第21階層 糖衣の開発は偉大その3 約17000文字
今回人物紹介はなしで。
文量だいぶ増えて申し訳ありません……
でもそのまま載せちゃいますー
会場の正面入り口で、嫌みったらしい顔の人が連れて来た人たちをぶっ飛ばして、そのうえその嫌みったらしい顔の人を僕の堂々とした威風(当社比)で気絶させたあと。
特に怪我をしたとか、服を汚したとか、オートリバースしたとかおしっこちびったとかもなかったので、そのまま品評会に出席すべくラメルさんと共に入場した。
会場であるコロッセオ風の巨大建築物は、メインの会場である露天のステージと、室内である円状の外郭部分に分かれており、ここフリーダでも最大とされる旧市街、【城砦街】を除けば【冒険者ギルド】に次いで広い敷地面積となるようだ。
どうやらここも、現代世界のコロッセオとだいたい同じような造りらしい。形状からして似たようなものになりがちなんだろうけど、外郭部分が殊更厚く、各所に結構部屋が設けられているみたいだ。
材質は異世界産のモルタルやコンクリート。鉄筋まで入っているのかどうかは知らないけれど、かなり頑丈のようで、築年数は結構立っているらしいにもかかわらず、古いマンションの外壁によく見る、斜めやエックスのひび割れとかも見ない。
そんな大きな会場なんだけど、ここでも僕には誤算があった。
会場には、なんか観客らしき人たちががいっぱいいたのだ。
いっぱい。超いっぱい。おっぱいじゃなくていっぱいだ。
エントランスがある外郭の室内部分には、ちょこちょこ屋台なんかが設けられていて、ちょっとしたお祭り状態さながら。
イベントも斯くやというほどの人、人、人で賑わいを見せている。
しかも耳をそばだてるに、どんなポーションが発表されるのかだとか、誰に頑張って欲しいだとか、そんな話が聞こえて来るのだから発表は観客の前というのが窺える。
……うん。僕がアシュレイさんの話から予想した、関係者だけのこぢんまりしたものじゃなかった。全然。
絶対メイン会場の客席は超満員で、大勢の観衆の中の発表会になる。
発表すれば、まず目立つよね。目立てばそりゃあ、僕がポーションマイスターというのが周りにバレる…………なんてことはないか。
というかそれ以前にだ。冒険者などはこのフリーダにいっぱいいるのだから、そもそもあまり気にもされないと思われる。
そりゃあすごい効果や特殊なポーション発表すれば話は別だろうけども、僕はほら、ポーションはちみつだし。それにたとえ僕がマイスターだってわかっても、迷宮では控えめな潜行を心掛けてるからそもそも僕のことなんか認知されてないだろうし。ランクだって三万台だし。そこまで過敏になるようなことでもないはずだ。
まあ僕のことを見たことある冒険者がここに来ていれば、その限りじゃないんだろうけど。
それに、だ。もしここでのことが元で、チームに勧誘されるようなことになっても、ミゲルのチームに入る予定なんでって言えばいい。あとでミゲルに許可取って利用させてもらおう。そうしよう。というかそれくらい許されろ。
…………あと気になってるのは、こんな大きな品評会で適当なポーションを発表してほんとに怒られないかって点だけなんだけども。
うん。正直慄いてる。こんなみんな全力投じてる発表の場で、適当に選んだものを出すという暴挙を犯そうとしているのだ。きっと怒られる。ヤバい。
でも逃げるって選択肢を取れないのが、僕が小市民なところだろうね。
行っても怒られるけど、逃げるともっと怒られる。
だからそのまま何も行動に移さず、頭空っぽにして流されてしまっているというやつだ。
ラメルさんの後ろを、自分でもわかるくらいぎこちない動きで付いて行って、受付で手続きをする。
そんで、受付の人から番号札みたいなものを渡された。
なんか発表する順番はあらかじめ決まっているらしい。
手続きが終了すると、ラメルさんがこっちを向いて、
「クドーさん! お互い頑張りましょう!」
どこか気迫がこもったエールをくれる。やっぱり例に漏れず、彼女もこの品評会に全力をかけているみたい。適当不真面目で臨んでしまってごめんなさいといますぐ謝りたい気分。
ラメルさん。ふんすと鼻息を出して、再度「頑張りましょう」と言うように視線を合わせて来る。
僕はそれに、なるたけ平静を取り繕って答えた。
「う、うん。頑張るよ。心臓ドキドキして血圧ヤバいけど」
「クドーさんなら大丈夫ですよ。だってすごい魔法使いなんですから」
「いやぁすごい魔法使えるからポーションの研究もすごいとは限らないと思うけどなぁ」
「それは…………そう、ですね。ちなみにクドーさんのポーションは?」
それを訊きますか。
いま訊いちゃいますか。
訊いたら、絶対引くよね。がっかり程度じゃなくて、幻滅レベルで。
だってほら、はちみつだもの。
折角さっき微粒子レベルでカッコイイとこ見せられたのに、これでは全く締まらない。
あまり言いたくないけど、でもさっき僕もラメルさんに訊いたし、どうせあとで発表するのだ。
腹を括ろう。
これは予行練習だ。
予行練習。
「僕のはね」
「はい」
「僕のは……」
「クドーさん?」
ええいままよ!
「あの、はちみつ、です」
「はちみつ?」
「うん。はちみつ味のポーション、なんだ……」
「…………」
「えっと、ラメルさん?」
ラメルさんは黙ってしまった。やっぱ予想通り、失望されてしまったようだ。
眉間にしわが寄って、顔が怪訝な感じになってきてるもの。つらい。
ああ、どうして僕はあのとき、はちみつポーションなんて選んでしまったのだろうか。
品評会のことを軽い気持ちで考えていたのだろうか。
僕がそんな風にいたたまれない気持ちマックスハートになっていると、
「その、少し頂いても?」
「え? うん、いいよ」
ラメルさんに求められて、はちみつポーションが入ったフラスコを取り出す。
そのあと、計量できるタイプのミニカップに少し移して、彼女に渡した。
「ガラスの器ではないんですか?」
「ああ、うん。それプラ製」
「ぷら……」
ラメルさんは透明なプラスチックのカップを不思議そうに見詰め、やがて意識が中身の方に移ったのか、ほんのりオレンジがかったポーションを見て厳しい表情になる。
なんか目付きがプロっぽい。というか彼女は自分の工房を持ってるプロだろうけど。
それを一口飲むと、ラメルさんはもっと難しい顔になった。
「…………さすがです。やはり高レベルの魔法使いの方は違いますね」
「え? はい?」
予想と違う反応だ。
まあ反応からして皮肉とか嫌みの類ではないだろうけど、ちょっとどういうことかわかりにくい。お顔がとてもお険しいということは、もしやはちみつ味がお嫌いだったとかそんなんだろうか。やっぱり、こんなの出したらマズいよ的な反応だったか。そうなんだろうか。だって良い物出したら、さっきみたいに尊敬のまなざしとか向けてくれるだろうし。そんなことないということは、つまりそういうことなんだと思われるけど。
注文していないのに不安マシマシ、脂汗多め、身体固めだよ。僕もうおなか痛くて死にそう。だれかたすけてへるぷみー。
なので、意を決してどういうことか訊こうとしたのだけども。
「申し訳ありません。そろそろ私も発表の準備がありますので、それでは」
言う前に切り出されちゃった。
「あ、うん。ラメルさんも頑張って……」
「はい。クドーさんも」
ラメルさんはプラのカップを僕に返却したあと、そのまま険しい顔のまま行ってしまった。結局僕にはもやもやしか残らなかった。つらみ。
…………しばらくして、出品者の準備時間も終わり、品評会本番。
係りの人に呼ばれて肩をびくっとさせて集合場所に到着した僕および集まった出品者たちは、その総勢が大体三十人くらいだった。
フリーダにいるマイスターはもっと多いみたいだけど、マイスターが多く所属している工房は基本共同研究らしく、そういったところは発表時、工房の代表者に一任するらしい。
あとは前回出たから今回は欠席とか。そういうのほんと羨ましい。
発表に関しては、一人当たりの持ち時間は基本五分から十分程度だそうだ。単純計算でも三時間くらいかかる長丁場を予想するけど、発表内容によっては試飲もなくあっさり終わるそうだから、意外と早く終わってしまうとのこと。
今日、朝からヒマな日曜日で良かった。
……いや、逆に土日じゃなかったら来なくて良かったんじゃなかろうか。
今更だけど、ほんとついてないらしい。
それで、案内された会場はやっぱり広くて、観客も多かった。
オールスターとかクライマックスシリーズを彷彿とさせる動員数。風船や紙吹雪が飛び交い、売り子さんが忙しなく歩いている。ポーションの品評会なのになんでこんなにすごいのか、ほんとまったく意味不明。天下一な武闘の会とか、暗黒的な武術の会とかじゃないのになんでこんな集客できるのか。フリーダ市民暇すぎ問題。
というかヤバいよほんとヤバい。緊張からくる眩暈で卒倒しそう。こんなの初回で乗り越えられるほど僕の神経太くないむしろ細い。マイクロファイバー並みに。神経はもっと細いとかいうツッコミは自重して欲しいといまは切に願う次第。
ともあれ、僕がイベントの規模に半ばも何も全身で怖れ慄いていると、反対側から審査員が入場して席に着いた。
右から、冒険者ギルドのギルド代表さん。僕を絶賛こんな目に合わせている張本人であり、あくま二号の称号を欲しいままにしている人物である。絶対貸しは回収するからいまに見てろこの金髪さわやかお兄さんめ。
「みんなご存じ冒険者ギルドのギルドマスターの僕だよ。あはははっ」
朗らかに笑いながら挨拶すると、客席から歓声が上がる。そりゃあ冒険者ギルドの代表と言えばこの大都市フリーダの中心的な人間だ。業務も素材集めよりもダイバーの生還に尽力しているから、冒険者からの人気も篤くて、ファンもいっぱいいるのだ。
ちなみに会場には魔術が掛けられていて、特定の場所で声を出すと大きくなって会場に響くという効果があった。ギルドマスターの声が急にでっかくなったの不思議だったから、いま魔術で調べた。
そしてそしてその隣は、ライオン丸先輩ことドラケリオン・ヒューラーさんがお座りになった。今日はおめかししているのか、たてがみがキマっていて格好いい。というか毛並みはかなり気にしているらしく、さっき陰の方ででっかい櫛を使って最終調整をしていた。
「ドラケリオン・ヒューラーだ」
今日はいつもの快活な感じとは違い、声を厳格な感じで響かせる。そのとんでもない存在感で、会場は一瞬水を打ったように静まり返り、直後大きな歓声が巻き起こった。
うん、さすがはド・メルタの勇者。そりゃあ著作権バリバリ違反してそうなちゃっちい人形が屋台で売られてるわ。
次の人は確か、ギルドが誇る巨大チームの一つ『勇翼』の首席魔法使い『翠玉公主』グリーニア・リアテイルさんだ。
緑髪の楚々としたお姉さまで、耳と尻尾が付いた尻尾族の人。
なんというか一部性癖を持つ人たちが進んで罵られに行きそうなくらい怜悧な雰囲気がある、大人の女性である。なんかこう、できる女性って言う言葉がぴったり合いそう。僕の知ってるOL筆頭アシュレイさんとは対極な感じ。
それで、グリーニアさん、僕がいままで見た尻尾族の中でも特に尻尾が大きくて長い。髪色と同じ翠玉色で、光の加減でキラキラと輝いている綺麗。
「チーム『勇翼』所属、グリーニア・リアテイルです。ちなみに私のこの尻尾は、毎朝一時間入念に手入れを行っていて、こうして陽光に照り映える理由は、【芙蓉馬】の毛で作ったブラシで入念に艶出しをしているためで……」
……グリーニアさん。何故か自己紹介のあとに唐突に狐っぽい尻尾の自慢をし始めた。「なめらかな手触りで」とか「フリーダでも私の尻尾が一番でしょう」とか、ここぞとばかりにぶち込んでくる。確かに毛並みもよく触り心地もめっちゃ良さそうだけど、どうして自己紹介に尻尾紹介まで混ぜるのか。そして自己紹介よりも力を入れているのか。誰も文句を言わないのか。みんなそうなるのは織り込み済みなのか。
なんか異次元空間に来た気分。いやまあ確かにここは異世界だけどもさ。できる女性像どこ行ったよ。
そんで次は、もっと異次元なキャラが現れる。
「ポーションショップ【女神たちの血みどろ血液】店長の、ゲール・ホモッティオよぉ。うふん」
そう、僕がよく行くポーションショップの店長である、色黒のごっついオカマさんだ。ライオン丸先輩に匹敵する体躯があるから、挟まれたグリーニアさんがちっちゃく見えるほど。
しかも今日はいつもよりもおめかしが過剰なせいか、モンスター感が拭えない。採掘場の醜面悪鬼も裸足で逃げ出すくらいになっている。
あと、ウインクはやめてね店長さん、死人が出るから。会場でも観客席でもえずいている人いるし。ポーションは沢山あるから困ることはないだろうけどもね。
その次がポーションギルドのギルド代表と、最後はフリーダ市議会議員のおじいちゃんであるグラドさんっていう人だった。
審査員は計六人。
……ちなみにこれは余談だけど、ポーションギルドの代表は肥満体型なうえすごい胡散臭さが漂っていた。なんていうか金満とかいう言葉がぴったり合いそうな見た目で、嫌な感じだったね。うん。
というわけで、審査員の紹介が終わり、摩訶不思議液体飲み薬の品評会が始まった。
僕の発表は最後の方で、ラメルさんは最初の方。
審査の仕方は最初の説明にあった通り、結構サクサクと進んだ。
審査するのがポーションだからね。基本的に効果は身体の傷が癒えるか、魔力が回復するかのどちらかしかないわけだから、よっぽど目新しくて飛び抜けた効果がない限りは、ほんとにあっさり終わってしまう。
大抵は、回復量が少し上がったよーとか、調合作業の工程を減らすことに成功したよーとか、そんな感じ。
材料を減らして効果そのままなんてものもあったけど、誤魔化していたのを試飲でグリーニアさんや先輩に見抜かれて退場させられた人もいた。先輩ポーションのことにも明るいとかすごい。
僕が見た中で一番目新しかったのは、調合作業に使う便利な道具の発明かな。
あとは既存のものに比べて原価を抑えることに成功したマジックポーション。
マジックポーションとヒールポーションの効果を併せ持ったミックスポーション。
などなど。
目立ったのはそのくらいだ。あとは結構ありきたりな感じで、特に騒ぎにはならない程度。でもやっぱりみんながみんな回復性能に重きを置いて理論を作ってきている。だからか僕のはちみつポーションに劣りそうな感じのものはなくて、僕は発表ごとに精神を追い詰められているような状況にある。
やっぱりミックスポーションのときは大きな歓声が上がったね。
ラメルさんのときも好評だった。ポーションに詳しい審査員は、その効果三割増し出来栄えに唸っているくらい。やっぱりすごい。
とまあそんなこんなで、僕の番が来た……来てしまった。うん。
呼ばれて、前に出て、発表を行う人の上がる壇上へ。
前後左右四方八方八面六臂で視線を感じる。
緊張で軽く死にそう。
「く、クドーアキラと言います。こういう場は初めてなので、どうかお手柔らかにどうぞ……」
僕がそんな頼りない挨拶をすると、審査員席にいる先輩がにこやかに、
「なんだクドー。この前一緒に冒険したときより緊張しているじゃないか」
「いえいえいえ! ここはあそことはまた違う緊張がありましてですね!」
「そうか。俺と一緒に行った高深度階層よりも品評会の方が緊張するか。さすがだなクドー。わはははは!」
「ちょ、そういう意味じゃなくてですねぇええええええ!!」
先輩誤解マックスである。やめてよ今後またあんな場所に対策なく連れていかれるとかほんと死ぬ。そっちはそっちで品評会より切実だ。命的に。
ふと、グリーニアさんが先輩の方を見て、
「……ドラケリオンさんのお知り合いですか?」
「ああ。ちょっとな」
「ふむ……」
グリーニアさんの視線が変わった。なんか、流そうとしていたけどやっぱりよく見ておこう的な感じになったような、そんな変わりよう。注視してる感がマシマシだ。緊張が増すからやめて欲しい。
「その、そろそろ」
「うむ。失礼したな」
先輩は司会の人の言葉にそう答える。
そこはかとなく死にそうになっていた僕の緊張を見抜いて、ほぐそうとしてくれた偉大なライオンさんに視線でお礼をしつつ、司会の人の方を見る。
「では、発表の方をどうぞ」
来たよ。ついにこのときが。
嫌だけど、もうどうしようもないのだ。
深呼吸して、口を開く。
「えっと、僕が今回作ったのは――はちみつポーションです」
「はちみつ?」
「ポーション?」
うん、みんな当然のように頭に疑問符浮かべてるよ。審査員席に困惑顔が並んでる。
やっぱりそんな反応になりますよね。ほんとごめんなさいごめんなさいほんとごめんなさい。
……そんな感じで、僕が心の中で平謝りに徹していると、ポーションギルドの代表さんが、これでもかというほど怪訝な表情を向けて来た。
「マイスタークドー、そのはちみつポーションは一体どんな効果を持っているのだね?」
「えっと、主だった効果は特になくて、ほとんど普通のポーション、です」
「はぁ?」
「あ、味がはちみつになっただけなんです」
「回復量は?」
「まったく変わってません……その、す、すいません……」
「…………」
「…………」
視線が痛い。死にたい。貝になりたい。
先輩も店長さんも、どうしていいかわからないっていうような表情を見せている。
そんな中、僕に質問していたポーションギルドの代表さんが、バンっと机を叩いた。
そして、
「味が変わっただけだと! そんな研究があるか! 君はこの権威ある品評会をバカにしているのかね!?」
「いえ、その、そんなつもりは全然ないんですけど……」
ごめんさない嘘です。結構適当なもの選んで出しました。だってそう言われたんだもん。僕は悪くないぞ。おそらくたぶんできっとだけども。
っていうか、あんまりに適当なもの出し過ぎたせいで、周りの目が怖い。ヤバいよほんとにどうしよう。ポーションギルドの代表さんは僕にずっと怒鳴ってるし、なんか目が回って来る。レベルが上がってからまったく無縁になった貧血の症状に似ているあれだ。
とまあ、そんな風に僕の精神が再びいたたまれなさでボロい布切れの如くになっていると、
「――はちみつ味とは興味があるぞ! 私はそのポーションに対し非常に興味がある!」
そんな大きな声が会場内に響いた。
声を出したのは、フリーダの議会議員のおじいちゃんであるグラドさん。
「へ?」
「ふ?」
審査員の人たちが、突然の発言に不思議そうな声を出した。
そして、その困惑を代弁するかのように、ポーションギルドの代表さんが、グラドさんに訊ねる。
「ぐ、グラド議会議員殿? あの、彼は味が変わっただけだと言っているのですが?」
「何を言っているのだ! 味が変わったのだぞ!? 重大事ではないか!」
「いや、一体それのどこに重要な点が」
というと、グラドさんのエキサイトぶりが一気に高まる。
「なぜわからんのだ! 貴様はそれでもポーションギルドを任される身か!」
「で、ですが、たかが味が甘くなっただけで……」
「たかが!? たかが味が甘くなっただけだと!? 貴様はこれまでどれだけの同胞がポーションの苦さを嫌って死んでいったか知っているのかっ!!」
「ひぃ!!」
代表さんは、ばこーん! って感じで椅子がぶっ飛んでいったのを見て、悲鳴を上げた。
……もしかしてグラドさん、獣の皮を身に付けてないけど、怪着族の人だったのか。
さっきも同胞がどうとか言ってたし。
「あーそういえば……」
怪着族。彼らはここド・メルタでも耳長族と一、二を争うほど強い力を持つ種族だが、その反面、エネルギー消費が早いという残念極まりない特徴を持つ人たちだ。
しかも残念無念なのはそれだけじゃなくって、苦い物が途轍もなく苦手らしい。
これはどうも、彼らを創造した朱姉神ルヴィが、苦い物が大嫌いなため、その影響を受けたからだと言われている。
うん。この前、安全地帯で騒いでたカップルに遭遇したとき、スクレに教えてもらったからその辺覚えてる。
そう言えば審査中、グラドさんだけポーションの試飲してなかった。
というかそもそも、だ。
そんなに苦いの嫌なのかあんたらは、と言いたい今日この頃。
ちょっと我慢すればいいだろうに。
ほんとなんでそれができないのかつくづく疑問である。
周囲を見ると、やっぱりみんな同じような気持ちになっているらしく、「えぇ……」と言いたげにしているし、他の審査員たちも同様に戸惑っていた。
ふと、そこで気付く。
「あ……」
今回作ってきたはちみつ味に、結構意味があることに。
これ、味は完璧にはちみつ水だから、全然苦くないし。
困惑していた内の一人であるグリーニアさんが、優しい口調で、
「その、クドーくん、でしたね……なぜ、ポーションをはちみつ味にしたのですか?」
「え、えーっと……」
ヤバい。
ちょうどいまその有用性に気付いたんですよー、えへへーとか言えない。
なんか適当なこと。適当なそれっぽいことを言ってここは誤魔化さないと……。
「あ、味については甘い方が飲みやすいでしょうし、理由はまあ、先ほどグラド審査員が言っていたように、迷宮に潜るとときどき安全地帯で、ポーションを飲みたくないって騒いでる怪着族の人を見かけるので、こういうのいいかなぁと思って」
「素晴らしい! これは我らのことを心配してくれて作ってくれたものなのか! なんという優しさ! くぅっ!」
違うんです。ほんと違うんです。その場しのぎのただの方便なんです。ごめんなさいグラドさん感動の涙を流さなないでほんと心に痛いから。
……うん、グラドさんものすごく感激している。しかも、観客席からも同様の声とか嗚咽が聞こえて来る。きっと彼らも怪着族の人なのだろう。
ポーションを使えないということは、それだけこの危ない世界では不利なことだ。
怪我や病気の治療の手段が一つ減るということは、つまりそれだけ死につながりやすい。
だからこそ、こうして尋常じゃない喜びようを見せてるんだろう。
え? 僕? もちろん嘘八百を並べ立てたせいで心の中は罪悪感で一杯ですはい。
(あれ? ってことは、もしかしてこれ……)
だからトーパーズさんは、ああ言ったのだろうか。
これの効果が確実に受け入れられるから、製作元を小規模の工房に限定して欲しいと。
ラメルさんの話では、いま小規模の工房は大手の台頭で軒並み潰れかかっているという。だからこそトーパーズさんは、小規模の工房に、確実に需要のあるポーションを作らせることによって、工房の閉鎖や技術者の減少に歯止めをかけようとしているのかもしれない。
……待て、待て待て待てよ。じゃあ僕の仕事は、ここでこれを大々的にアピールして、販売を軌道に乗せなければならないということになる。結構責任重大じゃないか。ビビってる場合じゃないぞ。緊張が別のものになって来たヤバい。どうして学生にこんなことさせるの神様ちょうひどくない?
ふと、ポーションショップの店長がオカマ声で、
「ねぇ。まずは飲んでみない? 私も甘いポーションなんて飲んだことないし、ちょっと面白そうよ」
「そ、そうですね」
審査員席の全員と、試飲用に供出したポーションを手に取る。
あとは、怪我の治癒具合の確認のために招待された、現在ちょうど怪我をしてる冒険者さんも。
みんなオレンジ色の液体をまじまじと眺めたあと、内容物を一気に呷った。
「あー」
「おお、これは」
「あら……」
「へぇ?」
「…………まあ、どこにでもあるはちみつ水だな」
ですよね。だってそういう感じのものなのだもの。
冒険者さんの治癒具合も、ごく普通一般にありふれたポーションと同じくらいだった。もちろん、タダで怪我が治って嬉しそうなのは、言うまでもないけど。
他方、グラドさんはというと、はちみつポーションに映っている自分の顔と絶対に決着の付かないにらめっこしている最中だった。
司会の人が声をかける。
「グラド議員」
「待て。私はいま葛藤しているのだ。これにもし、少しでも、ほんの少しでも薬草の苦味があったなら……」
死ぬんですかね。ご逝去なさっちゃうんですかね。あー、もしアレが苦かったら僕の方が殺されちゃいそうだなぁ。
やがて、覚悟が決まったのか、グラドさんは意を決して一気にあおった。
そして、目を見開き
「は、はちみつだ! これは完璧にはちみつだ!」
手をばたばたと動かすグラドさん。はちみつ味で年甲斐もなくはしゃぐのはマズいのではないだろうか。年齢的にも立場的にも。
そして、グラドさんはいつかのことを思い出すように、
「……私は昔、ポーションをほんの一滴、ほんの一滴だけ舐めてみたことがある。そのときはあまりの苦さに一昼夜のたうち回ったものだが、まさかあの苦さを完全に消し去ったポーションがこの世にできるとは……」
なんかツッコミどころ満載な過去を口にし始めたグラドさん。そのまま、一人感動の世界に浸っている。
そんなおじいちゃんのことを余所に、冒険者ギルドのギルドマスターが、
「ほんとにはちみつだねこれ。でも、こんなの初めて飲むよ。というか、どうしてこれまでこういうの、なかったんだろうね」
すると、グリーニアさんが、
「作らなかったというよりも、作れなかったのです。完成したポーションに他の液体は混ざりませんし、作っているときに混ぜても味に薬草の苦味が現れて……このように別の味には絶対にならなかったのです」
彼女はそう言うと、僕の方を向いて、
「……クドーさん。これをどうやって?」
「あ、えっと、作り方はここに書いてありますんで、どうぞ」
そう言って、サファリジャケットのポケットにしまってあったレシピを取り出して、司会の人に渡した。
その様子を見て、何故か目を丸くするグリーニアさん。
「え? あの……」
「どうしました?」
「レシピをそんなにあっさり渡していいのですか? これはあなたの成果であり、いわば秘伝でしょう?」
「あ、これはもとから細かく公開する予定でしたから」
「あの、なぜ?」
「だって品評会の目的ってそれでしょう? 作った画期的なポーションを公表して、周知させる。折角作って発表したのに、他に広まらないと意味ないじゃないですか。だからこそ材料も誰でも手に入れられて、簡単に作れるようなものを選んだんですし。あ、もちろん、冒険者ギルドにレシピ代を請求して、もとは取りますけど」
ごめんなさいだいぶかっこつけてふかしました。これ、ほぼトーパーズさんのご希望なんです。いやまあ公開することについては全然未練とかないよ? だってこれ、広めて困るようなものじゃないしね。
「いえ、そうですね……」
「そこまで考えてのものか……くっ、私はいまとてつもなく感動しているっ!」
おじいちゃん、そろそろ血管切れちゃいますよ。
というかはちみつポーションなんて僕にとってはどうでもいいものだからだとは言うまい。というか言えるまい。僕のインナーシャツはもう汗だくで限界ですよ。冷や汗だけどな。
グリーニアさんは司会の人から渡されたレシピを、隣の店長さんと一緒に見る。
すると、ギルドマスターが、
「どうだい?」
「あらあら、これは普通のレシピとはいろいろ違うわねぇ」
「なるほど。ただ混ぜるのではなく、役割を分担させるのですか。ポーションにはちみつを組み込むのではなく、薬草の能力を抽出して、はちみつの方に混ぜ込む……魔術を数回使うため工程は増えますが、確かにこの理論ならはちみつをポーションに変えることができます。それにこれを応用すれば」
「ええ、はちみつじゃなくてもできますよ」
「やはり……」
そう、このポーションっていう摩訶不思議液体飲み薬は、ただ他のものと合わせただけでは混ざることはない。この世界で言う完全存在の法則とかいうののせいで、一度ポーションにしてしまうと他のものとは混ざらないようになってしまうのだ。
「……この『反遊離アンチセパレーション』とは」
「あ、僕が作ったオリジナルの汎用魔術です。端っこに術式とか書いてるんでどうぞ」
「…………」
そこで、グリーニアさんは何故か眉間を揉みだした。
これに関してはオリジナルの魔術を惜しみもなく公開したせいだろうね。でも、その魔術ってば、混ざりにくいものを混合するために作っただけの、完全に補助的な魔術なのだ。ゴールドポーションを作るときに使う『劣化』関連の魔術や大量の魔力を用いた『高圧』関係じゃないから知られてもまあどうってことはないし、というかこれならむしろ僕が秘匿しているよりもいろいろ発展に寄与できるかもしれないところがあるからね。惜しくはない。
すると、店長さんが、
「どう、これ?」
「はい、作れます。ですが、誰でも……とはいかないでしょうね」
「そうなのかい? でもさっきクドーくんは誰でもって」
「これにはある程度の技術を要します。とはいっても、ベテランのポーションマイスターであれば問題なく作れるでしょうが……」
「ほう、それほどか?」
「魔術もそうですが…………実際に見た方が早いでしょう」
グリーニアさんはそう言って、両ギルドマスターを招く。
「な、なんだこの数字は!?」
「これは……また随分と数値が細かい」
二人とも、レシピを見て驚いている。だけど、それも当然だろう。分量が細かいというか、ものすごく半端すぎるのだ。あのレシピには、226とか、741とか、やたらと半端な数字ばかりが並んでいる。無論、そこまで細かく計って試行錯誤したわけじゃない。向こうの世界の度量衡……つまりメートル法で算出される質量の単位、グラムで計ったものを、こちらの単位に戻しただけなのだ。グラムをヤード・ポンド法に直したときとか、尺貫法に直したときとかに起こるようなものである。
つまり、もともとの計り方では非常にばらつきのあった量を、グラムやらミリリットルやらに戻して、微妙な調整をし、ちょうどいい量に増やしただけなのである。
最初はまさかこんなので上手くいくとは思わなかったのだけど、意外と上手くいったのだから不思議なものだ。やっぱりポンド・ヤード法は悪い文化なのかもしれない。
「クドーくん、どうやってこのような細かな数字を割り出したのですか?」
「あ、いえ、それは内緒にする方向でお願いします」
だってド・メルタの度量衡とか超面倒くさいとか言えないもの。ごめん。
「……そうですよね。さすがにそこまで情報公開はしないですよね」
「あ、あはは……」
この上、量に合わせた魔術の微調整もしなければならないため、神経使う。でも、ポーションを常日頃作ってる人たちならば、問題なく作れるだろう。素人ニワカの僕だってできたのだ。あと、師匠のスパルタ。みんな絶対僕より師匠にお礼言った方がいいと思う。割とマジで。師匠がその気なら世界とか軽く救えそうだもの。ほんとなんであんなあくまなんだろうか。世の中おかしいよ。絶対。
グラドさんが興奮した様子で、グリーニアさんに訊ねる。
「では、このはちみつポーションをすぐに流通させることも可能なのだな?」
「はい、両ギルドで手配していただければ……」
「ギルドマスター、すぐに手配してくれたまえ! これで多くの同胞が救われる! 苦いポーションを飲む不安を抱えず、迷宮にも安心して潜れるぞ!」
「あ、そこは怪我の心配じゃないんですねーそうなんですねー……」
この前の怪着族の人も、そんなことを言っていた。
うーん、きっと怪着族がポーション飲めないの、苦いのだけじゃないんだろうね。さっき一滴でものたうち回ったとか言ってたし。なんか呪いでもかけられてるとかそんなのがあるんだと思う。
「……いやー、これは確実に売れるだろうね」
「無論だ。たとえ他に需要がなくても、怪着族が全部買う!」
ですよねー。常備のために買占めとかしちゃいますよねー。
あ、それならちょうどいいや。
「でしたら、僕の方からちょっと条件を付けてもいいでしょうか?」
「あらぁ? 条件ってぇ?」
「はい。レシピの公開先についてです。公開するのは、現在小規模で丁寧に作ってる工房だけ、というのはどうでしょう?」
グリーニアさんの目が細められる。
「それは、現在の工房の状況を憂慮してのことでしょうか?」
「ま、まあ、そんなところで」
「ですが、それは浅知恵ではないのですか? そんなことをしても、レシピを公開すればいずれは漏れる」
あ、そうなるのか。じゃあ、どうにか手段を考えないと。
「うーん。では、レシピを渡した工房以外、はちみつポーションの取り引きを行わないということを、フリーダの議会で決めていただくというのは? 免許制みたいな感じで」
僕がそう提案すると、グラドさんが、
「私は構わないが、君はなぜそこまでしようというのかね?」
「いやー、その、実を言いますと僕にもちょっとした事情がありまして……」
「私はほかならぬ君の頼みだ。それで調整してもいい。だが」
ギルドマスターやらギルド代表やらを見る。
「それ、冒険者ギルドとしては難しいかなぁ」
「どうしてですか?」
「冒険者ギルドは冒険者へポーションがよく行き渡るように推し進めているから、そんな風に限定しちゃうと政策に反するっていうかね」
「あ、じゃあギルドマスター。この条件が飲まれなければ、僕はアレをこの先一切作らないっていうのはどうです?」
アレとはお察しの通りゴールドポーションのことである。あれを作らなくなったら冒険者たちからの突き上げでもう困るどころ話じゃないから、こうして交渉材料にできるというわけだ。もちろん、条件を呑まざるを得ないってことはわかってるから言うんだけどね。
こういうの、諸刃の剣だけど――
「……君は僕に脅しをかけるのかい? ふ、ふふふ、これは面白いね。あははははは!」
「あははははー」
僕もギルドマスターと一緒な感じに笑って、適当に誤魔化そうとしていると、
「あ、そういえば貸しを返せって方にはもっていかないんだ?」
「あれはいざってときに使いたいので取っておきまーす」
「それは怖いね。あははははは!」
ギルドマスターってなんかずっと笑ってる。笑い上戸な人なのか。ちょっと怖いなぁ。
すると、ギルドマスターは息をふうと吐き出して、
「いいよ。僕も前からポーションの問題は結構気にしてたんだ。冒険者のこと気に掛けるばかりで、工房の方はちょっとマズいことになったかなって。そうだね。確実に取り引きされる商品を取り扱うことができるなら、この問題も解決されるかな」
「良かった。じゃあ」
「僕も反対したいけどそう言われたらなー。どうしようもないなー。ってことでいいよ」
「やたっ」
上手いこと通った。
おかしな条件になったけども、これなら大手の方に損害が出るということもないはずだ。
はちみつポーションとポーションの違いは、苦いか苦くないかだけだ。だから販売に関しても普通のポーションと競合はしないため、住みわけは可能なはずだ。いずれにせよポーションの需要は供給を遥かに超えて多いのだから、苦いポーションが買われなくなるということはないだろう。はちみつポーションも原価と手間賃で普通のよりも少々お高くなるだろうし。
いやまあ、販売先が新規開拓できるだけってことでかなりすごいだろうけどもさ。
あとはパワーバランスの問題だと思う。その先は僕知らない。神様にやれって言われたからやったんだし。責任持てませんよ。
とまあ、決着しそうだったそんな折だ。
「ポーションギルドは断固反対する」
ポーションギルドの代表さんが、断固抗議の声を上げたのは。
「えー! ちょっといま決まるノリだったじゃないですかー」
「何を言うのかね君は。そのポーションを大手の工房でも作ることができた方がいいではないか。生産量が増えれば、それだけそのポーションの恩恵に与れる者も出て来るのだぞ?」
「だから小規模の工房の生き残りがですね」
「それは工房の努力が足りんのだ。一顧だにするものではない」
「うわ、それマジで言ってるんですか?」
ちょっとすごいこと言ってるよ。完全にブラックな口ぶりだ。
あれか、もしかして大手工房との癒着があるのか。癒着ってるのか。
「そうでなくとも、いちマイスターが条件を付けるなど――」
ギルド代表が、ぶつぶつとお説教モードに入る。
どうしよう。困ったものだ。このおじさん、難癖付けてさっきの条件を取り消したいらしい。大手がはちみつポーションを作ることで、小規模の工房が潰れることはないだろうけども、それでは折角の生き残り作戦が台無しだ。
……あ、そう言えば、こっちに転移する直前に、トーパーズさんが最後の手段に使えって言ってたことがあったっけ。もし言うこと聞かないような状況だったら、こう言えと。わかるヤツがいるからと。
神様が言うくらいだから、きっと大事だろう。なんか内容はすっごく妙なんだけどね。
「これで頷いとかないと困ることになると思いますけど?」
「な、なんだその物言いは! 私に何かすると!? 脅そうと言うのかね!?」
「いえ、これを言ったのは僕じゃなくてですね」
「一体どうしたと言うのだ!」
「ひょえっ!」
怒鳴られてびっくりした。
すると、見かねた先輩が仲裁に入ってくれる。
「ポーションギルド代表、落ち着け」
「何を言う! あのガキはポーションギルドの代表たるこの私にあんなことを言ったのだぞ!? いくらドラケリオン殿の言うことでも……」
「いいから黙れ!」
先輩が、ガオーン的な必殺技に匹敵するどでかい咆哮を上げた。
もちろん、そんな必殺技クラスの怒鳴り声を上げられたポーションギルドの代表は、一瞬で青くなる。
先輩頼もしい。ほんと惚れる。
「それでクドー、一体どうした?」
「はい、えっとですね。とある方から、どうしても聞き入れてくれないときは、『俺の言葉』を聞かせてやれと」
「それは……」
「はい。まあ、そういうことで、ひとつ」
先輩の顔色が変わった。それを誰が言ったのかがわかったからだろう。
この前、先輩と異世界から来てるってお話したし、そのときちょうど神様のお話もしたし。そんで、他種族は創造した神様とそこそこ会えるらしいし。
「で?」
「獣頭族の方なら判るって話なんですけど」
「俺か」
「はい先輩。なんかその方からは『貧乏ゆすりするぞ』って言われました。獣頭族の誰かしらはいるだろうから、伝えとけって――」
「貧乏ゆす…………ッ!?」
僕がトーパーズさんの言葉を伝えた途端、ライオン丸先輩の顔色がさらにガッツリ変わった。
そして、
「――クドー!!!!! それは本当か!!!!!!!」
「ひぃ! ごめんなさいぃいいいいいいい!」
先輩お願いですから僕に向かって吼えないでこわい。
「嘘なのかっ!!」
「いえいまのごめんなさいは嘘ついたからのごめんなさいじゃなくて、びっくりして口から飛び出しただけのごめんなさいです!」
「なら、本当なのだな?」
「え、ええ。はい。その方はそういう風に笑いながらおっしゃられまして……」
「そうか……」
「あの、先輩? これってどういうことなんです?」
「まあ、いろいろとな。マズいんだ」
先輩はそう言って、すぐに、
「ギルドマスター、それにグラド議員、この件は絶対に通して欲しい」
「僕はそのつもりだけど」
「はちみつ味を作り出してくれた恩人の頼みだ。異はない」
二人は了承してくれたけど、やっぱりポーションギルドの代表は反対したいらしい。
先輩に対し及び腰になりつつも、
「だ、だからそれはポーションギルドとして認められないと何度も……」
「そうやってかたくなな態度を取っていれば、最悪、フリーダが壊滅するぞ? 貴様はその責任を取れるのか?」
「は……?」
え? なにそれ壊滅とか超穏やかじゃない。
一方、先輩の言葉を聞いたグリーニアさんの顔が、めちゃくちゃ険しくなる。
「ドラケリオンさん、まさか、その貧乏ゆすりというのは、もしや」
「ああ。そういうことだ」
いや、だからどういうことなんですか先輩。僕にもちゃんと説明して欲しいですマジで。
…………とまあ、そんなわけで、結局この件に関しては先輩が有無を言わさなかった。
ギルドマスターに始まり、先輩、グリーニアさん、グラド議員、なんか他種族の人はみんなその『貧乏ゆすり』に心当たりがあるらしく、最終的には鬼気迫る形相でギルド代表を頷かせた。
あれだ。武力的な脅しである。やっぱ武力ってすごい。こわい。
僕の発表はそんな波乱な感じで終わって、その後はつつがなく終わった。
品評会の結果だけど、結局ミックスポーションを作った青年ポーションマイスターが一位を取った。
ラメルさんは別枠の技術賞。
僕は回復量の関係上、四位入賞である。
だけど、
「――ポーションマイスター、クドーアキラ! 本当にありがとう! 全ての怪着族を代表して礼を言う! みんな、彼に惜しみない拍手を!」
結果発表時にグラドさんが出てきて、全力で僕を称えてくれた。
会場からも、今日一番の拍手をもらったので、気恥ずかしかったけど。
……でもよくよく考えると、はちみつ味にしただけだから、そんなにすごいことをしたようには全然思えないんだよね……。




