもかんでもそっちに繋げんなっての!」
先生の突っ込みを受け、いちいち話の腰を折るのもそろそろアレかと思い大人しくしておく。
「まあいい。確かそいつは、お前が助けたんだったか?」
「ええ。成り行きでそんな感じになりましたね」
「そんでほっとけなくなったと?」
「そんなところですね」
僕がそう言うと、先生はどこか呆れたように肩をすくめ出す。
「お前もなんだかんだお人よしだよな。聞いたぜ? この前も耳長族の――」
「ふへっ!」
いまふいに情けない驚きの声を上げたのは、もちろん僕だ。
全身鎧の人がにじり寄って、じーっと見つめてきていることに気付いたからだ。
恥ずかしいとかいうより鎧マシマシのせいで威圧感があるから若干怖いという、怖い寄りの驚きぶり。
僕は逃れようとするように反っているんだけど、鎧の人はそのままじっと見詰めてくる。
「あ、あのぉ……」
「バルログ。そいつはクドーだ」
「九藤晶です。よろしくお願いします……」
僕は背反りになりながら、バルログさんに挨拶をする。
ともあれ、バルログとは珍しいお名前だ。見た目は全身鎧であるため、仮面のスペインニンジャでもトルーキンの悪鬼でもないのだけれど、バルログさんだ。イズナドロップをイナズマドロップだと思い込んで幼少期を過ごした諸兄は僕だけではないはずだきっと。
やがてそのバルログさんは、よろしくと言うように無言で籠手を差し出してくる。
それを恐る恐る握り返すと、やはりよろしくというようにしっかりと手に力が込められた。
「バルログさんはソロなんですか?」
「いや、こいつは【黒の夜明団】の人間でな」
「おおぅ、大ギルドの方なんですね」
ここは有名なギルドの一つで、多数の種族を抱えているため、多種族混成ギルドなどと呼ばれている。この前の『赤光槍』さんも確かここの人だったはずだ。
「……つーかよ、普通は名前くらい知ってるもんだぞ?」
「いやぁ、僕その辺ものすごく疎くて……」
普通知っているということは、このバルログさんも幹部とかその辺の方なのだろう。
この前の『赤光槍』さんは露出が多かったから僕でも知ってたけど、やはり名前がよく出てこない人だと、あんまりわからない。
当の本人もさっきから全然喋らないし、もしかしたらとってもシャイな方なのかもしれない。
「それで、今日は何してたんだ?」
「はい。ディランくんのレベルも12になったんで、この階層にリベンジに来たんですよ」
「復讐?」
「ええ。ディランくんが死にそうになった階層がここなので、ここのモンスターたちにお礼参りをしにですね」
「ああ、そういうことか」
「こういうトラウマは早めに克服しとかないと、やっぱり付いて回りますから」
「なんだ。クドーには経験でもあんのか?」
「…………いえ。そんな気がしただけで」
うん、まあ少なくとも迷宮でのトラウマはないよ。迷宮ではね。
……はい、嘘です。内臓洞窟とか、地下都市とか、第一ルート上にある『街』とか、いっぱいいっぱいトラウマありましたとも。あ、僕の場合は克服とか当分いいのでそのままにしてますよ? 内臓の方はもう二度と行きたくないですしおすし。
「だが、確かにトラウマの早期克服は必要だな。余裕があるうちに行っとかないと、行きにくくなるからな」
「ええ。笑い飛ばせるくらいにならないといけませんしね」
僕がそう言うと、シーカー先生は意外そうな顔を見せる。
「なんだ、話がわかるじゃないか。クドー、お前もガイドになるか?」
「ええー、それはちょっと嫌です」
「言うと思ったよ……どうせ自分の時間を大事にしたいとか言うんだろ?」
「もちそれです。僕はここに楽しみに来てるんですから」
「迷宮に遊びに来るヤツなんてドラケリオンかお前くらいのもんだよ。ったく……」
シーカー先生とそんなことを話していると、また何かが近づいてくる気配が感じられた。
やっとお出まし、モンスターの気配だ。
どしん、どしんという随分と重そうな音が、遠間から響いてくる。
「く、クドーさん、これって……」
「うん、そうだね。ディランくんの復讐相手第一号だ」
音は反響してどこから来ているのかわかりにくいけど、重そうな音と震動で何が来るかは丸わかりだ。
深度7、『霧浮く丘陵』に出没する『岩塊腕』に間違いない。
これは『黄壁遺構』の石人形の親戚みたいなモンスターさんで、大きな右腕とごつごつとした身体が特徴的だ。普段はどこぞのルートにいらっしゃる「もっさん」よろしく岩に擬態しており、霧に紛れて敵の背後に回り込み、右腕を振り下ろして冒険者を叩き潰すという不意打ちを専門にする厄介者である。
しかし、移動すると音が出るという致命的な欠点があるため、近づいてくるとこうして簡単に察知されてしまうし、しかもしかも、素材的には価値が全然ないのが残念なところ。鉱物資源が歩いてきているような、デリバリー素材モンスターにもならない。「岩塊腕? ゴミ」と一蹴される可哀想なヤツだ。
もちろん正面から戦っても、同レベル帯ならばそれなりに苦戦する相手なんだけどね。
やがて、背後に気配が現れる。レベルが高いとわかるようになるから、僕や先生やバルログさんには意味がない。気付いていないディランくんに注意を促してから距離を取ると、やがて霧の中から『岩塊腕』が現れた。
「じゃああれについて先生からなにかアドバイスを一つ」
「お前が連れてきたんだからそういうのはお前がやれよ」
「えー。先生、ガイドなんですからいいじゃないですかー」
「手ぇ抜くなっての。お前が教えるつもりで連れてきたんだろ?」
「いやまあ、確かにそうなんですけどね」
さすがにその辺りの怠慢は許してくれないらしい。
というわけで、まずはディランくんがどう立ち回るか見てみるべきだろう。
「じゃあまずは一度一人でカチ当たってみようか」
「クドーさん、オレ一人で大丈夫でしょうか……」
「大丈夫大丈夫。あれ相手なら10もあればそうそう死なないからさ。動きもここに出るモンスの中じゃ比較的鈍い方だしね。周りのことは僕が見ておくから気にしなくていいよ。『岩塊腕』にだけ集中して。ゴー!」
僕が背中を押すと、ディランくんは警戒しながらも『岩塊腕』に近づいて行く。
そして、戦闘だ。ディランくん隙を見つけて剣で打ちかかるけど、当然『岩塊腕』の固い身体に、刃は立たない。
レベルが高いと人だと、包丁の実演販売よろしくスパスパ斬れるんだけど、あれってホントにどうなっているのか。レベルが上がると持ってる剣の切れ味増すとかはっきり言って不思議でならない。なにかズルのかほりがする。
「先生、ディラン君ってどうなんです?」
「ん? 才能はあると思うぜ? あれは最近まで農業してたヤツの剣の振り方じゃねぇ」
隣にいたバルログさんも頷く。やっぱり喋らないけど。
「へー」
「お前はそういうのわかんねぇのか?」
「だって僕ってただの学生ですしおすし」
「ただの学徒が迷宮でお散歩なんてしねぇし、まずできねぇよ」
「じゃあ僕の存在そのものがその証明に」
「お前は特殊なケースだわ。比較にならん」
先生とそんな与太を話していると、ディランくんが一度戻ってきた。
それを見計らって『岩塊腕』も、霧の中に紛れていく。再度霧の中から回り込んで、不意打ちをしようという心積もりなのだろう。無機物的な見た目に反して、随分と賢しらなことである。まあ、さっきも言った通り僕や先生やバルログさんもいるから、まったくの無意味なんだけど。
「……難しいです」
戻ってきたディランくんは、険しい表情。『岩塊腕』の攻略法に困っているといったところだろう。
「そりゃあ正面から正攻法で倒すなんて無理だよ。そんな戦い方で倒すなら、まずハンマーとかメイスとかが必要になるし」
「じゃあ、いまの俺の装備では」
「そんなこともないよ。なんでもやりようさ」
そう言って、説明に入る。
「まず前提として、ああいう造形が偏ってるのは、行動が一定になりがちなんだ。これは僕の幼馴染みの含蓄なんだけど『確かにああいう姿が極端なのは、見た目も強そうで圧力を感じる。だが、詰まるところその部分を特化させることによって、逆に動きが制限されているんだ。基本的に予想範囲内の行動しかとらないし、うまく誘導すればこちらの思ったように動いてくれる』んだって。ああいう風に左右非対称じゃないやつってのは、動くのすごい不便らしいよ」
「えっと、つまり」
「あいつの場合は右手がデカい。右手での攻撃に比重を置いてるから、攻撃は基本右手になるし、でも右手が重いから、左旋回はしたがらない」
なんだっけ、あれだ。この話を聞いたのは、ヒロちゃんが海鮮怪人七人衆の一人、ヤシガニーZを倒したあとだったはずだ。あいつも、片方の爪がものっそデカくて、でも結局|ヒロちゃんのパンチ一発で消し飛ばされた。ヒロちゃんほんと強すぎる。
「ディランくん。モンスターを倒すときは、漫然としてではなく、必ずそのモンスターの特徴を逆手に取ることが必要だ。相手の特徴をしっかり掴んで、想像をふくらませること。じゃあ、この場合はどんな部分を逆手に取れば、自分が有利になるかな?」
「有利、ですか?」
「ヒントは、そうだね……森の『一角鹿』なんかが近いかな」
『一角鹿』の攻略法を思い出す。あいつは角に頼みを置いて突進ばかりするから、突進したあとの隙だらけな状態を狙えば簡単だし、あとは後ろ蹴り注意して動けばいい。
では、それが『岩塊腕』ならどうか。
「……あいつは右腕が重いから、左旋回が鈍くなる。攻撃も右腕が主。だから極力左腕側に回り込むようにする……ですか?」
「当たり。相手は左旋回が大変だから、左手側に回り込めば大きな隙が出来る。で、攻撃する場所は、節々の隙間、特に背後から打つのがいいね」
「……はい!」
ディランくんが気づけたので、ひとまず安心だ。
あとは、僕からもう一つだけアドバイス。
「それと、さっき渡した水鉄砲も使ってみなよ。すんごく意外だけどこいつにも効果あるから」
「目を狙うんですか?」
「うん」
こいつ鉱物っぽいけど、目っぽい器官があるので刺激物が効果有り。これは戦術であり卑怯ではない。弱点を保護していないモンスが悪いのである。
やがて『岩塊腕』が姿を現すと、ディランくんは先ほどの話の通り、その左手側に回り込む。
一方で『岩塊腕』は、そんなディランくんの動きについて行けずにもたもた。やがてディランくんが隙を見計らって、水鉄砲を目に撃った。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
大きな叫び声を上げる『岩塊腕』。唐辛子を触った手で目を擦ったときのことが想起されてなんかちょっと可哀そうに思ってしまうけど、モンスだし仕方がない死ね、なのである。
ともあれ、『岩塊腕』はディランくんを見失ってめちゃくちゃに暴れ出す。これではすぐに攻撃できないけれど、そこはさすがのディランくん。冷静に距離を取って、動きが落ち着くまで待機。やがて『岩塊腕』が右腕を地面にめり込ませて動けなくなったところを見極め、動き出した。
「ガハハ! 勝ったな。田んぼ入ってくる」
「田んぼなんてどこにもねぇよ。というか田んぼに入るとか農家かお前は」
「僕の高度なギャグにマジなレスをしないでくださいよ先生」
「わかりにくい冗談はやめてくれ。反応に困る」
そんなことを言いつつ言われつつ、先生に訊ねる。
「あんな感じの指導で大丈夫でしたか?」
「ああ、いいと思うぞ。常に相手の弱点を突くように指導するのは絶対的に正しいからな。丸きり教えるわけじゃなくてきちん考えさせるように仕向けてるし、冒険者なら満点だろ。クドーお前やっぱガイドやれよ」
「嫌ですって」
「この面倒臭がりめ」
「ええー! それ先生が言うんですか!?」
「ガイドはきちっとやっとるわ!」
そんな話はともあれ、ディランくん。『岩塊腕』の関節に剣を叩き付けると、かなり食い込む。手応えを感じ取ったのだろう。今度は首の関節、人間で言うならば延髄に狙いを付けて、切っ先を一気に突き込んだ。
ディランくん必殺の一撃を受けた『岩塊腕』は、絶命したのか、糸が切れたように崩れ落ちる。
「おおー!!」
さすがディランくんだ。要点に気付いたら簡単に倒してしまった。全体的にかっこいい雰囲気の主人公ネームは伊達じゃない。
「やった……やりましたよクドーさん!」
「ディランくん、おめでとう!」
わーいと二人諸手を挙げて喜び合う。
これでディランくんの復讐が一つ完遂された。リベンジというとなんかポジティブに思えるのに、復讐というとひどくネガティブに思えるのは何故なのか。
そんなときだ。
「むむっ?」
僕たちの大きな喜びに水を差すかのように、別のモンスの気配が現れる。
その空気読めないモンスターは、結構な速度で近づいてきているようで、いまのディランくんに対応させるにはちょっと面倒な思いをさせそうだ。
なのでこいつは、僕が相手をすることにした。
霧の中から現れたシルエットは、『単眼頭』のもの。こいつは一つ目青肌の人型をしたモンスターで、特徴という特徴がないのが特徴だ。うん、僕もこいつの説明をすると、何を言っているかわからなくなってくる。だってだいたいの奴って特殊能力的な特徴有るし。目が特徴的なんだからせめて目からビームくらい出せとか思うけど、そんな力はまったくないほんと悲しみ。
要するに、普通の人型相手にする要領で戦えばいいタイプの相手だ。
突然現れたこいつに僕が使うのは、スクレ直伝の流露波だ。
だけど、今日使うのは以前使ったオリジナルとはちょっと違う感じのもの。
正直、いまの僕にはあの『浮き足先』とかそういったものは技術的に難し過ぎる。というかディランくんの前で僕の半端な動きなんて見せてしまったときには、ひどく幻滅させてしまうことは想像するに難くないむしろ超簡単まである。折角尊敬されているんだから、尊敬されたままでいたい。
なので、僕なり考えて、僕ができる程度のいい感じに落とし込んだ体捌きを用いることにした。
もちろん参考にしたのは中国拳法だ。本と動画を何遍も見て、家の庭で毎日早朝から練習に励んだ。僕偉い。超偉い。
まず、右足の甲が横になるようにして踏み込む。
すると、自然と下半身が反時計回りにねじれることになり、それに連動して上半身も反時計回りに回転し、体が横に開かれる。
その勢いを利用して突き出す右手に勢いを付け、その右手も、内側にねじり込むように突き出す。
ここだけは、抉り込むように打つべし打つべしである。
下から上へ、踏み込む動作から打ち込む動作まで、関節の左回しをつなげていく感じだ。
そしてあとは、流露波の基本に則って掌底を打ち込み、勁力を解き放つ。
力の伝わり具合のイメージは、背中を内側から叩くのでなく、水袋全体を振るわせるような感じだ。
以前に会場前で使ったときの踏み込みは、地面を強く振るわせるような感じだったけど、今回は震脚の威力が地面に吸い込まれて行くような感じ。青肌の腹筋に掌底をひねり込んだせいか、モンスの皮膚が渦を巻くようにぐにゃりと捻れた。
これが同レベル帯のモンスだったら当てるのすんごい苦労しただろうけども、今回のヤツは低レベル帯の雑魚モンスなので余裕を持って当てることができた。
一撃必倒。『単眼頭』は断末魔の叫びすら上げる暇も与えられず、膝から変な崩れ落ち方をして、目、耳、鼻、口から血を噴き出して絶命した。
「うわ、本気で噴血して死んだよ」
猛虎硬爬山じゃないんだけど、まさかの噴血死である。単眼だから、七孔じゃなくて六孔に減るんだけど。
「す、すごい……」
ふいに、ディランくんが感動したような声を上げた。
見れば、こっちを見ながら目をキラキラさせている。わかる。子供のころはこういった不思議拳法を使うアニメの登場人物にすごく憧れたものだ。梁師範とかさ。スクレ? スクレは超かっけーです。そのうちワイハ語で静かな人、孤独な人的な意のエネルギー波とか出して欲しいと切に願う所存。そしてそれを僕にも教えて欲しいな的に他力本願な所存。
一方で、それを見ていたシーカー先生が、
「おい、いまのはもしかして流露波か?」
「ええ、そうです。先生知ってましたか」
「まあな。俺も一応耳長族とは関わりがあるからな。型とかはいろいろ知ってるんだよ」
「そうなんですか」
僕の失礼な想像に反して、先生意外と交流関係が広いようだ。というか人間嫌いな耳長族と知り合いとはまた希有だ。いや、先生いい人だからよくよく考えるとあり得ない話じゃないんだけれど。
「だがよ、いまのは大元の流露波とはだいぶ違うな」
「わかります? この前使ったときにへっぴり腰とか言われて散々笑われたので、練習したり、参考になる動画や資料を見たりして勉強したんです。ふんす」
僕が自慢げに胸を張ると、先生は不可解そうに眉をひそめる。
「勉強って、どうやって勉強するんだよ? そんな秘伝書なんてないはずだが……」
「いえ、まあ、いろいろとあるんですよ僕のところ」
僕がそう言うと、先生は合点がいったとばかりに納得する。というか何故今の説明で納得できるのか。うーん、もしかしたら先生もライオン丸先輩みたいに僕がどこから来ている感付いているのかもしれない。
「先生、効果はちゃんと出てますよね。傍目からも」
「ああ。普通のは威力が貫通する。だがお前の使ったそれは……なんだ。内臓に響いてるのか」
「ふふふ、いまのは衝撃が浸透してるんですよ」
「浸透……なるほどな」
僕がなんかそれっぽいこと言ったら、先生が深く頷いた。すみませんこれ、僕の知ったかなんです。真面目に受け取られるなんか恥ずかしいし申し訳なくなるのでご勘弁ねがいたいです。
やはりディランくんが、尊敬のまなざしを向けながら、
「……すごいです。やっぱりここの階層のモンスターなんて、クドーさんには楽勝なんですね」
「そりゃあね」
「そういえば、さっき話にあった幼馴染みさんも冒険者なんですか?」
「うんう。ヒロちゃんはヒーローだから」
「ひいろう…………ですか?」
「そうだね。ライダーと戦隊物の合いの子的な存在だよ」
「よくわからないですけど、やっぱり強いんですか?」
「強いよー。特にバーニングスマッシュとかヤバいねー。改造怪人とか一撃で消し飛ぶよ」
「え、えっと」
ド・メルタの人間であるディランくんにこの手の話は難し過ぎたか。仕方ないよね。
「じゃーそろそろ次行こうか。この調子でどんどん復讐していこう! おー!」
「クドーさん、それ明るく言うような言葉じゃない気がするんですけど……」
「細かいことは気にしなーい気にしなーい!」
……そんなこんなで、シーカー先生たちとはお別れしてから、ディランくんは以前に散々追い回されたモンスたちにお礼参りを完了させていった。これできっと彼も、過去(二週間くらい前)のトラウマも克服できたろう。めでたしめでたしである。




