第23階層 リベンジ、ディランくん! その1 約9000文字
【登場人物】
九藤晶…………この物語の主人公。最近は冒険を楽しむ合間にちょいちょい人助けをしている。
ディラン・フロスト…………以前に晶が迷宮で助けた少年。農家の出身。冒険者としての才能はあるらしい。ちょっと迂闊なところもあるけど真面目な性格。
現在、森を冒険中。
ここで言う森とは――当然諸兄諸姉の皆様はお分かりかと思うけど、迷宮深度は5『大森林遺跡』である。毎日ぽかぽかお散歩日和、山の恵みパラダイスなところだけど、当然ここも迷宮であるためそれなりの危険はある場所だ。それなりにね。
枝葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日気持ちいいとか、迷宮に潜る先人たちに踏み固められた安全な小道歩きやすいと、楽しい楽しいお散歩気分でいると、突然茂みから現れた雑魚モンスに不意打ちを受けて倒されるという話が枚挙に暇がない的な頻度で事故が起こるくらいには、危険度がある。
もちろんレベルが高ければなんてことはないんだけれども。
そしてそしてなんと驚くべきことに、今日は僕一人での冒険ではないのだ。
脱ぼっちである。
……いやぁ、一応ぼっちはいつでも脱出することは可能なんだけどね。気分気分。
それで、この日僕と一緒に冒険してくれる奇特なお方は、以前ガンダキア迷宮第1ルート、深度は7の【霧浮く丘陵】にて助けた新人冒険者ディラン・フロストくんだ。
あの日から数えて二週間くらい経ったかな。あのとき一緒に潜ろうよと約束した通り、ただいま一緒に潜行中。しかも、今日が初めて一緒に潜る日なのである。
ディランくん、あれから一人で潜行して、そこそこ慣れが出始めたおかげなのか、以前よりも地に足が付いている感じがする。
あの後、僕がおすすめした通り、迷宮ガイドであるシーカー先生に迷宮潜行のいろはを教わったらしく、潜行に必要な警戒心がきちっと身に付いてきたみたい。まあ、一度あんな目に遭ったからってこともあるんだろうね。適度な慎重さが芽生え始めてきたというわけだ。
大きく変わったところと言えば、やっぱりその見た目だろう。装備が以前よりもしっかりしているのだ。前は鉈とか中古の革の胸当てとか、貧弱装備過ぎて悲しい限りだったけど、今回は森で採集ではなくてバトルがメインであるため、充実とはいかないまでも、最低限のものは揃えてきている。
いや、きちんとしてなかったら僕も潜行許可しないし、まず受付でストップがかかるんだけどもね。
「――というわけで、九藤晶の装備品ちぇーっく!」
「だ、大丈夫でしょうか……」
僕がテンション上げてる一方で、ディランくんは緊張気味。まるで高校の面接を受けに来た中学生のようだ。生まれて初めての面接でガチガチなのは僕も味わったことでもあるし、気持ちはわかる。でも意味不明な質問とかしないから安心して欲しい。学校の面接でも僕の面接でも、動力伝達の部品や、摩擦軽減の油剤になる必要はないのだ。
「では、メインウェポンから! きちんとしたの用意してるかな?」
「はい。鉈は採集用に回して、ショートソードを買いました」
腰に差した剣を見せてくれるディランくん。
オーケーオーケー。メインウェポンはきちんと武器だ。鉈じゃない。
もちろん武器に使うタイプの鉈ならいいけれど、農作業用の鉈はそもそも武器じゃない。武器じゃなかったら、武器として使う用には設計されていないから、使用に耐えられないのである。
刃物ならなんでもござれと持ってきて、手荒に使って戦闘中に壊れちゃったら致命的だもんね。
「あとはサブ。これもちゃんと用意してるよね?」
「はい。言われた通り、身幅の厚い短めの剣を一本買いました」
「よしよし……」
サブはサブでも三郎的なサブちゃんじゃなくてサブアーム、サブウェポンのこと。
サブってのは結構大事なものだ。予備的な意味合いはもちろんのこと、こういった武器はメインの取り回しがしにくい場所で活躍する。メインで長めの武器を使ってて、もし狭い空間で戦うことになったなら、当然困ったことになるわけだ。そういう状況を回避するために、サブは取り回しのしやすく丈夫な武器が必要となる。
これって結構気が回らない人が多いんだよね。階層ごとに環境が一変する迷宮だと必須なのに。重視する人なんて戦うモンスに合わせて様々な武器を持って行くくらいだ。
「そして地味に重要なのは靴! サイズは大丈夫?」
「それも合わせてもらいました。でも……」
ディランくんはふと神妙な態度を見せる。申し訳なさそうな、いまにも公式の謝罪会見を開きたさそうな縮こまりようだ。
「どしたの?」
「どうしたもなにも、お金、本当によかったんですか?」
「ああ、それね。いいのいいの。いまは気にしないで。あとで返してもらえればいいから」
「ありがとうございます」
ディランくんは腰をしっかりと曲げて頭を下げる。テレビで見るサラリーマンもかくやという、お手本のような頭の下げ方だ。君は今日にでも日本社会の荒波に揉まれることができるだろうと思われる。揉まれた末はお察しいただきたいけれど。
それはともかく、今回、ディランくんが靴を購入するに当たって、お金を貸したのだ。
この世界って、あっちの世界と違って紡績技術が発達してないから、服も靴もオーダーメイドで買うってなるとやたらめったらお金がかかる。びっくりして芸人さんばりの二度見とかしちゃうくらいだ。だけど、だからといって靴の調整はおろそかにしてはいけない。合わない靴を履くと、怪我につながるし、潜行は徒歩メインであるため、とても疲れる。バランスを崩して大事な場面で転んだりしたら目も当てられない。
だからこそ、丈夫な靴をきちんとした工房で作ってもらう必要があるのだ。
これはシーカー先生もアシュレイさんも推奨している大事なこと。
――冒険者をやるならいい靴を履け!
もはやその台詞は彼ら彼女らの定番と言っていい。
ともあれ、新人冒険者はこれをするだけで、目に見えて潜行効率が上がるのだ。揃えない手はないのである。
確認のため、ディランくんには辺りを適当に歩いてもらう。サイズの方は問題ないようで、足が靴から浮いたり、パタパタ音を立てたりもしていない。大丈夫そう。
「んじゃ次、飛び道具!」
「はい。簡易のスリングを買いました」
「オーケー!」
飛び道具。これは、攻撃手段として使うのはもちろんのこと、モンスの気を引いたりするのにも使ったりする。
名手にもなるとそれで結構なダメージ入れたりする人もいるんだけどね。ミゲル辺りの上級者になると、投げナイフの心得も必須と言うほど重視されているものだ。
「一番は痺れ薬を仕込んだナイフとか針なんだろうけどね」
「そっちはまだ僕には取り扱いが」
「だよねぇ」
取り回しに慣れてないと、ふとしたときに自分を傷つけてしまうことがある。というわけで、安全なスリングを選んだんだろう。僕も針とか麻痺ナイフとかは危なくて使えませんし。
でもまあ、ここは迷宮。スリングだと対応できない相手も当然いるわけで。
「そんな君に意外と使えるアイテムを進呈しよう!」
「そ、それは?」
「じゃーん! 今日ご紹介する商品はなんと! 中身入りの水鉄砲と、ホルスターとゴーグルでーす!」
そう言って僕が降ろしたサファリバッグから取り出したのは、その通り、水鉄砲とそれを携行するために必要なホルスター、そして自分の目を守るためのちょっとカジュアルなゴーグルだ。
ディランくんは見慣れない物を目の当たりにして、ポカンとしている。
「えっと……」
「水鉄砲だよ水鉄砲」
「みずてっぽう、ですか?」
ディランくんってば、どうもよくわからないと言った様子。これは了見が悪いと言うわけではなくて、単純に鉄砲という言葉がわからないのだろう。
フリーダにも、圧力で水を噴射させる玩具が売ってたけれど、やっぱ鉄砲って言葉は使われてなかったし。
「これ、引き金を引くと、水が勢いよく発射されるんだ。入っているのは水じゃないんだけど」
「あ……玩具の」
「そう。だけどこれをただの玩具と侮るなかれ!」
「ということは、中身が?」
さすがディランくん、察しが良い。
「この中身は、唐辛子の粉とかお酢とか刺激物を沢山混ぜた液体なんだ。これを相手の目に目がけて撃ち出せば、相手はたちまち悶絶するのである。まる」
「へえ……」
それを聞いたディランくんは、興味有りげな声を出す。
この刺激物発射装置の効果はすでに現地で実証済みだ。なんとあの採掘場の【醜面悪鬼】にも効果がある。この前実験台になりやがれくださいとばかりに使ってみたら、魂消る絶叫を上げながらものの見事に悶絶したのだ。
効果は抜群。
……え? 【催眠目玉】にはどうだって? あんなんクソ雑魚ですわクソ雑魚。急所を露出している時点で生物的におかしいもの。お前らきちんとまぶたを用意してから出直してこいと言いたい。
いや、それはそれでなんか気持ち悪いけど。
とまあそんな感じに、モンスたちは水鉄砲なんか全然かわそうとしないのだ。まさにアホの極みと言うしかない。奴らは唐辛子を触った手で目を擦ったときの地獄さながらの痛みなど知らないのだ。ペペロンチーノを作ったあと、不用意に目元を掻いて死んだ同胞は数え切れないはず。あれはそうそう耐えられるものではない。
ディランくんはと言えば、水鉄砲を興味深そうに矯めつ眇めつしている。
使用する前に、注意を一言。
「これ、絶対人に向けて使っちゃダメだからね。最悪失明するから」
「――ッ! これそんな危険なものなんですか!?」
「そうそう。意外とヤバいんだよ。フリーダにあるものでもお手軽に作れるから。作り方はあとで教えるよ」
「す、すごいですね。クドーさんは毒薬の調合もできるんだ……」
それは言い過ぎだ。そうなると僕だけじゃなくて、山に入る人や、農薬不使用の自然栽培農家さんの方々まで危ない人になってしまいかねない。毒劇法で逮捕されてしまう事案になっちゃう。
というわけで、ディランくんは水鉄砲を収めたホルスターを腰に装備する。
……ホルスターに水鉄砲が入ってるだけって聞くと、なんかシュールな気もするけど、最近の水鉄砲はリボルバーガンっぽいデザインのものも多いため、結構見た目がいい。
そしてこれもそのタイプなのだ。しかも魔術をかけて超壊れにくくしたからここで使用するのも安心である。
「では食料とかアイテムもろもろー」
「はい。食べ物は荷物にならない軽いもの。あとお水は……」
「一応の予備と渡した空のペットボトルがあればいいよ。水場で汲んでいけるしね」
迷宮には結構水場が多い。場所柄全然ないところもあるけれど、基本は開拓されているため、中継地点や安全地帯にはあるし、マップにもどこに何があるかは大抵書かれているためオープンに知られている。
ディランくんはペットボトルを持って、
「これ、すごい便利ですね」
「だよねぇ。僕もこっちに来てこんな便利だなんて初めて知ったよ」
ペットボトルはなんでも使える。ほんと便利だ。向こうの世界じゃ中身を飲み終わったらただのゴミだけど。サバイバルサバイバル。
ただ一応使い回す場合は都度都度口の部分をしっかり洗わないとならないうえ、取り換えることも必要だ。お腹壊しちゃうもんね。その点は、きちんと言い含めてあるので問題なし。
ではこれで準備もオーケーというわけで、ディランくんとともに森を進行。
いつものお散歩気分でらんらんるんるーと歩いていると、ふとディランくんが取り乱したような声を上げた。
「く、クドーさん! クドーさん! 向こうに大きな魔物がいます!」
「え? 大きな魔物?」
「は、はいっ!」
僕が不思議そうな声を上げちゃう一方で、ディランくんは固唾を呑む。
だけどもだけど、僕は「はてどうしたことか」である、ここは初心者大歓迎の『大森林遺跡』だ。基本的に大きな魔物なんていようはずもない。
まさか、前の『醜面悪鬼』のときみたいに、はぐれモンスが現れたのかと身構えて周囲をくまなく探すけど、やっぱりモンスらしきモンスは見えない。
でもその不可視の魔物は、ディランくんだけには見えているようで、
「く、クドーさん! 魔物が近づいてきます!」
「え? どこ? どこにるの魔物?」
「あれです! あれ!」
「あれ……」
指を差してくれるけど、魔物は見えない。
うーん。そもそも、あれと言うからわからないのだ。
というかほんとモンスはどこにいるのじゃろうか。
「その大きな魔物って、特徴は?」
「ま、まず俺の倍くらいの背丈があります!」
「ふむふむ。ディランくんや僕の倍くらいの背丈……」
「あと、毛むくじゃらで、耳が長くて大きな目をしています!」
「毛むくじゃら、耳が長くて、目が大きい……」
「はい、真っ黒な瞳です。すごく邪悪な感じが……」
…………うん、なんかそんな特徴、覚えがあるぞ。というか以前に僕も経験した。
「いまは茂みの中に身を伏せて、こっちに近付いているようです」
「えーっと」
確かにその魔物何某は、僕たちが気付いたことに気付くと、茂みの中に引っ込んだ。
その茂みも、いまはもぞもぞしている。
「出てきそうです……」
ディランくんは緊張しまくった声を出して、おニューの剣を抜き臨戦態勢。
やがて、茂みから飛び出してきた大きな影は――
……そうね、ウサギだよね。
僕とディランくんの前に現れたのは、ここ大森林遺跡のクソ雑魚生物兼癒し枠の『歩行者ウサギ』だった。
ディランくんはその大きさに圧倒されていて、剣の柄を固く固く握りしめている。
僕は大きなモンスと言ったらいろいろ見てるし、まずウサギはモンスの分類じゃないのでピンと来なかったけど、まあ、確かにこいつもこの辺では『大きい』に分類されるのだろう。『溶解屍獣』とかそんなレベルで考えちゃダメだよね。
「ち、近づいてきますよ!」
「近づいてきますねー」
「速いっ!」
「速いねー確かにねー相対的にねー」
「く、クドーさん!?」
僕が適当な返事をしているせいで、ディランくんは更に困惑を深めている様子。
一方ウサギは二足歩行でひょこひょこと歩いてくる。腕を振って足を動かして、まさにウォーキングだ。ここにはマクレガーさんがいないからいい気なものだ。まあ、あのウサギ相手になるとマクレガーさん(六メートル)が必要になって来るだろうけど。
僕はウサギ見なれているから可愛く思えるけど、まあ初めて見るならこんな反応だよね。しかもちっちゃいウサギさえも見たことないから、ディランくんにとっては完全に未知との遭遇である。
うん? 種類? たぶんネザーランドドワーフだね。
そんなウサギは近くに来ると、『ばあっ』と言うように両手を高く上げて、勇次郎的な地上最強の生物がとる構えを見せる。もちろんそこから繰り出される攻撃は比べ物にならないほど弱っちいんだけど。
でもどうも今日のは、そういったタイプではないらしい。つまり攻撃してこないタイプ。
……ちなみにこのウサギさんたちには、いろんなタイプがある。
基本的な行動と言えば、二足歩行で歩き回ったり、草をもしゃもしゃ食べていたり、穴ウサギ由来なのか地面をほりほりしているのが大抵だ。
そして、ひとたび冒険者の存在を認知すると。
近付いてきてウサギケンポ―(無害)をかましてくるタイプ。
まとわりついてすりすりしてくるなつっこいタイプ。
荷物を引っ張っていたずらをしてくるタイプ。
がいるわけだ。
……うん、冒険者大好きすぎだろこいつらとはいつも思う。
とまあ、今回のはたぶん、すりすりしてくるタイプだろうと思われ。両前足を幽霊みたいに突き出してゆらゆらさせるウサギケンポーの構えは取らないし、いたずらするタイプは最後まで姿を見せないからね。
ともあれ、まずはディランくんに注意事項を言っておく。
「剣は収めてね」
「え!? でも!?」
「ギルドではウサギを武器で攻撃するのは禁止されてるんだよ」
「そ、そんな。じゃあどうすれば……」
僕の注意で、ディランくんは困惑の極みでおろおろ。
そんな戸惑われても、ウサギへの刺突斬撃魔術攻撃は法律で禁止されているのだ。
まあ低レベル相手だと剣で斬られようが刺されようが、魔法を受けようがへいちゃらなんだけどねこいつらは。むしろ攻撃してしまったことを一部の人に知られてしまった日には、『ウサギさん大好きクラブ』なる秘密結社的な非合法組織にたちまちのうちに消されてしまう恐れがある。くわばらくわばら。
身を固くしているディランくんに近付いたウサギは、まず彼のことをくんくんし始めた。
「ふひぇ!」
鼻先を近付けられたディランくんが面白い声を出した。でっかいから迫力あるもんね。
すぐに驚いて目を瞑るけど、一向に何もしてこないことに気付いて目を恐る恐る開けるディランくん。その内、ウサギは身体をすりすりこすりつけ始めた。
「きゅー」
「…………え?」
わかったか。
「あの、クドーさん、これ」
「まあ、ちょっと構ってあげなよ」
「は、はあ……」
そう言うと、ディランくんは律儀にも、ウサギに構ってあげ始めた。
ウサギはでっかいけど、まとわりついてすりすりしてくるだけだから、それほど負担にもならない。
やがてウサギのすりすりにも慣れて来たのか、撫で始める。
「……ふわふわだ」
そりゃあふわふわだろう。ウサギは『ふわふわ』と『もふもふ』に分類される生物なのだから。
ウサギはひとしきりディランくんにすりすりすると、今度はターゲットを僕に移したらしく、近付いてくる。
そして、手で僕の頭をペシペシ。
「……ちょっとさ」
ペシペシ。
「どうして僕のときはそんな感じなのさ! 普通ディランくんと同じ流れですりすりするんじゃないの!?」
叫ぶ僕に、ウサギは首を可愛らしく傾げると。
今度は僕のサファリハットを引っ張った。
「ちょ、やめて! やめてって!」
僕も負けじとサファリハットを死守する。他方その様を見ているディランくんと言えば、呆けた様子で僕たちを眺めていた。
そりゃやってることが自分のときと全然違うともなればこうなるか。
……僕がウサギたちにあまりいい印象がないのは、実を言うとこのせいだったりする。
この『歩行者ウサギ(ウォーカーラビット)』たちは、何故か僕のことを見ると、手でペシペシしたり、ウサギケンポ―の的にしたり、こうして帽子を持って行こうとするのだ。
まあ帽子はひとしきり追いかけっこをすると返してくれるわけなんだけども。
……遊ばれてるとか言うなし。
こいつらすりすりなんて滅多にしてくれない。ほんとかなしみ。
ともあれ、ウサギはある程度帽子の取り合いをして気が済んだのか、その場にちょんと座って、頭や顔をくしくし洗い始める。ほんとマイペース。
「結局こいつは一体……」
それは僕にもわからんて。ウサギの存在なんて迷宮七不思議の一つにしたくらいだ。
「まー一応、無害な生き物だから。特に急いでなきゃ、適当に相手してあげてよ」
急いでいるときは、害を与えない方法で撃退するか、どうにかして逃げるしかないのである。面倒な生き物だ。
ふと見れば、ディランくんはウサギのことをじーっと見つめている。もしかすればこの様子だと、ウサギの可愛さにやられたのかもしれない。
確かにウサギは可愛い。いや、ほんと見てるぶんなら滅茶苦茶可愛いんだけどさ。冒険者の荷物を盗って追いかけっこしたがるのだけはほんと、ほんとそれだけはやめて欲しい。それさえなかったら、ただの癒し動物に落ちつくんだけどね。
この迷宮でほんとの癒しを求めるなら、『水没都市』のアザラシに会いに行くのがモアベターもしくはマッチベター。あそこにはアザラシの保護監督員がいるから極めて安全だし。
すると、ディランくんは僕に非難がましい視線を向けてきて。
「あの、できれば先に言っておいて欲しかったなって」
「いやー、ウサギのこと初めて見るみたいだし、どんな反応するのかなって思ってね」
「う……」
ディランくんはちょっと恨めしそう。だっていつも僕がビビる立場だから、他人のビビりを見るのはなんか新鮮なのだ。ちょっと見ていたい気になったってしかたない。
「というのは二割冗談なんだけども」
「いやそれ、ほぼほぼ楽しんでるじゃないですか!」
ナイスツッコミ。だけど、ここから真面目なお話。
「ディランくん。ここは迷宮だからって、なにもいるのは魔物ばかりじゃないから、見境なく攻撃とかしたらダメなんだよ。あと、次一緒に冒険するまでに、森のことをきちんと調べておくこと。ディランくん、あんまり調べてなかったでしょ?」
「え? あ、はい……」
そう、だからこそ、ディランくんはウサギが何だか知らなかったのだ。きちんと調べていれば、あれが無害な生物だとわかっているはずなのだから。
「アレだよね。ここはもう余裕で歩けるから、調べなくてもいいと思った」
「……は、はい。そうです」
「ダメだよ。階層のことはみっちり調べておかないと。そういった油断が、この前みたいなことになる」
この前のこと。そう言うと、ディランくんはハッと気づいたような表情を見せた。
そして、
「すみません……」
「モンスが弱くても、歩きやすい場所でも。いろいろあるんだ。毒草とか毒キノコとかあるし、仲には特殊な魔訶不思議能力を持ってるものだっている。冒険する場所は、なるべく事前に調べてきた方がいい。攻略されてるところは基本的に情報出てるしね。一人で潜るんなら、こういうのは特に気を付けてないと」
「はい……」
神妙な態度できちんと聞いてくれるディランくん。こういう風に真面目に聞いてくれるのってありがたいよね。お話のし甲斐があるもの。
「ディランくん、字は書けるんだよね?」
「え? はい」
「じゃあこれ、ノートとペン。これで書いておきなよ」
そう言って、コ〇ヨ的なノートとペンを渡す。
ディランくんは「ありがとうございます」とお礼を言って、試し書きを始めた。
「うわ、これすごい」
すぐに、ペンの書き心地にびっくり仰天である。異世界の技術が〇クヨに敵うはずもないのは当然だ。しばらくの間、インクの文字とペン先とに視線を交互に行ったり来たりさせていた。
「なにかあればすぐメモした方がいいからね。モンスも植物もアイテムもいっぱいあるから、気になる物はメモするクセを付けるように」
「わかりました」
しっかりと頷いたディランくんを見て、
「じゃ、行こうか。もうそろそろ今日の目的、リベンジタイムの始まりだよ」
そう言って僕たちは、今日の目的地である、以前にディランくんが遭難しかけた『霧浮く丘陵』へと向かったのだった。




